《四ツ葉荘の管理人は知らない間にモテモテです》春花との生活

お世話になる、その宣言通りに桃園は管理人室によくやってくるようになった。

おれが管理人になってから三日間、ご飯はいつも桃園と一緒に食べている。そういえば、指南書の最後の方に、「住民との接し方」と項目がまとめてあった。

『住民の方が管理人室にやってくることがあります。その時は優しく接してあげましょう。食費は毎月五人分あります。みんなでご飯を一緒に食べると、ご飯はより味しくなります。是非住民の方とご飯を一緒に食べてください』

指南書が正しいのなら、おれの管理人としての仕事はこれでいいのだろう。だが、學校中の憧れである桃園とご飯を一緒に食べるのは、高校生男子として々気まずい気もする。まあ、これも管理人の仕事なのだ。自分に言い聞かせるしかなかった。

々と悩みは盡きないが、そろそろ夕食を作る時間だ。始めたばかりの料理は手際が悪いせいか、とにかく時間がかかる。まずは別冊を開き、夕飯の獻立を考える。最初に目についたハンバーグとコンソメスープでいいか。付け合わせはポテトとニンジン、ブロッコリー。

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そういえば、確かに指南書に書いてあった通り、二人で食べるとおれのおぼつかない手つきで作った料理にしては味しくじるのだ。

また桃園も料理を作るのを手伝ってくれる。彼も料理はあまりしないのだろう、おれと同じく手つきはおぼつかないが、まるで新婚の夫婦がキッチンに立って仲良くやっているようだとよく妄想してしまう。

これも全部桃園のせいだ、と考えると嬉しさと恥ずかしさが背中をもぞもぞさせる。

いかん、妄想が止まらない! 雑念を振り払うため、頭を振ってみる。全然飛んでいかない!

「こんばんはー、今日は晩飯のお買い付き合うよ」

頭を必死に振っていたおれは、管理人室の扉が開くのを気づかなかった。どうやら今日は買いに付き合ってくれるらしい。やっぱり、新婚夫婦じゃないか! って、違う!

心の中で口癖になった冷靜に、という言葉を繰り返し唱えながら、いつまでたっても彼に慣れることがないおれはいつものように震える聲で返事をする。

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「あっ、ありがとう。今日の獻立はハンバーグにコンソメスープだよ」

桃園は破顔し、ふわふわと花を辺りに散らした。ま、眩しい!

「やったぁ! 私、ハンバーグ大好きなんだ!」

桃園の可らしい一面に、おれの頭はクラクラした。

「じ、じゃあ、お、おれ、か、買いに行ってくるよ」

脳みそがうまく回らない。呂律も回らない。顔も真っ赤になっているだろう。とりあえず、この狀況から逃げないとおれはどうにかなってしまう。

「今日はお買いに付き合うよってば。いつも一人で行ってもらって悪いし…ねっ!」

笑顔のまま、目の前にいる神はそう言う。始めに神と名付けた人は、この笑顔に焼かれて死んではないだろうか、と不思議な考えが頭をよぎる。

「じゃ、じゃあ一緒に…」

神の前では、平民であるおれはかしづくしかないのだ。神の言うことに従おう。

ちなみに今日の晩飯は、いつも以上に味しかった気がする。

飯の後片付けも終わり、おれはノートを広げた機の前に座って作業をしていた。

実は、おれの家である四ツ葉家はアパート運営の他にもぬいぐるみメーカー「your friend」を運営している。その中でおれは時折、デザインを任せてもらえていた。パートナーシリーズと銘打ったおれのデザインはなかなか好評らしい。そのことには、いつもとても嬉しく思っている。

ノートに思い付いたデザインを書いていく。誰かの友達になるぬいぐるみだ、心を込めて、らしく、優しく、と一線を描く。

過去に、桃園の友達にもいたのだろうか? 神とその友達をイメージすると思わず笑顔がこぼれる。

「ゆ、your friend…! ま、まだ見たことないデザイン!! よ、四ツ葉くん、こ、これは!」

集中していたおれは、桃園が部屋にきていたことに気づいてなかった。しかし、耳元でしている桃園の荒い吐息とその甘い聲に、が飛び上がる。

「あ、あのね、攜帯忘れちゃてて、それを取りにきただけなんだけどっ、真剣になにかしてるから邪魔しちゃダメだと思ったんだけど、気になっちゃって思わず見ちゃったの! ねぇ、これってyour friendだよね!」

