《ぼっちの俺、居候の彼》act.17/話
俺が席に戻ると、一彌は食べる手を止めて俺の顔を見上げた。
「また仕事か? お前も大変だな」
「いや、例の居候だよ。帰り遅くなるってさ。しかも、外出たらばったり會ったし」
「へぇ、運命的だな。はむっ」
興味なさげにハンバーグを一口切って口にれる一彌。
俺も特に気にしてないため、席に座って定食を食った。
決めて行おこなってるわけではないが、俺たちは食事の際、無言だ。
喋るなら後でもできる、今は食う時間、その分別をしっかりしているのだ。
俺の方が遅かったから當然だが、一彌は食い終わるとドリンクバーからジュースを取ってきて、大きく息を吐きながら深く椅子に腰掛けた。
「ま、アレだよ。お前と居候、付き合えばいんじゃね?」
「…………」
投げやりで適當な発言にイラついたが、俺は無視して唐揚げにかぶりついた。
一彌はまだ話を続けている。
「利明はさぁ、付き合う理由も、付き合わない理由もないだろ? だったらくっつけばいい。それで合わなかったらそこまでの相手だった、ってだけだろ?」
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「……そこで話をやめろ。付き合わない理由もあるんだ」
「へぇ……利明、兄妹の壁は越えられないんだぞ?」
「妹の話じゃねぇよ! でも確かになぁ、俺だって揚羽と付き合って結婚できればそれで大団円なのはわかってんの! 揚羽に"兄さん素敵、結婚して"とか言われた日にはなぁ――」
「わかったわかった。シスコンなのはいいから、別の理由があんだろ? 何?」
俺の話をスルーし、本題を催促してくる。
これも言わねぇとダメだよな。
「小學校までずっと俺の事好きだった奴がこの前転校してきて、今も俺に付きまとってる」
「ほーん。モテ男は大変だねぇ。いっそハーレムでいいんじゃない?」
「……それってアリだと思う?」
「本人さえ良ければな」
「…………」
ハーレム、ハーレムか……。
なんだかしっくりこない言葉だ。
それに、頭姫が本當に――俺のことを好きなのか。
判斷の難しい所だが、津月にはハーレムの話をしてもいいだろう。
「よし、ちょっと馴染の方に言ってくるわ」
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「は? 今そこに居るのかよ?」
「居る居る。暫く待ってろ」
俺は席を立って津月と頭姫を探した。
すると、大分離れた4人席に、2人だけで座っていた。
両手でコップを持ち、チューチューとジュースを飲む津月の前で、思いっきり機を叩いた。
「津月、ちょっとツラ貸しな」
「とっ、とっしぃー!? ビックリしたぁ……」
「いいから表に出ろよ。タイマンだボケ」
「どうしよう、とっしぃーが壊れちゃった……」
助けを求めるように頭姫を見ていたが、彼の方もポカーンと大口開けていたので、助けを呼べない津月を外に強制連行する。
道中いろいろ暴言を吐かれたが、聞かなかったことにする。
月の出ている綺麗な夜だった。
最近は日が沈むのが遅い――だからもう遅い時間で、夜の8時を回っていた。
ファミレスかられる暖かなが照らす中、俺と津月は向かい合って立っていた。
「津月、今からする質問に正直に答えてくれ」
「はいはい、なんですかなんですか?」
呆れてかなりなげやりだったが、こんな事を訊けるのは世界でコイツしか居ない。
俺は意を決して話した。
「例えばの話、俺が二三かけてたとしよう。それでもお前は俺を好きって言って、結婚したいと言ってくれるか?」
「…………」
最後まで俺の疑問を聞くと、頭1つ分小さい彼はそのを屈め、顎に手を當てて本気で考え始めた。
俺も彼の目線に倣うべくしゃがみ、じっと答えを待った。
「……私は、ずっと好きだったから……この際、利明が最低で変態でも、私が付き合えるなら、添い遂げたいと思うよ?」
ポツリと、地面に視線を向けたまま、熱を帯びた聲で呟く彼。
津月は俺がハーレム築いてても大丈夫か……ふむ。
「ハーレムって、やっぱり嫌なじ?」
