《-COStMOSt- 世界変革の語》第1話:9月1日・早朝

9月1日、早朝5時45分。

「炊飯よし、下拵したごしらえも終わってる……。攜帯はポケット、小銭よし、重りよし……」

僕は家のリビングで持ちをチェックしていた。上下のジャージ、首にはタオルを掛けており、手足には1.5kgずつ、合わせて6kgの重りが付いていた。左腕には腕時計と、その橫には小銭のる運用リストバンドがある。

チェックをすませると、僕は薄暗いリビングを後にして玄関に向かい、スニーカーを履く。履き慣れた靴はすんなり僕の足をれ、僕は玄関を押して外の世界へと飛び出した。

玄関を出ると、すぐさま走り出す。これは日課のランニングだった。わざわざ5時臺に起きてランニングをするのなんて、ここらだと僕らぐらいだ。病気以外では年中休む事なく、ランニングは続けて居た。

まだ暗い空の下を、夏でも冷たい道を、リズムに乗った呼吸と共に走っていく。この住宅街で歩いている人はまだ居ない、もうししたら散歩する老人が目につくかもしれないが、それよりも先に――

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「よぅ、幸矢ゆきや! ハッ……ハッ……」

「快晴……」

曲がり角の先で、馴染と遭遇した。快活な様子で彼は咄嗟にを翻して僕に並走する。僕より頭1つ分程背の高い彼は、僕の頭上に荒い息を吐きながら言う。

「お前、走り出したばっかか!?」

「今1kmぐらい、かな……」

「そう、か……ハッ……俺もう、全員會った・・・・・から、帰るわ、ハァッ……」

「お疲れ」

途端に歩き出す彼を置いていき、僕はそのまま走り続ける。僕らのランニングのルールは、時間や距離ではない。エンカウント數だ。僕、晴子さん、競華、快晴の4人である一定區畫……この街の半分を走り回り、遭遇すれば良いだけ。

しかし、自分を除いて3人と出會うというのは中々難しい。街の半分といっても、1周すれば5kmはくだらないからだ。僕はおよそ30分を目処に諦めているが、他の人も辭める時間は決めているだろう。あくまでランニングは自主參加、エンカウント數がなくたって罰ゲームがあるわけじゃない。

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そんな余計な事を考えていると、僕もそろそろ息が切れてくる。殆ど全力で走り続けて10分弱……3km程度は走ったと予測できる。住宅街、大通り、まだ次の友人は姿を見せなかった。

6時前だが、まだランニングを切り上げるには早いはずだ。僕は速度を保ち、一定のテンポで呼吸を取りながら走り続けた。

そして、エンカウント2回目。

「! 競華せりか……」

「おぉ、幸矢か……フゥーッ……」

今度は僕よりも頭1つ分背の低い人と出會う。上下は彼の髪と同じ黒のジャージで、僕と同じように白いタオルが首に掛けられていた。

とは手を合わせただけですぐに別れる。もともと競華は口數がなく、無駄な事を喋る人間ではないからだ。

後ろを向くと、膝に手をついて息をする競華が目にり、彼の居た先に最後の1人が居ると予想だった(※1)。僕はまだ止まる事なく、太の出るの方へと走って行った。

6時11分、彼を見つけた。

「ハッ……ハァッ……晴子、さん……ハァ……」

「ハァ……や、やぁ……おはよう……幸矢、くん……ハァ……」

お互いに肩で息をしながら、ガクガクと震える足を歩かせて來た道を戻る。立ち止まる事はなく、僕らは歩く。

「いやぁ……今日も、よく走った、なぁ。はっはっは」

「……元気になるの、早過ぎだよ……」

「息は、切れてるよ……ふぅ……」

タオルで顔を拭きながら言ってみるも、晴子さんは疲れを見せた。いつも太みたいな笑顔の彼も、疲れる事はあるのだろう。いや、20分以上走って疲れないというのもどうかと思うが……。

「ねぇ、幸矢ゆきやくん」

改めて名前を呼ぶ彼に、僕はタオルを手に持って晴子さんの顔を見た。クリクリとした大粒の瞳、にんまりと笑った顔、白いTシャツと短パンというラフな格好をした。セミロングの黒髪は見慣れたもので、僕の目線ぐらいに彼の頭頂部がある。僕で176cmだから、彼は168cmぐらいだろう。

がスニーカーでなければ、目線も合うだろうに……。(※2)

「何?」

「私も汗だくなのだ。そのタオルを貸してくれないかね?」

「……僕が使った後なんだけど?」

「構わんって、前にも言ったではないかね。もう9年一緒に居る馴染だろう? 細かい事を気にするんだなぁ、キミは」

「…………」

この獨特な喋り方で僕に叱責してくるのは、間違いなく神代晴子だった。こんな話し方を現実でするのは、アニメ好きな人か彼ぐらいだろう。

僕はったタオルを差し出すと、晴子さんは即座にタオルを奪って顔を拭き始める。そして一言、呟いた。

「幸矢くんの匂いがする……」

「僕が使った後なんだから、當然でしょうに……」

「……ふぅ」

顔だけでなく、首や腕まで拭う彼に、僕は見て居られなくなった。そのタオル……返してくれるんだよね? の、しかも貴みたいな可い人が使ったを、返卻されていいんだろうか?

