《-COStMOSt- 世界変革の語》第33話:誕生日⑤
靜かな夕暮れ時だった。10月も半ば、日が落ちるのは5時半以降6時未満といった所。すっかり気溫も落ちて外は冷え込むが、椛の部屋は暖かく、落ち著いた。
カチャリとティーカップが音を立てて僕の前に置かれる。中に注がれているのは、先程と同じ紅茶だ。淹れ直してくれたらしい。
椛はさっきと変わらぬ出の多い格好で僕の前に座り、無音で紅茶を啜る。始めに來た時と戻って來た時じゃ雰囲気が違う。彼の中で、何かあったのだろうか。
それについて言及する必要はない。これから対話をすれば、どのように変化したのかわかるから。
「――聞きたい事があるの」
ティーカップを置き、椛は目線を僕の目に合わせた。僕も彼の顔を真っ直ぐ見つめ、次の言葉を待った。
「……貴方はどうしてそんなに賢くなり、どうして人と戦う力をにつけたのかしら。貴方は過去に、誰かと戦ったの――?」
「…………」
その問いに関しては、とても今更な事だ。人と戦う力、確かに僕は人と戦うすべを持ってるし、それなりに戦える。だけど、過去に人と戦ったことなんて、そんなに無い。晴子さんを嫌い、めようと畫策した勢力を潰したぐらいだ。
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まぁ、それでも強くなった理由を考えるとすれば――
「過去に何かあったんじゃない……これから起きるかもしれないから対策してるだけさ……」
「……これから? 神代晴子と戦う、と……?」
「……それもあるけれど――」
厳に言えば、違う。晴子さんと和解をするのは、俳優としての自分を消すということ。ただのお飯事ままごとは、戦いとは呼ばない。
問題は、その先の事なんだ。
「――僕の家には、発しそうなタンクがあるんだ。今はまだ、油が注がれ続けてる。溢れ出したら、きっと、発するんだろう……」
「……。家族がストレスを募らせてるってこと? 何故?」
「……話せば、長くなるな」
僕は思い起こすように天井を見上げた。もう3年が経つけれど、あの日のことはよく覚えている。
3年と半年前、僕が中學に學する數日前――4月1日の事。
「3年前のエイプリルフールに、僕の妹は車に跳ねられ、事故死した……。運転していたのは老夫婦で、僕等としては許せなかったけど、お爺様が裁判はおろか、示談にすら持ち込まなかった……。そのせいで母親はおかしくなり、僕もこんな風になった……」
そして、夏の始まりの日を思い起こす。蟬が鳴き始め、そのミンミン鳴く聲が脳にべっとりこりついている。あの靜かな部屋のことを、忘れられない――。
「――狂った家庭を元に戻そうと、兄さんは毎日説得した。でも、母さんは完全にイカれて、通院するほどになった……最後には、兄さんを刺殺して刑務所行き。父さんは母さんと離婚して、今は子連れのと再婚してる……。チグハグな家族だよ……父さんとしては、居なくなった家族を取り戻そうとして、代わりの人間をれたんだろうけど……」
「……けど?」
「……最悪だよ。義母は連れ子の、今は僕の義妹にあたる人間を、僕と結婚させたいらしい」
「あら、おめでたい事ね」
矢張り面白い話だったのか、クスクスと笑う。僕としては、ちっとも笑えないけどね……。
「自分で言うと、欺瞞だって思われるかもしれないどさ……僕は賢い。將來的には、國會議員を目指せるだろう……。父さんは神が參ってるからこの先10年と働けるか危うい……。義母は、寄生先を探してるのさ……。僕はじわりじわりと追い込まれてる……」
「なら、殺しちゃえばいいのに」
やけにあっさりと、何のためらいもなく彼はそう口にした。 人の命なんて価値がないと言うかのようにぶっきらぼうで、何故そうしないのか不思議そうに。
「貴方なら出來るでしょう? 家族なんて簡単に殺せる。毎日歯ブラシにヒ素を塗ったり、夜にガスの元栓を閉め忘れてガスを流して窒息させたり、家を焼いてもいい。同居してるなら、殺す手段なんていくらでもあるわ。なのに何故、無為な呉越同舟を続けるの?」
「…………」
彼の言うことは尤もっともだ。僕ならきっと、完全犯罪をすることも可能だろう。警察が表沙汰にしてない無解決事件なんていくらでもある、その1つを作ってもいい。
でもそうしないのは、すごく単純な理由――
「僕だって、もう家族を失いたくないんだよ――」
それが全てで、それが僕の弱さなのだろう。
椛は僕の事を、哀れみの目で見ていた――。
◇
「――悪かったね。誕生日なのに、しんみりする話をして、さ……」
僕は椛の家を出て、ドアの方を向く彼にそう謝った。こんな事、誕生日にする話じゃない。もっと華やかな話をしたいものだが、高校生になってからは殺伐とした展開ばかりで、楽しいことなんてなかった。
楽しい話をできない男って、ダメだろうな……。
椛は鍵が閉まったのを確認すると、僕の手を取って歩き出す。
「いいのよ。むしろ、貴方のことを知れてよかったわ。お互いのを知っていく……互いのことはなんでも知ってるような、の付き合いこそ友を生むのよ」
「まぁ、そうか……」
彼は間違った事を言ってない。友達のことを知るのはいい事だ。いい事だから喜べる事だし、今日聞いて損はなかったと。
なくとも彼は、そう思ってくれてるらしい。
「そんなことより、本當に幸矢くんは変わり者ね」
「……なんで?」
「怒ってないの? 薬の事」
「……まぁ、罠があると睨んで家にったからね。あの程度で済んだなら、恨むに及ばないさ……」
別に死ぬわけじゃないし、も自由にく。結果良ければ全て良し、怒る必要もない……。
それを聞くと、椛は目を伏せる。何を思っているかは言うに及ばない。
エレベーターの前に著くと、僕は振り返った。何も言うことはない……でも、彼は口を開いた。
「ありがとう。おかげで、良い誕生日になったわ」
「僕は大したことしてないよ……。プレゼントを渡して、家で一緒にケーキを食べて、しお話をした……。普通のことじゃない?」
「フフフ、確かにね。でも、一緒に居るのが貴方だから価値があった。今日の事は何にも変えられない。素敵な1日だったわよ……」
口元を押さえて微笑む。年相応の笑みは純粋で可げがあった。
貴方だから、か……そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、友達になったのは晴子さんの指示だから、この先を考えると心が痛む。
それでも僕は笑顔を返し、椛の頬にそっと手を添えた。
「……喜んでもらえたのなら、何よりだよ。また、家に呼んでくれ……」
「……ええ。そう言う事なら、また明日も呼ぶわ」
らかい笑みを浮かべ、和やかなムードが包んでいる。初めて彼とあった時は、考えられなかった雰囲気だ。椛がらかい笑みを浮かべる……初めは妖艶で大人びた黒い笑みしかできなかったのに、最近は本當にらしい、らかいものに変わった。
彼も徐々に変わっている。僕の影響をけ、尖っていたものが丸くなった。
戦いはもう、終わりだろう。
「……じゃあね、椛」
「ええ。またね、幸矢くん」
僕はエレベーターに乗り、椛と別れた。これ以上襲って來たりしないだろう。長かった1日も、これで終わりだ――。
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