《-COStMOSt- 世界変革の語》第32話:誕生日④
酷い目にあったが、僕は自販機で水を購して飲み干し、落ち著きを取り戻した。の水分量を増やし、不要分の割合を小さくする。さらに深呼吸をしてアロマキャンドルの分をに循環させて吐き出す。これでだいぶ楽になった。まだ効果が殘ってるせいか、近くを通るの腕や足など的な部分が視野にると鼻の下ぐらいはびる。
……に反応をしてしまうなんて、けないな。
「おい、幸矢」
「……?」
聲を掛けられ、小道の先を見る。その先からは大小2つの人影が迫っていた。僕の事を呼び捨てで呼ぶ人間なんて限られる。そのが僕の前に立つと、思いっきり右ストレートを鳩尾めがけて放ってくる。僕はいつものようにその小さな拳を右手で包み込んだ。
パンッと良い音がしてけ止めると、は満足そうに笑う。
「あの程度の罠にハマるとはけない……と思ったが、意識はしっかりしてるな、幸矢。安心したぞ」
「……煩うるさいよ。今回の場合、罠にかかりに行かなきゃダメじゃないか」
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「そうだな、自分から敵の腹に突っ込む姿は実にバカ丸出しだった」
「……競華せりか。あまり侮辱しないでよ。自分でも、バカバカしいと思うんだから……」
目の前に立つ黒髪の長い友人から顔を背ける。別に、彼をとして見てしまった背徳から顔をそらした訳じゃない。競華みたいな怖い人をとして見ることはできないから。自分の愚かさが恥ずかしくて、顔を背けただけだ。
競華は僕の手から拳を外し、腰に手を當てながら続ける。
「そこで、貴様が會いたそうな人を連れてきた。な、快晴?」
「おう。なぁ幸矢、薬ってどんなじだったん?」
「…………」
寧ろ、一番會いたくない人間だった。晴子さんよりも古くからの友人である快晴。僕より頭1つ分も背の高い彼は、バカ丸出しな質問を無遠慮にしてきた。そんな彼の顔を僕は摑み、握力に任せて顔に指を埋めていく。
「痛い痛い痛い!! 死ぬ! 死ぬって幸矢!」
「このぐらいで死なないだろう……? こめかみの骨が折れそうになるだけで……」
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「そこ急所だから! 競華、助けろ!」
「斷る。まったく、幸矢は快晴にだけは沸點が低いな」
「……遠慮しなくて、いいからね」
反省してそうだから手を放すと、快晴は自分の顔を両手で覆って前のめりになった。高長で力もそこそこあるのに、弱い……。
40cmぐらい長差がある競華相手にも勝てないしな、快晴……。
「……それで、何の用さ? わざわざこの辺まで來るなんて……」
「単に揶揄からかいに來ただけだ」
「俺はその付き添い」
「……あぁ、そう」
暇なのか……と思ったけど、學生なんだから當然か。この2人が一緒に行するのは珍しいけど、快晴は良いように使われてるだけだろう。僕を揶揄うための道として……。
「……僕、荷を椛の家に置いて來たからさ……取りに行かないと」
「私も行こうか?」
「いや、いい……。今日は椛の誕生日……2人きりになりたいだろうから、無駄に刺激しないで」
「まぁ、そうなるだろうな。快晴は行っても実験生にされそうだし、もう帰れ」
「俺だけ仲間外れにすんなよ。これでも頭良いぜ、俺」
「寢言は寢て言え」
競華と快晴のボケた掛け合いを聞いてると、なんで僕はここに立ってるんだろうと不思議な気持ちになる。
僕が冷めた目で見てたからか、競華は僕に視線を戻して質問した。
「さて、幸矢。お前に尋ねたいことがある」
「……はぁ」
「もし私が薬を混ぜた飲料を貴様に渡し、飲んだとしよう。効果はさっき貴様が味わったぐらい、あると思えば良い。そしたら、貴様はどうする?」
「…………」
「俺なら迷わず襲っちまウオッ!?」
橫から笑顔で答える快晴の足を競華が払い、その巨はあっけなくすっ転んだ。……バカな友人を見ながら、僕は直で答える。
「……飲ませた訳を、聞くかな。君なら、何かしら訳あって飲ませるはず……。その理由によって、僕はくさ……」
「る程。では、晴子が飲ませた場合はどうだ? 貴様の好いている人間が貴様に薬を飲ませる。抱かぬ理由はないだろう?」
「…………」
至極尤もな見解だが、僕は即座に頷くことができなかった。だって、晴子さんは薬なんか使うほど、落ちぶれてはいないし――それに、これも競華と同じだ。
「晴子さんだって、何か意味がないと薬なんか飲ませない……。理由を聞いてくよ……」
「…………」
「……満足?」
「……クククッ、ハハハハハ」
「…………」
聞き返すと、怪しい高笑いが返ってきた。競華はらしい笑い方を忘れてしまったのか、このような笑い方しかできず、見ている方は大変困る。
