《曹司の召使はかく語りき》12 振り回される、夏休み
夏休み、ということで哉様は暇を持て余しているらしい。この、綺麗に晴れて気溫もぐんぐん上昇している真夏日の今日に限って。
大學生の夏休みは長い。しかして、使用人に夏休みはない。私たちはつつがなく主たちの生活をサポートするのがお仕事です。夏休み、なんてものは小學校の時、私がまだあたしだったころの記憶だ。対して思いれもない。
哉様は、いつもはご學友との遊びや家の関係での雑務、課題などでそれなりに忙しいにも拘らず、今日はそういったものはすべてなく完全なる休日だそうで。夏休みの醍醐味であるごろ寢うたた寢だらだらする、という日々を送ってはいかがかとそれとなく伝えてみたものの、そういったことが出來ない主(これはもう家柄というより格だと思う。家柄がいい癖にこの主は寢汚いし)は、私を連れて大學生らしいことをすると決めたらしい。
――誤解のないように言っておくと、決めたのは主で、乗ったのは昴様で、私の意思は全く持ってこれっぽっちも塵の一欠けらさえ含まれていないのである。
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「ナギちゃん、水著持ってる?え、買ってない?ちょっと哉、何してるわけ。ええとコレとコレとソレと…あとこの辺。うん、それ全部新品だから好きなの選んでいいよ。海だからね、そんな暑い格好じゃ楽しめないでしょ」
「……………」
昴様がノリノリでやってきたと思ったら、今日の私の一日は確定していた。
楽しそうに準備を進める主と昴様。楽しそうなのはいいのだが、私が行くことも決まっているというのが解せない。ついでに言えばビーチボールまで用意しているけれど、それはもっと人數がいないとつまらないのではという言葉を飲み込む。
本日の予定は、プライベートビーチで海を楽しむ、だそうだ。休みごとにテーマをつけるなんてさすが曹司、考えることが庶民とは違う。ちなみに庶民の私には考えられない。なぜこの暑い日に海に行かねばならないのか、そしてどうして昴様は新品の水著を何著も持ってきているのか、時に人は突っ込みを諦めなければならない時がある。それが今だ。
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私は何も言わずに言われるがままに哉様が浮きを膨らませるのを手伝っていた。シュコシュコと間抜けな音がするが、主が楽しそうなので良し。
だがひとつ引っかかるのは。星城のプライベートビーチに日帰りで帰ってくることが出來るのか、という點だ。
「右から二つ目」
「………お言葉ですが、派手です」
「ならその隣」
「………ワンピースタイプじゃないとやです」
「別にテレビに出ろと言ってるわけじゃない、お前に似合っていれば構わんだろうが」
だから、どうして、そういう発想になるのか、という言葉を飲み込んで私は哉様が指さした二つの水著をメイド服の上からに當ててみる。そもそも問題は、ルックスにおいて100點満點な二人に挾まれることへの込みである。斷じて最近しお腹周りがふわっとしたとかじゃないのだ。主がむにむにと私の脇をつまんでくる手を叩き落とした。これはセクハラです。
私的に言えば、昴様がしまおうとしている紺に白の水玉模様のワンピースタイプが良い。カルピスを思い出して久しぶりに飲みたくなってしまった。自分で好きな濃度にできるのがいいところ、というのは置いておいて。その水著の裾はフリルになっていて清楚で可らしい。
今手元にあるものは、黒のホルターネックタイプのビキニ。これはこれで元も可いが、需要はどこにあるのかという點において議論したい。需要はない。
あと一つは、パレオ。エスニックなじが可らしい。はブルーで、どちらかと言えばこちらを選ぶしかない。渋々指さされたパレオを取れば、あからさまに哉様がむっとした。
「こちらもお選びになったじゃないですか」
「うわあ、哉ってばそういうの著せたいのー?」
「お前が持ってきたんだろうが」
茶化す昴様にビーチボールを投げつける主。とりあえずこれに決定してついでにとパーカーを渡された。日焼け防止だそうで。
「ありがとうございます」
「著替えを忘れるなよ。支度をして來い」
「ところで、どちらの海に行かれるのです?」
「ああ、沖縄だ」
おきなわ。はあ、そうですか。沖縄に。
思わずぽかんとしてそして今度こそ私は水著を放り投げた。一日で帰ってこれるわけないじゃないか!一週間お泊りコースだこれは!
