9月の中頃、帰り道で隣を歩く北野がこんなことを言い出した。

「私は死を語るの。心臓が止まるか、脳が死ぬか、が足りなくなるか……なんでもいい、死を語るの」

突然の宣言に対して、僕は何も答えられなかった。死を語る、黒髪の長い彼にはお似合いの姿かもしれないが、その理由はよくわからなかった。

「日本では……數千萬円のお金をかけて、植狀態の人間を生かす人が居るわ。また會話ができるのかわからないのに、その日を待ちんで、起き上がることもなく目を開くこともない人間を、バカみたいなランニングコストを払って生かすのよ」

「……この國では、個人の命を尊重しているらしいからね」

「そんなの噓ばかりだわ。命だけ尊重したって仕方ないもの……。そんなに言うなら、もっと貧しい國の、それこそ10円で救える命だってある……。例えば、數千萬円掛けて対して力のない人間の命を繫ぐのと、他國の人間100萬人救うのは、どちらの方が宜しいことなのかしら？」

ニコリと笑いながら尋ねる彼は、本當に死神でも憑いてるんじゃないかと思う。人の命の重み、そのじ方っていうのは晴子さんから聞いた事がある。

「見返り次第なんだろう……？　救って見返りのある命は助ける。見返りがなければ……助けない」

「……フフ。あなたが正論を言ってくれて嬉しいわ。そう、の死に掛けにいくらでもお金をかけるのは、"もう一度會話がしたい"という願いを葉えるため。その見返りを求めてお金を使う。だけど、募金や寄付で知らない人間を助けたところでほんのしの満足を得ることしかできない。貴方はコンビニの募金箱に10円をれて、"ああっ、人の命を救ったんだ……"なんて満足に浸れるかしら？」

「…………」

「あんなの、小銭を財布にれるのが面倒になった大人がれてくばかりよ。イタズラでレシートをれる若者だっているわ。人の命を救うのって、隨分気まぐれなのね」

寂しい話だった。実際、それで助かる命もあるのだろう。僕達人間にとって、命とは何か。そう考えると隨分深い話になると思う。

北野は前に言った、人はし減るべきだと。戦爭をすればいいなんて怖い発言もしていた。その発言の意図は、一なんだろう。

何が言いたい、とは聞かない。最近はこれをいう人が増えたが、発言の意図すらわからないのなら話す価値の無い相手だと判斷されるから。

「……他人の命を考える前に、自分の命じゃないかい？　まず自分の命に価値があるのか……そしたら、他人の命の価値も見えてくる」

「私にとって、私は生きる価値があるわ。だって、死ぬのって痛そうじゃない。寢ていて、気がついたら死んでました、なんてムシのいい話はそう無いわ。だから生きていたいし、死にたくない。よって、自分には生きる価値がある……」

「……そうか」

し、面白いことに気付いた。価値という言葉がつく時點で、命は損得で決まってしまう。自分にとって自分の命は損か、得か。自分にとって他人の命は損か、得か。これは、そういう話なんだな……。

「幸矢くん……貴方にとって、私は生きている価値があって？」

「……僕にとっては――」

晴子さんと共に育った僕は、きっとこう答えることが正解だろう。

「価値じゃない。友達だから、生きていてしい」(※1)

僕の答えを聞いて、北野は満足げに頷くのだった。

◇

夜の勉強中、晴子さんから電話があった。こういう事は珍しくない、彼は話を聞いてもらいたい時にしょっちゅう僕か競華に電話をする。

《また私は1つ考え事をしていたのだが、聞いてくれるかね？》

「なんでも話してよ……」

仮にも好き合ってるのだから、話をしあうのは僕だって嬉しい事だ。彼の聲が耳にると、ペンを握る手が止まりそうになる。しかし、畫面越しの彼は話ながら勉強をしているだろうから、僕もそれに倣って勉強を続ける。