その競華は笑みを見せて、僕にこう告げた。
「結局貴様は、野にを任せて行などしない。その冷靜さを持って、一度理に問いただしてから次の行を判斷する、実に堅実な人間だ。きっと、酒を飲んでも酔うことなく、節度を持った行ができるんだろうな」
「……まぁ、理は強いつもりだよ。競華だって同じだろうに」
「そうだな。どこかのバカと違って、私達は理が強い」
「どうもー、どこかのバカでーす!」
競華が快晴の足にローキックを決めた。
……さて。快晴も2度倒されたことだし、質問にも答えたから僕は行くとしよう。もう一度、敵地へ。
僕が踵を返すと、すかさず競華が口を挾む。
「行くのか?」
「……行かないと、荷が返ってこない」
「そうか。なら行ってこい。奴は誕生日なんだろう? 楽しませてやれ」
「……あぁ」
短く返事を返し、僕はそのまま椛の家へと戻って行く。付いてくる足音はなく、2人は帰ったのだろう。まったく、揶揄うためにわざわざ來るとはね……。
過ぎたことはいい、目の前のことに集中しよう。
何度もってるからといって、簡単に抜け出せる所じゃないからな……。
◇
出してから既に20分が経過した。改めて椛の住む高級マンションの前に立つと、雰囲気だけで気圧される。実に立派な洋風の白い建を目にして、僕は溜息を吐きながら中へった。
エレベーターで最上階にあたる15階に出ると、一番端の部屋のドアホンを鳴らす。とても鳴らしたくなかったが、仕方ないだろう。
さて、次の罠を張る時間は十分に與えてしまった。このドアを開けたら、また何かあるんだろうな――なんて思っていると、インターホンからは返事の聲もなく、扉からガチャリという音だけが帰って來る。鍵を開けたらしい。
……って來いってことか。まったく、嫌な事だ。
「…………」
僕は再びゴム手袋を両手にはめ、扉を開けた。
玄関にはコードのびたスイッチング電源が取り付けられていた。電気の罠は張ってあったらしい。
扉は開けたまま、まず確認するのは匂いだ。変な匂いがすれば何かの気を流している事になる。ここは椛の家だから発とか毒ガスはないだろうが、昏倒するようなものはあり得る。
……特に匂いはしない。強いて言えば、秋の匂いがしするぐらいだった。そこでやっと玄関を閉める。
廊下もりやすいとかってるとか、そういう嫌なはなかった。慎重に1歩1歩進んで行く。
だが、これといった罠はなかった。
リビングを抜け、あたかも簡単に椛の部屋に辿り著く。彼の部屋に、僕は2度ノックした。
「りなさい」
中から聲が聞こえると、僕は3秒の間を開けて扉を開いた。タイミングをズラさないと、不意打ちを食らうと思ったから。
しかし開いてみれば、ガスや銃弾が飛び出るわけでもなく、夕のす靜かな部屋にしいが優雅にお茶を飲んでいるだけだった。
びた背筋、左手には茶け皿まで持ってティーカップを持つ彼。普通にしていれば彼も可憐ななのだと、思い起こさせる一面だった。
カチャリと音を立て、椛はティーカップをテーブルに置いた。ゆっくりと首を回して顔を僕に向け、いつもの艶やかさとは違う、上品な笑みを見せる。
「お帰りなさい。さすがに、戻って來るのね」
「……し、外の空気を吸うだけだって、言っただろう?」
「そんなの、冗談かと思ったわ……。何者にも囚われない、思い切りのいい人だもの。こんな量の荷、どうって事ないでしょう?」
「……いや。持って帰りたいがあるんだ。殘りはオマケみたいなだよ……」
僕がそう言うと、椛は「そう」と短く呟き、両ひじをテーブルに乗せて右手の肘は直角にし、右手の平に顎を乗せる。
ぶっきらぼうに、漫然と彼は呟く。
「立ってるのもなんだし、座りなさい。安心して、もう襲う気は無いわ」
「……。信用ならないけど、何も仕掛けはないみたいだし、信じるよ」
「そう……。フフフ。私、嫌われたかしら?」
「君が悪い人間だという事は、この1ヶ月でうんと理解してる……。でも、僕と君は友達だろう……? わかった上で友達なんだ、今更嫌う筈ないさ……」
本心からの言葉だ。嫌いやな人間だからって、嫌いとは限らない。競華が良い例だろう、気が弱ければあの子と友達で居られないから。
それに椛だって、良い所が無いわけじゃあないしな……。
僕の言葉を聞いて、椛は満足そうに笑う。いつも見せる艶やかな笑みではなく、靜かで上品な微笑みだった。
「そう……。貴方はそうやって、敵とさえ手を繋ぐのね……」
ポツリとらすような彼の言葉には、棘があるような気がした。嘲るような言葉だったかもしれない。でも――笑顔だったのなら、彼にとって、嬉しい事なのだろう。
さて、ここまで戻って來て場所も用意されているんだ。――対話をしよう。彼との対話は、とてもタメになるのだから――。
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