夕食が終わり、各々が自由に過ごす時間になると、僕の部屋に母さんと絵さんを招いた。目的はもちろん、バーチャルYouTuberとしてデビューを許可してもらうことだ。

未年、しかも男であれば親の同意が必要だからね。

「ユキちゃんの部屋はキレイにしてて偉いわね。彩瀬さんも見習ってほしいわ」

數ヶ月ぶりに僕の部屋にった母さんは、彩瀬さんの部屋を思い出して険しい顔をしていた。

「ユキトが週に一回、部屋を視察すれば解決」

「良いわね。本気で検討してみようかしら」

「……そんなにヒドイの？」

楓さんや彩瀬さんの部屋にったことはないんだけど、そんな顔になるほど汚いんだ……。見た目がキレイただから綺麗好きだと思っていたから意外だ。僕が抱いていた幻想が、また一つ壊れたような気がする。

「単純にが多いのよ。ぬいぐるみや服が床一面に散らかっているの。さすがに食べ殘しはなかったけど……片付けが苦手なのでしょうね。あの娘」

「整理整頓は基本。ユキトにも迷がかかるから改善は必要」

「……絵の言う通りね。ユキちゃんによる定期的な監視はやるべきね」

なんだかよくわからないけど、話が勝手に進んでまとまってしまった。

「それはいいけど、僕がチェックする程度でキレイになるの？」

「最初の頃は"いつかユキちゃんが來るかもしれない！"って張り切ってキレイにしていたのよ。定期的に來るようにあれば、その頃の気持ちを思い出すはずよ」

「うーん。なんだか実わかないけど、母さんがそう言うのなら、お部屋訪問するよ」

「2人のためにも、そうしてちょうだい」

話がひと段落すると、僕らはクッションの上に座ってくつろぐ。

絵さんは無表ながらも穏やかで、母さんはニコニコと分かりやすく笑ってる。畫デビューの件を話すには、もってこいな雰囲気だ。

「話が線しちゃったわね。ユキちゃんは何を話したかったの？」

と、口を開きかけた僕より早く、母さんが話を切り出した。

目の前にいる2人を説得できるか不安で、張で心臓がドクドクとき、口がうまくかない。

畫配信はコラム以上にリスクが高い。ライブ配信だったら、ならなおさらだ。いくら母さんでも今回は間違いなく反対するだろう。今まで通りとはいかないはずだ……。

いや、そんなんじゃダメだ！　そんな弱気だと何もできない！　僕なら出來る！　大丈夫！　必ず説得できる！　そう思い込むんだ！

半ば自分をだますように、心の中で言い聞かせてから口を開いた。

「コラムを読んでファンになってくれた人と流したいんだ」

「的にどうするつもり？」

「畫をライブ配信する予定なんだけど、顔は出さずにCGアバターを使って流するつもり。ファンが書き込んだチャットを読み上げながら、流したいんだ！」

言ったぞ。言い切ったぞ！　反対されても必ず説得する。そう強い意思を込めて母さんを見つめていた。

「いいわよ」

「母さんがダメと言うのも分か……良いの！？」

予想外の反応に、予定していた言葉を半分ほど言ってしまった。

母さんは理解しているのだろうか？　CGが消えて僕の姿が見えてしまう放送事故が起こるかもしれないし、聲だけで本人を特定する人が出る可能も否定できない。もしかしたら僕がライブ配信中に、問題発言をするかもしれないんだ。

パッと思いつくだけでも々なリスクがある。それを確認もせずに「いいわよ」で終わらしていいのかな……。

「あら？　私が許可を出したのが不思議？　問題があるとしても、ユキちゃんのバレ程度でしょ？　バレたら護衛を増やすだけよ。変に気をまわさないでユキちゃんは、やりたい事をやれば良いの」

母さんは思いっきりが良いとじてはいたけど、ここまでだったとは！　確かに男が優遇されてる社會でバレしても、護衛を増やしてしまえば大抵の問題は解決する。

最悪、訴えるなり引っ越してしまえば良いんだ。そう考えれば僕が考えていたリスクなんて、大したものではなかったのかもしれない。

「母さん、ありがとう！」

だとしても嬉しいことには変わりない。歓喜のあまり抱きついてしまった。

「あらあら……畫配信までの手続きは大丈夫？」

「ちょっと不安かな……」

飯島さんが出來ると言っても一人では限界がある。場所の確保や機材の購。臺本だって作らなきゃいけない。やることは山のようにある。それを僕たちだけで、やれと言われても不安しかない。

「そう。絵、手伝ってあげて」

「分かってる」

だから、母さんと一緒に僕を育ててくれた絵さんの返事は、とても心強かった。

「絵さんも、ありがとう！」

母さんに抱きついたまま首をかして絵さんにお禮を言うと、分かりやすいほど「不満です」という表をしていた。

あれ？　僕はいつの間にか失禮なことをしていたのかな？　もしかして母さんに抱きつきながらお禮を言ったのがいけなかったのかもしれない。そう思って僕はを話して、もう一度お禮を言ったけど、絵さんの表は変わらなかった。

「……私には抱きつかないの？」

絵さんは両腕を広げて僕が來るのを待っている。

え！？　そういうことなの！？

絵さんは僕にとって叔母さんであり、間違いなく家族だ。だけど、なんというか……母さんに抱きつくのとは違う、恥ずかしさがある。とはいえ、あの期待に満ちた瞳を見たら斷ることは出來ない。

