曹司の召使はかく語りき》5話 未來を想う話

土曜日、基本的に學生と多くの人が休日を迎えた日。私は現在、仕事の真っ最中である。

仕える主は、休日ということで部屋にいるし、その上馴染の樫木昴様も難しい顔をして哉様のお部屋に居られる。ソファの付近、哉様が座っている後ろ側に立ちながら、私は暇を持て余していた。やることがなさすぎる。

哉様はマイペースに本を読んでいるし、昴様はどん、とテーブルに置いた冊子をげんなりした表で眺めていた。

「ナギちゃん、お変わりちょうだい…」

「かしこまりました」

「ああもう…癒し…俺の癒し」

「お疲れですか、昴様」

ちょっと引きながらティーカップを渡す。昴様は冊子を放り投げるようにテーブルに投げ出した。そして荒んだ目で私を見ては癒し、癒しとぶつぶつつぶやいている。正直怖い。

哉様はそれをちら、と見てテーブルの冊子を見やり、意地の悪い顔を浮かべた。

「嫁でもとるのか?」

「………ぜひ婚約者にって送られてきた奴がたまりまくったから処分がてら目を通せってさ」

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「ふん、暇だな」

哉様のセリフは、多分、婚約者にと冊子を送ってきた人たちへ向けたものだろう。そんなことをするなら知を磨け、使える人間になれ、とでも思っているのかもしれない。蝶よ花よと大事に育てられた良家の子にそんな無茶な。

まだ半分も見終わっていない冊子を押しやって、昴様は一気に紅茶を飲み干した。ヤケ酒に見える煽り方である。

昴様は、お姉さまがいらっしゃってその方が樫木を継ぐといって憚らないので跡取りではなかったはずだが、それに逃げるわけにもいかないらしい。婚約者は決めなくてもいいそうだが、遊びでもない本気度マックスの重い思いの詰まった冊子ほど、遊び人に辛いものはないのだろう。

「ところで、二人とも結婚の事って考えたことある?」

「ああ?お前飽きたんだろ、それ見るの」

「見る気は全くなかったけど仕方ないでしょ。ちょっと息抜きに雑談しよ」

「………見たふりして捨てればいいだろうが」

「一応、顔と名前は把握しておかないと、下手なことしたらダメだからね」

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肩をすくめた昴様にもう一杯紅茶を差し出す。

今度はゆっくりと口をつけてくれたので、し落ち著いたらしい。

「でも、哉だって結婚しないとでしょいつかは」

「俺のところは後継者もいるし、藤賀もいる。親戚筋も子供には困ってないからな、強制されでもしない限りはしねえよ」

「うわあ、それ絶対結婚しないパターンのやつだ」

「そもそも、結婚のメリットってなんだよ」

「あー、うん。大っぴらに遊べなくなるのは困るよね」

いつかこの方は前後左右から果ナイフとかで刺されるような気がしてならない。ぐさっと。

割と恵まれた家族環境にいる二人のくせに、結婚にはたいして夢を持っていないらしい。他所の家庭のドロドロしたえげつないものを見てきたせいもあるのかもしれないけれど、この人たちはどうも、と付き合うのは仕事の一環と思っている節がある。昴様はそこに遊び要素を織りぜて楽しんでいるようだが。

どちらにせよ、本気でこの人たちを好きになったたちは不憫だなと思い次第だ。できれば安泰な日々を過ごさせていただきたいので、哉様が絡みの修羅場に巻き込まれないことを切に願う。――そういいつつも、この方の事なので、そんな面倒なことを起こすはずがないのだけれど。