め、神が興している。興して、どこか目が走っていてもしいのだから、人は得だ。

「ああ、your friendだよ。よくわかったな、もしかしてぬいぐるみ好きなの?」

近くに家業のファンがいるということは嬉しいことだ。そして、あわよくば桃園ともっと仲良くなれればいいと思う。

「わかったのは緑ねぇがyour friendの創業者一家って知ってたからで…」

「姉ちゃん、そこまで話してたんだ。仲良かったんだな」

姉ちゃんの友関係は幅広いのだろう。思わず桃園の話を遮って言ってしまった。

「うん、緑ねぇに服を見てもらってたから。あっ、私の趣味はね、ぬいぐるみの服を作ることなの。ぬいぐるみ単で完してるのはわかってるんだよ。でも、自分で作った服を著てもらうと嬉しくて…」

顔を真っ赤にしながら、早口でぬいぐるみへのを語りだす桃園。そこまでしてもらっているのなら、デザイナー冥利に盡きるというものだ。うんうんと桃園の話に頷いてると驚く一言を発した。

「特に好きなのは、パートナーシリーズ! パートナーシリーズはみんな顔が優しくて、溫かくて、それでね…」

「えっ?」

それはおれがデザインをしているシリーズの名前ではないか! これはチャンスだ、おれ!

「そのシリーズ、デザインしてるのおれだよ! 桃園がそんなに熱くなって言ってもらえるなんて嬉しいな」

「え、ええっ! 四ツ葉くんがパートナーシリーズの、で、デザイナー!! こ、こんな近にいらっしゃったなんて! ふ、ふぎゃぁぁぁ! あ、握手、してくださいぃ!!」

神が狂し始めた!? 混していると右手をぎゅっ、と握られる。そのらかく溫かな手に呆然としていたおれも心臓の急信號によりどうにかなりそうだ。

はぁ、はぁ、と二人分の荒い吐息が、部屋に充満していく。

お、落ち著け、おれ! いや、おれたち!

「も、桃園! おれたちし落ち著こう!」

まだ握りしめられている手が、真っ赤になっているのだろう顔が、燃えたかのように熱い。このままでは、焼け死んでしまうかのような錯覚にとらわれる。

「ふわっ! 神様っ! も、桃園じゃやくてっ、は、春花って呼んでくだしゃい! お願いします!」

神の狂 は おさまらない!

「も」

「春花ですっ!」

「は、春花、落ち著いて! ちょっと、いったん、手を離してくれ! お、おれが々と死んでしまう!」

その言葉を聞いたとたん、桃園、ではなく春花はバッ、と急いで手を離してくれた。

「ご、ごめんなさいっ! つ、つい、嬉しくて! 神様と四日間も一緒にいたなんて、全然気づかなかった! あ、あのね! 私、見てほしいものがあるの!」

鼻息荒く、しい顔をおれに近づけながら、春花はそう言った。近い、近い、近い!

「み、見る、見るからちょっと離れて!」

けないことに、おれの聲はほとんどびだった。

また手を握られ、そのまま引っ張られる。思わず立ち上がると、そのまま春花が引いてくれるまま管理人室を飛び出した。

春花はとても嬉しそうで、その大きな瞳でこちらを見つめて無邪気に笑った。その笑顔におれは魂まで神に捧げる信者になりたい、そう思ってしまった。

鼻唄を唄う春花に引かれるまま、付いていった先は彼の部屋である三階の一號室だった。彼が扉を開け、繋いでいない方の手で部屋を手のひらで指した。こちらを見る春花の顔はとても誇らしげで可らしい。

「私じゃなくて、部屋を見てっ!」

見つめていることにバレた。むっ、とした顔の春花に慌てて手の先を見る。

そこにはぬいぐるみがいた。いや、もはやこの部屋はたくさんのぬいぐるみに占拠されている狀態だ。そして、全てのぬいぐるみにどこか見覚えがある。よく見れば、これは全て、おれがデザインしたパートナーシリーズのぬいぐるみだ!

「あ、あのね! ずっと、ずぅっと前から! パートナーシリーズの初めからあなたのファンだったの!」

聞いたことのない大きな聲で、春花がとても幸せそうな笑顔でそう言った。

思わず、その笑顔にみとれた。そして、春花が言ったファンという言葉が天使のファンファーレと一緒に何度も再生され、十回目ぐらいでようやく頭がその言葉を理解した。

ファン、おれのデザインしたぬいぐるみのファン。嬉しさが背中から駆け上りそのまま天に昇って行ってしまった!

