《ぼっちの俺、居候の彼act.9/みずき

「……そんな事、ないよ」

バツが悪そうにそっぽを向いて、彼はバスタオルをに巻き直す。

そんな事ない、か。

「背中を流してもらうとか、男が好きそうな展開だよな。それに、バスタオル1枚で突撃して來たら確実にタオル落ちるだろ。せめて水著でくれば、疑念を持たれなくて良かったのにな」

水姫は何も言わず、困った顔で俺を見ていた。

俺はコイツがバスタオル姿で風呂場に來た時點で、を見せてくる事はわかっていた。

それで――

した俺に襲わせて、既事実を作る。そう考えてたんだろ? バカな男は引っかかるだろうが、常に頭を使って生きてる俺が相手で殘念だったな」

「わー、利明くん天才。パチパチ〜」

「うるせぇよ……」

ハァッ、と大きくため息を吐き出し、俺は改めて問いただした。

「お前は一、俺にどうしてしいんだ?」

この言葉が全てだった。

何気ない日常の中、突如俺の家に転がり込み、として見られようと必死になって、親父にまで見つかった。

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それで、どうしてしいんだ……。

水姫の家柄も正も俺は知らないし、友達でもないからどんな奴なのかもわからない。

でもコイツにはコイツの目的があるはずだから、それを知りたいんだ。

それを教えてくれないと、俺は何もできないから。

「……利明は、迷わず私にえっちな事をすれば良かったんだよ」

「自分の事を話さない奴って、信用されないんだぜ? 信用してない奴に手を出したりしねーよ」

「……そっか」

儚げな彼の呟き。

ポチャンとシャワーヘッドから落ちる水滴が大きく響いた。

は、しい。

長い黒髪、ふくよかな、白い――その魅力があればいろんな男をオトせるだろう。

なんで俺なのか――それはきっと音楽じゃないかと、思ったんだ。

でも、彼の口から出た言葉は、意外なものだった。

「君ならなんとかしてくれるって、聞いたの……」

今にも泣き出しそうな彼の聲。

悲痛な旋律を奏でる

もうその一言を聞ければ十分で、俺は

思いっきり水姫に向けてシャワーを浴びせた。

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「ブッッ!!?」

あまりの事に彼は驚きながらも目と口を塞ぎ、俺に向かって突撃してくる。

「ちょっと! やめなさいよっ!」

くなよ。またタオル取れるぞ?」

「ッーーーーー!!?」

を包むように自分を抱きしめ、代わりにシャワーを存分に浴びる水姫。

おうおう、完全に水の姫だねぇ……。

「もっもうっ! 利明なんて知らないから! ばーかばーか! 変態! 前隠さないし! 音楽大魔神!」

「最後のは褒め言葉だぜ」

水姫は逆襲する事なく逃げていった。

床が水浸しだけど、眠気も覚めたからあとで拭こう。

……あ、アイツ、スポンジ持って行きやがった。

「……いい事ねぇなぁ」

得た気持ちを潤すように、俺は全にボディーソープを塗る作業に明け暮れるのだった。

バスルームから出てを拭き、やっとこさ真新しいパンツを履くことができる。

その下には俺が持って來たボールペンがあった。

ICレコーダーになっている、1つ數萬円のボールペン、水姫が扉を開けてたために、先ほどの會話は全て録音されたことだろう。

「ま、使うか使わないかはわからないけどな」

獨り言のように呟いて、ズボンとシャツをに付ける。

濡れた床を雑巾とワイパーで拭いてから、俺はリビングに向かった。

リビングでは、既にパジャマを著た水姫が正座して座っていた。

ローテーブルにはコップが2つあり、1つは水姫の方に、もう1つはいつも俺が座る、対面する位置へ。

……これは素通りできないよな。

俺は渋々彼の目の前に座り、水姫の顔を見る。

は俺を見るなり、眉をハの字に曲げ、困り顔だった。

こんな場所作っといて、今更そんな顔するなよ……。

「……おい、良いおっぱいの人。話す事あるんじゃねぇの?」

「……普段の私だったら今頃羽い締めにしてるけど、許してあげるよ」

とか言いつつ、足を蹴ってくる水姫さん。

見えない所で攻撃すんなよ、2人しかいねぇのに……。

「それで、なんでしょう。俺疲れてるから明日じゃダメ? 學校サボろーぜ?」

「……やだ。決心が鈍る」

「もう鈍ってるだろ。でも安心しろ。俺は偉大な男だ、お前の事は必ず助けてやるから、なんでも言えよ」

「…………」

水姫は再び無言になる。

しかしその目には力がこもり、意を決したようだった。

やがて、彼の口もとは綻び、言葉が紡がれる。

「親って、どうして子供に本當のことを言わないんだろうね」

「有って無いような威厳を守りたいからだろ?」

「あはは、そうだね……」

前置きだろうか、彼の疑問を即答すると、クスリと笑って彼はポツポツと語り始める。

「お父さんね、3年前に、仕事をクビにさせられてたの。その頃はまだ貯金があって、なんとか暮らしてきた。でも、お父さんはクビになった事を黙ってて、アルバイトをして……でも、お金は足りなくて。だから借金をしたの。しずつ、しずつ……」

