高速馬車でエムゼタを出て北へ。

中央大路を右に曲がって東へ進み、ヘグサオスクの首都エラムタへ行く。

ここまでは問題ない。

この後だ。

「あの、すいません」

『はい、なんです？』

エラムタ近くの通りで冒険者を追加で乗せるために、馬車が一旦停車したタイミングで馭者席に聲をかける。

ドア越しでも問題なく會話が可能な仕様らしい。

「スレイプニルに直接乗ることは出來ますか？」

『えーっと、まぁ大丈夫だけど……』

「ああ、俺、SSランクのショウスケですけど」

『ああ、こりゃどうも！！』

ギルド関係者相手に要を通すには、SSランクであることを明かすのが手っ取り早い。

こういう特権的なものを振りかざすのは余り好きじゃないけど、今はそんな悠長なこと言ってる場合じゃないからな。

とりあえずここからは何が起こるかわからないので外で偵察をしておきたい。

前回のアレはスキルじゃ把握できないようなので、目視するしかないようだし。

『どうしたんです？　急に……』

「あー、なんとなく嫌な予がするんでね。ちょっと前方を警戒しておきたいんですよ」

普通なら”嫌な予”なんて理由、鼻で笑われておしまいなんだが、非常時のSSランク冒険者が言う”嫌な予”となると話は別だ。

『そ、そうですか。ちょっと待ってください』

すると、ガチャリとドアが開く。

ドアの向こうにはローブを纏った小柄な中年男がいた。

馭者席といっても、そこはそれなりに広い個室になっている。

馭者が座る椅子は座り心地の良さそうな革張りのソファで、隅の方には仮眠用の寢臺があり、そこには代要員と思われる男が眠っていた。

ちょっとした冷蔵庫や流し臺、トイレらしい個室もある。

「へへ、どうも。いやぁSSランクの冒険者さんに警戒してもらえるってのはありがたいですなぁ」

「すいません、勝手を言って」

「よかったらここからでも前は見えますけど？」

確かに馭者席……いや馭者室といったほうがいいか。

この馭者室は前と橫が見やすいよう、フレームだけの構造になっている。

ただ、このフレームに魔が施してあり、雨風や熱を遮斷し、をある程度調整できるようになっているはずだ。

「例えば何かあった時、ここから外に向かって攻撃できます？」

「あー、そりゃ不味いっすねぇ。一応結界になってるんで……」

「じゃあやっぱり馬の上のほうがいいかなぁ。あ、でも乗馬経験なくても大丈夫かな？」

「ああ、そりゃご心配なく。スレイプニルの背は地面みたいなもんですから。逆立ちしたって落ちやしませんよ」

「でも、隨分飛ばしてるみたいだし、車は結構揺れてるよ？」

「そりゃこんだけデカい車つけてたんじゃぁ固有能力の影響もけにくくなりますよ。ただ奴の背に直接乗った場合は、例えどんなに飛ばそうが、それこそ空を駆けたって地面に立ったり座ったりしてんのとおんなじ覚でいられるんですわ」