「それはそうだよ……。好きなものは獨り占めしたいじゃん」
「ほう」
「それに世の中だと、浮気は離婚案件になるよ?」
「ハーレムは浮気じゃねぇだろ。隠れてやるわけじゃねぇし」
「そうだけど、そうなんだけど……やっぱり浮気なんだよ」
ふと顔を上げ、津月の視線と俺の視線がわる。
気恥ずかしそうにし、し困り顔の彼は小さな口を開いた。
「私だけの利明が良い……。これは私のワガママ。利明がハーレムがいいってワガママ言っても、許さないから」
「別に、ハーレムがいいってんじゃねーけどさ……」
俺は好きでこんな事を言ってるんじゃないし、どうしようもないから相談してるだけ。
2人が俺を好きで俺がどちらかを選ばなきゃいけないなら、片方が傷つく。
それが嫌なだけだった。
「って、好きになられた方が辛いって、本當なんだね」
困り果てた俺の顔を見て、クスリと笑いながら獨り言のように彼は呟いた。
辛い……まぁ辛いけどさぁ……。
「俺だけだろ、こんなバカなのは。俺が普通の男だったら頭姫を追い出して、超絶の絶壁アイドルと付き合ってる」
「……なに? とっしぃーは死にたいわけ?」
「絶壁は褒め言葉だろ」
「どう反応すればいいかわかんないよ……」
ガックリと項垂うなだれながらも、その口元には笑みが殘っていた。
こういう會話が出來るから、なんだかんだでコイツは友達止まりっぽい。
昔馴染みってのは気兼ねなく話せるから、いいよな。
とりあえず、ハーレムはダメっぽい。
津月は良いと言ってくれたが、最低ギリギリラインって所だし、頭姫なんてもっと無理だろう。
「よしっ。聞く事聞いたし、俺は戻るわ」
「……待って。私の話も聞いていきなさい」
「ぬ?」
立ち上がると、裾をぐいっと引っ張られて戻される。
このしゃがむ態勢、微妙に辛いんだけど。
「……もうさ、歩きながら話さね?」
「私はいいお☆ でもでもっ、2人で歩いてたら人っぽくない??」
「急にキャラ変えんなよ絶壁。男2人並んだだけで人に見えるとか、妄想激し過ぎだろ」
とかなんとか言いながら、俺たちは立ち上がって歩き出す。
単なる散歩……にしては、し長くなりそうだった。
「とっしぃーさあ、頭姫ちゃんと何かあった?」
話があるから何かと言えば、頭姫の事らしい。
何かあったか? 別に何かあったわけではない。
「別に何もねぇぞ? いつもと変わらねえ」
「……本當? とっしぃー、今日1日憂鬱だったじゃん」
「揚羽が機ぶっ倒したからな」
「あっ、アレは凄かったよね! 私ホントにビックリしちゃってさぁ〜……揚羽ちゃん、あそこまでする子だったなんて、お姉さん知らなかったよ……」
「揚羽はやる時はやる子だからな」
「非行をね?」
「おう」
そのうち、盜んだバイクで俺に向かって走り出しそうな會話だった。
津月は逸れた話を元に戻る。
「で、ホントになんでもないの?」
「しつけぇな。俺がお前に噓ついたことあったか? お前の絶壁、本當は巨なのか?」
ボコンという音が俺の脇腹から鳴った。
津月の右ストレートが華麗に決まったのである。
「ツッキー、絶壁じゃないもん! 普通ぐらいだもんっ!」
「ネットでは絶壁ネタが鉄板だったけどな」
「なんとっ!」
衝撃の事実に恐れ慄く絶壁アイドル。
しかし、本人がここまで否定すると、本當に絶壁かどうか怪しいな。
「ちょっとって確認してもいい?」
「せ、セクハラだ!!」
「いいじゃん、俺とお前の仲だろ?」
「昨日友達止まりって言ったくせに、何言ってるの!?」
頑かたくなに拒まれ、確認は諦めるしかなさそうだ。
さて、話の雲行きが怪しくなってきたぞ。
俺たちの話はどこに向かってるのだろう。
「まぁアレだ、貧なんて気にすんじゃねぇよ」
「嬉しくないわぁ、その勵まし……。ツッキーは心を傷にされたので、訴狀を提出します。これ有罪だったら結婚まで一直線だから」
「訴狀は証拠不十分で棄卻されました」
「そんな〜、殺生な〜っ……」
それからあーだこーだとバカ言いながら歩き進め、住宅街を一周する。
なんだかんだで話し込んでしまったが、一彌はまだ殘ってるだろうか?
