警とともにパトカーで警察署に行き、襲われてから病院まで來た経緯を話し終えたら「家までパトカーで送ります」と言われて解放されてしまった。

無免許運転をしたうえにスピード違反までしていたのに、事前に説明してもらった通り、夕方になると家まで送ってもらえた。

絵さんは事件の後始末が殘っているらしく、まだ帰ってきていない。楓さんは肋骨を折って臓も傷ついていたようで院することになり、彩瀬さんは院に必要なものをまとめて病院にまで運んでいる。プールに行く予定は流れてしまった。

そんな狀況なので、家には僕と母さんしかいない。久々に二人っきりだ。

今、リビングのソファーに隣り合って座っている。近くにあるローテーブルにはアイスコーヒーがっているマグカップが二つある。僕は、一日の疲れと眠気を飛ばすために一口飲んでから、気になっていた不良たちの今後について聞くことにした。

「僕はすぐに家に帰れたけど、襲ってきた人たちはどうなるの？」

「ドローンで撮影した映像と目撃証言、あとはユキちゃんのバイタル報が証拠として使えるから、実刑は間違いないと思うわ」

「事聴取の時に警が話してくれたんだけど、彼たちは初犯だったんだよね？」

「そうらしいわ……でも、男が絡んだ犯罪に、初犯や前科持ちなんて関係ないわ。男を襲う行為は、いかなる理由があっても厳罰されると決まっているよ」

鉄パイプで毆ったのはやりすぎだけど、襲ってきたした人全員が実刑になるのは、厳しい判斷ではないだろうか。この社會が男に甘いと思ってしまうのは、いろいろな意味で危機が足りないのかな。

コトンと音を立てて、母さんは飲んでいたマグカップをローテーブルに置いてから僕の方を向いて話を続ける。

「ただ、彼たちに同できる部分があるのも間違いないわ」

母さんにとって彼たちのことは、道端に転がってる石ころ程度の存在だと思っていたので、この発言は意外だった。

「ずいぶん驚いた顔をするのね」

「う、うん。母さんが彼たちを同するとは思わなかった」

表に出ていたみたいで指摘されてしまった。でも、うっすらと微笑むだけで驚いたことについてこれ以上、何か言われることはなかった。

以外には冷たい母さんでも、同したくなるような理由があるようで、それがどんな理由なのか気になってしまい、を母さんの方に向けてから次の言葉を待った。

時計の秒針がく音だけが鳴り響く。

しばらく見つめあった後に、大きく息を吐いて同する理由を語ってくれた。

「彼たちは貧しい家庭の生まれでね。母親が補助金目當てで、人工授で妊娠して産んだ子どもみたいだったの」

「それの何が問題なの？」

「男の子が生まれることを期待して、の子が生まれる。この手の話はよくあることよ。普通の家庭だったら問題なかったわ。でも、彼たちの家は貧しく、借金をして人工授をしていたの。母親の期待を裏切ったことと多額の借金によるストレスは……全て生まれた子どもに向かっていったのよ」

僕の予想を大きく上まるほどの重い容だった。

「実際、彼たちとし話す時間があったんだけど、《お前のせいで借金をしたんだから、すぐに働いて金を稼げ》と言われて育ったらしいわ」

なんて勝手なのだろう。んで妊娠したのに、生まれた子どものせいにするなんて！　こんな話を聞いてしまえば、襲われてムカついた気持ちなど消え失せてしまった。

「私たちは、男を手にれるために苛烈な競爭社會を生きているのよ。容姿・學歴・お金・名聲・権力といった、自分がもっている全てを使って競爭相手と戦うの。それで戦って負ければ、まだ納得できるわ。でも、彼たちはそのスタートラインにすら立てなかったのよ」

スタートラインに立てなかった。確かにそれは無念だっただろう。親を……世の中を恨むには十分すぎる理由だと思う。

確かにこの世界のは、前世の「食系」よりも積極的に、男を手にれようと努力しているのは理解している……つもりでいる。でも、いくら本能が求めているいっても、やりすぎではないだろうか。

「そこまでして、男を手にれる必要があるの？」

そんな子どもっぽい疑問を投げかけると、母さんは小さい子をあやすように、僕の頭に手を乗せてゆっくりとでてくれた。

「心の奧底に住んでいるもう一人の私が、男を手にれなさいと、ささやいてくるのよ。男であるユキちゃんには、理解できないかもしれないわね。仮にその聲を抑えることができたとしても、社會的に功するためには男を手にいれることは必要なのよ」