「ひゃぁ! な、泣かないで、神様! ど、どうしたの!?」

どうやらおれは泣いてしまったらしい。春花がポケットから可らしい刺繍がったハンカチを取りだし、拭いてくれた。って、あれ? そういえば手はずっと繋いだままだ!

「あ、ありがとう! 嬉しくて! ただ、それだけだよ! 本當にありがとう!」

繋いでいる手の溫かさ、ハンカチから香るいいにおいに先ほどまでのインパクトは飛んで行ってしまったようだ。

「あの、そろそろ手を…!」

聲を絞り出す。すると、春花も手をずっと握っていることに気づいたようで、彼も真っ赤になった。

なんだか寂しいけれど手を離すだろう、そう思っていた。

しかし、春花はおれの両手を彼らかな手で、神に祈りを捧げるように包んだ。

そして、ゆっくりと蕾が開くように、神が慈悲をかけるかのように、おれの目を見て微笑んだのだ!

「私ね、この手が大好きになっちゃった。味しいご飯を作ってくれて、大好きな友達を作ってくれるこの手が」

神だ…! もうそれしか頭に殘ってない。神に微笑まれた男の頭には、彼を讃える言葉すら殘ってない。彼神なのだ、という事実しかわからない。いや、春花はおれと同じ人間のはずなのだが。

「もうっ、神じゃないよ。四ツ葉くんの方が神様だよ」

心の聲がれていたようだ。しかし、春花はしい笑顔で、甘い聲でおれを神様と讃える。正直、恥ずかしい!

「あ、あの、おれも四ツ葉くんじゃなくて、神様でもなくて、蒼太でいいよ」

大慌てでそう言うと、彼はすぐに名前を呼んでくれた。

「蒼太……ふふっ、男の子の名前を呼び捨てにするなんて初めてっ! これからもよろしくね、蒼太!」

眩しい笑顔を輝かせながら、春花はそう言った。

ぽうっ、と何も考えられなくなった頭で、春花を見つめていると彼はあっ、と驚いた聲を出し、慌てて手を離した。

「デザインの最中だったよね!? 邪魔してごめんなさいっ! ただ、この気持ちを伝えたくて! あわわっ! ごめんなさいっ、今日はこの辺でっ!」

と、そのまま回れ右、背中を押されて部屋を出された。

「え?」

春花でいっぱいになった頭は、次ははてなでいっぱいになった。

一がいなくなった部屋で、春花は背中をドアにつけた。

「あんなに優しい蒼太くんが、ずっと憧れてた神様だったなんて……」

背中をらせ床に座り、両手をにかざすと綺麗なものにった自分の手も綺麗に思えた春花は、微笑みが止まらなかった。

その微笑みは見た者全てをときめかす神の微笑みだった。春花は神と周りから言われていても、それを過大評価だと思っていた。しかし蒼太にそう呼ばれ、初めて喜びと恥ずかしさがれたが芽生えた。

「蒼太にもっと好きになってもらいたいな……こんなふわふわした気持ち、初めてだもん。もっと好きになってもらえたら、きっともっと幸せでどっかに飛んでっちゃいそう……」

種は今、芽を出そうとしている。

翌日、おれは昨日の出來事は夢ではなかったのか、と思い始めていた。

「おはよー、蒼太! 今日の朝飯なににする?」

夢ではなかった!

「あのね、私に手伝えることがあったら、何でも言ってね! どこにいても、なにをしてても蒼太のためならなんでもするから!」

あれ? もしかして神はヤンデレだった?

話題を変えた方がいい。神は神なのだから、妙な考えで虎の尾を踏むのは危険だ。

「そっ、そういえば他の住人ってどうなってるんだ?」

そう、そういえば、五人分の食費をもらっているのに、春休みの間、春花としか會えていない。

「私以外の? 夏樹先生はお仕事が忙しくて學校に詰めっきり。朝早く、夜遅くだから會えてないのかな? 秋乃先輩と冬海は春休みだからおうちに帰ってるよ。あ、だから、もうちょっとだけ二人きりだね」

むっとしながらも、春花は答えてくれた。そして、最後の一言に自分でも嬉しくなったのか微笑んだ。

こんなに可神と一緒にいて、おれの心臓は大丈夫だろうか? 今でもこんなに高鳴っているというのに、一年間耐えられるだろうか。

こうしておれの管理人としての一年間が始まった。

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