「……あれ? 仕事の話してたんだよね? 待たせちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃねーな。ま、仕事相手じゃねーから、上手くやるさ」
「うわっ、噓吐いてたのね! 上告! 訴狀追加します!」
「わかったわかった。でも、俺の特権で無罪だから」
「早すぎる閉廷……はぁ。敗訴したから敗走するよ……」
くだらない駄灑落を殘し、津月は座ってた席へと戻って行った。
俺も元いた席に戻ると、一彌は勉強道を一式取り出して勉強に勤しんでいた。
俺が席に戻っても反応は無く、どうやら怒ってるらしい。
時計を見ると30分は経ってるし、仕方ないだろう。
とりあえず俺は、ずっと放置された唐揚げ定食を平らげるのだった。
△
「……それで、ハーレムはダメ、と」
料理を食い終えた俺の話を聞き、一彌は追加注文したフライドポテトをいくつか口にれた。
もう一方の手にはスマートフォンが握られ、何かを忠実に確認している。
彼は畫面を見ながら、テキトーに言った。
「そもそも、お前はと付き合う気があるのか?」
「ねぇな。なんて居なくても生きていけるし」
「だったら付き合わなくて良いんじゃないか? 誰が告白して來ても斷れば良い。と付き合う気はない、俺は男好きだ、ってな」
「その斷り方は癪だわ。でも、そうか。単純な話、俺が付き合う気無いんだから、それでいいのか」
「そうだよ。自分を殺して他人を喜ばせようなんて考えばっかしてるから、自分が見えなくなるんだよ」
「そんなもんかねぇ……」
ストローからジュースを口に含み、し考える。
他人の幸せを考える、そればかりを念頭に置いていた。
それは作曲家として當然の信念だし、周りを見ないと生きていけないんだ。
「他人の幸福もいいけどな、お前自が幸せになれよ。揚羽ちゃんに機材ぶっ壊されて平靜でいられるお前も、かなり異常だからな?」
「壊れたら買い直して、また設定を組み直せばいい。でも、人の心は組み直せねぇからな」
「それもそうだけどさぁ……。大、輝流てるるをフった時、お前は――」
「その名前は出すな」
一彌の言葉を遮る。
輝流――その名前は俺たちの中で、もう何年も封印して來たものだった。
忘れたくても忘れられない記憶、それが植え付けられたから、ずっと過去から目を逸らしていたというのに。
一彌はスマートフォンを伏せ、顔を上げた。
「……悪い、軽率だった。アレは本當に酷かったもんな」
「…………」
「でも、だからこそお前は恐れてるんだ。人が傷付くと、その傷は誰かを傷つけるヤイバになる。けど、今お前の近に居るはそんな酷い奴らじゃないんだろ? 前例が特例だっただけだ。中學の頃のアレは、誰から見ても普通じゃない――」
「思い出させんな! 輝流は――」
「何の話?」
聲を荒げ掛けた俺の耳に、優しく明るい聲が掛かる。
パッと隣をみると、それと同時に津月が俺の肩に抱きついて來た。
「怒らないで」
ボソリと耳元で囁かれる。
それは彼だけが出せる特別な聲で、マインドコントロールでもけたかのように、一瞬で俺の心は穏やかになった。
俺の顔つきが変わると、津月は笑顔になって目元でピースサインをした。
「ツッキーだおっ☆」
「死ね」
「二言目が死ね、になる會話の流れじゃなくない!?」
驚嘆して口が開きっぱになる津月。
その後ろからは頭姫も現れる。
「やほっ。どうしたの? みんな黙り込んじゃって?」
彼の能天気な聲に、反応する聲はなかった。
店に流れるなだらかなBGMですら、俺達の耳にはってこなかった。
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