《-COStMOSt- 世界変革の語》第27話:品位

次の日――顔を合わせるのが気まずいと思いきや、椛は普通に僕に接してきた。

一番前の席で晴子さんが新聞を読む、何気ない朝の風景。椛は登校するなり、僕に聲を掛ける。

「おはよう、幸矢くん」

「……おはよう」

勉強する手を止め、挨拶を返す。昨日の今日なのに、隨分と元気がいい。あれから々考えて、何か摑んだのだろうか。

椛は僕の隣の席に鞄を置き、中も開けずに席に著く。荷を気にせず、僕の方を見ていた。

「……何?」

視線も返さずに尋ねてみる。彼はニコリと笑って答えた。

「観察よ。人を知れって、貴方が言ったんじゃない」

「……堂々とし過ぎだろうに」

ずっと見られてるのは気分が悪いし、観察するにしても人知れずやるのが一般的だろう。ストーカーという言葉もあるぐらいだしな……。しかし、僕を観察するってことは、僕を倒したいってことなのかな?

……この前の晴子さんとの戦いの後、好意を持たれると思ったが、僕の勘違いだったのか?

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推しが弱かったのなら、もうし押してみよう。……今は無理だけど、後でね……。

「僕と戦うつもりなら、誰も何の得もしないし、やめた方がいい……」

なくとも、私は勝利の優越に浸れるわ」

「……ああ、そう」

的には意味があるらしい。……もし昨日あの注を打たれていたら、僕は死んでたのかな。わからないけど、彼に倒されればろくなことにならない筈。怖いものだ……。

會話はこれっきりで、僕は勉強を再開した。僕はきっと、理系脳なんだろう。數式を解いていくのが好きで、微分積分、各種変換はお手の。晴子さんは文系だろうし、そこで道が分かれるのか……な。

椛も競華も理系だろうし……難しいな、人生。

「手のきが遅くなったわね」

「…………」

余計なお世話だ。

午後の授業が終わると、帰りの挨拶もまだなのに僕は廊下へ出た。わざわざ聞く必要はないし、ルール違反をする事でヘイトを溜めさせる。なかなかメリットのある不良のような行だ。

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僕の後ろからは椛が付いてきて、クラスを抜け出している。彼も悪い人だな、と思った。

僕の後ろ、2mぐらいか……備考でも何でもなく、後ろを付いてくる。喋るわけでもなく一定の間隔を保って付いてくる。歩調を早く、遅く変えても距離は変わらなかった。

どこまで付いてくるのかわからない。僕を知りたいなら、家まで付いてくるかもしれない。でも、ウチは義母がの子の友達をれるのを止してるから、それはできない。

このままどこかへ行くとしたら――そうだな。

電車に乗り、西部に向かう。ギリギリ都會と呼ばれる井之川だが、さらに西の方に行くと田舎町のように高層の建は姿を消して行く。

終點まで行って駅を出ると、矢張り椛は2m後ろから付いてきた。

人のない靜かな通りを歩いていき、いくつかの坂を登って進止の標識がある道にる。この先の道は行き止まりだが実に良い所なんだ。

アスファルトの道を抜けると、草ばかりが生える、手れもされずに放置された空き地にる。もう何年も前から放置されていて、ススキや、この季節だと曼珠沙華なんかが咲いている。

――その先から見る夕暮れは、とてもしい。

坂道をいくつか登った場所にあるこのスポットは、夕の降り注ぐ街を見下ろしながらオレンジの空が見られて、とても素敵な場所だった。

眩い黃に、目を細める。腰ぐらいまで登る草むらの中に立ちすくみ、夕映えの空からゆっくりと後ろに振り返る。

椛は何も言わず、先ほどまでと同じように佇んでいた。顔つきも変わらない。綺麗な景を見ても、心が揺るがないのかもしれない。だけど――

「椛、來て……」

僕は、彼に手をばす。すると彼は、ゆっくりと僕の方へ歩いて來た。間合いはない、至近距離で例の注を打たれたら敵わないが、は特に何もしてこなかった。

僕の差し出した手を、椛が取る。こんな風に綺麗な景の中で手を取り合う男の學生。中々絵になる展開だろう。の子、しかも子供相手なら、こんな展開で――ダメ押しは十分だろう。

「……どう? 僕の事、知れたかな……?」

優しく尋ねてみる。すると

何故か椛は吹き出し、口元を押さえて笑い出した。

「……なに?」

「いや、ついね……。フフ、こんな所を知ってるなんて、貴方は存外ロマンチストなのね。冷靜、冷酷、冷徹……そんな男だと思ってたのに」

「……それは、勘違いだよ」

僕は聲が低く、冷たい人間だとよく思われる。冷酷さ――それも兼ね備えてはいるが、熱をの中へ綺麗にしまっているだけだ。學校での立ち振る舞いは今と違うかもしれないけれど、今の僕こそ、僕の素顔であり、この場所へ椛を導いた。

