《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第3話『おっさん、ロロアを救出する』
「あん? なんだこの音ぁ……」
最初に気付いたのは革鎧の男だった。
荷車にの大半を預けているマントの男や、うずくまっているロロアの耳に屆く音の大半は荷馬車から伝わるガタゴトという振音であるが、馭者席に座る革鎧の男はそのふたりに比べて幾分か周りの音がよく聞こえていた。
「どうした?」
「いや、なんか変な音が聞こえないか? なんというか蟲の羽音みたいなっつーか……」
「ふむ。どっちからだ?」
「……うしろ? ちょっとずつだが音が大きくなってるかもしれねぇ」
「うむ」
革鎧の男の言葉にうなずいたマントの男は、揺れる荷車の上で立ち上がり、バランスを取りながら荷車の後部に歩いて行く。
箱形になっている荷車の縁に手を著き、後方に向けて目をこらした。
「……追手か?」
「どうだ? 何かいたか!?」
「わからん! しかしなにかいるっ!! なんだあれは……丸い兜? それと……騎獣か……?」
後方を警戒するマントの男の目に飛び込んできたのは、何かにまたがる黒くて丸い兜をかぶった人であった。
それがなにやら甲高い音を鳴らしながら、猛然と迫ってくる。
「速いっ……!? おい、もっと飛ばせっ、追いつかれる!!」
「この駄馬じゃ無理だ!! 迎撃しろっ!!」
「言われなくてもわかっている。食らえっ」
マントの男は後ろから近づいてくる者に【炎弾】を放った。
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下級攻撃魔のため詠唱――発までの待機時間――が短く、出後の速度が速いため牽制にうってつけの【炎弾】だったが、それはあえなく弾かれてしまった。
「くそっ!! 奴め防魔を……。ならもっと強力なものを」
追手はかなり近づいており、ここまでくるとロロアにはその正がわかっていた。
聞き覚えのある甲高い音を耳にしたロロアは、うずくまっていたを起こし、後方に目をやった。
「トシキさん……!!」
「クソっ、追手かよ? なんだってんだ!!」
ロロアの言葉に革鎧の男が悪態をつく。
マントの男にもその言葉は屆いていたが、彼は次弾の詠唱に集中していた。
敵の防魔を突破するためにはより強力な攻撃魔で當たる必要があり、魔というのは等級が上がれば詠唱が長くなるのだ。
いまのペースだと追いつかれる直前でなんとか中級攻撃魔を発できそうなので、マントの男は詠唱に集中した。
革鎧の男も彼の意図を察し、できるだけ時間を稼ぐべく速度を上げるため、荷馬車の縦に集中した。
彼ら誤算があったとすれば、自分からついてきたロロアがいつまでも従順であると思ってしまったことだろうか。
彼は両手首を縄で縛られていたが、それ以外は自由だった。
音を立てないよう、揺れる荷馬車の上で慎重に立ち上がったロロアは、低い姿勢のまま一気に踏み込み、マントの男に対して背後から突き上げるようなかたちでタックルをかました。
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「ぬあああっ!?」
筋力に優れた獣人のタックルを背後から不意打ちのようにけた男は、けないび聲を上げながら、荷馬車から転落した。
「どうしたっ!!」
仲間のび聲に振り向いた革鎧の男が見たのは、荷車の後部に立つロロアの姿であった。
「このアマぁ……」
憎々しげにつぶやいたものの、そのすぐ後ろに丸い兜をかぶった人が迫っているのが見えた。
「クッソォ!!」
慌てて前を向き直し、馬に鞭をれる。
ほとんど最高速に近い荷馬車は、それでもマントの男が転落したおかげでしだけ速度を上げることができた。
必死で馬にをしていた革鎧の男だったが、ふと先ほどまで聞こえていた甲高い音が真橫から聞こえているのに気付いた。
音のする方へ顔を向けてみると、丸い兜がこちらを見ていた。
「ひ……」
顔を覆う半明な面のせいでその表は判然としないが、男は背筋が凍りつくような眼を浴びせられたことだけはじ取っていた。
