《ぼっちの俺、居候の彼》act.8/母親
利明くんのお父さんが帰ると、ローテーブルには私と利明が殘る。
私はすることもないので、制服のまま教科書とノートを出して勉強を始める。
いつも部屋に行く利明も、私の前でノートパソコンを立ち上げ、キーボードも取り出した。
部屋に行かないなんて、どういう心境だろう――そう思った時、彼がボソリと呟いた。
「母親がさ、子宮頚癌なんだ」
それはあまりにも重い一言だった。
顔を上げて彼の顔を見ようにも、パソコンの畫面に邪魔されて見えない。
「……がん?」
「そう。前も言ったけど、覚えてないか。子宮頚癌――早期発見しやすい筈なのに、あのは腹痛を子供ができたと思ったのか、それを隠したんだ。親父はああ見えて稅理士をやってて、そこそこ稼ぎがいい。だからあの、親父と離婚する気はなくて、ズルズルと浮気を続けていた」
「浮気って……」
「母親は20年ぐらい浮気してた。男は取っ替え引っ替えか、そこらへんは詳しくわからん。実際、妹はDNA鑑定をして親父のが通ってないと結果が出てる。俺はちゃんと、親父の子供らしいけどな」
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「うわぁ……」
利明がババァと母親を卑下する理由がハッキリした。
浮気し、父親の子じゃない娘も産んで、今は癌で死に掛けている。
そんなの天罰だ――罪を償う時が來たんじゃないか。
「DNA鑑定をしたのは數年前。妹はまだ心付いてなくて、DNA鑑定をしたことすら覚えていない。親父はその頃から、妹の事を娘だと思ってなかったらしい。親父はババァが院し始めた頃、妹の揚羽を本當の、顔も知らない父親に引き取ってもらって、俺と2人で暮らそうって言ったんだ」
「……でも、利明は一人暮らししてる」
「あぁ、斷ったからな。親父はそうじゃなかったみたいだが、俺にとって揚羽は大事な妹だ。俺が一人暮らししてる間に親父と揚羽仲良くして、また3人で暮らそうと考えてる。俺、家事は一通りできるしな」
パタンと、利明がパソコンを閉じた。
無表ながらも真摯な瞳で私の顔を見つめてくる。
「妹には、揚羽にはこの事言うなよ? アイツは母親の浮気も知らないんだ。薄々勘付いてるかもしれないけどな、アイツもガキじゃねぇし」
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「……今の話聞くと、妹のために全部やってるんでしょ? 惚れるわぁ〜」
「気持ち悪いからやめろよ」
顔を変えず、の子に気持ち悪いと言ってくる。
失禮な……まったく、素直に惚れられればイイコトもできるだろうに、利明は損な格をしている。
そういう誠実なところも、彼の魅力なんだけど。
「……で、なんで話してくれたの?」
「聞きたそうだったから。親父も來たし、これからはお前も巻き込まれるだろう。揚羽に居候してるのバレたら、毎晩エロい事してます、って言っとけ」
「……それ、私の世間も崩れるよね」
「良いよ崩れて。既に居候までを崩して崖っぷちじゃん」
「グゥの音も出ません……」
そうです、私もともと崖っぷちです。
鋭い指摘過ぎて泣きそう。
用も済んだと言わんばかりに利明は立ち上がり、キーボードとパソコンを抱えた。
「じゃ、俺は仕事するから。あと、明日明後日の土日は用事があって家空けるから、部屋のものは好きに使え。1萬置いてくから、生活はそれでなんとかしろ」
「1萬円で1カ月生きる蕓人もいるのに、贅沢ですなぁ……」
「ホントだよ。本心はお前なんかに金出したくねぇわ」
「…………」
グサリと言葉の矢がに突き刺さる。
そうだよね、私なんの役にも立ってないし。
何かしないと、なぁ……。
「……バイトして、お金れるよ」
「いらんわそんなの、たかが知れてるし」
「……じゃあ、何すれば良いの?」
「邪魔しなきゃ良いよ。最初に言った通りだ」
そんなこともわからんのか?と目で訴えかけてくる。
それだけじゃあ私の気は済まないのに、この人は本當に人の気持ちに鈍だ。
「……じゃあ、今はそれで良いよ。何も邪魔しないし、迷な時は言ってくれればいいから」
「おう。じゃ、部屋行くから」
「うん。頑張って」
直後、利明の首が90度以上曲がって私を凝視した。
曲がっちゃいけないぐらい曲がってない……?
