《転生プログラマのゴーレム王朝建國日誌~自重せずにゴーレムを量産していたら大変なことになりました~》80 レイラという名の悲しき龍

「鈴音ー。お、いたいた」

宿屋の屋の上。そこに月を見上げる黒貓がいた。

「あるじ。……修行はもういいのか」

「今日はもうおしまい。よっと」

俺は鈴音の橫に腰を下ろす。

月が町の真ん中にあるドラゴンの骸を照らしている。

靜かに見下ろすそれは、まるで竜街の守護神のようだ。

「鈴音ごめん! 俺てきとうなことばかり言って」

黒貓がの粒子を纏う。

粒子はふわっと膨らんでいき、粒子が消えるころには、屋に腰掛ける鈴音が現れていた。

「あるじが謝るなんて珍しいな。明日は雪か」

「俺だって悪かったと思えば謝るよ。……鈴音の気持ちを考えて無かった。不老不死になったらなったで、つらいことたくさんあるんだよな。鈴音も、つらい思いをたくさんしてきたんだと思う」

「……あるじに他人を思う想像力があるわけ無いな。エマニエルか龍姫あたりのれ知恵かの?」

「……はい。ごめんなさい。龍姫さんに相談しました」

鈴音の笑い聲は大きく無かったが、靜けさに沈む夜の街に広く響き渡っていった。

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鈴音の笑った顔を見るのは本當に久しぶりだ。やっぱり鈴音は多憎たらしくても笑ってる方が心地いい。

「まあ、あるじらしくていい。しかし、ワシが先に謝りに行こうと思っておったんじゃが。先を越されてしまったの」

「鈴音が謝る事なんて、なにもないだろ」

「・・・・・いや、悪かったのはワシのほうじゃ。あるじに八つ當たりしてしまった。年をとっても、ワシはいつまでも小娘のままじゃ」

「八つ當たりって?」

「つい昔のことを思い出してしまっての……ちょっと愚癡に付き合って貰って良いか?」

「他人を思う想像力が無い俺で良ければ」

「まあ、そうすねるな。寒いからもっとこっちにこい」

俺はし腰をずらして鈴音の方に寄る。

鈴音の方もし寄ったため、がぴったりとくっついた。

「おい、離れようとするな。寒いじゃろう」

「わ、分かったよ。……それじゃ、愚癡をどうぞ」

「そう改めて言われると言いにくいのう……まあいいが。あるじが不老不死になりたくないと言ったとき時に思い出してしまっての。初代國王……大和やまとが不老不死を斷った時のことを」

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そういえば正義さんが不老不死だと知ったときから気にはなっていた。初代國王はどうして死んだのかと。正義さんの話では、不老不死でも怪我や病で死ぬ事はあるということだから、なんとなく戦爭とかで亡くなったのではないかと考えていたが。

「初代はなんで不老不死を斷ったの? いや、覚悟のいる事だとは理解してるし、斷ることだって十分あり得るとは思うけど。ただ、國王だからさ」

「そうじゃな。國王なら、國を守る責務がある。そう思うのは當然じゃ」

「じゃあ、どうして」

し、遡って話そう。大和が國王になる前、ここ東大陸は有羽人との全面戦爭まっただ中でな。有羽人は元來生まれ持つ強大な魔力で圧倒的勢力を誇っておった。それに対して人間族は、12の小さな國に分裂しておって纏まりが無く、いつ滅ぼされてもおかしくない狀況じゃった。そんな狀況下で、唯一希を失わなかった馬鹿がおった」

「それが初代」

「大和は強かった。類い稀な魔の才能を持っておってな。8歳の頃にはすでに上級魔法を使いこなし、各地の戦場で次々と有翼人を討ち取っていたそうだ」

「8歳って、それってまさか」

「そう。大和はあるじと同じ転者じゃ」

俺と同じ転者が、300年も昔にこの地にやってきていたんだ。

「大和が10歳になるし前、ワシは大和と偶然出會い、能力を與えた。能力を得てからの大和は凄まじかった。特に大和の作る魔剣は強力でな。その剣さえあれば一般兵でも有羽人に対抗出來るほどの力を手にれる事が出來た」

「有翼人って前に父さんから聞いたことがあるけど。そんなに強いの?」

「戮のような化けがたくさんいると思え」

「うへえ。それは生きた心地がしない」

「大和は各國を訪れては魔剣をばらまいてな。劣勢だった人間達は形を逆転した。さらに有翼人を東大陸から追放するため、ばらばらだった國は一つにまとまり、名を東と改めた。そのとき皆から請われ、國王の座についたのが大和だ」

「すごいな。たったひとりで國をまとめ上げたのか」

「形勢不利となった有翼人は姑息な手を打ってきた。羽を切って人間に化けた有翼人を東に潛り込ませ、大和を暗殺しようとした」

「もしかして、それで初代は」

「いや、暗殺は失敗。なぜならその有翼人……レイラは大和に近づこうとするに、大和を好きになってしまったからじゃ」

「それはまたすごい展開だね」

「レイラは全てを大和に話した上で、告白したそうで。大和はあまりの勢いに圧倒されてお思わず承諾してしまったと聞いている。まあ、十中八九レイラのでかいにでも心を奪われたんじゃろうけどな。」