「お邪魔します！」

僕が恥ずかしさを押し殺して抱きつくと、優しく髪をでられた。

「なんで、そんなに頑張るの？」

かす手を止めない絵さんが、ふと思い出したようにつぶやいた。

まぁ、これは當然の疑問だろう。僕だって保護者だったら同じ質問をする。母さんは何も言わずに見守ってくれるけど、気持ちは絵さんと同じはずだ。

「…………されない人生って、哀しいから、ね」

に飢えているたちは、前世の僕が抱いていたにどこか似ている。彼たちの後ろに、死んだ僕の姿が見えるんだ。前世を供養するため。そんな自分勝手な想いで周りに迷をかけてしまっている。

なんだか自己嫌悪に陥ってきたぞ……。

「ユキちゃんへのが足りなかったのかしら！？」

顔を真っ青にした母さんが、絵さんに抱かれている僕を奪い取る。

こんな余裕のない姿を見るのは初めてで、聲が出ない。

「気付いてあげられなくて、ごめんなさい」

思っていた以上に深刻に考えているようで、聲が震えている。

違う。母さんは何も悪くない！　わがままな僕が悪いだけなんだ！

「母さんや絵さんにをいっぱいもらったからこそ、それを分けてあげたいと思ったんだよ」

だから僕は、母さんに噓をつくことにした。

「そうなの？　優しい子ね」

「僕は、みんなにされて幸せだよ」

母さんの後ろに手をまわして、安心させるようにゆっくりと背中をなでた。

「これじゃ、どっちが親なのか分からないわね」

「ここは息子が長したと、喜ぶところだよ」

「ふふふ、そうね。あっという間に長してしまったわね。嬉しいけどしだけ寂しいわ」

気持ちが落ち著いた母さんの聲は、いつもより優しい聲だった。

◆◆◆

母さんとの許可と絵さんの協力があれば、出來ないことはない。翌日からCGのモデリング、機材の購といった準備を進めて、2ヶ月後には家の地下室に畫撮影用のスタジオが完した。もちろん収録だけではなく、ライブ配信にも対応している。

準備が終わったら、即ライブ配信でもよかったんだけど、僕はじっくり進める方針をとった。

どういう人間なのか分かってもらうために、コラムで寄せられた僕に関する質問を答えたり、実況系の畫を撮影したり、いくつか畫サイトの僕のページにアップロードして、反応を見ることにした。

「リロードするたびに、視聴回數の桁が増えている……」

僕は今、彩瀬さんの部屋でアップロードした畫の様子を見ていた。

コラムで告知したこともあって、公開初日から數百萬再生を記録している。

「CGのユキトもカッコイイからね！　ユキトと出會ってなければ、私もこの畫にハマってたよ！」

「さっきまで、畫をリピート再生してたの知っていますよ……」

「楓さんだって、同じじゃない！」

「私はどちらのユキトも好きですから。リアルとCG。1粒で2度味しい。そう思いません？」

「思う！」

彩瀬さんと楓さんが、好き勝手なことを言って盛り上がっている。

2人の中が良いのは嬉しいんだけど、本人の前で盛り上がるのはやめてほしい。恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう。しまうじゃないか。顔が火照っているので、実際に赤くなっているのだろう。

會話を意識しないように畫の評価をみると、高評価數がとんでもなく高い。コメントも好意的な意見が多い。今はまだ、僕を特定しようとする人はいないみたいだ。

さらに読み進めると、海外のコメントも多い事に気づく。英語でしゃべったり翻訳をれたりした効果がちゃんと出ているのだろう。僕の畫を世界中の人が見てくれている。コメントを見てようやく実できた。

「ふぅ……」

想像より良い結果を殘せたことに、僕は安堵のため息を吐いた。

母さんの説得から始まり、準備でずっと忙しかった。さらに慣れない畫撮影は張しっぱなしで、気持ちが落ち著かなかった。完してからも「これで大丈夫かな？」と、自問自答する日々だ。

それがようやく終わったと思うと、全の力が抜けていくようだった。

「この部屋の片付けを手伝って、疲れたのですか？」

「あはは。今は張がほぐれて、疲れが出たじかな」

母さんとの話し合いの後、定期的に彩瀬さんの部屋に訪れるようになったんだけど、なかなか改善されなかった。結局、毎週3人で片付けをすることになり、今日も畫を見る前に部屋を綺麗にしていた。

僕はこういった作業――家事は好きだ。果がすぐにわかるからね。終わった瞬間が気持ちが良いんだ。だから片付けを手伝うのは好きなんだけど、絵さんや楓さんからすれば納得できないみたい。

事あるたびに、2人は彩瀬さんに注意をしていた。

「ユキト。そな時は、お姉さんを頼りなさい」

ぼーっとしながらそんな事を考えていたら、楓さんに倒されて膝枕をされてしまった。さっぱりとした彼の格を表しているかのように、爽やかな香りとらかいが、僕の疲れを癒してくれる。

「あー！　ずるい！」

を休めようと目を閉じている僕の耳に、彩瀬さんの拗ねたような聲が聞こえる。きっと、立ち上がって楓さんに抗議をしているんだろうな。見なくても想像出來るくらいには、彼のことを分かっているつもりだ。

「早い者、勝ちです」

楓さんは、ドヤをしているんだろうな。

僕が嫌がると知っているから本気でケンカしない。今回も貓がじゃれ合うようなものだ。放置しても問題ないな。

次回のライブ配信を頑張るために、僕は彼たちの聲をBGMにしながら気持ちを切り替えようとしたけど、太もものらかいに負けて、いつの間にか寢てしまった。