《聲の神に顔はいらない。》49 雨の匂いが運んでくるは……

私は前を向くことにした。何を言ってるんだと、思われるかもしれないが、それは人にとってはとても難しい事なんだ。とくに私みたいな暗な人間にとっては尚更だ。なにせずっと下を向いて生きてきた。

自分が不細工だと気付いてからずっと……私の自信はこの聲だけだったけど、だからって聲が褒められる事なんかなかったんだ。そもそもが普段は下を向いてボソボソと喋ってる私だ。それは學生時代からそうで、きっと私が聲優なんてをしてるなんて知ったら、學生時代のクラスメイト驚く事だろう。

まあそもそも、誰も私なんて思い出す事できないだろうけど。でもただ一人、私の聲を褒めてくれた人がいた。多分私はその人のおかげで今、聲優をやってる。それが一度目だとすると、今度の決意は二度目だろう。

私の背中を押したのは先生だ。新作をかけば必ずベストセラーを叩きだし、映像化されれば、アニメなら覇権を取り、実寫ならアカデミー賞を総なめにする。そんな今をときめく大作家先生。本當なら私の様なブスなんて相手にする暇もないくらいにがあれよあれよと寄ってくるほどの人だ。

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それこそ選り取り見取り、酒池林だって思いのままだろう。実際そうなのかは知らないが、なんかイメージ的に出來てもおかしくないと思う。けど実際の先生はこんな不細工で聲優という世界の末端でしがみついてる様な奴に手を差しべてくれる様な人だった。

本當にかかわりなんてあのアニメの現場で終わったと思ってた。確かに私が売れれば、売れなくてもしがみついてればそのうちまたの機會があったかもしれないとは思う。なにせ向こうは出す作品が次々と映像化されるし、そもそも小説とかにしなくて、最初からその原作を下ろすとかもしてる。

だから先生の作品はこれからも供給されて行くのは確定してる。そこに私がかかわった確率がどれくらいあったかって事。

「なんで先生は私なんかに……」

そうスマホを見ながらつぶやく。何とスマホのアプリには先生が登録されてる。この前映畫館で二人で映畫を見てファミレスで語り合って――てしてたら、なんか換し合ってた。多分、お互い変なテンションだったんだろう。

どうせ連絡なんて來ないだろうと高を括ってたら、その日の夜には丁寧な今日の想というか、謝の言葉がつづられてきた。あれにはびっくり。まさか目上なはずの先生からそんな文章をもらうなんて……ってね。まあその後なんて返信したらいいのかめっちゃ悩んだ。

なにせ相手は小説家の……いや、大小説家の先生さまだ。下手な日本語を使うなら――

「それでも聲優か! 仕事をなくしてやるー!」

――とかさ。まああの人に限ってあり得ないが、悪い想像程思い浮かぶのが暗なんだ。取り合えず丁寧な挨拶とかお灑落な書き出しとかぐくった。まあ直ぐにそんな畏まらなくてもいいですよーってきたけどね。それにその日以來、連絡を取り合うとかしてないし。

ただあの日の事は私にとって大きい事だった。別段先生は何かいいことを言ってくれたわけでも、小説家らしく、お灑落な言い回しで何かを言ったとかもない。ただ普通だった。ただ普通に楽しかったし、私が映畫の想ついでにキャラの聲真似とかして覚えてるセリフをしゃべると、とても喜んでくれた。

それは普段は見れない、アニメの向こう側にいるファンの人達の姿で……私は自分の唯一の特技でこんな笑顔を作れたらいいなって……そう思って聲優になったんだ。そうしたら、自分の存在証明にもなる。アニメには聲優はクレジットされるからね。

私は本當にこれまでの人生、誰からも覚えてもらってないと思うんだ。でも聲優なら、自分の存在を殘せるし、そしてテレビの電波の……インターネットの向こう側にまで私の聲が屆く。それでこんな風に誰か喜ばせる事が出來るなら……

「もっともっと頑張ろう!!」

もっともっと仕事をもらって、もっともっと聲優として私の存在を殘すんだ。今はまだ二本しかないし、これの後の仕事も決まってない。

「もっとどんに行っていいよね」

私はマネージャーさんへと電話を掛けようと指をかす。するとその時だ。

「ひっ!? ってマネージャー」

丁度よかった。そう思って電話にでた。けど、なんかマネージャーさんの聲が沈んでるような? 怒ってるような?

「匙川さん、私に何か言う事ないですか?」

「ええ? といいますと?」

私の頭には先生との逢瀬……じゃなく、映畫館デート……でもなく鑑賞の景がフラッシュバックする。やっぱりこんな不細工が大作家先生と映畫なんて罪になるのか……とかおもった。

「例の仕事です。かなり酷い事をされてるんでは?」

(ああ)

そっちか。確かに例の仕事の現場は酷い。けど私は迷かけちゃだめかな? とか末端聲優への扱いなんて……とかおもって我慢してた。まあ最近は流石に……だったけどね。なにせ一人何役やってる? ってくらいだ。

「どうやらあの現場には聲優は匙川さん以外行ってないという報がったんだが……」

なるほど、確かにこの業界、橫のつながりは広い。聲優だって「あの現場は~」とかよく言ってる。私は話す相手いないからそんな事いわないが、よく言ってるのは耳にる。この人、系はぽっちゃりだけど、仕事出來る人だから、どっかで何か摑んでもおかしくない。

それから私は例の現場の現狀を洗いざらい吐かされた。

「はああー、匙川さん。そういう事は言ってください。お前たちは家の會社に所屬してる。それを守るのもマネージャーの仕事だ。わかったか?」

「…………はい、すみませんでした」

いつも素っ気ないけど、ちゃんと考えてくれてるんだよね。こんな私も見捨てないでまだ宿ってくれてるし。そんな事を考えてると、マネージャーさんはこういった。

「それじゃあ、例のアニメは斷るって事で。いいな」

「えっ……」

それはきっと會社として、マネージャーとして當たり前の対応だと思う。だって私は何役もやってる。てか全部やってる。これで一役分の通常のギャラとかだと、ダメだろう。そもそもがそんな負擔かかる事を無理矢理させるなんてってのもあると思う。

けど、私は前を向くと決めたのだ。そして私の仕事は數がない。そして次もあるかわからない。なら、斷っていい筈がないじゃない。どんなに辛くても、苦しくても、私は聲の仕事からは逃げないって、今決めた!

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