《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第8話『おっさん、ロロアと過ごす』前編
敏樹が集落を訪れて數日が経過した。
初日に上手くロロアの話を聞いてやったことで、彼の敏樹に対する態度はそこそこ気安いものになっていた。
「ロロア……おはよう……」
敏樹がテントを出ると、ロロアは外のかまどで、山菜と兎の煮を作っていた。
ちょうど味見をしていたところだったようで、お玉から口を離した直後、ロロアは振り返って敏樹の方を向いた。
「トシキさん、おはようございます」
味見をしていたせいか、ロロアは顔を覆う布をずらしており、相変わらずローブで目元は見えないものの、鼻先から口元まではわになっていた。
「お、おう……」
「ん……?」
どこかぎこちない態度の敏樹に対し、軽く首をかしげたロロアだったが、手にしたお玉が目にり、自分がいままで何をしていたのか、その結果いまどのような格好をしているのかといいうことに思い至る。
「あっ……、うぅ……」
ロロアは慌ててずらしていた布をあげて顔を覆い、敏樹に背を向けた。
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「ご、ごめんなさい。朝からお見苦しいものを……」
「あ、いや……こっちこそごめんな、タイミング悪くて」
敏樹は先ほど見えたロロアの顔を思い出す。鼻先から口回りだけどはいえ、き通るような白いといい整った形といい、かなり綺麗だったのではないだろうか。
「でも、全然見苦しいとか、全然ないから……」
「お、お気遣いありがとうございます……」
「いや、気遣いとかじゃなくて」
近年日本には“伊達マスク”という文化がある。そして“マスク詐欺”という言葉も。
マスクで顔の半分を隠していればそこそこ男に見えるのに、いざマスクを外すとし殘念という人は意外と多い。
であればマスクで隠れる部分、すなわち鼻先から口元が綺麗だということは――、
「ロロアって、実は人なんじゃない?」
「はぇっ……!?」
突然の敏樹の言葉に驚いたロロアは、思わずお玉を取り落としてしまった。
「あ……」
慌てて拾い上げたお玉には土が付いてしまった。
「貸して」
「え、あの……あっ……!!」
敏樹はロロアに歩み寄り、半ば強引にお玉を手に取ると、【浄化】をかけてロロアにに返した。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ロロアはうつむき加減に手を出し、敏樹からお玉をけ取ったると、おずおずと顔を上げた。
「あの……、からわかないでください」
「……なにが?」
「私が……、私が、人なわけ、ないじゃないですか」
「そうかな? 口元を見る限りかなりの人だと思うんだけど……、まぁなくとも、見苦しくはなかったとだけ言っておくよ」
「あぅ……」
ここであまりロロアをフォローしても、逆効果だと思った敏樹はそのままかまどを離れて水場へと向かった。
水場と言ってもかまどから數メートル離れた場所にある井戸である。
この集落では、飲料水は魔法で作るが、生活用水は井戸水でまかなっている。
集落の外れにあるこの井戸は、ほぼロロア専用となっており、敏樹はそこでひとり顔を洗ったあと、テントに戻った。
敏樹がテントで著替え終わったあと、ロロアがトレイに料理をのせてってきた。
先ほど作っていた山菜と兎の煮と、玄米の蒸しご飯が2人分、トレイに載っていた。
「あ……あの……、ご一緒しても、いいですか……?」
トレイを持つ手がわずかに震えている。張しているのだろう。
敏樹とロロアはこれまで別々に食事をとっていた。
食事の際にはかならず顔を覆う布を取らねばならないからだ。
しかし先ほど口元を見られたことで、そしてそれに対して敏樹が不快を示さなかったことで、ロロアの心境に変化があったのだろう。
「もちろん!!」
「し、失禮します」
ロロアはちゃぶ臺にトレイを置き、敏樹を向かい合うかたちで座った。
「お、味そう」
とりどりの山菜やキノコと兎を煮込んだ煮は見た目にも、そして漂う香りからしても味しそうである。
事実、ここ數日ロロアの手料理をもてなしてもらったが、そのどれもが味しかったのだった。
「ふー……、ふー……」
荒い息づかいに顔を上げた敏樹の目に、うつむき加減のまま顔を覆う布に手をかけ、張のせいか肩で息をするロロアの姿が映った。
「……むこう向いてようか?」
「い、いえ……大丈夫……です……」
そしてロロアは意を決したように息を止め、勢いよく布を引き下げた。
形のいい鼻とし薄いがわになる。
白いはしが悪く見えるが、それは種族の特かも知れない。