「ど、どうしたの……?」
「……いや。頑張って、なんて久し振りに言われたからな。仕事の挨拶とかでは別れ際に言われるけど、なんと言うか……」
「なんと言うか……?」
「……家族って、良いもんだよな」
「……は?」
頭にはてなを浮かべるも、利明はそのまま自室の中へってしまった。
家族――私が?
居候なんだからそうかも知れないけれど……。
「家族って、家族って……?」
……夫婦、とか?
そんな事考えたら頭が熱くなり、恥ずかしくて顔を伏せてしまうのだった。
○○
土日は本當に家を空け、俺が帰ったのは日曜の夜9時半だった。
飲み會にわれたが、未年ということでなんとか斷れた。
録音が々ある環境だったから、ボタン1つ押して「未年なんで、お酒飲みません」っていう証拠を殘せば言及してこない。
みんなのボールペンがiCレコーダー付きだったのは驚きだが、今となってはどうでも良いことだ。
「ただいまー」
疲れきった聲で玄関にるも、そこに人の姿はない。
リビングの方は明かりがついていたから、一気にリビングへ向かう。
リビングは無音で、水姫はローテーブルの前に座り、無言で勉強していた。
機には本を広げ、頭には俺のヘッドホンが付けられていて――って、オイ。
「あっ、おかえり」
目端にでも映ったのか、俺の存在に気付いて平然と挨拶してくる水姫。
ヘッドホンを首に掛けようとした途中で俺の手が掠めとる。
「んーっ! なんで取っちゃうのーっ!」
「これ俺の予備だぞ! トランクルームに置いてた筈なのに何で持ってんだ!?」
「買ったんだよーっ! いいじゃん、お揃いだし……」
「はぁあ……?」
買った、だと?
このヘッドホンは一般的によくDTMで使われるやつだが、6萬ぐらいした筈。
カードと通帳は持って出掛けたし、自腹で買ったのか……?
「なんでまた……」
「だってこの家退屈だし。CDやカセットテープはあるから、それ聴いてた」
そう言って彼は手元にあるCDプレーヤーを指した。
いや、そう言う問題じゃないだろう。
ヘッドホンやイヤホンなんて100均にも売ってるし、こんな高級品を買う必要はなかったのだから。
お揃い――そんなことのために?
「……俺、お前の事がわかんねぇよ」
「そう? 私は結構、利明の事わかってきたよ?」
「そうかよ……」
俺は家の事も話したから、理解されてる部分が多いだろうし、正直な格だからな。
他人に心が理解されるってのは気持ち悪いけど、疲れてるからどーでもいいや。
とにかく俺は部屋に行き、荷を置いて著替えとペンを1本手に取り、リビングへ戻る。
「シャワー浴びるけど、風呂沸かした?」
「沸かしてなーい」
「ですよねー。まぁいいや、シャワーだけで……」
それだけ水姫に聞き、とぼとぼと風呂場へと向かう。
6月も終わるんだな――そう思えるほど蒸し暑く、になるとし涼しいぐらいだった。
風呂場の折り戸扉は何故かスライド式のロックがあって、これの意味が未だに見出せない。
でもきっと、水姫が風呂ってる時は俺がれないように使ってんだろうな――なんてことを思いながらレバーを回し、シャワーヘッドからお湯を出させる。
ザァァァアと激しい雨のように降り注ぐお湯を頭からかぶると、眠たい頭も軽くなって、一息つくのだった。
「當面の依頼はこなしたなぁ……」
とりあえず、楽曲制作はひと段落といった所。
依頼があるうちは幸せなんだろうけど、忙し過ぎるのも問題だ。
ほどほどが一番、この休日は大事にしよう。
キュッと音を立ててレバーを戻し、シャンプーを手に取る。
すると、何やらボトルが3本ほど増えてる事に気がついた。
水姫が買ったのだろう、アイツもだしなぁ……なんて、ちょっと失禮か。
いつものシャンプーを量手に取り、頭にワシャワシャと塗って泡立てる。
そういえば結局、あのは何が目的なんだろう。
俺の家に居候したいなんて訳がわからない。
この家はリビングの他に部屋が2つあって、その1つを俺が使っている。
もう1つは、揚羽が親父に捨てられたら匿うつもりでとって置いたんだが、今では水姫の……。
アイツは、俺の家にもう1つ部屋がある事を知っていたんじゃないか――?
