《-COStMOSt- 世界変革の語》intermission-4:道徳教育
とある日に訪れた喫茶で、幸矢は最も親しい異のの神代晴子と対面して座っていた。2人の手元には付箋だらけの參考書が數冊とノートが開かれており、店で頼んだコーヒーはテーブルの隅に追いやられていた。彼等にとってはなんら不自然でもない、當たり前な環境に過ぎない。
別に急ぎで勉強する必要があるわけでもなく、2人はゆるやかにペンを走らせていた。そんな最中、ペンをかしながら晴子はポツリと呟く。
「教育ってなんだろうなぁ……」
「…………」
その言葉を幸矢は聞いていたが、すぐに答えられる質問でもないし、それについては晴子の方がよく知っているのは明白だった。彼は教育や法、哲學に強いのだから。
幸矢はペンを止めることなく、脳別活という特別な集中力を用いて思考の半分で聞き返す。
「なんだろうなぁ、じゃないでしょう……。貴なら一度は考えたこと、あるでしょうに……」
これに対し、晴子もペンを置かずに答える。
「あるにはあるが、依然よくわからないのだよ。脳整理のため、キミにある程度話してもいいかね?」
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「……僕は構わないけど」
「ん、ありがとう」
晴子は視線も変えずに禮を述べると、スラスラと語り始めた。
「教育というのはその名の通り、教え育てる事だ。教えるからにはその事について、教わる者より長けている事が前提だろうね。我々の教育というのは大抵6歳頃の小學生から始まる。1足す1は2、そういう簡単な社會で使われる常識を備えられるわけだ」
「……まぁ、學校っていうのはそういう所だね」
「ならば、我々が高校でけているのは教育なのかね?」
「…………」
幸矢はその質問の意図を瞬時に察する。おそらく現時點で、2人は教師よりも知識富で計算力もあり、學校教育をける必要はない。しかし、それでも義務教育という名目は修了せねばならないし、高校卒業の資格が得られない。
教育をける必要がない人が教育をける、それは教育じゃないのでは? という意味の問いだった。
しかし、教育というものは國語や算數にとどまる話ではない。
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「……學校は、社會のルールを教える場でしょ? 遅刻しない、廊下を走らない……そういう事を、社會に出る前に更生する場所なんじゃないかな……」
「そうだね、それが一般的回答だ。人生経験が學生よりもあり、社會人として働いている教師から指導をけるのは當然の事」
「…………」
「では、私はどうだろう。品行方正、績も申し分ない。これこそ完全に、教育をける必要はないだろう?」
晴子の問いに対して、幸矢はし考えた。禮儀作法もあり、頭も良い。文部科學省に賞狀を貰うほどだ。きっと、教育をける立場ではない。
だからこそ、學級委員や生徒會長を務め、"教える"立場に立っている。教育をけなくても良いのだから何もしなくてもいいものを、上手く"場"を使い、自分のリーダーシップを磨くよう努つとめてるのだ。
それらを考えた末、幸矢はこう言う。
「……君、さっさと社會人になったら?」
「いやいやいや、青春を捨てるのはどうだろう」
(1年生は捨ててるじゃないか……)
頭の中で幸矢はツッコミをれるも、逸れた話を晴子は戻す。
「ともあれ、我々は世間一般で言う教育をける必要がない。しかし、私達はまだ16歳の子供だ。――教育とは、年齢によるものではないのだし、義務教育である必要はないだろう」
「君の場合はね……。普通の學生は勉強なんてしないし、大半は教育をけるべきだろう? 君は模範生として、教育をけたようにすればいいんじゃないか?」
「……別に、私の話をしているわけではないのだ。誰に教育が必要か否か。それを話そう、幸矢くん」
「……ん」
靜かな叱責に、幸矢は數秒ペンを持つ手を止めた。本筋からズレていたとわかっていたため、言を自粛する。
「……まぁ、私に教育が必要と言うのなら、それは私よりも出來た人間で、きっと超人とか呼ばれる存在だろう。私に意見できる者はない」
「優れてる人なら教える事ができる。そう言うことだね……」
「うむ。ここまではわかりやすい見解だね」
「…………」
ここまでは――その言葉に幸矢はウンザリした。この話はきっと長くなる。そう予したから。
「教育には、いろいろあるだろう? そうでなければ小學生、中學生、高校生などと境目を作ったりはしない」
「……年齢ごとに……いや、脳の発達や経験ごとに、段組をしてるってことだろう? 數學で例えるのが簡単だね……四則演算を知らなきゃ中學生で習う一次方程式は解けない。方程式がわからないと、高校生で習う二次関數の計算もわからない……」
「そういうことだね。いうちは簡単なものから。さらに、私服や制服の使い分けもある。禮節に関しても、見えない所で教えられてるのさ。いや、別に自分から學んでるわけではないのだから、訓練されていると言おうか」
「…………」
幸矢は否定も肯定もせず、ただ話を聞いていた。ここから先は晴子の領分、幸矢が答えられる事もなくなる。