「ぐあっ!! お、と……うああああっ……!!」
敵がこちらに手をかざした直後、肩に衝撃をけた革鎧の男は、そのままバランスを崩して者席から転落した。
**********
グロウからロロアの救出を依頼されたあと、敏樹は『報閲覧』でロロアの様子を確認した。
この『報閲覧』は、この世界のことであれば大抵のことを調べられるのである。
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タブレットPC越しにロロアが無事であることと、當分は危害を加えられないことを確認した敏樹は、住人たちにとある協力を依頼した。
そのために30分ほどを消費したところで集落を出、バイクにまたがる。
「待ってろよ、ロロア。すぐに助けてやる」
敏樹はアクセルを回し、ロロアを乗せた荷馬車を目指して疾走した。
荷馬車の速度はそれほど速くない。
人が歩くのと同等か、し速いくらいで、時速に換算すれば6~10キロメートルといったところか。
もちろんもっと速く走ることもできるが、あまり飛ばしすぎると馬が潰れてしまうし、それ以前に荷車のほうが耐えられない。
山賊たちは翌日沒までに帰ることをほのめかしていたので、その距離であれば並足を維持する必要がある。
ロロアが連れ去られて3時間ほどが経過していたが、距離にすれば30キロメートル程度である。
荷馬車が走っているのは元々易路だったところであり、道なき道と言うほど環境が悪いわけでもない。
〈騎乗〉スキル持ちである敏樹が駆るオフロードバイクであれば、時速40~50キロメートルは出せる道であり、相手が進んでいることを計算にれても1時間とかからず追いつける距離であった。
「あれかっ!!」
敏樹は45分程度でロロアを乗せた荷馬車を捕捉した。
住人への協力を依頼したことでし出遅れた敏樹一分一秒でも早くロロアを救出してやりたいと思い、相手に気付かれるのをいとわずまっすぐ最短距離を追跡した。
敏樹の存在に気付いた荷車の男が魔の詠唱にったことを察知した敏樹は、【魔壁】という魔障壁を前方に展開し、敵の【炎弾】を弾き飛ばした。
今度は敏樹のほうから反撃してやろうと思っていたが、荷車の男はけない聲を上げながら転落した。
せっかく準備した【雷弾】を解除するのももったいないと思った敏樹は、地面に転がった男へ、すれ違いざまに【雷弾】を放ち、太もものあたりに直撃したのを確認した。
「はは、元気そうじゃないか、ロロア」
敏樹が荷車のほうに視線を戻すと、立ち上がったロロアがちょうどフードをかぶり直しているところだった。
口元に笑みをたたえた彼は、敏樹に対して力強くうなずいた。
「んじゃ、サクッと片付けますかね」
荷馬車はさらに速度を上げたようだが、バイクの前では誤差でしかない。
あっさりと併走する形を取り、驚いてこちらを向いた馭者に対して敏樹は【雷弾】を放った。
衝撃とともに雷撃による電を追加できる雷系魔は、こういった敵の制圧に便利なのだ。
「ぐあっ!! お、と……うああああっ……!!」
けない聲とともに馭者席から男が落ちたあと、敏樹はバイクから馭者席に飛び移った。
バイクの上でのアクロバティックなきには〈騎乗〉スキルが大いに役立つ。
敏樹はバイクがから離れる直前にそれを〈格納庫〉に収納し、難なく馭者席に乗り移ることができた。
そこから先は〈馭者〉スキルの出番である。
「自車用に習得したスキルだったんだけどなぁ。まさかガチで馬車をることになるとは……」
敏樹はそうつぶやきながら馬をなだめ、ほどなく荷馬車を停止させることに功した。
「トシキさんっ!!」
荷馬車が停まると同時に、敏樹は後ろからロロアに抱きつかれた。
「ロロア、無事でよかった」
「はい……」
抱きついたロロアが震えているのがわかる。よほど怖かったのだろう。
「よくがんばったな、ロロア。ちゃんと戦えて、偉いぞ」
「うん……うん……」
に回された手をトントンと叩きながら、もう一方の手をロロアの頭に回し、敏樹は優しくでてやった。
「さて、まだゆっくりできる狀況じゃないからな」
敏樹がそう言って立ち上がると、ロロアは彼に回していた腕を解いた。