しまった言ってなかった、と舌を出している主と味しい食べいっぱいあるから一緒に行こう、ね?となだめすかしてくる昴様を、私は睨みつける。これはきっと涙目になっているはず。目頭が熱い。
「そんな、ひどいです…!私、藤賀様が明後日スイーツバイキングに連れて行っていただく予定だったんですよ?!哉様にもお伝えしていたじゃないですか!橫暴です…!」
「悪かった、バイキングならいつでも連れて行ってやるから」
「明後日が最後なんです!私が食べたい夏限定のアイスケーキは!食べたかったんです…!ずっと楽しみにしていたのに!このためにおやつ斷ちをちょっとしてたのに……っ、哉様の、哉様のいけず!」
罵倒が出てこない私の頭を譽めてほしい。そして予定がなくなって子供みたいに主の前で聲を荒げてしまう冷靜さにかけた私を誰か怒ってほしい。失態だ。失言のオンパレードだ。くびを斬られても仕様がないたらくだ。
こんなの使用人失格じゃないか、自分の気持ちのコントロールすらできない子供な私の中が憎たらしくて不甲斐なかった。けれど出してしまったものはもうなかったことにできず、そして私は主の私室で公の場ではないとはいえ、ご友人の前で主に恥をかかせた形になってしまっている。
言っている傍から、じわじわ目頭が熱くなって滲み始めた視界を瞬きで飛ばす。
「悪かった、そこまで楽しみにしていたとは思わなかったんだ。ちゃんと連れて行ってやる、アイスケーキも食べたかったはつくってやる。だから一緒に來てくれないか?ナギ、良い子だから」
「………」
「お前には夏休みがないから、しでも遊ばせてやりたかったんだ。藤賀との約束の日時も失念してた、悪い」
ぽすん、と肩を引き寄せられて頭を抱き込まれでられる。耳元で落ち著いた聲が聞こえてぐす、とすすった鼻が哉様の香水の匂いを吸い込んだ。
こうして謝ってくるのが、悪い。本當だったら私は捨てられてもおかしくない程の事をしたのだ。この方は、私が気軽に不機嫌をぶつけて良い相手などではない。
そういうので騙されるほど乙じゃないです、と憎まれ口を頭の中で叩いた。知ってる、毎回こうして連れていくのは自分の気分転換のためでもあるけれど、全部この屋敷の中で世界が完結してしまう私に々なものを見せるためだという事、哉様が好きなものを同じように好きになってほしいと連れ出してくれていること。…たまに、今日の様に裏目に出るけれど。
小學生だった私の世界はここでずっと大きくなった。それでも、世界はまだまだ広いことも、大きいことも知っている。だからしでもそれにれさせたいと哉様が思っていることも。私を使用人としながらもどこか甘やかしてくれていることも。
――本當は、こうして癇癪を起してしまう召使を罰せなければならない立場の哉様は、にやたらめったら甘いのでこうしてまるで妹に言い聞かせるみたいになだめすかしてくるのだ。私は妹じゃないのに、ただの召使には過ぎた行いなのに。
「…私こそ、申し訳ありません。言葉が過ぎました」
「藤賀には俺から言っておく。お前、イルカにりたいと言ってただろう、れるぞ。あとパンケーキも食べられるし、フルーツだってある」
「そうそう、海の幸だって味しいよ?ナギちゃんもいればきっとすっごく楽しくなる。どうせなら藤賀くんも一緒に行けばいいんだよ、ね?」
二人して私を食べで釣ろうとするのはやめてほしい。こんな風に、甘い聲を出すのも。心地よさに寄ってしまいそうになる。いつも引かなければと思っている距離がんでいく。
「お前が癇癪を起すなんて、はじめてだな」
「…どうしてし嬉しそうなんです…!」
かあ、と赤くなる顔を誤魔化すように慌てて主から離れる。
手の甲で目元をぐいと拭うと、座り込んだまま姿勢を正す。離れたせいで遠くなった哉様の手が、私の気持ちを落ち著けた。
「取りして申し訳ありませんでした」
「いや?なかなか面白いものを見れた。そうだな、まあ、使用人としては減點だ。罰として一週間著いて來い。ここじゃみられないものを見せてやる。楽しめよ?」
それは、罰でも何でもない、というのは野暮というもので。
私は自然とうかんだ笑みを顔に乗せたまま意、とに手を當てて頭を下げた。
哉様が満足そうに私の頭に手を乗せて揺さぶり、そして昴様が犬をでまわすように頭をぐしゃぐしゃにするのも、今日は甘んじてけれた。
「はあああ?!!行くけど!行くけども!兄さん俺の楽しみ潰すのホントやめてくれるかな?!!ナギが嬉しそうなのがヤだったんだろ、知ってるからな!大人になれよ兄貴!俺だって、俺だってアイスケーキもナギと行くのもすっごい楽しみにしてたんだからな!!」
「……お前もか…」
「哉、お前ちょっとそこに座ろうか?思いつきで何かするのもいい加減にしなさい」
「………だから、悪かったと…」
そのあと哉様が、藤賀様に涙目でなじられ、東輝様にいい笑顔でお説教されるのを部屋の片隅で昴様とこまって準備を進めながら見ることになったのである。
――ついでに、藤賀様の參加が決まり、東輝様も隙を見て參加するとのことで、なんだかんだ星城3兄弟は仲良しである。何よりです。
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