おずおずと顔を上げ、敏樹のほうに顔を向けたロロアは、その口元を見る限りまだかなり張しているようである。
「じゃ、食べよっか」
敏樹が軽くほほ笑みながらそう言うと、ロロアはほっと息を吐き、肩から力が抜けたように見えた。
「うん、味い」
「あ、ありがとうございます……」
照れたようにうつむいたロロアの青白いに、しだけ赤みが差すのであった。
**********
あれ以來ロロアは敏樹の前では顔を覆わなくなった。相変わらずフードを目深にかぶっているので顔の半分はまだ見えないのだが。
「ロロア、いったよ!」
「はいっ!」
弓を構えていたロロアの視線の先に、中型犬ほどの大きさの野兎が現れた。
茂みから飛び出してきた野兎は、一瞬ロロアのほうに顔を向けてきを止め、ビクンとを震わせたかと思うと逃げるように走り出した。
兎が立ち止まった場所よりし先の地面には、矢が深々と刺さっていた。
「ふぅ……」
走り出した野兎を見て、ロロアは構えを解いた。
勢いよく走り出した野兎だったが、數メートル走ったところでパタリと倒れる。
倒れた野兎の腹のあたりからじわりとがにじみ出てきた。
「お見事」
野兎を追い立てていた敏樹がロロアのもとに駆け寄り、聲をかけた。
「いえ、この弓がすごいんです」
ロロアは敏樹が持ち込んだコンパウンドボウを手にしていた。
「見事に貫通してんなぁ」
敏樹がまだひくひくと痙攣する野兎と地面につき立った矢を回収しながら、心したようにつぶやく。
先ほどロロアが放った矢は、野兎の腹を貫通し、その先の地面に突き立っていたのだった。
「すごいですね、この弓……」
ロロアは手にしたコンパウンドボウをまじまじと見る。軽く弦を引きながら車のきを心したように観察していた。
「それを軽々と引けるロロアもすごいけどね」
「獣人は、力が強いですから……」
ロロアがし照れたようにうつむいた。
彼が手にしているコンパウンドボウの張力は75ポンド。最高クラスのものである。
異世界を訪れるようになってずいぶんと筋力の付いた敏樹ですら引けるかどうかというものだが、ロロアはそれを短弓でも扱うかのように軽々と引いていたのだった。
ローブの袖からときおり覗く細い前腕を見る限り、決して筋骨隆々というわけではなさそうなので、ヒトとは筋の質が異なるのだろう。
**********
「実家に帰らせていただきます」
「……それ、毎回言わなきゃ駄目なんですか?」
集落で過ごすようになって10日ほどが経った。
その間何度か敏樹は実家に帰っており、そのたび例の宣言をしているのだが、ロロアはし呆れ気味のようである。
「まぁ、決め臺詞みたいなもんだよ。明日のこの時間くらいに帰ってくるから」
「はい」
実家へと転移し自室を出たところで、部屋の扉の傍らに段ボール箱やクッション材りの封筒がいくつか積まれていた。
敏樹がネットショップで注文していた商品だろう。とりあえずすべて部屋に持ち込み、開封していく。
「お、きたきた。これでみんな喜ぶぞー」
清酒の作り方が書かれた本を數冊手にした敏樹は、それをバックパックに詰めていく。
「あとは……ヘルメットだな」
敏樹は家を出て『パンテラモータース』へと足を運んだ。
「のひと用のヘルメットっすか? 先輩奧さんいましたっけ?」
「まさか。彼すらいないよ。ちょっとした知り合いでね」
「へええ」
徹がニタリとからかうような笑みを浮かべたので、敏樹は思わず目をそらしてしまう。
「ま、いつか詳しい話聞かせてくださいよ。で、ヘルメットっすけど、これなんてどうっすかね?」
徹が用意したのは敏樹が持っているのよりしサイズが小さく、かつおしゃれなものだった。
「おお、なんかレディースっぽいな」
「でしょ? けっこう売れるんすよねー」
「これ、バイザーにスモークれる?」
「だったらこれ用の偏バイザーが……お、あったあった。えーっと、お買い上げってことでいいです?」
「いいよ」
「あざっす!! じゃあこれを付け替えて……、あ、これかぶる人って運転します?」
「しないね」
「じゃオッケーっす。ほいできあがり。箱いります?」
「んー、このままでいいや」
偏バイザーに付け替えられたレディースのジェットヘルメットを徹からけ取った敏樹は、ついでに自分用にもジェットヘルメットを購した。
最初に買ったクロカン仕様のフルフェイスヘルメットは、ただバイクに乗るだけであれば問題ないのだが、防代わりにかぶって戦うとなると、口元を覆われるのでし息苦しいとじていたのだ。
そのあと敏樹は、ホームセンターやらスーパーを回り、集落の住人が喜びそうな手土産を買い集めていった。
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