馭者席から降りた敏樹は、ロロアの手を取って荷馬車から降ろしてやる。
「ここで待ってて」
そう言い殘すと、敏樹は來た道を歩いて戻っていった。
【雷弾】に撃たれた肩を押さえてうずくまっていた革鎧の男が敏樹の足音に気付いて顔を上げた。
「てめぇ……、俺らに、こんなこと――おがぁっ!!」
しかしその恨み言は敏樹が放ったサッカーボールキックによって遮られてしまう。
サッカー経験に乏しい敏樹のようなアラフォー世代のおっさんのシュートというのは大抵トゥーキックになりがちだ。
敏樹が履いている安全靴はつま先を保護するために鉄板がっており、その靴から放たれたトゥーキックを口にけた革鎧の男は、前歯を數本へし折られてのたうち回った。
「お前はまたあとでな」
口を押さえてのたうち回る男に冷たい視線を送った敏樹は、前方に向き直った。
「ぐ……くそっ……」
荷車から落ち、腳に【雷弾】をけたマントの男が上だけを起こし敏樹に向けて手をかざしていた。
「死ねぇっ!!」
詠唱時間を充分にとれたマントの男が【炎槍】を放つ。しかし発し直された敏樹の【魔壁】によってあっさりと無力化されてしまった。
「くそっ……!! 貴様、我らにこのような……」
「お前らおなじようなことしか言えんのかよ」
マントの男の傍らにしゃがみ込んだ敏樹が男の肩をがしっと摑んだ。
「貴様、なに……を……?」
マントの男は見る間にの気を失い、白目をむいて意識を失った。
「ま、お前の魔力は俺が有効活用してやるさ」
**********
敏樹は出発前、〈魔力吸収〉を使い、集落の住人から魔力を融通してもらっていた。
エルフをしのぐ魔力を有する水人から、しずつ魔力を分けてもらう。
ロロア救出のためにその協力を依頼したところ、住人は進んで応じてくれた。
中には全部持って行けなどという者もおり、実はロロアがみんなからされていたことがわかったのだった。
いましがたマントの男が気絶したのは、〈魔力吸収〉によってすべての魔力が奪われたからである。
〈保有魔力限界突破〉のおで、一時的にではあるが敏樹は現在かなりの魔力を保有しており、そこにマントの男の魔力も追加された。
〈無病息災〉を持つ敏樹ならいざ知らず、常人は完全に魔力が枯渇してしまうと、意識を取り戻すまででも丸一日はかかるし、まともに魔を使えるようになるまでさらに數日を要するのだ。
よりやっかいであろうマントの男を無力化した敏樹は、男の襟首を摑んで引きずりながら、革鎧の男のもとに戻った。
「うぁ……ふぐぅ……」
口元を押さえてのたうち回っていた男は、敏樹の足音に気付き、きを止めた。
そして敏樹のほうを見上げたその目には、怯えがあった。
「ごぶぅ……!!」
敏樹の蹴りが男の腹に直撃した。
その後も敏樹は無言のまま何度も男を蹴飛ばし、踏みつけた。
くぐもったうめき聲を上げ、何度か吐した男はやがてかなくなった。
さらに男を踏みつけようとしたところで、敏樹はロロアに後ろから抱きつかれた。
「もう、いいです……! 私はもう、大丈夫ですからっ……!!」
ロロアに抱きつかれたことで追撃をやめた敏樹は、腹に回されたロロアの手に、自分の手を重ねた。
「……そっか、うん」
敏樹の曖昧な返事をけたロロアは、ゆっくりと腕を解き、彼の橫に立って顔を見上げた。
そこにはいつもの穏やかな顔があり、ロロアは安堵したように大きく息を吐くのだった。
「ロロア、無事でよかった」
敏樹は並んで立つロロアの肩を抱き寄せた。ロロアもされるがまま敏樹にを預けた。
「はい。助けてくれてありがとうございます」
そう言ったロロアだったが、彼は心配そうに革鎧の男を見下ろしていた。
「こいつ、このままだと死んじゃうだろうな」
この男は放っておけば死ぬだろう。死んで當然の男である。
しかしこの男が死ねばロロアはどう思うだろうか。
自分のせいで敏樹が人を殺したという事実に、彼はなからず罪悪を覚えるのではないか。
(いや、人なんか殺してしまったら俺もただじゃすまなそうだな)
彼は平和な法治國家に住む日本人である。
そんな男が、異世界のこととはいえ人を殺してしまったらどうなるのだろうか。
