《異世界冒険EX》丘の上の戦い⑤
「え……噓、だよね」
悠斗の元へと駆け寄る茜。
アッシュ達四人はそれを油斷なく見つめている。
悠斗が生きている可能を考えれば、迂闊には近づけない。
「悠斗くん、ごめん、悠斗くん……まさかこんな」
茜は悠斗の頬に手を當てる。その瞳からは大粒の涙がボロボロと落ちていく。
「無駄ですよ。私の槍、ゲイボルグは死の概念を形にしたもの。その効果は持ち手の部分にも及びます」
絶対防を持つニルギリだからこそ扱えるのだ。普通は持った時點で死んでしまう。
未だに起き上がらない悠斗を見て、ニルギリは確信を得る。
「私の全力の投擲を止めたのも、槍を摑みしばらく生きていたのも、さらには避けたのも正直、あり得ないことです。が、神木悠斗は死んだ。それが結果です」
そう言ってニルギリは二本目のゲイボルグを手に生み出す。そして、
「これで……完全に終わりです」
茜に向けて、死を投擲する。
最大限強化した悠斗でも防ぎきれなかった一投、能力に関してはそれ以下である茜に防ぐはない。
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……はずだった。
「……死んでまで隙を作ってくれるなんて……やり過ぎだよ<<四則演算『乗算』>>」
投げられた二本目のゲイボルグ。それが二人に到達するその瞬間、茜と悠斗の二人からが溢れる。
「な、何だこのは……!」
「……わかりません! ただこの魔力は……!」
そのは一瞬のものだった。その一瞬の後、殘ったのは一人の子供だった。
年ともとも言えない中的な容姿は、どこか悠斗と茜の二人に似ている。
しかし、二人とは髪のが違う。中學生の二人は染めることも無く、黒髪だが、その子供は白髪だ。
驚いたような、なんとも言えない表を浮かべているその子供は、その切れ長の目でアッシュ達を見る。
「…………」
その周囲からは投げられた槍も、ゲインの武も、何もかもがいつの間にか消えている。
「君は……誰だ?」
アッシュが張した様子で尋ねる。そして、返ってきた言葉は……。
「とっくにごぞんじなんだろ!? ……茜と悠斗が合して……アウトってとこかな……」
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地球の一部の人間にのみ伝わる悪ふざけだった。
(うん、アウトだね。々と。悠斗くんってたまに悪ふざけするよね)
(ごめんごめん。でも、ちょっと不味いな。早く名前決めないと……カッコつかないぞ)
「合? 意味がわからないんだけど?」
アッシュの問いかけは當然の疑問だが、合した二人は別の問題で忙しい。
「…………」
使われたのは茜がこの世界に転移することで與えられた固有魔法、四則演算。
その能力は四つに分かれており、今回使用したのはその中の乗算だ。
これは二つのものを掛け合わせる能力だ。それを使って、悠斗と茜が合したのがこの子供だった。
「……ちょっと待っててよ、名前決めるから」
結局すぐにはまとまらなかった二人は、適當にアッシュをあしらうと、心の中で會議を始める。議題は合後の名前について。
(じゃあ……アカト……うーん、何か違うねえ)
(ユアカは?)
(湯垢じゃんそれ。嫌)
(仕方ない……)
「……おい、お前らも考えてよ! 神木悠斗と森羅茜を合わせて何かカッコいいの!」
合した二人はアッシュ達に向かい、ぶ。二人だけでは思いつかないと考えたのだ。
「……何なんだあいつは?」
「わかりません。ですが……あれは、化けです」
しかし、當然考えてくれる訳もない。それよりも目の前の化について考えないといけないのだ。
伝わってくる魔力量は先程までの悠斗の數萬倍。
いくら何でもインフレが過ぎる。
「流石にもう無理みたいだね……逃げよう」
「ですね」
アッシュとニルギリはそう決めて、もう二人も連れて転移の準備を始める。
一方で、二人はまだ名前を考えていた。
(じゃあ、シンラのシンとカミキのキでシンキってのはどうだ?)
(響きは悪くないけど、それ悠斗くんの神木を読み替えただけだし嫌。どうせならボクの名前もれたい)
(じゃあ……茜のアと悠斗のユでアユとか)
(歌手か魚だから嫌)
(じゃあ、神木と茜で神木茜とか……。にゃんちゃって)
(そ、それは……その……!)
(大人になってから被るから駄目だな。茜と)
(そ、そうだね。あははは)
結婚するのが決定事項のように言う悠斗に茜は照れたように笑う。
実際、悠斗は茜以外と結婚することも、茜と結婚出來ない可能も全く考えていなかった。
アイギスにサラリと告げられた衝撃の事実を聞くまでは。
(……あ、そうか。俺達の子供の名前と思って考えればいいんだ)
(ボ、ボク達の子供……)
(うーん……茜は何かあるか?)