生としての本能と社會で生き抜くための理。この二つが男を必要としているのであれば、世の中に絶する気持ちや僕を見ただけで襲いかかるのもわかる気がする。

「それら全てを諦めて一人で生きる方法もあるけど、それをけれるのには、彼たちは若すぎたのよ」

頭をでていた手を離し、これから何か大事な話をするかのように僕の顔をじっと見つめている。

そこで會話が止まり、次の言葉が出るまでの數秒間、沈黙が部屋中を支配していた。

「……でも、彼たちを助ける方法が一つだけあるわ。でもそれは、ユキちゃんの協力が必要なの」

「あるの！？　母さん教えて！」

今までの話を聞いて、協力する以外の選択肢は選べない。

僕は、続く言葉を催促するように、母さんの方にを乗り出した。

「まずは、ユキちゃんが不起訴にしてもらうように、懇願書を書いて警察署に送るのよ。今回の事件程度であれば、被害をけた男からのお願いがあれば、不起訴になるのは確実よ」

手紙の一枚や二枚で不起訴になるのであれば安いものだ。楓さんが院してしまったけど、だからといって彼たちに刑務所にまでってほしいとはどうしても思えなかった。

「そう言ってもらえてよかったわ。彼たちは日雇いのバイトしかしていないようだし、私の會社で働いてもらうように調整するわ。ちょうど人がしかったのよ。そのあとのことは、彼たちの格と才能を見極めてから考えるわ」

「そんなことができるの？」

「ユキちゃんのおかげで、母さんは役員なのよ。面接だけはどうしてもする必要はあるのだけど、十人程度をねじ込む権限ぐらいはあるわ。ユキちゃんの懇願書は、早めに書いてね」

しは偉いのかなと思っていたけど、役員だったんだ。僕のおかげと言っているけど、母さんの努力や才能がなければ役員にはなれないと思う。

「すぐに書くよ！　部屋にもどるね」

「書いたら私に渡して。その後の手続きは全てやるわ」

勢いよくソファーから立ち上がり、自分の部屋へ向かう。

「今回は大きな被害はなかったから厳罰は求めませんと書けばいいかな……書き方がネットで書いてあるといいな」

獨り言をつぶやきながら階段を上って部屋にると、スマートフォンをローテーブルの上に置いて參考になりそうなテキストを探す。

「hey tama。男が警察署に出す懇願書のサンプルテキストを出して」

「懇願書のサンプルテキストを探します……條件に合うテキストが3件みつかりました。表示しますか？」

「一つ目から順番に表示して」

そうやってtamaの協力もあり、三十分で書き終わることができた。

母さんに渡すとその日のうちに警察署にまで屆けられ、僕たちを襲った不良たちは、無事に不起訴になることが決まった。

◆◆◆

事件から五日後の夜。僕の部屋にあるベッドに母さんが腰掛けていた。

「懇願書の話をしたら、彼たち泣き崩れていたわ。男にかばってもらえるなんて、彼たちの想像の埒外だったようね」

「し変わった想かもしれないけど、泣くほど喜んでもらえて良かった」

「襲ってきた相手に《喜んでもらえて良かった》は、たしかに変ね」

母さんはお腹を抱えながら笑っていた。笑いのツボにったようで、目に溜まった涙を拭いている。

「でも、のことをちゃんと考えられる子に育ってくれたのは嬉しいわ。特に男ランクの高い人は、を替えがきくモノとして扱う人もいるの。ユキちゃんがそんな人に育たなくてよかったわ」

そんな想を僕に伝える母さんの顔は、なんとなく優しい表をしていたように思えた。

「社會全で男を優遇してしまっているから、普通の覚とズレてしまうらしいわ。特に父親がいる家庭では、その傾向がひときわ大きいらしいの」

「力では勝てないのに、モノのように扱ったら後で何されるかわからないし、怖くないのかな？」

百歩譲って、優遇されているから傲慢な格になってしまったのを納得できたとしても、質・量ともにには勝てないのが男だ。報復が怖くて雑な扱いなんてできない。

「昔は、ユキちゃんみたいな考え方をもった男が多かったわ。でも今は、法律で守られているの。それに、襲ってくるから逃げる方法はいくつかあるのよ」

「どんな方法？」

「ユキちゃんは、そんなこと知らなくていいのよ」

「……うん。わかった」

し微妙な空気になったので、母さんが新しい話題を提供してくれた。

「それより、彼たちの面接も終わって、契約社員だけど社することが決まったわ。今日から働いてもらっているのだけど、ユキちゃんに助けてもらった恩を返すために、一生懸命になっているわ。そのうち、顔を見せてあげてね」

「會いに行っていいの？」

普通は被害者が加害者に會いに行って良いことなんてないので、思わず聞き返してしまった。

「直接謝罪する機會はあったほうが良いと思うの。彼たちのためにも會いに行ってしいわ」

悪巧みをしているような笑顔が気になるけど、母さんの言い分に納得したので會いに行く約束をした。

「そういうことなら、會いに行くよ」

彼たちは、男比が偏った歪な社會の犠牲者といっても過言ではないだろう。生まれてからずっと不幸なことが続いていたんだ。これからは幸せな人生を送ってしいと心から思う。

と男。

考え方や価値観の違いが、前世より大きくなってしまったこの世界で、僕は何ができるのだろうか。彼たちとの再會を楽しみにしつつも、そんなことを考えていた。