冷たい風が凪ぎ、木々が揺らめく。木々に囲まれた平たい地形、その中に5つのテントがあり、その近辺で四つん這いになり、胃の中のものを戻しているがいた。

「ぐうっ――ぉ、ウェェ……」

「無茶し過ぎなんだよ、瑠璃奈は。今週3回目じゃない？　一回寢たら？」

袋の中に嘔吐するの背後から、明るい青年が問い掛けた。吐く勢いのあまり、息切れしているはよだれを拭くこともなく、顔を上げる。

「……元旦に24時間寢ました。その分の遅れが、ありますから……」

その言い訳は悲しいものだった。元旦は誰もが休むからと瑠璃奈も眠りに就き、2日目から関係各所に連絡を取り、現在も指示書を書いている。元旦に寢たと言っても、結局その分働くのなら変わらない。

「スケジュール調整はして上げるからさ、休んだ方がいいよ。まったく、よくそんな生活ができるよね……」

年は――黒瀬瑠璃奈の背後をとらえ、両手を脇の下に通し、肘を曲げて両手を瑠璃奈の首の後ろに持っていく。を抑えられた瑠璃奈はなすすべもなく後退していく。

「……いたいけなになんてことをしますか。あと、気安くパーソナルスペースにらないでしいですね」

「いいから、寢ろよ」

「……ハッ。本気で生きないで何をし遂げられますか。瑛晴あきはる、貴方であろうと私に逆らうことは――」

「はいっ、おやすみ」

「うがっ」

年は頸脈を抑え、瑠璃奈を気絶させた。寢不足のは両手のスマートフォンを手放し、年――瑛晴の膝に頭を下ろす。年は微笑みながらの顔に手を當てる。

おそらく、世界で誰よりも世界をする――目の下のクマは真っ黒で、睡眠が必要なのは明白だった。

それでも、今では野外で寢るしか無くなっている。

それもそのはずだ。

なんせここは――無人島なのだから。

「……理想郷プロジェクト――とうとうここまできたね」

風にその黒髪を揺らしながら、年は呟く。やがてその視線を、から森の向こうへ向けた。

――そこには、ジャングルには見合わぬ都市があった。

が13歳で買った無人島、いくつもの建設事業に協力をけ、16歳の今になって建設が終わり――現実世界日本の"プロトタイプ"がある。

2月――いよいよプロトタイプが始する。

理想郷プロジェクト【COStMOSt】――"神の描いた語"は、飛躍する。

「……相手は競華、か。どちらが"Sランク"の王になるか、勝負だ」

年は笑う。

天才なるとの対決を楽しみにして――。

◇

1月12日、火曜日。

井之川高校は始業式が始まり、この日は特に何をするでもなく、始業式が終わると多くの生徒が帰宅する。僕も例外ではなく、いつもより軽いバッグを肩に掛けて帰ろうとした。

「待ちなさいよ、幸矢くん」

「…………」

肩を摑まれ、立ち止まる。摑んできたのは久しぶりに會う椛だった。相変わらず艶やかな目をして、生きているだけで楽しそうだった。

「……どうしたのさ？」

「一緒に帰りましょ。私、この冬休みに々考えたの。貴方に、それを聞いてほしいわ」

「…………」

これはきっと、冬休み前の事だろう。仲間と一緒だと楽しいから――という僕の推挙に対する答えが、彼の中で出たらしい。

まぁ、そのぐらいなら構わないが――

「へぇ。それは私も聞きたいね」

普通ならあり得ない人が、聞き耳を立てていた。にこやかに笑いながら、取り巻きをすり抜けて僕等に歩み寄る。その手には黃い杓子があり、より聖人らしくなっていた。

「……神代」

「……これは、大が釣れたわね」

「はははっ、過大評価だね。私はキミ達と同じ學生だ。大ではないさ」

辺りがざわつく。晴子さんが僕等みたいな嫌われ者の話を聞きたいだなんて、おかしな事だから。……僕は構わないけれど、椛がなんて言うか……。

「いいわ。貴も、一緒に帰りましょう？」

……とんでもない事に巻き込まれた。これで友が生まれでもしたら面白いけど……。