「利害が一致すれば考える」

「…その心は?」

「俺が星城を支える手伝いができて、かつ、俺に必要以上に関わらなければ考える」

「そういう関係、仮面夫婦っていうんだよ哉…。そもそもそれ、結婚する意味あるの?」

「結婚を迫ると縁が切れるし、俺の要求をこなせば星城の次男と結婚するというステイタスが得られる。十分だろう」

「うわー、世のお姫様を敵に回す発言」

「俺には、星城の方が大事だ」

あっさりと言い切った哉様に私はだろうな、と思う。この人の考えは全く変わらない。何よりも星城を、を大切にする人だ。

だからきっと、結婚するに値すると思ったはちゃんと大切にするだろう。する、ということまでいかなくても、よい関係を築くように努力はする。それを相手のが耐えられるかどうかが哉様との結婚生活を堪え切れるポイントである。他所の男の人を作っても、星城にデメリットにならない限りは特に気にもしなさそうだ。

――まあ、そういいながら、一般的な小説などではそういう人が運命のに出會ってと本當のを知る、というストーリーが王道なのだけれど。この人に限ってそういう事は、多分ないなと思う。昴様あたりは、そういう事が起こりそうだが。一般庶民の出のキャリアウーマンとかにあっさり一目ぼれして紆余曲折の上結婚しそうである。想像するだけで楽しい。しかしながら、こういう不躾な想像は決して、顔にも口にも出さないのが正解である。

「ナギちゃんは?16歳になったし、結婚の事とか考えたりしないの」

「私、ですか」

「そ。の子って結構夢とか持ってるでしょ?」

まあ、確かに。考えないわけでもないけれども。

施設にいたころは周りの子たちといつか結婚して子供を産んで、なんて話したこともあった。ませている小學生だった。

中學生の時も、なんだかんだ付き合ったりデートをしたりというものに憧れがあった子たちの話を聞いていたし、年上の人と付き合って結婚を匂わされたという子もいた。あの時は、相手ってロリコン?と言わなかった自分をほめたい。――まあ、なんにせよ。確かに私も結婚や彼氏やらに憧れた時期はあった。

けれど言わせてもらえば、ここにきて5年、周りはきらきらしい形の集団に囲まれ、使用人たちも見目麗しい。そこで過ごした私は、黨に目がえている。一般人の顔じゃ足りないのだ。ハードルは高くなる一方である。完璧な麗人たちが傍にいるというのも、考えだ。自分がそこそこ一般の中では可い部類にるというのも、自分のみを高くしているようである。自意識過剰、私の代名詞。

それに、私は今のこの生活が気にっているのだ。得難いものだと思っているし、この生活を捨ててまで誰かと添い遂げようとは、思わない。

「…きっと、結婚は致しません。私は今の生活が気にっておりますし、結婚をしたら、家のこともして哉様にもお仕えしなければならないわけですし、私のが持ちません。

ですので、結婚はしません。ここで召使として力の限り過ごす所存です」

「うん、ナギちゃんが哉大好きってことはわかった」

「誤解があります、昴様。私は、星城の皆様が大好きです」

哉様は、確かに主というのもあって一番に考えるべき相手であるが。

私はここで過ごす日々をなくすくらいに好きな相手と巡り合うことはないと思っている。たとえ、それだけ好きになっても、ここで得てきた私の日々は、結婚で得る日々に劣るわけがないのだ。

「…萬が一、いや、億が一にもナギが結婚するときは家の使用人にしておけ」

「あのねー…」

「――意」

「もうほんと、君たちうらやましい…」

どうやら、私が結婚する気がないことは哉様もお見通しだったらしい。

そして、星城の使用人さんともしも結婚すれば、ここで同じ部屋に住めるし、仕事には支障が出ないしということでいいことづくめである。星城の使用人さんたちは、私と同じように、星城が最優先の人たちが多いので。

だが、きっと、そうなることはないのだろうなと私のよく當たる直が言っている。

諦めたように冊子をめくり始めた昴様とは対照的に、若干機嫌の良さそうな哉様は、また本を読み始めた。

部屋には靜寂が落ち、そして私は未來を想う。

どう変わるのか、どう転ぶのかわからない未來は。決してしいものだけになるとは限らないが、私が好きな人たちが幸せになる未來であればいい。

そして、その一歩後ろを、歩く未來が続いているように。

「ナギ、コーヒー」

「――かしこまりました」

そして、この方が穏やかにコーヒーを飲む時間が多くありますように、と願う。

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