「……不思議だよね。勉強は段階を踏んで教えるのに、マナーとか禮儀に段階はなく、學校教育じゃ教えてもくれない。教えてくれるとすれば、それは就職活を始める頃に、擔任教師が面接用のマナーを仕込むぐらいだろう。道徳だって私達は小學生までしかなかった。……將來役に立つかもわからない勉強をさせるより、人としての道やの扱い方を教えた方がよっぽどマシだと思わんかね?」
「……まぁ、ね」
「正しい教育というのは、普遍的な常識を與える事だろう。なのに、どうだ。敬語なんてまともに使える人間は6割もおるまい。文化庁の調査の結果、8割の人間は言葉遣いに気を使っているそうだが、間違った知識で気を付けるのとそれとはまた別さ。常識を遍あまねく正しい教えを、段階ごとにできればいいんだがね」
「……君が総理大臣になったら、そうするといいさ」
「ああ、道徳は必ずれる」
「……総理よりも、君は文科省や文部科學省が似合うけどね」
「そう言ってくれるな。私の目標なのだから」
そこで一度、晴子はペンを置いてノートを閉じた。テーブルの端に置いたコーヒーを一口飲み込んで、勉強を続ける幸矢に言った。
「し、楽にし給たまえ。話も逸れがちだし、ゆっくり話そう」
「……話そうっていうか、晴子さんが一方的に話してるんじゃないか」
「嫌かね?」
「別に……そうだったら今日、來てないよ」
「そうかい」
特に表を変えるでもなく、會話は進行する。幸矢も勉強は取りやめ、冊子を橫にしてコーヒーを手前に持ってきた。億劫そうな視線は晴子の瞳を捉えるも、急に恥ずかしがった晴子が視線を逸らす。
「いや、その……まっすぐ見られてもだね……」
「……話は?」
「ああ、うん……。続きを話そうか」
はぁ……と晴子はため息を吐き、幸矢に目を向ける。対話になれば、相手が好きな人だからって恥じらうことはない。
「……また話がズレていたから一拍置いたが、教育についてだよ。教えにはいろいろある。勉強やマナー、社會のルール。それ以外なら習い事。最後に、特別な者が習う技――家を継ぐとか、スポーツ選手の育とかがこれに當たるね」
「……スポーツの技は、普遍的なものじゃないね」
「ああ。一蕓に秀でて一蕓で稼いでいく。そんな人間がなるべきものだ。學ぶ者だけが學ぶ」
「…………」
學ぶ、一蕓に秀でる――。
その言葉を幸矢は深く考えた。自分の従兄弟にあたる瑠璃奈は、教育をけていない。けたというならそれは稚園までの話だ。教育というほどのことではない。
その彼が一蕓に秀でて、何千億と資金を使ったプロジェクトを10代の若さで起こしている。教育とは、どこまで必要なんだろうか。
小學生、中學生、それも本當はいらないのかもしれない。
學ぶ者は、勝手に學ぶから。
「……幸矢くん?」
「……なんでもないよ。続けて」
「ああ、わかった」
呼ばれると、幸矢は改めて座り直し、目の前に座る"自ら學ぶ"を見た。晴子は幸矢が向き直ると、改めて話を進める。
「勉強は皆がける普遍的なものだ。しかし、伝統工蕓なんかは一部の者がけるし、教育と進路が一直線だ。普通の勉強は進路が枝分かれしている。教わった先に將來の職があるのは変わらないけどね」
「……い頃から蕓を仕込まれれば、その蕓しかできず、道が限られる。普通の勉強なら、道がいくつもあって考える猶予がある……。理系とか文系とか、ね……そういうことだろう?」
「ああ、そういうことさ。教育の幅が広過ぎる。もっと狹めればいいものを、これも便利を追求した代償だね」
時代の流れに嘆きながらも、現代の機に頼らなければ生きていけない。よく聞くことではあるが、この神代晴子も同じ考えだった。
「教育をするとね、人は學ぶし育つ。學んだ先の道がいくつもあると、道に迷ってしまう。教育者というのは、子供の進路――道を決める先導者ではなく、案人であるべきだね。子供というのは、1つのゴールを目指す旅人なのだから」
「……意志の尊重。そうだね。子供の進路や就職先を、親や教師に決められるべきじゃない」
――貴がそうであるように。
その言葉を幸矢は飲み込み、椅子に深く腰掛けて空を仰いだ。晴子は周りに流されず、自らの道を自らで決められる。その結果がクラスでやっている演劇だった。幸矢を道化にし、晴子はクラスで絶対的な信頼を築いて生徒會長になった。
誰かに決められることなどない、周りの意見を自分のものにしてしまう。それが神代晴子だった。
「……だから総合的な意見として、教育は勉學よりも道徳を學ばせるといい。道徳だって段階分けができる、小中高とやらせればいい。良い人間が育ち、やがて教える者となれば、それが次の世代を正しく導くのさ」
「……臭いセリフでも、君が言うとサマになるね」
「私はそう言う人間だからね。……って、これだけ話しても教育がなんであるかはわからなかったね……。お話もここまでにして、勉強しようか」
そこで幸矢は晴子の方を見ながら頬杖をつき、イタズラっぽく言った。
「……道徳の勉強、しなくていいのかい?」
「ん」
その問いに対し、晴子は言葉なにこう返した。
「もう十分、足りてるさ――」
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