《-COStMOSt- 世界変革の語》第40話:余計な手間

晴子さんの質問に――僕はあえて答えなかった。世界を良くしたいという良心が存在してはいけないか否か、答えは考えるまでもないだろう。世の中をどうする気もないのなら、人間は楽な手段として悪に染まるだろう。世の中がどうでも良い、他人の幸せなんてどうでも良い、誰もがそうなれば盜みや殺人が平気になる。バランス良く生きるには社會に適合しなきゃいけないからとむざむざ働かなくても良いと考えるんじゃないだろうか。

だけど、そんな良い事を僕が言うのは似合わないし、晴子さんの言う事を「そうだね」と肯定するのは、僕の悪人としての品質イメージを傷つける。だから僕は何も言わず、彼を見ていた。

すると晴子さんはニヤリと笑い、言った。

「まぁ、偉い偉人も"善悪なんて妄想に過ぎない"と言うぐらいだし、所詮は人間のだ(※1)。善か悪かなんて判斷しかねる。とにかく、私は利益があろうとなかろうと、良い事をしたい。だから君に話しかけている。長くなったが、これで納得してくれるかな?」

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「……自分で自分を善人だと言うのを、どうして信用できる? 君が目に見えて善行を積んでるのは知ってるさ……。それで僕まで君の傘下に取り込んで、何をしたいのさ?」

「何も。一丸になってやった方が楽しいと思うだけさ。それが、クラスだろう?」

「…………」

歯の浮くようなセリフを堂々と、彼は僕の目を見て言った。しかし、そんな彼を誰もが尊敬の眼差しで見る。さきほどの前に対する論述をどれほど理解できたかは知らないが、こういうわかりやすくてカッコいい言葉に、みんなは反応するよね……。

それがどことなく稽に見えるが、僕はいつも通り接する。

「クラス一丸となって時間を無駄にすることが正しいのか……それはよく考えるべきだと思うけどね。なくとも僕には無駄にしか思えない。だから、帰らせてもらうよ」

「無駄でないと、キミの考えを改めさせられれば、キミを帰さなくて済むのかな?」

「……。もともと、お前と話すつもりなんて、ない……」

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僕はそれだけ言って教室を出た。知らぬ間に足早になってしまい、昇降口に來るまでそう時間はかからなかった。

「はぁ……」

ため息を1つ吐く。演技とはいえ、好きな人に酷いことを言うのは自分を殺しているようなものだ。が痛いが、言われた方はもっと辛いだろう。

今夜は、彼に電話で謝ろう……。この舞臺をやるのは彼が言い出した事だし、謝る必要がないにしても、その方が嬉しいだろうから。

「…………」

し立ち止まっていると、いつもじる人の気配がない事に気付く。僕の後ろを歩いて來るは、姿を見せなかった。

「……椛?」

嫌な予がする。まさか、1組に殘っているのか――?

あの子風が、晴子さんに言論で勝てるわけがない。なら、取るべき行は強手段――。

「――嫌になるな」

とても億劫だが、今一度1組に戻るとしよう。

「……一緒に帰るものだと思って居たが、キミは參加してくれるのかい?」

「フフフ……さて、どうしようかしらね」

「…………」

幸矢くんが去っても、北野くんはクラスに殘っていた。2ヶ月前のトラウマは克服できたのか、相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべている。

は化學の申し子、匂いにも注意せねばな。幸矢くんが居る狀況では被害の出る攻撃はできまいが、今はなんでもできるのだろう。化學相手だとあまり対処できないが、私なりに頑張ろうか。

「私としては、キミも參加してくれるととても嬉しい。キミはあまり運が得意ではないのは育でわかっているが、是非とも球技大會では一緒に楽しもう」

「…………」

北野くんは私の言葉に答えず、表も変えず、ただ私を見ていた。……何かあるようだ。來るがいい、応じよう――。

私が微笑むと、北野くんは口を開く。

「――私が今更貴に従うようになれば、それは偽善じゃないかしら? 私が貴に従ってるように見せて、寢首をかこうとしている。そう考えはしないの?」

「人は、やれば変わるさ。我々は勉強をすれば學生になるし、運をすればスポーツ選手になる。キッカケ次第なのさ」

「そこに善悪は関係ないというわけね。で、肝心な寢首をかかれた場合はどうなの?」

「私がその程度の失態を犯すと思わないことだね。もし試合當日にキミが裏切って棒立ちの選手になったとすれば、キミを誇りも持たない人間と認定し、私がキミの分をカバーする。それが全てさ」

