絵は立っている足の數、つまり2-6だろうと考えて2-6クラスがやっているお化け屋敷に潛し、2周目で通路壁際にある手紙に気付いた。

その近くには赤いリボンで閉じられた手のひらサイズの箱も置いてあり、これがプレゼントだろう。

お化け屋敷を無表のまま出すると、また僕は手紙を開いた。

〈今日この日、アンズが咲いた。

誕生日おめでとう〉

こんなに酷いクイズはないな――そう思いながらスマートフォンを取り出し、アンズ、誕生花でネット検索する。

3月1日――3-1か。

今度は2階、僕は走って手紙を見つけに行く。探して手紙を開き、また次の場所へ。

全てわからない問題ではない、スマートフォンの検索機能も使えば解ける程度のものだった。しかし、集まって行くプレゼントは嫌なを連想させる。

塩、カラの試験管2本、赤のが量った試験管1本、炭酸水、計量スプーン、そして――固形ナトリウムのった瓶。

ナトリウムといえば、水と反応して発することで有名だと思う。赤いも怖いが、ナトリウムを持ち歩くなんて正気の沙汰ではない。

この奇妙なゲームは、いったいいつ終わるのだろう――。

僕は一度休憩することにした。走り回った疲れはあまり無いが、気負いして要らぬ疲労を背負ってしまったから、疲れた。

一応、僕と北野、そして晴子さんの下駄箱もチェックしておこう。そう思って一旦一階に降りた。

昇降口で、まずは僕の下駄箱を開ける。中には1通の手紙がっていた。これは後で読むとしよう。

次に、北野の下駄箱を開ける。

「…………」

中には1枚の紙と、奧の方に手提げ鞄とクシャクシャになったレジ袋がっていた。まずは紙を手に取る。

紙にはこう書かれていた。

〈Bonus！　この鞄にプレゼントをれながら頑張ってね〉

「……そういうのは早く言ってよ」

自分のロッカーから既にビニール袋を持ち出して、プレゼントはれていた。でもまぁ、使えるものは使おうと、荷を移そうとして、手提げ鞄の中に気付く。

――HNO3、硝酸。

「…………」

黒い瓶に白いラベル、し手のひらの中で回すと"劇薬"の文字が目に付いた。濃度10%以上だったか……それ以上の濃度になると硝酸は劇薬扱いされる。水で薄めたりすればいいんだが、こんなを扱った経験がない以上、下手に何かするわけにはいかない。瓶だって本來は素手でっちゃいけないものだ。

――いや、それならナトリウムの時點でそうじゃないか。

「なんとなく、わかってきたよ……」

今ある手持ちの薬品類から考えれば、高校生で知ってる化學薬品というと――王水だろう。

王水、それはあらゆるものを溶かす最強の質。そう考えれば赤いの正、あれはアンモニアだろうか。

濃塩酸アンモニウムと濃硝酸アンモニウムを混合させたら固王水ができるけど、それで何かさせるつもりか？

はたまた、王水を使って何かを腐食させる？

どちらにしても、危険を作る材料を集めてるのに変わりはない。そして、集めないといけないことにも変わりはない。

「……もう、午後か……」

ガヤガヤとする廊下を見て、ボーッと考える。こんなに面倒な事をしている橫で、楽しそうに文化祭を過ごす生徒や來校者が居る。

子連れ客、バカ笑いをする學生、真剣な顔でクラスへ走って行く生徒。

「……守らないとな」

これが今の自分の居場所、だからこそ全力で守ろう。

僕は荷を手提げに移し替え、ビニール袋も突っ込んだ後、後者に行こうとして足が止まる。

まだ、晴子さんの下駄箱を見ていないから。

「…………」

ここまで來たら開けるのも怖くない、僕はすぐさま下駄箱の中を開けた。

中には晴子さんの靴の他に、1通の手紙がっていた。

◇

文化祭の1日目が終わる。校放送が過ぎ去って、依然居座ろうとする客を待つ中、私は人に斷りをれて廊下に出た。

幸矢くんには、悪い事をした。意地悪な言い方をしてしまい、後悔しかない。だけど、北野くんに頼まれたからと言えば、きっと許してくれるだろう。彼はそこまで融通の利かない男じゃない。

1人になって、スマートフォンを取り出した。いくつもの通知を全て無視して一目散に幸矢くんへ電話する。

しかし、1分、2分と待っても電話には出なかった。

(寢てしまったのかな……昨日は遅くまで頑張ってくれてたようだし、今は電話は止めよう)

