《曹司の召使はかく語りき》11 苦手なものと好きなもの
「ほう…、なかなかに興味深いな」
「…………」
「見てみろナギ、この獨特のフォルム」
「…………」
――楽しそうで、何よりです。
気分的には白目をむきながら、私はふむふむと歩き回る主の後ろをついて歩いている。
平日の晝間、主はどうやら大學の生徒から報を得たらしく、私にスカートとブラウスを著せて髪を結い上げさせると、車に乗せて星城家から連れ出した。どこに行かれるのです、という問いにはつけばわかるとの返答。
正直に言って、こういう時にあたったことなどないのである。
そして、車であちこちに寄り道して家を出てからだいぶ時間がたった時に、たどり著いたのがここだった。
蟲の博館。所狹しと並べられた、蟲。昆蟲や蝶を見ているときはまだよかったのだ。
今、私と主がいるところは寄生蟲を飾ってあるブースである。特に偏見などはないが、できれば知らないままで生きていたかった。夢に出そうである。寄生蟲も一生懸命に生きているのだとしても、別次元のものとして存在していてほしかった。要するに、見たくない。
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そして驚くなかれ、意外と人がいる。
私は胡気な目をもってして主の背中をにらみつけている。哉様は、実に面白げに眺めているので、今日のこの方の夢にここにいる寄生蟲たちがオールスター出演してやってしいものである。そうすればこの寢汚い主も、ちゃんと起床することができるだろう。
「どうした?さっき蝶を見ていた時は楽しそうだっただろう」
「…お言葉ですが、蝶とコレは違いますので」
「ん?どれも蟲だろう」
これだからちょっとの違う人間は!と私は口元をひきつらせた。蟲は蟲でも形態が違うのだ。どこがいいのか、どこがしいのか正直全く分からないし、小さいころから見慣れているカブトムシや蝶はまだ見ることに苦痛がなかっただけだ。一粒の欠片でさえ興味のない博館で、私にどれがいいのかほとんど區別のつかない蟲の標本たちを眺める苦行。これが修業なのだろうか、できれば免こうむりたい。そしてできればそっとしておきたい、れたくないジャンルであるし、つまりなんというか、もふたもないが私も世間一般の子らしく、蟲は苦手な部類にるわけだ。ついでに言えば、私は空腹だった。お晝ご飯は軽く食べただけで連れ出され、おやつの時間もとれずに通り過ぎたのだ。お腹が減っていた。
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太古の蟲もいる?ロマンがある?ロマンで私の仲は膨れない。マロンならば食べたいところだ。――かくして、空腹に加えて興味のない博館に連れてこられた私の機嫌は、主がため息を吐くくらいには低くなってきていた。
余りたいした反応を示さなかったので薄々気づいていたらしいが。
「…プラネタリウムやら科學博館は喜んだのにな」
「あれは別です」
「映畫館でアマゾンのドキュメンタリーを見た時も別に嫌がってなかっただろう」
「確かにあれには蟲が出ておりましたが、主人公は違いました。食は好きです」
「なんで蟲はダメで、ゾンビは平気なんだ」
「…ゾンビは元人間だからでしょうか…?」
「………、ケーキでも食べに行くか」
「喜んでお供させていただきます」
主はため息じりに腕時計を見ながらそう言った。
私は、語尾にハートマークが付きそうなくらいに甘ったるい聲で返事をする。額を小突かれた。痛い。
「なかなかに有意義な展示でした。特に蝶々のところは」
「お前はそれ以外は説明書きしか読んでなかったじゃないか」
「………カブトムシとクワガタのところもみました」
「…………俺の選択ミスだということは判った」
わかっていただけて、召使は激です。もちろん言わなかった。
主自は蟲も寄生蟲も、そうなのかとあっさりけ止めてしまうので気持ち悪いだとかいう想は持たないらしい。ただ、自分の未知のものへの興味が大きいだけで。しかしながら、それに私を巻き込むのはやめてほしい所である。
こうしてケーキを食べさせてくれるのでなければ斷固拒否させていただいている所なのだ。――とか言いながら、主から私への命令において拒否権は全くないのだが。
「腹が減ったんだろう、好きなものを食べさせてやる」
「もったいないお言葉にございます」
と、言いながらもにやにやしていたのが分かったのか、主は呆れたように肩をすくめた。お前は最近どんどん食い意地が張っていくなあと笑われた。
食は人間の三大求なのだから仕方ないのだとので呟く。味しいものは正義だ。もちろん、私はファーストフードだってコンビニのごはんもファミレスのお料理やチェーン店の料理だって味しく食べられる。好き嫌いはない。若干、星城家に染まってきているので星城の方々に連れられて行くお店に目がないだけで。
「どこのケーキになさいますか」
