｢…うわぁ!?｣

 アノマリーはび聲をあげながら、目を覚ます。

｢さ、先程の出來事は、全て夢か？｣

 あの後青年から、想像を絶するお仕置きをけたアノマリーは、気が付くと馬車の中に居たのだった。

｢む？どういう事だ？痛みも無い。塵一つも付いておらんな。｣

 自のを見回し、傷一つない事を確認し、夢であると考えたアノマリー。すると段々と、自分を痛めつけた青年に対し、怒りを覚えてくる。

｢チッ！あのクソガキめ！儂をあのような目に合わせおって！｣

 夢の中の出來事に対してキレだすという、何とも間抜けな事をしていると、馬車の戸が叩かれる。

『ドンドン』

｢何事だ！｣

｢し、失禮します！｣

 相當に不機嫌な聲を出すアノマリーに、顔を悪くしながら馬車にってくる1人の兵士。

 その兵士に既視を覚えるが、アノマリーの小さな脳みそは、直ぐに彼方へと忘れ去ってしまう。

｢ひ、1つ、ご報告があります。｣

｢報告？｣

｢は、はい。門番の男から、『アノマリー･ディストア様一行とお見けするが、何用であるか？』と伝言を預かっております。私達が視察である事を説明したのですが、中々信じようとしないのです。｣

｢…な、なんだと。｣

 兵士の口から飛び出た驚きの言葉に、鶏並みの脳みその持ち主であるアノマリーでも、揺が隠せない。

｢おい、お前！｣

｢は、はい！｣

 突然大聲を出すアノマリーに、兵士はビクッと大きくを跳ねさせるが、アノマリーはそんなことはどうでも良かった。

｢その門番、黒い髪のガキだったか!?｣

｢え、あ、 はい。すぐ近くに金髪のが居るのにも関わらず、その場からほとんど移する事無く、40名ほど兵が倒されました！｣

 何故門番の特徴を知っているのか不思議に思ったが、取り敢えず報を追加していく兵士。そんな兵士の言葉に、アノマリーの顔はどんどん悪くなっていく。

｢その倒された奴らは、全員気を失っているだけなのか？｣

｢は、はい。その通りです。｣

｢く、クソがっ！｣

 兵士のポカンとした顔を目に、アノマリーは馬車から飛び降りる。

｢え!?｣

 本來なら、危険なはずの外にでないように、止めるのが仕事であるのに、そのきに対応が遅れる兵士。

 まぁそれは仕方の無いことであろう。鈍重なダルマであるアノマリーは、普段のきは非常にゆっくりとしたものである。それが、転がるような勢いでけば、呆気にとられるのも頷けるというものだ。

 こうして1人、馬車に取り殘されることとなる兵士。…それはある意味、非常に幸運な事であるのかもしれない。この後の地獄を見ないで済んだのだから。

｢おい貴様！これは一どういう事だ!?｣

 突然の主の登場に困する兵士を掻き分けながら、アノマリーは青年に詰め寄る。

｢はて？『これ』とはどの事でしょうか？｣

 鬼気迫る表のアノマリーに、青年にしがみついている金髪のが怯えた表見せる中、青年は表を全く変えずに、恍けた口調で首を傾げる。

｢貴様！｣

｢おっと。危ないな〜。この子が怪我をしたら、どうしてくれるんだよ。｣

 頭にきたアノマリーは、青年に摑みかかるが、ひらりと躱されてしまう。しかもその腕の中に、を抱えながらだ。

｢おい、恍けるな！何故同じ1日を繰り返している！貴様が原因であろう!?｣

 ほぼ斷定に近い、確信を持った口調で問うアノマリー。

｢あれ？俺が原因って分かったんだ。なくとも、ゴブリンよりは知能があるみたいだね。｣

 この世界の最弱モンスター、『ゴブリン』の名前を出しながら、貶す青年。詳しい生態は後ほどれるが、この世界ではゴブリンは、その気になれば多剣を習った子供2、3人でも倒せるレベルの低位のモンスターである。そんなモンスターと比べられれば―

｢わ、儂をあんなモノと比べるな！儂を誰だと思っているんだ！｣

 ―と、このように、誰でもブチ切れる程の屈辱的な事であるのだ。…決してアノマリーの沸點が低いとか、そういう訳では無い。決して。

｢あー、これはね、者の考える、正しい選択肢を選択するまで、絶対に抜け出せなず、一定の時間まで巻き戻るっていう魔法なんだ。名付けて、『悪夢の迷宮ナイトメア･ラビリンス』ってとこかな？｣

 ドヤ顔をしながら、を張る青年。

 しかしアノマリーは、出鱈目な効果の青年の魔法に、頭が機能しなくなっているようだ。

｢ま、魔法だと!?そんな魔法、聞いた事無いぞ!?何かのハッタリだ！トリックがあるに決まっている！｣

｢いや、聞いた事無くてもさ、実際に目の前で時間が巻き戻ってるんだ。いい加減現実見ろよ。｣

｢くそ！こんな現実あってたまるか！｣

｢ぶふぅ！｣

『ご尤もです！』と、アノマリーの狀況に陥った者なら誰でも言いそうな発言に、青年は吹き出してしまう。

｢な、何を笑っている!?早くそのナイトメアなんちゃらを解け！｣

 青年が吹いたのが癪に障ったのか、顔を真っ赤にして命令する。

｢『悪夢の迷宮ナイトメア･ラビリンス』な。…正しい選択をするまで抜けられないって言ったろ？あ、でも安心していいぞ。｣

  だが、青年は魔法を解こうとはせず、何故か優しい笑みを浮かべている。

｢あ、安心だと？｣

 信用ならないという表で、アノマリーは問う。…そんなアノマリーの懐疑心は、正しかったようだ。

｢あぁ、安心だ。何故ならば、ここは夢の中･･･だ。だから何度間違えても、永遠に死ぬ事は無い。この世界を、存分に楽しんで行ってくれ。｣

 清々しい程の、曇りっけのない笑顔で、殘酷な真実を伝える青年。

｢ゆ、夢だと。｣

 1度目にけたあの苦しみは、本の痛みであった。それなのに、夢とは考え難かった。しかし、アノマリーがどう思っていようと、青年は魔法を解くことは無い。

 こうしてアノマリーは、本の地獄を、何度も味わう事になるのだった。