「……幸矢くん、顔が赤くないかい?」

「走った後だから……」

「それにしては耳まで赤いが、熱でもあるのかね? 今日は休んでた方がいいかもしれんなぁ」

「…………」

そんな雑談しながら脇まで拭くのはやめてほしい。この人、ほんとに遠慮しないな……。

「もういいでしょう……」

「ん、では返そう。ありがとう」

「…………」

洗って返すという選択肢は……いや、いいか。

僕は晴子さんから渡されたタオルをけ取り、首に掛ける。2人分の汗を含んだ布は重く、し冷たかった。

「……ねぇ、幸矢くん。し、一緒に歩かないかい?」

「構わないよ……。6時半までに帰れれば……」

今は15分、ここから家まで5分もかからないから、時間には余裕があった。

「それからシャワーを浴びて、朝食を作るのだろう? 君も大変だねぇ……」

「だったら、朝のランニングやめようよ……。僕らシャトルラン200回行くじゃないか……」

「何を言うか、これは健康のためなんだよ? 90歳まで醫者を勤めた某氏は、毎朝ランニングを日課とし、その結果、彼は醫者であり続けることができた。私達も先達せんだつに習い、毎朝走ろうではないか」

「はぁ……」

「健康は心ともに備わってなければならない。私達は心こそしいが……いや、キミは鬱だが、それはともかく、は私達の半分だ。健康を維持する他あるまい」

「…………」

さりげなく失禮な事を言われたけど、僕はめんどくさくなった彼をほっぽって1人で歩き出す。すると、説法のように長々と喋る晴子さんは付いてきて、僕の隣を歩いた。

「ところで幸矢くん、キミは民法365條をご存知かい?」

「知らないよ……。およそ、99%の國民が知らないだろうね」

「365とは我々に取って重要な數字であろうになぁ……。でもね、民法365條は全く日にちに関係ない、質権についての記述なのだ。もうし関連付けしてしいものだよね?」

「凄くどうでもいいよ……」

「えぇ〜?」

晴子さんはけなく驚嘆するが、驚きたいのは僕の方だ。

およそ國民の99%が知らないだろうその民法について話す、そんな雑談目的で僕を帰りにったのか?

僕が余計な事を考えているうちに、晴子さんはまたベラベラと喋り出す。

「まぁ、昨日はそこを読んでたという事だ。1日50ページ読んでも、3100ページは長いなぁ……」

「あぁ、六法か……」

「うむ。キミは小學生の頃に読んで、難しいと嘆いていたアレだよ」

「大人でも読むのは嫌だろうに……」

どうやらまた六法を読んでいるらしい。

辭書よりも読むのが酷なのに、よくチャレンジするものだとため息が出る。

「キミは何か読んでないのかい? 戯曲や詩歌などと言ったら怒るよ?」

「……僕は新書を読んでるよ。脳外科醫の書いた、脳のパフォーマンスを保つ本」

「キミはいつも頭が悪そうだからなぁ……」

「…………」

が悪いからって、頭が悪いとは限らないんじゃないか……。笑顔でいると壽命がびるとか脳が活化するとか、そういう事はよく本に書いてあるし、不機嫌でいても良い事がないのはそうなんだけどさ……。

しかし、晴子さんがこんなに堂々と悪口を言うのは僕か快晴ぐらいで、贅沢な事だと甘んじてれよう。

「……およそ、高校生がする會話じゃないよね」

「何を今更……私達はそういう星の元に生まれたのだ。この地域、この環境で生きたからこそ私はこんな格になったし、キミも………………」

「……。口を噤んだことは、褒めれば良いのかな?」

「いや、いい。軽率だったな、すまぬ」

「昔の事だから、気にしなくていいよ……」

僕がこんな格になったのは、環境のせいだと――それを言い止めた彼の理にはしだけ謝するし、さすがは晴子さんと言うだけだ。

は、無駄な事を喋らない。

この雑談も意味があるかないかと言われれば、きっと確認なのだろう。

この夏休み、僕が墮落していれば彼の前に立つのもおこがましくて赤面するに違いない。毎日頑張って生きている人達と、墮落した人間がどうして肩を並べて居られようか。そして、昔の事を思い出させるのは……

「……お盆は過ぎたね」

「……?」

「いや、なんでも……」

僕の獨り言にさえ反応する彼に、し厄介だなと思った。

気が付けばもう僕たちを分かつ三又路に遭遇する。ちょうど道の點となる場所に立っていると、晴子さんは面と向かって僕に言った。

「さてっ、今日から學校だね。またクラスで會おう」

「うん……」

それだけ言い殘し、神城晴子は僕に背を向けて小走りに駆けて行く。僕はその背中を、ただただ見つめていた。

「クラスで、か……」

あまり気乗りしないながらも、僕は彼の言い殘した言葉を頭の中で反芻して家路を歩むのだった。

※1:競華が既に晴子と會っているなら、競華の來た方に晴子が居ると考えたため。

※2:ヒールの高い靴を履かないことへの揶揄。晴子はこの格ゆえにヒールの高い靴を履かない。それは足音、自分の目線などの理由がある。

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