「…………」

北野くんは私の言葉を聞いて、満足そうにうんうんと頷き、一度腕時計を見た。

……時間調整、かな。何か仕掛けてるとすれば、教室か育館。幸矢くんが去った後なのだから、教室の方だと思うが……機の中なら、彼が部屋から居なくなればすぐ調べるけども……一緒に參加してくれるなら、話は変わってくる。

「……。私は――」

北野くんが再度口を開くその時、教室の後ろ扉が勢い良く開く。扉から現れたのは、先程居なくなった幸矢くんだった。

幸矢くん、その判斷は正しい。この最終局面はキミと私の舞臺だ。外部の役者と私が喋るのはよろしくない。

「――椛。何をしている」

冷めた彼の聲が、教室を支配した。それ見たことか、キミだって聲の使い方を弁えてるではないか――?

「……幸矢くん。帰ったんじゃなかったのかしら?」

「君が後ろを付いてこないから、何事かと思ってね……。何をするつもりだ」

「別に、なんでもないわ。神代さんから勧されてただけよ」

「…………」

幸矢くんがちらりと私のことを見る。私は笑顔で彼に右手で手を振り、左手は床に向けて人差し指を立てておいた。ありがとうのサインだが、來てくれて助かるという意味合いで人差し指を立てた。幸矢くんは何も言わずに、そっと私を睨んでいた。

「……懲りないな、お前も」

「良い事をするのに、何故諦める必要があるのだ?」

「君の思ってる、君の中だけの"良い事"で他人を巻き込んで、それが本當に人の役に立ってるなら……僕も、君を認めてやるよ」

「ほう……」

そこまで言うには早すぎる気がしたが、まぁよいだろう。認めさせる算段は別につけるとして、今日はもう帰ってしいところ。

長年の付き合いでわかってくれたのか、幸矢くんは北野くんの手を引いて教室を出ようとした。

最後に一言、私はその背中に聲を掛ける。

「明日また、うからね!」

「…………」

幸矢くんは何も返さずに立ち去って行った。……よく最後まで演じきるものだ、ここまでの役者に育ったのなら俳優の職に就けそうなものだね。

さて、私にはまだ仕事が殘っている。クラスメイト達を育館に行かせなくては。

――幸矢くんが北野くんの手を引く際、何かを北野くんの機の中に向けていた。おそらくは競華くんの小型カメラだろう。私の方からmessenjerで確認させるのもやらなくてはね……。

「……今日も黒瀬くんはえなかったけど、いつかは心が信じあえる日が來る。今は、私達だけで出來る事をやろう」

クラス全を見渡して、私は笑顔でそう言った。しかし、幸矢くんに対して不満のある者も多いし、案にれられる言葉ではなかった。

「晴子さん……黒瀬なんて參加させたら、また大変なことになりますよ」

「そうですよ。またつっ立ってるだけになったら、最悪じゃん」

「そう言ってやらないでほしい。今までの事だって、彼なりの正義があってのことなのだ。それが間違いだと改心させられれば、何も問題はない。それに――折角同じクラスメイトになったのだ。最後ぐらい一緒に楽しめれば、最高の思い出になるじゃないか」

を持つクラスメイト達に、私は安心させるようにそう言った。これで最後だもの。

私達の続けた劇は喜劇だ。最後には笑顔で終わらせる。そのためには、北野くんには黙っててもらう。

それに、敵は彼だけではなさそうだからね――。

は転校初日に私の機の中に畫鋲をれた。未だ犯人が割れないのだ、十中八九彼の仕業だろう。ならば、何故私にちょっかいを出したか――決まってる、私が面白い人間だと知っていたからだ。

知っていたということは、誰かから教えてもらったに違いない。それは誰かはわからないが――

(よくも邪魔してくれたね……今は見えずとも、そのうち尾を摑んでやるさ)

私は不敵に笑い、育館へ皆を行かせるのだった。

この日も発などは起きず、特に問題なく過ぎ去った。

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