《-COStMOSt- 世界変革の語》第47話:遊ぼう

およそ9年前の事だ。神代晴子は今では考えられないぐらいとっつきにくく、運神経も良くなくて、年齢通りの知能しか持っていなかった。

まだ小學校1年生にも関わらず、はイジメをけていた。まだ小學生だったため、それほど酷いイジメではない。悪口を言ったり、を取ったりされたぐらい。の暗く、暗鬱とした格はより一層深みを増し、1年間で取り返しのつかないものへなろうとしていた。

2年生に進級する際、クラス替えが行われた。これでイジメもしは減るだろう――晴子はそう予していた。現実ではイジメの主犯格は同じクラスになり、チャチなイジメは終わらなかった。

しかし、2人のヒーローが同じクラスになっていたのだ。それが、この語の始まりであり――

「――友達になるのに、お金とか能力とか関係ないよ。友達になろうとすれば、友達になれるんだ」

――黒瀬幸矢と、神代晴子の出會い――

「だから、僕とさ――」

その時の言葉を、神代晴子は生涯忘れない。そして、その時の幸矢の事も。

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だからこそ、晴子は幸矢に試練を課した。

當時の幸矢こそ自分よりも世界にとって必要な人材だと、信じているから――。

――泣いているの子がいる。

それ自はなんら珍しい事じゃない、僕の前で泣く人は多かった。だが、晴子さんが泣いていた事はない。昔遊んでたときにめちゃくちゃ怒った時か、もしくは――出會った當初。そして……僕の家族が死んで、僕が変わった時……。

"キミが私に言った言葉"だと彼は言った。つまり、泣いている子――泣いている晴子さんにかけた言葉。それはおそらく、1つしかない。

が弱っている時なんて、僕が知る限りであの時しかなかったから。

「……椛」

僕は彼の名を呼ぶ。は目元をぬぐい、顔を上げた。目元は赤くなり、目は涙が煌めいている。答えを出した時、自分の苦しさに気付いて、それを人に話す事で悲しみが解き放たれたのだろう。

……今の僕にできるものか怪しいけれど、言うことは変わらない。やることも変わらない。あの日と同じだ、ひとりぼっちのを立ち上がらせればいい。

と目が合うと、僕は続ける。

「君が誰かと遊びたかったのなら、素直にそう言えばよかったんだ。前の高校ではできなかったかもしれないけど、今はそうじゃない。目の前に居るのは、君に並び立つほどの人間だろう?」

「……でも、貴方は私が何をしようとつまらなそうだった。一緒に遊ぶって……そういうことじゃないのでしょう……?」

「それはそうさ……。君はずっと、一方的だった。まぁ、僕が君に無頓著なのも悪かったかもしれない。だけど……一緒にできることは、あるはずだろう?」

「…………」

椛は何も言わない。彼だってわかってるのだろう。自分が一方的なばかりで、人を遠ざけていたことを。話し合えば、一緒にできることも沢山あるはずだ。

化學の申し子だろうと、僕にだって基礎知識ぐらいはある。例えば、そう――実験なんか、一緒にできるだろう。

「……よしっ」

「……?」

僕は立ち上がり、椛の前に立つ。

手を差しべたりはしない、摑ませるのではなくこちらから手を取る。そして僕はこう言った。聖人と呼ばれる前のと同じように、できるだけ明るい口調でに笑いかけながら――

「一緒に遊ぼう」

子供以來、使わなかった言葉は自然と気管から解き放たれる。目元の赤いの子は目を見開き、普段とは違う僕の様子に驚いていた。そんなことを気にせず、僕は彼の手を引っ張って立たせる。

「えっ、ちょっと……」

慌てる彼を抑え、勢を整える。

この家でできることは、きっと実験ぐらいだろう。……うん、じゃあ、

「どうせ化學薬品とか沢山置いてあるんだろう? なんでもいいから、実験しようか」

「……はぁ? あのねぇ……いくら貴方でも、私の懐を見せるような真似は……」

「ほら、案。早くしなよって……」

の背後に回り、背中を押す。強引なやり方だが、こういう時は一緒に遊ぼうという意志が大切だ。きっと、今の椛には僕ぐらいしか友達になれない。だけど、しずつ凍えた心が溶けていけば――いずれは――

そうして僕は、無理に彼の実験室にれてもらい、一緒に実験を始めた。目的の結晶を製するため、廃が最低限になるように樹形図を書いていき、2人で納得したら実験を始める。

結晶の製なんて、普通に考えたら遊びじゃない。だけど、上手くできるかできないかとか、出來た時の達を味わうとか、そういう楽しさも良いだろう。

椛も最初はそう不服そうだったが、次第に実験を率先して行うようになった。お互いに手順がわかるからか、喋らなくても次の手順に進めるよう材料を集めたりする。

蒸留や濾過を経て手にれたミョウバンは、今はガスバーナーで暖められて結晶を作っている。

黒い丸椅子に座る僕等は、ただ炙られるビーカーを見ていた。

「……硫酸カリウムアルミニウムから作るなんて、凄く効率が悪いわ。100均にさえ売ってるのに」

ブツブツと椛が愚癡をこぼす。硫酸カリウムアルミニウムは、ミョウバンの正式名稱だ。確かに100均にも売ってるけど、それじゃあすぐ終わってしまう。

趣味、遊びというのは、そのものの為にどれだけ暇潰し出來たかが重要だから。

「……手間暇かけて作業するから、面白いんだろう?」

「……そうね。そうじゃなきゃ、結晶なんて作る価値のないものを、こんな時間掛けてやらないもの」

「……。価値、か……」

結晶を作ろうと発案したのは僕だった。ミョウバンの結晶なんて中學生が作るようなもの、今更作った理由はいくつかある。

1つは、しばかり心に帰ってしかったから。ミョウバンの結晶は小中學生の実験だ。子供の頃遊べなかった彼に、子供らしい実験をしてしかった。

あとは、結晶を作ることに意味がある。

結晶――その名の通りだ。今日この実験を、結晶、もしくは証としたい。

あとはこうして話す余裕もできることから、ミョウバンを選んだ。

椛は文句を言うけれど、理由はそのうち自分で考えてくれるだろう。

「……結果の見えてる事をしても、楽しくなかった?」

「……どうかしらね。こんなの高校生がやる事じゃないけれど……悪い気はしなかったわ」

「……なら、上出來かな」

一緒に遊んで、楽しくなかったって言われたくない。悪い気はしない……椛にそう言わせられれば、マシだろう。

「……今度はさ、僕が何か、遊べる事を考えるよ。君が提案してばかりなのは悪いしね」

「命懸けのことが、したいわね」

「危ない事をする気はないよ……」

そんな事をしていたら、命がいくつあっても足りやしない。僕は平和に暮らしたいんだが……。

「でも……僕の遊びに付き合ってくれるなら、それは嬉しいな……」

「……そう」

椛は素っ気なく、短く相槌を打つ。

しかし、彼の視線はずつとミョウバンの結晶に注がれていた。小さく半明な白い結晶。それは椛の中に固まり始めた新たな気持ちのようで――。

「……また遊ぼう、椛」

「ええ、待ってるわ」

1つの契りをわし、僕達はガスバーナーを止める。

取り出した結晶は小さくとも、綺麗な正八面として白く、輝いていた。

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