「ああ、いつも行く所にしてくれ」
運転手さんにそういうと、車はらかに走り出した。
楽しかったですか、とほんわかした雰囲気のおじさまが聞いてくれる。星城家の運転手の一人のこの人は、いつもにこにこと私やともすれば東輝様まで孫の様に見守っている人だ。しかしながら運転のテクニックはぴか一で、今まで誰も酔った事がないという。ぜひとも私が運転免許を取った暁にはご教授願いたいものである。
「実に個的でした」
真顔で言うと、主は微妙な顔をしたし、その主の顔を見た運転手さんは心底楽しそうに笑っていた。
全く、と言いながら主は手をばして私のこめかみをつつく。ゆらゆら揺れる頭を守ろうと、突いてくる指から守るように手をかざせば、そのまま手を摑まれた。座席のシートに転がる、私の手と、それを握っている主の手。
「ついたら起こせ」
「――承りました」
聞こえるか聞こえないかくらいの聲で囁くと、主はそのまま目を閉じた。しだけ顔を橫にして、すやすやと寢り、そして私ははっとする。
「…………いったん寢たら、起きない……」
「ちょっと遠回りしていこうね」
苦笑を浮かべた運転手は、ウィンカーをだして進行方向を変えた。そして、ぐうぐうなりそうになるお腹を押さえながら、私は主が満足するであろう時間を車の中で過ごすことになったのだった。
――ちなみに、あの後2時間のドライブを終えてひたすらゆさぶり起こした主はすっきりした顔をしていた。私は手を拘束された上に下手にけなかったので中が痛かった。
外はもう夕飯を取る時間になっていたので、ケーキ店で主が目についたケーキを買い占めて家へと戻ることになった。私のお腹が限界をこえそうである。ひもじい。
「食事が終わったら部屋に來い。好きなだけ食べさせてやるから」
「本當ですね?好きなもの全部いただきますからね?」
「わかった、わかったから」
人間を飢えさせてはならないのだ。
言質をとったとばかりに機嫌を直した私に、主はもう何も言わなかった。
ちなみに、今日の私の夕飯はナシゴレン。廚房の人に、ご飯の量はどうするかと聞かれたが、この後ケーキをたらふく食べることを考慮して、普通盛りでお願いした。私の中に殘っている數ない乙心が勝った瞬間だった。気分的には、大盛りでも大丈夫ですと言いたいところだったのだが。
***
「あは、あははははは!なにそれ、蟲の博館?!」
お腹を抱えて笑っているのは、言わずと知れた昴様である。私が夕食を終えてから哉様のお部屋へと向かうと、もういらしていた。
そして今日一日の話になったので、正直に全て話したところである。面白がってもらえて、何よりです。主の顔が怖い。
「そ、そんなところにの子を…!連れてくなんて…っ」
「……………別にデートじゃないんだからいいだろうが」
息も絶え絶えに笑いながらソファーを叩く昴様の姿を、彼の親衛隊に見せたいところだ。哉様は拗ねたように顔を背けていた。デートでなかったのでよかったけれど、これでデートに蟲の博館に無理やり連れていくという暴挙をしていたら私の中の好度は下がる。ただし雙方の同意があれば、良し。
「昴様、お茶を煎れましたが…、大丈夫ですか?」
「大丈夫、うん、…やっぱりだめだ!」
完全につぼにったようで、また聲を上げて笑い出した昴様に、私は遠い目をした。哉様は完全に無関心を貫きケーキの箱を開けている。
「ナギ、どれにする?」
「お先に哉様と昴様がお選びください」
「お前のためのなんだから、好きなだけ選べ。俺は別にいらん」
ということで、主の言葉にいそいそと私はお皿を手に箱を覗き込む。
とりどりのタルト、パイ、シフォンケーキ、チョコレートケーキ、ザッハトルテ等々が詰め込まれている。昴様はレモンのパイがお好きなのでそれは殘す。哉様はザッハトルテが好きなので、それも殘す。
ということで、私はフルーツタルトと紅茶のシフォンケーキ、オレンジとブラックベリーのムース、チーズケーキをセレクトした。食べ過ぎという言葉は句である。運量を増やせばいいのだ。大丈夫なのだ。
「あ、レモンパイ食べて良い?」
「好きにしろ」
私の殘したセレクトは間違っていなかったようだ。箱の中にはまだまだ殘っているケーキがある。
しかし、哉様は、どうやら私が好きそうなケーキを選んだらしい。箱の中は私が全部食べられそうなほどに好きなものが詰まっていた。
「ありがとうございました、今日は、楽しかったです」
フルーツタルトを口いっぱいに頬張れば、キウイフルーツの甘酸っぱさが広がった。
――なんというか、思うことは在れどこうしてこの方と出かけることは嫌いではないのである。
哉様は、何も言わずにザッハトルテをフォークに乗せて私の口に突っ込んできた。さすが、チョコレートケーキの王様は、大変おいしかった。
昴様は、にやにやしていたので、あえてそちらを見ないことにしておく。
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