數時間後、時刻にして午前三時頃、敏樹はスマートフォンでセットしていた無音のバイブレーションアラームで目を覚ました。

あたりはまだ真っ暗である。

『報閲覧』でロロアの狀態を確認したところ、ＨＰは八割程度、ＭＰは六割程度まで回復していた。

敏樹は寢袋を出て収納し、ロロアの枕元に膝をついた。そして穏やかな寢息を立てるロロアの肩に、優しく手を置く。

ＨＰの消耗は主に疲労によるものなので【疲労回復】という回復でほぼ全快となり、ＭＰに関しては〈魔力譲渡〉スキルで分け與えた。

元々ロロア救出のためにけ取った魔力なので、借りたものを返すような覚である。

「ロロア、起きて」

トンと肩をたたきロロアを起こす。

「んぅ……んん……」

「おはよう」

「ふぁい……おぁようごじゃいましゅ……」

を起こしたロロアは、大きくびをした。

「あれ、なんかの調子がいいです」

敏樹がＨＰとＭＰを回復させたおかげか、いつもより寢起きも良さそうである。

「な、寢てよかっただろ？」

「はいっ」

腹が減っては戦はできぬということで、ふたりはまず水でを潤したあと、軽めの朝食を取ることにした。

あまり腹にたまって行を阻害してもいけないので、エネルギー吸収効率のいいゼリー飲料と固形の攜行食を軽く腹にれた。

食後には最近ロロアお気にりのカフェオレもどきを淹れ、このときは敏樹も砂糖を多めにいれたそれを飲んだ。牛は【加熱】という初歩の生活魔で溫めることができた。

「よーし、準備運をしよう」

食後一息ついたあと、敏樹はロロアにストレッチを教えつつ、自もをほぐしていった。

〈無病息災〉を持つ敏樹は寢起きであろうと常に最高のパフォーマンスを発揮できるが、ロロアはそういうわけにもいかない。

寢起きのままがまともにほぐれていない狀態で作戦を決行するのは危険だ。

「そろそろいこうか」

「はい」

起床から食事を含めてたっぷり１時間を準備に費やしたふたりは、アジトを目指して歩き出した。

森にを隠せるうちは〈影の王〉の発も最低限にし、ロロアにもあまり集中しすぎないよう注意しておいた。

「あれがアジトかな」

森が途切れ、開けた場所が現れた。

周りをぐるりと柵で囲まれた集落のような場所である。

テントや木造の家が並んでおり、規模はロロアの集落よりし広いかも知れない。

奧のほうに窟を利用した施設があり、その中が山賊幹部の住居や寶庫、それに人質がいるところだった。

現在人質は全員同じ場所に固まっていることを『報閲覧』で確認していた。

「しっかし、セキュリティが甘いなぁ」

おいそれと見つけられるような場所ではないので、見つからないのを前提に警備制が敷かれているらしく、門らしきものは開け放たれている。

現在そこにはふたりの門番が警備に當たっているが、椅子に座ってだらけきっていた。

時刻にして午前五時。空は徐々に白み始めるころだが、山間にあるこのアジトはまだ暗い。

見張りの代はもうし明るくなってからであり、アジトのほとんどの人間が眠りについているということもあって、いまが最も警備が手薄な時間帯なのである。

「ロロア、手を」

〈影の王〉スキルは隠系スキルをすべて合わせたスキルであり、習得に１億ポイントを要する。

が、隠系スキルを個別に選択したとしても実は１００萬ポイント程度ですべて習得できるのである。

このことを知ったとき、敏樹はポイントを無駄遣いしてしまったと後悔したが、〈影の王〉固有の効果を知ったことでその後悔は薄れ、いまその効果を発揮する段階に至ってはよくぞ習得したものだとあのときの自分を褒めてやりたい気分であった。

「はい、お願いします」

し遠慮がちに出されたロロアの手を敏樹はしっかりと摑んだ。

しひんやりとしたが伝わってくる。

それと同時に、ロロアの気配が徐々に薄れていく。

――スキル効果の付與。

これが〈影の王〉の固有効果のひとつである。

使用者がれた人や、放った道や魔に対して〈影の王〉の効果を付與することができるのだ。

ならばロロアに隠系スキルを覚えさせる必要はなかったのかといえば、そういうわけでもない。

他者に付與される〈影の王〉の効果はスキルレベルに応じて減衰される。

現在敏樹の〈影の王〉レベルは４であり、付與される効果は四割、すなわち半分以下となるのだ。

隠効果は付與された側の能力に上乗せされるので、ロロア本人のスキルもかなり重要になってくるのである。

敏樹とロロアは手をつないだままアジトの門をくぐり、敷地を歩いていく。

半分眠っているような門番ふたりは、敏樹たちが目の前を通ったにもかかわらず、一切気付く素振りを見せなかった。

敷地にも人の姿はなく、テントや家かられる音もない。

萬が一、外からアジトを見られても分りづらくするように、テントや家は暗めのが塗られている。

街燈などがあるはずもなく、星明かりすら反しないアジトの敷地はかなり暗かった。それでも敏樹とロロアは〈夜目〉を習得していたので、危なげなく敷地を進んでいった。

ほどなく窟の施設にたどり著く。

このり口の扉も普段は開け放たれており、そこを警備しているのもだらけきった二人の見張りだけだった。

（いくらなんでも不用心すぎないか？）

ここから先は幹部のプライベートスペースであるだけでなく、貴重な人質や、場合によっては寶庫などもあるはずだ。

外部からの侵への警戒はもちろんだが、山賊団の中には手癖の悪い連中もいるだろう。そんな部の人間への警戒という意味でも、半分寢ているような見張りが二人だけというのはあまりに無防備すぎるようにじられた。