迷を重ねれば嫌われる、それを避けたいがために、私は攜帯をポケットの中に戻し、教室へと戻って行った。

「晴子」

そこに、私を呼び止める聲があった。

私のことをさん付けしない人間はこの學校にない。

振り返ると、私の尊敬する友人、富士宮競華が立っていた――。

◇

――スマートフォンが揺れていた。

誰かから電話があったようだが、今は出れる狀況にない。

「おめでとう」

パチパチと小さく拍手をしながら、北野は僕の前で笑っていた。

夕のよく見える屋上に立つ彼の橫には、赤と黒の配線が繋がる黒い機械が、その部品を撒き散らしている。

弾は、僕がここに來る前に壊されていた。何故、そんなことはわからない。ただ1つわかるのは、このは本気で學校を破しようとしていたことだ。

「校の監視カメラの映像、間借りしてたの。貴方が東奔西走する姿、見ててとても愉快だったわ」

ニコリとらしい笑みを見せる北野。彼は本當に、自分が楽しむ為にここまでの事をしでかしたのだ。

「……君も、文化祭が楽しめたのか。よかったね……」

「ええ、貴方のおかげよ、幸矢くん。まさか1日で46問の問いに答えてくれるとは思わなかったわ。流石、私が見込んだだけあるわね」

「どうも……」

彼から視線を逸らして相槌を打つ。褒められているのに、こんなに嬉しくないなんてね……。

今回の一件で、僕は本當に彼を嫌いになりそうだ。苦手な人だとは思っていたけれど、嫌いではない。その境界線にギリギリ留めておいたのに、心が揺らぐ。嫌いな人が増えるのは、あまり良くないのに……。

「……それより、なんで弾が破壊されてるのさ？　君が自壊させて、僕が徒労に終わる姿を見たかったの？」

「違うわ。晝間に富士宮競華が來て、壊すだけ壊して帰って行ったの。あの子、厄介だわ。學校の監視カメラで、私がセコセコ手紙を置くところを見てたそうよ？　パソコンの腕前はグル級……そして頭が良く、能力も高い。幸矢くんは、ポテンシャルの高いお友達を持っているのね」

「……そう、競華が……」

途中の彼の話を聞き流し、競華の姿を脳裏に浮かべる。

彼は北野が弾を仕掛けるところまで知っていた。なら、今日も監視カメラを見ているわけで、走り回る僕に連絡をくれてもよかったはず。なのに連絡をくれなかったのは、走り回る僕が稽だったからだろう。まったく……知人の子は皆、僕を掌の上で踴らせてくれる。

「この薬品達は、なんなのさ……？」

「わかってるんでしょう？　クスクス……王水を作るセットよ。本當なら――ここに來る為に、屋上の鍵を溶かしてしかったわ。その為にこの高校の屋上の鍵も盜んでいた……なのに、富士宮競華はスペアキーを使って扉を開けた……。あの子、私の二手も三手も上手だわ。スペアキーが無いと思ったら、ずっと前から、彼が持っていたのね……」

諦観を持ち、気のない聲で想いを連ねる。

北野は僕と戦う以前に、競華に負けた。要らぬ橫槍をれられ、臺無しにされた悔しさもあるだろう。だが、彼は僕個人を相手にしたつもりでも、學校を破しようとした時點で全校生徒を相手にしたのだ。競華が悪いことなど1つもない。

さて、もういいか。

――ガシャ

僕はゆっくりと、瓶が割れない程度に今までのプレゼントがった袋を置いた。そして靜かに屋上を去る。

北野は僕を止めることはなかった。僕は彼に、愚かだと説法もせず、ふざけるなと叱責することもない。

こんな茶番なんて、僕にとってはどうでもいいことだったから。

カツン、カツンと階段を降りて行く。夕が背にあるからか、前に影ができて暗い道だった。

「幸矢くん・・・・」

名前を呼ばれ、立ち止まる。ふと気付けば、目の前には晴子さんが立っていた。

足音は聞こえなかった――影に潛んで、ずっと聞いていたのだろうか？

そんな詮索をしつつ、彼は口を開く。

「何をしているのかね？」

疑うような聲で、晴子さんは尋ねてくる。しかし、彼は右手にVサインを作っていた。

ああ、競華に聞いたんだな――面白がって、僕をからかいに來たらしい。

「別に……なんでもないさ……」

「またキミはそーやって連れない態度を取る……。私はキミと仲良くしたいのになぁ……」

「あぁ、そう……だから名前で呼んだのか……」

「ッ――あぁ、私は君の名前だって知ってるんだからね！　これからはそう呼ばせてもらおうかな！」

「やめなよ、気持ち悪い……」

一瞬、晴子さんの表が歪んだ。素で呼んでしまったらしい。しかし、こうしてアフターケアをしたのだから、北野にバレる事はないだろう。

こうして僕らの文化祭は、1日目が終わった。