(え!? そ、そうだなあ……悠斗くんのユと茜のアでユアはどうかな? 漢字で書くと結でボク達二人みたいに、子供もを結ってしいって言うか、ボク達二人がを結んだ結果って言うか……い、今思いついたんだけど、ど、どうかな!?)
(……可い。決定)
悠斗は心の中で歓聲をあげる。ずっと考えてくれていたのだろう……やけにすらすら語っていたし。嬉しいなぁ。
「という訳で、僕の名前はユア。今後ともよろしく」
ユアが決め顔と決めポーズでそう告げるが、アッシュ達はそんな場合ではない。
「な、何で転移できないんだ……」
「わかりません、がアイギスの仕業の可能が高いかと……とにかくここは」
ユアの自己紹介を無視して四人は全力で走り出した。
勝てる可能がない以上、殘された手はそれしかない。だが、
「逃がすわけないよね」
そう言ってユアは概念刀、破斷の太刀を振るう。
空間さえも切斷する一撃が數回に渡り、アッシュ達へと襲い掛かる。
「な……んで……」
「噓でしょ……」
「俺が……なぜ」
一瞬の事だった。
今までは躱せていた斬撃が見えなかったアッシュ達は、四肢を切斷され、倒れる。ゲインは片腕を既に失くしていたが。
「アッシュ!?」
ニルギリだけは無事だが、彼も逃げるのを止めて立ち止まってしまう。
「やっぱり絶対防は崩せないか……」
「……<<リザレクション>>」
ニルギリが回復魔法を発し、三人のを癒す。しかし、
「無駄っと」
ユアが一度手を鳴らすと三人はまた四肢を失くし、倒れる。今度は風魔法によるものだ。
「そんな何度も四肢切斷の痛みを繰り返させようなんてニルギリさんも鬼だねえ……」
「なっ!? 私はそんなつもりでは……。瞬間回復が発しないようなので、急いで回復しないと出が……!」
確かに三人の周囲はだらけになっている。數十秒も放置すれば死んでしまうだろう。
「瞬間回復が発しないのは當たり前だよ。付加された裝備品をに著けていないんだからさ」
魔法錬金は固有魔法を裝備品に付加する。であれば、裝備品をに著けていなければ効果はない。
最初の斬撃の時點で切り飛ばされた両腕につけられていた指、腕等はもう使えない。
ゲインの腕が回復していなかったのも、それが原因だ。
當然、拾う隙なんて與える訳もない。
「さてと、君たちには悠斗くんを殺した罪と茜を泣かせた罪がある。つまりは……楽に死ねると思わないでよ?」
そう言ってユアはゆっくりと歩いていく。
「ど、どうしましょうか? アッシュ」
「……やっぱり神木悠斗は死んでいたのか……じゃあ何で今……もしかして……」
心配するニルギリをよそに、アッシュは一人ブツブツと呟き、這いつくばったまま顔だけを持ちあげ、ぶ。
「待ってくれ! 降參する! だから、ちょっと話を聞いてくれ!」
「アッシュ!?」
ニルギリが驚いたようにアッシュの顔を見るが、アッシュは必死にユアに話しかける。
「どっちの能力かわからないけど、出來るんだろ!? 死んだ人を生き返らせることが!」
「そりゃ……おっと」
ユアが答えようとした瞬間、ゲイボルグがユア目掛けて飛んでくる。
それを危なげなく躱したユアは、どういうつもりかな、とニルギリを見る。
「そういう事ですか……。であれば、私も本気を出しましょう」
しかし、今まで開けているのかわからなかった目を大きく見開き、睨み返してくるニルギリ。
その金の瞳からは何か強い意思がじられる。
「ニルギリ!?」
突然の攻撃にアッシュも驚き、ニルギリを見るが、逆に彼はそんなアッシュに一瞥もくれない。
「すみませんが、眠ってください」
「な、何で……」
ニルギリが軽く手を振り、アッシュ達三人を眠らせようとする。
「ニルギリ……なんで……」
アッシュは自然と閉じられる目を何とか開こうとするが、やがて力盡きた。
他の二人は既に出によって意識をなくしていたようで、微だにしない。
「なにやってるのか知らないけど……勝てんぜ、おまえは……」
ユアはあくまで余裕を崩さない。相変わらずの悪ふざけ続行である。
「何を言っているのですか? 私は絶対防によって守られており、先程私の槍を避けた事からあなたに防ぐはもうないのでしょう? あの時どうやって防いだかわかりませんが、現時點で防げないなら問題ありません」
そう言ってニルギリは空に手をかざす。
世界の崩壊こそ止まったが、まだ赤い夕焼け空に無數の槍が出現する。
「終わりです!」
「ちょっと足りないか……」
降り注ぐ死の雨の中、ユアは小さな丸い塊を一つ、口に放り込んだ。
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