いまはロロアを奪われた怒りと、取り戻すための戦いによる興のせいで、山賊ごときの命を奪ったところでどうということもないと今は思っているが、後日冷靜になったとき、人を殺したという事実がどれほどの重みとなって敏樹にのしかかってくるのか、想像もできない。
「このまま死なれても後味悪いし、死なない程度に治してやるか」
「……はいっ!!」
ロロアは敏樹のほうをみて、安心したように笑った。
「よっ……っとぉ……。これでよし」
回復で致命傷となりそうな傷のみを治してやったあと、敏樹はふたりの男を拘束した。
日本から持ちこんだ結束バンドで手首と手の親指同士、靴をがせた足首と足の親指同士を縛り、魔などで破壊されづらくするために付與魔で耐を上げておく。
數日は効果が持続するはずである。
「さて、こいつらはこのへんに転がしておけばいいだろう」
敏樹は舊易路をし外れた森の淺い場所にふたりの山賊を放置した。
ないとはいえ魔が出現する場所であり、きがとれなければなすすべなく餌食となるだろうが、そこまで面倒は見きれないし、目覚めれば必ず敵となる連中を拘束しないという選択肢もない。
そもそも山賊などという非合法な組織にを置いている以上、まともな死に方ができないことなど覚悟すべきだろう。
「さて、これからどうするかだけど」
「え……、集落に帰るんじゃないですか?」
「まぁそれも選択肢のひとつだな」
敏樹の言葉にロロアが首をかしげる。
「他にどんな選択肢が?」
「グロウさんからは君を連れて街へ行ってほしいと言われてるね」
「はぁっ!? なんでっ……!!」
「これを期に集落を出て自由に暮らしてほしいってさ」
「そんな……!」
「グロウさんが君に大陸共通語を學ばせた理由、気付いてるんだろ?」
「……はい」
「隨分遅くなったけどいい機會だからって」
「おじいちゃん……」
ロロアはうつむき、両手で顔を覆った。
「……私が集落を出たら、このあとどうなりますか?」
しばらく沈黙していたロロアが、絞り出すような聲で敏樹に問いかけた。
「別の人間が派遣されて、他の人が連れて行かれるだろうね。もしそれに逆らえば、最悪集落は滅ぶかも知れない」
「そんなの嫌っ!!」
ロロアは顔を上げ、敏樹に向かってんだ。
「私、そんなの嫌ですっ……!!」
「でもグロウさんはそれをんでる。いや、グロウさんだけじゃないな。集落のみんながそう思ってるよ」
「そんなっ……!!」
敏樹は集落の住人に協力を求めたときのことをロロアに聞かせた。
「みんな“ロロアをよろしくたのむ”って言ってたよ。“集落を頼む”なんてことは誰ひとり言わなかった」
「みんな……」
「俺がロロアを助けるってことは、連中に逆らうってことだからな。みんなそれはわかってるみたいだった。その上で、“ロロアを頼む”って」
「なんで……」
再びロロアはうつむき、顔を覆った。
「なんでみんなそんなに優しいの……? なんでそんなに不用なの……?」
ロロアの肩が小刻みに震える。
「やだぁ……。そんなのやだよ……」
そう言って再び敏樹を見上げたロロアの頬は、涙に濡れていた。
「うわああっ!! やだぁっ!! 私やだよぉ……!! こんなかたちみんなとお別れしたくないっ!!」
ロロアは泣きわめきながら敏樹にしがみついた。
「助けてっ!! トシキさん助けてよぉ!! 私を助けてくれたみたいに、みんなを助けてぇっ……!!」
それが無理な願いであることは、誰よりもロロアが理解していた。
相手は200人からなる山賊団である。
その背後にはさらに大きな力も見え隠れしているのだ。
そんなものを相手に敏樹個人の力がどれほど通用するというのか。
しかしロロアは敏樹にすがらざるを得なかった。
ロロアが救いを求められる相手は、目の前にいるこの男だけなのだから。
敏樹は自分ので肩を震わせながら泣き続けるロロアの頭を、やさしくでてやった。
そして――、
「いいよ」
と事もなげに答えた敏樹は、ロロアに優しく微笑みかけるのだった。
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