その素顔の名を――高貴と呼ぶ。

「僕は、高貴だ……冷靜、冷酷であるのもそう。熱やロマンスを求めるのも、そう……。僕のは高貴に作り上げられたから――僕は、しい事を求める。どうだ、椛……君は、これをしいと思う……?」

僕の問いに対して、椛は真摯な表のまま固まり、そして一度空を見上げてから、僕の目線に目を合わせて答えた。

「――噓つきね、幸矢くん」

衝撃が中を駆け巡った。ついに僕の吐ついている噓がバレたかと思ったから。

しかし、椛は僕の予想と違うことを口にした。

「貴方が高貴? 高貴ってね、とっても上品なのよ。立ち振る舞いはあの神代晴子のように立派じゃなければならない。なのに、貴方は貓背じゃない」

「…………」

僕は軽く、椛の頭にチョップした。彼は痛がる様子もなく、頭に置かれた僕の手を取って得意げに笑った。

「両方、手を繋いだわ。フフフ、どうしてくれようかしら」

「……両手が塞がってたら君も、何もできないだろうに……」

「あら、心外ね。貴方の握力が強いとわかったから、両手が潰された時の対策もしてきたのに」

「……へぇ」

それが何かはわからないけれど、まだ目の敵にされてるとは面倒なことだ。しかし、この場で僕をどうこうするつもりはないだろう。ここへ來るまでの道に、彼は僕と市の監視カメラに映ってるはずで、例えば僕を殺しても1人では移しないだろう。気絶させることができても、それだけじゃ何の意味もないし……。荷を奪い、僕をここに放置して1人帰るのも良いかもしれないが、電話を借りて誰か呼べば良いし……。

それがわかるからか、椛は何もしてこなかった。

ただ手を繋ぎ、時間だけが流れていく。茜の空はやがて濃くなっていき、僕等はただ互いの手から伝わる溫もりをじていた。

椛は、ずっと喋らない。それがというやつだろう。好きな人とれていると、何も言えなくなってしまうものだ。――もしかしたら、"どうやってコイツを殺してやろうか"と考えてるのかもしれないが、そうじゃないと信じよう。

30分ぐらい直した所で、漸く椛はき出す。どっと息を吐き、視線は僕に向けず、抱きしめてきた。

「――幸矢くん。貴方は強く、カッコいいわ。高貴……もしかしたら、本當にそうかもしれない」

「……高貴なのは、本當のつもりだけど……」

「高貴な人間が、和をしてまで人自分の意志に従った行をするの?」

「…………」

そういう攻め方をして來るか。その言葉はある種正しいのだろう。和を大切に、爭いをしない。そのために自分の考えを捨て、統率的な行をとる。

……そんな飼いならされた人間は、高貴なんかじゃない。自分で考えて付き従えばこそ高貴な忠臣と呼べる。

人間は奴隷じゃない。意志があること、それが大切なんだ。

「……正しい事をする、自分の考えを実行する。それが……高貴というものだよ」

「あら、そうなの……。なら、私も高貴なのかしら?」

「……振る舞いも大切だけど、ね」

「フフフ、私の行いは決して正しいことではないし、振る舞いも悪い……。そうね、私は卑しいのかもしれない」

妖艶に笑いながら自分を卑下するも、その嬉しそうな顔は奇妙だった。今すぐ刺されるのかもしれない恐怖心がを巣食う。

しかし、椛はまた言葉を続けるだけだった。

「貴方は高人、私は下人……それなのに一緒に居る、不思議じゃなくって?」

「そんな決めつけは無意味だよ……。誰にでも善い心はある。そして、卑しい心もね……。人間は中途半端なんだ。高人、下人……どちらにでもなれる。ただ僕は――落ちる気は無いよ」

上品から下品へ。そんな事をすれば、あの人は落ちぶれてしまったと批難される事だろう。

僕は落ちるつもりはない。何故なら、高貴であり続けたいから。高貴になると、下品な事を厭い、プライドが立てられる。プライドは信念となり、これが折れない限りは高貴で居るのだろう――。

「君は、登って來るか……?」

を離し、問いただす。下に居るのなら登ればいい。特に、椛には素養が備わってるのだから、登るのも早いだろう。

知識はある、あとは自分以外を幸せにする気持ちを持ち合わせれば――。

「……ごめんなさい」

しかし、椛は斷った。その目は子供のように艶やかで、ゾクゾクしているのが伝わって來る。

悲しい聲、だけどどうじに嬉しそうでもある。そんな聲で、彼は僕にこう言った。

「私はまだ、遊んでたいの――」

高貴とか下品とか、そんな事を考えず、求のままく子供のようにありたい。そんな気持ちがわかったから、僕はどうしようもない気持ちを、ため息で表すのだった。

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