メリューさんがやってきたのはそれから十五分後のことだった。それまでの間、コーヒーを二杯飲みほしただけだったアルターさんは何も言うことはなく、ただ時折手帳にメモを書き記していくだけだった。

アルターさんはまだ時間がかかると思っていただけに、その良い香りを嗅いだときは目を丸くしていた。

「……ほんっと、相変わらず早いわよね。いったいどういう技を使っているのやら」

「そういうものは企業、というやつですよ。はい、どうぞ」

そう言ってミルシア王陛下とアルターさんの前に置いたものは、ペペロンチーノだった。

ペペロンチーノ。

スパゲッティをニンニク、オリーブオイル、唐辛子のソースで絡めた非常にシンプルなパスタ料理だ。そもそもペペロンチーノはイタリア語で『唐辛子』という意味なので、正確にミルシア王陛下の國の言語で言えば――『リノカードア』だったかな。はじめてこのパスタ料理を作った人間の名前に由來しているとか。

「……とてもいい香りだ」

アルターさんは一言、そう言って唾を飲み込んだ。

そしてアルターさんはフォークを使ってパスタを巻くとそのまま口の中に放り込んだ。

同時に頬を紅させ、笑みを浮かべるアルターさん。

ニンニクと唐辛子の香りが俺のところまでやってくるので、その味がとても気になるところだったが……きっと今頃アルターさんの口の中ではニンニクとオリーブオイルと唐辛子――その三つの要素でビッグバンが起きていることに違いない。

「………………旨い」

ただ一言そう告げると、ただパスタをフォークに巻いてそれを口にれる作業を繰り返した。長々と語るよりも食べるほうがいい――彼の本能がそう告げているのだろう。

そしてそれはミルシア王陛下も同じだった。ペペロンチーノは絶のパスタだなんて逸話もあるけれど、これを見た限りだとペペロンチーノは人を幸せにしているのだから、なくとも絶よりかは希のパスタになっているのかもしれない。絶はどこ吹く風。二人は笑みを浮かべながら、ペペロンチーノを頬張っていく。

二人の皿からペペロンチーノが消失するまでそう時間はかからなかった。味しかったという言葉を呟く一方、もう無くなってしまったのかという悲壯も見られた。

「……る程。王陛下がわざわざこのお店まで私を連れてきた理由が解った気がします。そしてメリューさん、あなたが報道されたくない理由も。この味は広く伝わってほしい反面、それをしてしまうことで味が落ちてしまう可能もあるかもしれない。いや、味だけじゃない。サービスそのものが落ちる可能もある」

「解ってもらえたようで何より」

背後から聲が聞こえたので振り返ると、そこにはメリューさんが立っていた。メリューさんは笑みを浮かべながら、幾度か頷いていた。