マクスウェルの方程式を導出していると、攜帯からとんでもない質問が飛び出してきた。

《キミは、ってなんだと思う？》

「…………」

それを好きな人に話すのがどれほど恥ずかしいか、わかって言ってるんだろうか。

「……からかってるなら、勘弁してしいんだけど」

《からかってなどいない。今しがた、について考えていたのだ。古來より様々な先人達が考えてきたという力、この幹はなんなのだろうと、ね》

「……それで、答えは出たの？」

《うーむ……さすがに今の私じゃ、100%の解答とはいかないと思う。でも、幸矢くんには聞いてしいな》

「……聞くだけなら、いくらでも聞くよ」

晴子さんの考える……とても興味深かった。人を束ね、統率する天才高校生は""をどう解釈するのだろう。

僕はペンを持ったまま、ルーズリーフを取ってメモの用意をした。次の瞬間、耳に儚い彼の聲がする。

《幸矢くん……まず、我々がせるものはなんだと思う？》

「この世の全て、でしょ……？」

《うん、そうだね。認識できるものは全てすることができる》

おそらく前提條件だろう。その前置きを踏まえ、晴子さんは語る。

《には、多種多様な形がある。代表的なものとして。他にも尊敬や、著なんていうのがわかり易いね》

「……うん」

《は、相手をする事だ。れ合い、語らう事ででる。でも、尊敬はその限りではない。相手を尊び、師弟のように話し合う事もあれば、単なる憧れとして敬虔的なこともある。つまり、遠く彼方の存在にを持ってもいいのだ。死者に憧れや尊敬を抱くのは、まさにそれだろう》

「……存在しないものに憧れることもあるだろうね。君だって未だ嘗かつてない世界にい焦がれてるんだ。……この國を理想郷に変えたい、そうなんだろう？」

《うむ。よく理解してくれていて嬉しいよ》

「はいはい……」

軽く聞き流しながら、とりあえず今話した2つの事柄についてルーズリーフにまとめる。と尊敬、それぞれ求めるものは違うんだろうが、故ゆえに、とは言えるだろう。

《それでね、幸矢くん。この2つの事柄はどのような原力から発せられるのか、考えていたのだよ。私が辿り著いた答えとしては、"魅る"ことなのだが、どう思うかね？》

「……。それっぽいとは、思うよ……」

尊敬は、凄い事に対して憧れる事から見る事だと思うし、も大抵は容姿からだろう。しかし、に関しては経験的信頼からくるものもあると思う。友人間にあるは殆ど"魅る"事に関係ない経験的なものだろう。そのぐらい、晴子さんもわかってるはずだ。

《……キミの歯切れが悪い時というのはわかりにくいなぁ。まぁ、私も答えを1つ出したに過ぎない。は経験からも存在する、それは著が一番わかり易いだろう》

呆れ半分に僕の考えをそのまま口にする晴子さん。なるほど、だから先に著と言っていたのか。

《だから、今の所この2つが原力といえる。そして、原力がわかっていればされることは容易い》

「……君、魅られるほど可い仕草をするの？　ぶりっ子みたいな……」

《……幸矢くん、キミは私の事をなんだと思っているのか……。されたい相手にはされてると思ってるし、私はこれ以上されたいとは思っておらんよ。はけた分、返さなくてはならぬしね。そうでなければ破綻する。つまり、は許容量があるのだね》

「……尊敬された分、期待に応じた振る舞いをしなきゃいけない、って事でしょ？」

《ああ。だから、私はいつまでもこの話し方でいないとなぁ》

「…………」

話した事をメモに書き取り、ペンを置く。晴子さんの話し方は小學4年生からずっと変わらず今の話し方だ。その前は普通の小學生らしく、し的で直的に話す子だった。

「この話し方は、私が尊敬されるべき強き人である証なのだ」

過去に彼はそう話していた。だけど、もしかしてその話し方をするのは辛いんじゃないのだろうか。

その話し方では普通の友達ができにくい。その話し方では対等な関係が作りにくい。その話し方では、普通でいられない――。

《キミは今、無用な心配をしているね》

思考の海にが差し込むように、その聲は優しいものだった。不意を突くような発言に、思わず口を開いてしまう。

「……え？」

《安心したまえ、私はこの話し方が嫌だと思ったことはない。私がこの生き方をしたからこそ今があるからね。これからも、この話し方は象徴としてあり続けるべきだ》

「……なら、いいけどね」

辛くないならそれでいい。貴が辛いのを隠しているのが、みんなにとって何よりも辛いはずだから。それは僕も同じ、辛そうじゃないならそれで……。

ホッとしていると、また彼は微笑みかけるような優しい聲で囁いた。

《キミは優しいな。ずっと変わらず……だから私は、してしまうのだよ》

「…………」

その後、挨拶もなしに電話は切れた。不意を突かれた気分だが、いろいろ考えながら紙にペンを走らせる。

いつものように、彼の伝えた言葉の意味は、深く考えないでおこう。

ただ、は相互作用を生みそうだなと、晴子さんには伝えようか。

※1：価値を超えた存在と考えたい、幸矢の個人的願。友人は損もあれば得もあり、その中で研磨される信頼が、友人を自分の一部だと認識する。自分という存在自に価値があると認識している時點で"価値を超える"という事はあり得なくなるものの、幸矢は友人、親友、人、などに価値というものをつけたがらない。何故なら、価値のついたものは全て"買えるもの"という1つ下のランクに下がるから。