《FANTASY WAR ONLINE》第三五話

「で、今日は何の本を買いに來たんだ?」

そういえばそうだった。ここへは本を買いに來たんだった。さっきまでオークのことについて語ってる時間が惜しい。

「ああ、そうじゃったのう」

って、師匠も忘れていたのか。たしかに、久しぶりに友人と談笑しに來たとも考えられるけど、実際はそんなことはないからな。

「何を仕れてきたのじゃ?」

「いや、最近はないぞ。……あー、いくつかはあるか」

と、ミハエルさんは遠くの棚へと歩いていく。そして、いくつかの本を手に取って帰ってきた。

ミハエルさんが本を持っている姿が非常に似合っていない。別に筋骨隆々の人が本を読むなとは言わない。だが、こいつって本読むんだってタイプの人がいるだろう? そういうじだ。しかも、いくつも本を手に取っているんだぞ。しかも、本のとり方も丁寧だったしな。本屋なんだと意識させられる景ではあった。

「ほれ、新しくってきたのがこれだな」

「ふむ……」

本のタイトルに読めるのが三冊、読めないのが四冊。

「師匠、読めないのは何語で書かれているのでしょうか?」

「どれが読めないのじゃ」

俺はタイトルが読めない四冊を指さしていく。

「えーと、妖気語が二冊に霊語が一冊に妖語が一冊じゃな」

「師匠、霊語の本はどんな容なんですか?」

一応俺は【霊語】持ちだからな。これで、わからないということはそれだけ高度な容の本なのだろう。まあ、絵本ですら読めない本がありそうな気がするけどな。

「學論文じゃな。しかもこれ、去年のではないか! ミハエルよ、なかなかやるのう」

師匠は上機嫌で本を開き始める。

「當り前よ! イギストにちょっと連絡してな。いくつか読み終わった本をこっちに回してもらったぜ!」

「おお、イギストか! あやつは研究室にこもってばかりじゃからの。定期的に外に出してやらんとな」

「お前は森にこもってばかりだけどな」

いことは気にするな」

と、師匠の指が止まる。

「……あ、これドワーフ訛りじゃ」

「え? ……うわすげえ。二百年ぐらい前のドワーフ方言じゃないか?」

「うげえ、さすがに読めんぞこれ」

「ドワーフでも読める奴いるか?」

「二百年生きていれば読めるであろうよ。というか、イギストが持っていたんなら読めるのではないのか?」

しかし、そこでミハエルは言いづらそうにしている。そして、意を決したように恐る恐る口を開く。

「ああ、すまん。イギストが『読みにくいからやるわ』って言って持って來たんだわ、その本。その當時は容が難解なのかと思ってたんだが、まさか方言だとは」

「お前が先に読んで確認せんかい!」

「俺は論文は好きじゃないの!」

「はああああああああああああ?」

師匠とミハエルさんの口論が始まった。

「あのー、お二人」

「なんじゃ?」

「どうして、去年発表の論文で二百年前のドワーフ方言の論文が発表されるんですか?」

「そりゃ二百年生きたドワーフの爺さんが論文発表しただけの話だし」

え、そんなに長生きした人がいるの。

「あの先生は、話し方は別に今の話し方じゃから、聞き取れないことはないのじゃが、文章になるとのう。てか、なんで著者が書いてないのじゃ! 書いてあればそんな罠に引っかからなかったのに!」

「店に來たときからなかったからな。そういうもんだと諦めてたよ」

「論文で著者が書いてないとか、あり得んぞ」

「それ、論文なんですか? というか、タイトルは読めるんですか?」

「確かにこれは論文じゃよ。『の糞尿を利用した鉱錬技の確立について』とかいておる」

どんな論文じゃそれ! 出來るの! すごいなあ。

「何でタイトルはドワーフ訛りじゃないんですかね?」

「タイトルは著者が書いたわけじゃないからじゃろ? 口語で伝えたのをそのまま書いたら、わしらでも読めるような文になるの」

「ああ、なるほど……」

納得は出來ないが理解は出來た。

「で、どうする?」

「わしは別に、ドワーフ方言の言語學者じゃないからのう。……これは後で考えるとしよう。他の本は全部買うとしようかの」

「お、まいどありい」

と、師匠が會計にうつったので、俺は奧の扉をノックする。

「どうしたの?」

「いや、もう用事は終わりそうだから、そろそろ出発するぞって」

「うん、わかった」

「えー、お姉ちゃんもう行っちゃうの?」

「うん、ごめんねサーラちゃん。また遊びに來るから、我慢できる?」

「んー、がまんする」

「えらいねー」

かおるはサーラの頭をひとしきりでて、こちらに向き直る。

「よし、準備は出來たかの」

「はい、大丈夫です」

「またねサーラちゃん」

「またねお姉ちゃん!」

「じゃ、また來るからの」

「おう、いつでも待ってるぜ!」

俺たちは古本屋を後にした。

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