《聲の神に顔はいらない。》402 運命の日 37

「ではもう十分ですかね? どうですか皆さん?」

そう言って間違った格好してる監督が周りの人たちにそういうよ。それに皆さん満足気にうなづいてる。

「そうですね」

「ちょっと時間をかけ過ぎましたね」

「ええ、もう十分でしょう」

何か合格をほのめかす……なんてことはだれも言わない。けど、私は私で確かな手ごたえがあったと思ってる。すでに自分だけで、二十分くらい使ってる。それはオーデションにとっては長い。普通はオーデション參加者は多いから大一人の持ち時間は五分くらいだろう。わざわざ審査員たちの反応を見る……なんてことは普通ないし、ここまで多くの役を即興でやることはない。

(一応私もいろいろと想定して、複數の役を練習してたけど……)

さすがに全部の役をやるとは思ってなかった。男の役でも男の子なら聲優に振り分けることはあるけど、完全におじいさんとかもやったよ。

まあけはよかったじだけど……でもそんな中で……

(先生だけ怖い……)

皆さん和やかになってる橫で、先生は真剣そうな表を崩さない。別に眉間にしわがある……とかじゃない。ただ真剣だ。そしてこっちを見てなぜか頷いてる。怖い……あれは実は上から下に頭を振ってるんではなく下から上に振ってて意味としては「さっさと出ていけ」とかではないよね?

今、私の脳裏には先生の作品でスパルタされた景がフラッシュバックしてるよ。実は先生のお気に召さなかったから、さっさと出て行けってことなのかも。

先生は常識人だからね。さすがに他の人たちがいるのに、その空気を壊すようなことはしたくないんだろう。普段はよく優しそうな笑顔を見せてくれる人なんだけど……やっぱり自分の作品のアニメ化だし、真剣なんだろう。

(私だって真剣なんだけど)

そう思うが、係の人に退室を促された。私は『ありがとうございました。失禮します』と言ってオーデションの部屋から退室した。

「かなり長かったですね」

私が部屋から出てくると、何やらざわッとした空気になった。その中で真っ先に田中さんが聲をかけてくる。なんか空気がおかしい……でもそっか、長かったからだろう。なかなか私が出てこないから何かがあったときっと皆さん推測してる。

さてここでなんて返すのが正解だ? 多分皆さん私の返答に聞き耳を立ててる。だからマウントをとりたいのなら――

「すべての役をやることになってしまって」

――とか言えば、きっとこの場はどよめくだろう。それにちょっとした優越を私はじることができると思う。でもそれは同時に敵も生み出しそう。だからここは……

「そうでしたか? 夢中で気づきませんでした」

自分の的にはそんな長くじなかったですよ作戦だ。だってこれなら――

「そっか、でもそうだよね。オーデション中はセリフに夢中だからね」

――というふうに納得してくれる。これで私は再びモブと化しただろう。

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