2人の目が爛々としており、既に戦闘態勢なのは見て取れた。……この2人を無視して、僕は帰ろう。どうせ勝手についてくるだろうし。

僕は椛の手を、肩から引き剝がしてクラスを出た。その後ろを約2名が付いてくる。なんというか、酷いものだ。こんなに気まずい下校は今までになかった。

「北野くん、道すがら話すのかい？　それとも、どこかお店にるかい？」

「そうね。どうせなら私の家に來ないかしら？　幸矢くんも來てくれるわよね？」

「……。今日はとても調が悪くて、殘念ながら行けそうには――」

「そう。じゃあ私のベッドで休むといいわ」

「……聞いてないな」

そんな訳で、僕等は椛の家に行く事となる。……トラップ屋敷だからな。晴子さんを守りたいけれど、守る必要もないかな。自分のも案じなきゃいけないし……。

校舎を出て、歩道を歩く。僕が先行し、後ろからはダウンコートを著た晴子さんと、オレンジのマフラーをした椛がお喋りをしていた。

「神代さんはスカートが長いわね。意識が足りないんじゃなくて？」

「長くしてる理由も検討がつかないのかい？　思ったより淺はかだねぇ、北野くんは」

「フフッ、低俗な者をまとめ上げる人の発言はさすがね。やっぱり底が知れてるわ」

「はっはっは、面白いことを言うね。自分も低俗なのに」

「…………」

楽しそうな會話だった。椛はわかるけど、晴子さんは何を怒ってるんだろう？　僕がの家に行くのが嫌なのか……？

とはいっても、お金もかからないし助かるんだが……オートロックの高級マンション、晴子さんが見たらどうなるやら。

と、考えているうちにマンションに著いてしまった。晴子さんを見ると、いつもの笑顔をしている。

……いや、あれはポーカーフェイスだ。し冷や汗をかいている。競華もお嬢様だが、友人でもない人の高級住宅にるのは、晴子さんも初めての筈だ。し頬が引きつっている……気がするな。

「……ずっと黙ってたけどさ」

エレベーターに上がる前、僕は呟く。僕だってしぐらい主張してもいいだろう。

2人を見ると、2人も僕を見た。

「……神代。お前、なんのつもりさ？　敵でしかない椛の家にのこのこやってくるなんて……死にたいのか？」

「何を言うか。クラスメイトが家に上げてくれると言うのに、斷る必要がどこにあるかね。家を見れば、その人の生活が見えるし、生き方も見える。私はね、北野くんの事を知りたいのだよ。それに……」

言葉を區切り、晴子さんは僕の右腕を摑む。その力は強力で、僕は歯を食いしばった。

……何もしたつもりはないけれど、晴子さんは怒りの笑みを浮かべていた。

「……男不純異遊がないか、確かめないと……ね？」

そんな事で171kgの握力を発揮しないでほしい。いや、本気なら今頃腕は複雑骨折してるだろうけど、それでも痛いから……80kgは出てるから……。

「……貴方は知らないかもしれないけど、幸矢くんは馬鹿みたいに奧手なのよ？　薬使って興させても手を出してこなかった。まったく、惚れさせるにはどうしたものかしら」

「……へぇ？」

「……神代、なんでそんな目で見る」

さらに握力が強くなった。右手とさようならしようかとも思ったけど、生存本能というか、自己防衛が勝手に働いて、空いた手でポケットから注を取り出した。

晴子さんは勘付くと、すぐに手を引いて一歩下がる。……悪びれた様子はない。子ってそうだよな、男子に暴力振るっても怪我がなければ気にしない。やはり僕は、大兇のようだ。

「……まぁ、本心としては、キミ達と仲良くしたいのだよ。あと2ヶ月で進級し、クラス替えもある。その前に、キミ達と仲良くして、最高の思い出を作りたくてね」

「フフッ、夢でも見てるのかしら？」

「はははっ、北野くんは手厳しいなぁ」

「……って、怖いな」

素直な想を言うと、2人から鋭い視線を向けられる。もう今日は発言しないでおこう。

子2人が楽しそうに會話を繰り広げる中、僕は黙ってエレベーターにるのだった。