「そうだったんだ。でもレイラさんもすごいね。考えなしというかなんというか」

「確かにレイラは考え無しじゃったのう。暗殺者としては落第點じゃ。考え無しに行して……その結果が、それじゃ」

鈴音はあごをくいっと向ける。そこでは大きな三日月がらかいを落としているだけだった。

「月?」

「あほう。その手前じゃ。でかいのがおるじゃろ」

「でかいのって、龍のこと?」

「そうじゃ。蒼の龍。そしてレイラでもある」

「うそだろ? あれが?」

悠々と構える龍骨は雄々しい姿をしている。とてもとは思えない。

「前に話したかのう。龍は魔法が暴走した人のなれの果てじゃと。翼人の羽には魔法をコントロールする基幹が備わっていての。レイラは比較的魔力の強い傾向のある右翼人の中でも、ひときわ強力な魔力の持ち主じゃった。そんな強力な魔力が、羽を失ったレイラを次第に蝕んでいった」

魔力が暴走した人間が龍と変じてしまう。にわかには信じがたいことだが、眼前に聳える龍が真実を語っている。

「それは……レイラさんは知っていたの?」

「知ってはいなかったようじゃ。……なくともわしにはそう見えた。レイラを送り込んだ上層部は知っておったじゃろうが、知った上で送り込まれた可能が高い。おそらく、暗殺に失敗した時の保険じゃったんじゃろう」

「……そんな」

ひどい話だ。暗殺に功しようがしまいが、どっちにしろ死んでしまう運命だったということだ。

元いた世界と同じだ。派遣社員は景気が悪くなればどんどん切られていく。世界は違えど、その本質は同じだ。どの世界でも権力者に振り回され、捨て駒にされる人間がいる。

俺はなんだかやるせない気持ちになっていた。

「レイラが王妃となってから5年後、レイラに異変が現れ始めた。まず魔力の暴発が顕著になり、魔法が使えなくなった。次に神が衰弱し始め、城に閉じこもるようになった。このころからだろうか、大和への執著が強くなっていったのは。もしかすると、本能的に自分が消えてしまうことを知っていたのかもしれん。そして王妃となってから8年後……そしてそれは突然じゃった。城の側から突如として悪しき龍が現れた」

それが……レイラさんのれの果て。権力者に命を弄ばれた結果か。

俺は改めて龍骨の額を見た。今は暗くて見えないが、そこには大和の作り出した魔剣が深々と突き刺さっているはずだ。

「大和は死闘の末、龍を殺し終えた。満創痍の大和が助かる道は、不老不死にるしかなかった。ワシは必死に伝えたよ。辛いだろうが、國のために生きろとな。だが大和はワシに言ったよ『人として死なせてくれ』ってな。ふふっ。あやつは、王として生きることを止め、人として生きることを選んだのさ」

初代はどのようにして有羽人のと出會ったのか。また龍を倒さなくてはいけなくなったとき、どれほどの葛藤があったのか。気になることは山ほどあったが、今はなぜかそれを聞くべきでは無い気がした。

「不老不死にるというのは簡単な事では無い。それは人を捨てて鬼にりはてるということじゃ。人の理ことわりを離れ、人の生死を永遠に見続ける呪いをけた悪鬼。考え無しに飛びつくのは愚か者のすることじゃ」

鈴音がまっすぐ俺を見た。

「改めて聞こう。あるじは、不老不死をむか?」

「……俺は初代の決斷がよく分かるし、責める気にはならない。同じ転者だから。転者は、一度すべてのつながりを失っているから。だから、失うのがすごく辛いんだ。初代はレイラさんの死で、その糸が切れてしまったんだと思う」

「……そうか。じゃが、斷るのも良いと思う。それが主の決斷であれば――」

「でも、鈴音のそばいてやりたいって気持ちもある。鈴音は意外とさみしがり屋だし。一人くらいはそばに気持ちもある」

「……あるじ」

「まだ決斷は出來ないけどな。俺はまだまだ弱くて、初代のような力もない。だから、まずは強くなる。そして強くなった暁に、また不老不死について考えたいと思う」

「ふん、同然じゃ。わしの隣席はそう安くは無いぞ」

「それが大和じゃなくて申し訳ないけど」

「なんじゃそれは」

「好きだったんでしょ? 大和のことが」

「……ふん。何も分かっとらんくせに」

「違った?」

鈴音がことん、と頭を俺の肩にのせる。

「あっち向いてろ」

鈴音はうつむき加減に言う。

空を見れば、夜の帳は一層深くなり、星が輝きを増していた。

この街の夜は本當に靜かで良い。治安の良い証拠だな、と思う。しかし、その靜けさが今は災いして、小さな聲でも遠くまで通ってしまう。

たとえそれが、の押し殺した、小さな小さな泣き聲だったとしても。

今日はみんな早く寢靜まっているといいなと思うが、それは蟲のいい話だろう。

気まずさから目の置き場がなく、ずっと龍を見つめていたからだろうか。

『見せ付けるじゃないの』

ふと、そんなレイラさんの恨みの篭った、でもどこかやさしい聲が聞こえたような気がした。

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