嫌な考えが脳を駆け巡る。
奴は俺の家族関係を知らないようだったし、家の事だって家賃を聞いてきたぐらいだ。
でもそれが、全て演技だったら――?
「……あり得んな」
またレバーを回して頭についた泡を落として行く。
水姫にそんな知能はない。
……だけど、「明星は一人暮らしで部屋余ってるよ」と言った奴はいるかも知れない。
一応、後で探りをれて――
ガチャッ
――ん?
なんだ、扉が開いた音だ。
俺は別にロックをかけたりしないから、開けようと思えば開けられるわけで――
「……お、お背中……流しましょうか?」
風呂場の折り戸扉の向こうには、バスタオルをそのに巻きつけただけの水姫が立っていた。
長い黒髪は束ねられ、しい白磁のが眩しいぐらいだった。
なんだコイツ。
「ただいま清掃中です、お帰りください」
「その清掃を手伝いに來たんですーっ。ほら、後ろ向いた向いた。あと、前を隠す!」
「お前さぁ……」
「ん……?」
キョトンとした顔で彼は俺を見る。
あぁ、うん、最初から行為っとけばよかったかな……。
「俺、結婚相手いるから」
「……え?」
俺の言葉が耳にると、水姫の口はポカンと開き、肩から力が抜けて行くようだった。
そして、おそるおそる尋ねてくる。
「どっ、どどどどなた? いや、利明の事だから政略結婚とか――」
「稚園の時、約束したんだ。よく覚えてねーけど」
「…………」
バシンと、思いっきり頭を叩かれた。
なんで毆るんだよ……。
「それっ! 結婚約束じゃないから! てゆーか利明もよく覚えてないんじゃん!」
「いや、相手の名前は覚えてるぞ? 小學校一緒だったし。ここ最近は連絡とってねーけどさ、俺のことダーリンとかとっしぃーって呼んでくるぞ」
「じゃあ利明もその子のこと、好きなの!?」
「……友達ぐらい?」
「…………」
もう一発ブン毆られる。
さっきから理不盡だぞコイツ。
「……それ、將來結婚しないやつじゃん」
「一応承諾しちまったからなぁー。稚園の時、向こうから一方的に結婚してって言われて、俺がウンウンって返事してた。って、親が言ってた」
「…………」
水姫は無言で風呂場の中にり、濡らしたスポンジにボディーソープを付けて、
ザリザリザリッ!
「いててててっ!!?」
思いっきり俺の背中をった。
「テメェ何しやがる!!」
「あーあー、しでもショックをけた私がバカだったよっ!」
「はぁっ!? い、いでででででっ!! おいコラ!! のない羊より綺麗な俺のになんて事しやがる!」
「ちょっと、暴れないでよ! 私にも泡ついちゃうじゃ――」
パサッ
水姫の言葉が途切れる。
ちょうど振り返ると、そこにはバスタオルが剝がれ、その2つのかな果実がわになっていた。
「わっ、わわわっ!!?」
慌てて大事な部分を腕で隠し、バスタオルを拾う水姫。
……バッチリ見てしまったが、見なかった事にしておこう。
……さて。
「……ここまで予測してやってたんだろ?」
俺の一言を聞く水姫の顔は、途端に無表へと帰るのだった――。
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