（念のため……）

敏樹はロロアの手を離さないように気をつけながら、タブレットＰＣを片手に持ち、『報閲覧』をカメラモードにしてり口を映した。

（なにか通行を妨げるはないか？）

そう心の中で問いかけると、畫面上に反応があり、り口上部にガラス玉のようなが取り付けられているのが確認できた。

（魔力知と識別の魔道？）

それは門を通った者の魔力を知し、その魔力パターンを判別する事ができる魔道だった。

そして識別の結果、事前に登録されていない魔力パターンの持ち主が通った場合、警報が鳴るシステムであるらしい。

（……一応ロロアの〈魔力遮斷〉レベルを上げとくか）

敏樹はそのままタブレットＰＣのモードを変えて、ロロアのスキルメニューから〈魔力遮斷〉のレベルを上げた。

そのうえで〈影の王〉に注ぐ魔力を高め、門ををくぐった。

（……よし）

無事施設に侵を果たしたふたりは、天然の窟を加工して作られたり組んだ通路を進んでいく。

この時間に施設の通路にはだれひとりおらず、ふたりは問題なく目當ての部屋を訪れることができた。

扉の前には一応見張りがひとりいたのだが、椅子に座って完全に眠っていた。

まぁ侵者があれば警報が鳴るはずなので、窟部の警戒にはどうしても油斷が出てしまうのだろう。

「ま、俺らにしちゃありがたいけどな。もうし深く眠ってもらうか」

すぐ近くで囁かれた敏樹の聲も、だらしなく眠る見張りの耳には屆かない。

敏樹は〈影の王〉の効果を付與しつつ【昏倒】という魔を見張りの男にかけた。

「うおっ……っとぉ」

充分だらしない姿勢だった男のからさらに力が抜け、危うく椅子から転げ落ちそうになるのを支え、姿勢を調整した。

「ついでに魔力も貰っとこう」

姿勢を調整するためにったついでに、敏樹は男の魔力を吸収した。

これで魔の効果が切れても當分の間は目をさますことはあるまい。

敏樹はドアにれて〈音遮斷〉の効果を付與し、閂かんぬきを外してドアを開けた。

金屬製のドアは閂を外すときも、ドア自をかすときもかなり大きな金屬音が鳴ったが、それらは敏樹とロロア以外には聞こえない。

部屋にったあと、敏樹はドアを閉め、一部が格子になっていたのでそこから手を突っ込んで閂をかけ直した。

「暗いな……」

「ですね」

そこは鉄格子のある牢屋だった。

照明もなければ窓もないので、中は真っ暗である。

部屋の中と外を仕切る壁は天然の窟を利用しているだけあってかなり分厚く、そこに扉の分だけくり抜いたような形になっている。

「扉のあたりにだけ〈音遮斷〉付與しときゃいいか」

壁から音がれることがないと判斷した敏樹は、扉とその周辺にだけ〈音遮斷〉の効果を付與し直した。

効果と範囲を限定することで、魔力消費はかなり抑えることができるのだ。

「じゃあ、手、離すよ」

「……はい」

し名殘惜しげな返事だったが、敏樹は気づかないふりをしてロロアの手を離し、〈影の王〉を解除した。

部屋の中に山賊の一味がいないことは事前に『報閲覧』で確認済みである。

「だれだっ！？　いつからそこに……？」

鉄格子の向こう側から誰何すいかの聲が飛ぶ。

敏樹は【燈火】の魔を使い、ひとまず室に明かりを燈した。

「くっ……！！

明るくなりすぎないよう量を調整したので、眠っている者は反応しなかったが、起きていた者は眩しそうに目をかばった。

牢屋はふたつに區切らえており、男に分けられているようである。

男のほうは蜥蜴頭の水人が五人。

のほうは１１人で、ヒトや獣人、ハーフエルフなど多様な人類種に加え、獣の因子がない水人が二名含まれていた。

全員が簡素なローブを著せられている。

「ゲレウさん……？」

「……ロロアか？」

先ほど聲を発した男はどうやらロロアの知り合いであるらしい。

というか、ここにいる男がすべて水人で、ロロアの集落から連れ去られた者ばかりなのだから、なくとも男のほうには知り合いしかいないのだが。

ロロアが鉄格子の前に駆け寄ると、ゲレウと呼ばれた蜥蜴頭の男もしっかりとした足取りでロロアの前に移した。

「ロロア、どうして？」

「あの……」

そこで口ごもったロロアは、申し訳無さそうな表で敏樹の方を見た。

その視線をけ、敏樹は優しく微笑み、頷いた。

ロロアは敏樹に頭を下げると、再びゲレウに向き直った。

「みなさんを助けに來ました！！」