「…………」

何度か思った事だが、矢張り金の話だった。

水姫はまだ話を続ける。

「そして、家族にバレる日が來た。借金取りの、がゴツい男が乗り込んで來て……私に……迫って來たの。親は泣いてたけど、拒否しなかった。その日から私は死んだような生活を送っていたの。何日もを良いように扱われて……表面上だけは、明るく振舞ってた。バイト代はなんとか知らされないようにしてたけど……」

「バレた、のか?」

「……うん」

「だから逃げて來たのか。友達の家に泊まろうとしなかったのは、そのの子にも被害が及びそうだったから、と……。そこで、一人暮らししていて、無害そうなぼっちの俺、か」

そこからの憶測は簡単なもので、彼もコクリと頷いた。

俺のを見てもおどけなかったから経験済みだとは思ってたけど、はぁ……。

「それと、もう1つあるの……」

「へぇ……」

正直、彼の話はもうお腹いっぱいだったが、ここまで聞いたら引き返せない。

俺は彼の目を見て、次の言葉を待った。

「……私の名前ね、こう書くんだよ……」

そう言って、彼はスマートフォンをテーブルに置き、見せてくる。

頭姫

そこに書かれていた文字は、みずきと読める、俺が彼から聞いた漢字と違うものだった。

「……これは?」

「……出生屆に書かれた、私の名前。本當はこの文字だった……」

ポツポツと、ローテーブルに水滴が落ちた。

それは水姫の流す涙で、俺のを切なさが埋め盡くす。

「私は、ずっと親に騙されてたの。字畫が悪いとか言って、私に水って、噓の漢字を使わせた! 私もバカだよ……気付く機會は何度もあるはずだったのに……」

「みず、き……?」

「……その名前はどっちで呼んだの? 私はね、利明……家を出たとき、水姫という、偽りの自分を殺して來たつもりだった。でも、私は――貴方の前で、偽りの自分を演じる事が必要だった! だから――私は、また噓の名前を……」

グズりながら、テーブルに顔を伏せてしまう。

話が本當なら、コイツは相當無理して來たんだろう。

先生とかって子供の出生屆の名前とかわからないもんな。

生徒を呼ぶのは大苗字かあだ名が多いし、他人は絶対に気付かない。

「酷いよね……。今まで私が書いて來た名前は全部、存在しない別人のものだった。私って、一何? 今までの人生全て否定されたんだよ――? 名前って、こんなに大事なんて知らなかった。私は――ただの、み者なの――?」

肩を震わせながら、嗚咽じりに、彼は必死に言葉を吐き出した。

親が本當のことを言わないって、そういう事か。

まったく、どこの家庭もそうだよな。

親は子供都合を考えたりしないし、子供の幸せを勝手に決めつけたり、子供を道にしか思ってたりする。

當然だろう、世の大半の親は子供ができると思わず、ただ快楽を求めてわるんだから。

だから思うんだ。

子供は、自分の道は自分で決めて良いって。

「お前が決めろよ」

「……うえっ?」

上ずった聲で、みずきが返事をする。

コイツは今、名前の定まらないただのだ。

でも、この先を生きていくのは――水姫か、頭姫か。

しい頭に姫って、すげぇ良い名前じゃん。そして、その名前はお前の持ちだ。同時に、水の姫ってのもお前の名前だ。これからのお前がどう生きたいのか、それはお前が決めろよ」

「……私……は……」

絶え間なく流れる涙を惜しまず、みずきは俺を見ていた。

しい顔がボロボロだ……本気の泣き顔をするとき、は噓を吐いてないって思ってる。

だから、今ここでに素直なお前は、どっちのみずきなのか。

それは――

「……私、もう自分を演じたくない! 辛い思いとか、全部イヤなの!! だからっ……全部捨てて、頭姫に、なる……。しい頭じゃなくてもいい、だから……」

「……そうか」

は決めたらしい。

新しい自分を歩んでいくことを。

今までの人生全部捨てて俺のところまで來たんだ、ここからスタート切ろうぜ。

「……辛いの嫌だっつっても、家事ぐらいしろよ?」

「……え?」

「ん? なんだ、出て行くのか?」

「…………」

ふるふると首を橫に振る。

だったら良いじゃねぇか。

「詐欺ってさ、俺は1つの仕事だと思ってるんだ。例え相手を騙したとしても、噓がバレなければ騙した方に満足を與えられる。……結局、人間なんて満足すれば良いんだよな」

最後の最後でコイツが噓ついてたとしても、俺はそれを知らなかったことにしよう。

俺はただ、目の前の小さなの子を助けたいだけだから。

俺が満足すれば、それでいい。

俺は立ち上がり、目の前のに向けて言った。

「助けてやるよ、頭姫。今日はよく頑張って話してくれたな……」

優しい微笑みで投げかけた労いの言葉。

は涙で破顔し、再びテーブルに顔を埋め、泣きじゃくるのだった。

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