「そりゃすごいね」

「じゃ、ちょっと待って下さいよ、結界を解きますんで」

馭者が何かを作するが、特に変化は見られない。

「はいよ。じゃあそのまま前から出て、ピョンと飛び乗ってくださいよ。奴にはもう言い聞かせてあるんで」

「うん、ありがとう」

「えっと……お連れさんもご一緒で？」

「へ？」

馭者の視線を追うと、そこにはし機嫌の悪そうなデルフィがいた。

「えーっと……」

「行くわよ」

「出來れば車で……」

「ダメ。私も行くの」

むう、こうなると説得は無理か。

まぁ何が來るにせよ彼の戦力は貴重だし、ここは頼らせてもらうか。

「じゃ、行こうか」

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

俺たちがスレイプニルの背に乗ったのを確認すると、馭者は馬車を発進させた。

ものすごい勢いで景が流れているんだが、馭者の言ったとおりスレイプニルの背の上は非常に安定している。

揺れはもちろんだが、風すらじないってのはすごいな。

俺たちはスレイプニルの背に立って前方を警戒する。

正直首が邪魔で視界が遮られるんだが、頭の上に乗るわけにもいかないので、俺とデルフィで左右それぞの前方を警戒している。

うん、一緒に來てもらってよかったな。

そのまま2時間ほど進み、ちょうどエラムタとエスケラの中間部辺りから、徐々にスレイプニルの走行速度が遅くなっていき、最終的には止まった。

馭者席の方を見てみると、馭者が両手あげて肩をすくめている。

とりあえず馭者席の前に行くと、結界を解いてくれた。

「すんません。馬が勝手に止まったようで……」

「ああ、いいですいいです。とりあえず俺たちでもうし前の方に行ってみますんで、結界戻して待機しといてください。やばそうなら俺らは放って逃げてもいいんで」

「そうですか。そう言ってもらえると助かります……。じゃあ、お気をつけて」

俺はデルフィを伴って地上に降り、前に進む。

中央大路というだけあって、道幅は広く、遮蔽もあまりないのでかなり前方まで見える。

「デルフィ、勘とか雰囲気とかそんなんで察知できない可能もあるから、目を凝らしておいてくれ」

俺の場合は＜気配察知＞＜魔力知＞＜危機察知＞なんかのスキルを持っているが、おそらく上級冒険者の多くは似たようなスキルを持っていると思われる。

なので、視力に優れた種の獣人以外は、案外目視を疎かにしている事が多いんだ。

前回、全く事前察知が出來なかったので、おそらく目視に頼るしか無い。

なので、デルフィに注意喚起しておく。

「……なんか隠してる？」

「いや……、まぁ、勘？」

「勘に頼っちゃダメなんでしょ？」

「あはは……」

「……まぁ後で説明しなさいよ」

「……うん」

現在、太はほぼ隠れているが、まだ夜とは言えない時間。

古來より逢魔が時おうまがとき、大禍時おおまがとき、トワイライトなどと呼ばれる、晝と夜が差する不吉な時間帯。

この世界でも不吉なんだろうか？

とにかくその不気味な時を、俺はデルフィとともに、人っ子一人いない大通りを歩いて行く。

ゆっくりと警戒しつつ、100mほど進んだ時だった。

「なに……、あれ？」

まっすぐと続く道の先にある地平線を、何かがワラワラと近づいてくるのが見えた。

道路の幅いっぱいに……いや、道幅を越えて、地平線いっぱいに広がって進んでくるソレは一何なのか。

なくともアレには気配も無ければ魔力もない。

だが禍々しいものであることは分かる。

數えきれないほどの何かの集団。

それがしずつ近づいてきている。

いや、離れているから錯覚してしまうが、たぶんかなりの速度で近づいているはずだ。

「デルフィ！　なんかわからんけど迎え撃つ！！」

「ええ！！」

流石に魔が屆く距離ではないので、俺は『ねじ突き』で、デルフィは『ねじ矢』で迎撃する。

牽制の意味もあるので、威力や範囲よりも程距離を長く取ることに意識を向け、一気に魔力を放つ。

それぞれの攻撃が直撃し、集団から何かがパラパラと吹き飛ばされるのが見えた。

しかしその勢いが止まることはない。

さらに數発、攻撃を加える。

一撃で數十単位のソレを仕留めているのはわかるのだが、近づいてくる速度

は変わらず、數が減ったようにも見えない。

「ゴブリン……？」

徐々に距離を詰められ、その集団が何で構されているのかがなんとなく見え始める。

それは確かにゴブリンのように見えなくもない。

おそらくは人男の半分ぐらいの長の、人型の存在。

しかし、じっくりと見ているヒマもない。

魔の効果範囲にったので、武を剣から杖に替え迎撃方法を『波』系魔に切り替える。

『ねじ突き』に比べて威力は弱いが、効果範囲は広く、迫ってくるソレは、大した耐久もなさそうなので、數を減らすにはこちらの方が効率がいい。

＜多重詠唱＞＜詠唱短＞のスキルレベルはそれぞれMaxに達しており、俺は現在同時に11回分の魔を、短い詠唱で展開できる。

上級攻撃魔であれば、MPの続く限り延々と連続で発できるのだ。

デルフィの方は魔弓を使った広範囲攻撃魔法・・の方が効果範囲が広いので、さっきから延々と弦を弾はじき続けている。

攻撃をけたソレは、あっさりと灰のようにポロポロと崩れて消滅するのだが、見渡す限り一面を埋め盡くしているので、多減ったところで全に影響はなく、進行も止まらない。

ようやく個別の形が見えるようになったソレは、大きさとしては確かにゴブリンに近いが、ゴブリンのように筋質ではなく、兇悪な顔もしていない。

全青白い、というより灰に近いで、病人のように痩せこけた顔、手足は枯れ枝のように細く、肋あばらは浮き、しかし腹だけはぽっこりと膨らんでいる。

いや、腹が膨らんでいるのではなく、他が細すぎるのだろう。

「鬼……か？」

ソレを見た俺の頭にその名前が浮かんだ。

この世界にそぐわない鬼とおぼしき群れが地平線からこちらを覆い盡くし、じわじわと近づいてくる。

俺もデルフィも可能な限り効率的に攻撃を加え、すでに萬を超える數を倒しているはずだが、一向に進行の勢いが衰える気配はない。

「なによこれ！　なんなのよこれぇ！！」

その異様な姿、そして異様な數に圧倒され、デルフィの顔に恐怖が浮かぶ。

二人で活を続け、危険なことは何度もあった。

しかし、ここまで彼が怯えるのは初めてだった。

これだけ怯えていても、攻撃の勢いだけは衰えないんだから大したもんだ。

しかし、二人じゃここら辺が限界か……。

「デルフィ、逃げるよ！！」

最後に二人でデカい魔法をひと當てし、を翻す。

しかしその先には絶的な景が広がっていた。

俺たちの攻撃は焼け石に水程度ではあったものの、それでも俺ら周辺の進行を多なりとも遅らせていたらしい。

だが、俺たちの攻撃が屆かない左右両翼は進行速度を維持しており、中央部より先に進んだ両翼の鬼どもは空いたスペースを埋めるように包囲のをめていたようだ。

後方100mほどに控えていた馬車のスレイプニルは鬼に引っ付かれてガリガリと食われ、半分ほどが骨になっており、殘りは骨すらなかった。

馬車も大半が食われてボロボロになっている。

多なりとも進行を遅らせていたとはいえ、所詮は焼け石に水。

なんとか抵抗を続けたが、包囲のは無慈悲にまっていった。