「私、君みたいな人、嫌いなの」

「そうやってちょっかいかけてくるのも、私だけ君をチヤホヤしないからよねェ？」

「華やかなデートをしたり、或いは平穏な家庭を築きたいなら、……私みたいな人とは付き合わない方がいいよ」

決闘後の夕方。

教室で獨り、本を読んでいる遙はるかがいた。

そっと近寄って聲をかけると、遙はるかは急に立ち上がってテンション高めにまくし立ててくる。

「翼つばさくーん！　おかえり！　さっきの決闘見ててくれたっ？」

「見てたぞ」

「今日の子けっこー強かったーっ！　一分くらいで軽くひねるつもりだったのに、三分かかっちゃったもんぅ」

そのまま永遠にしゃべり続けそうな勢いだったが、軽く制して口を挾む。

「遙はるか」

「なぁに？」

「もう誰もいないぞ」

「んぉ？」

遙はるかは奇妙な聲をあげて、今までまるで気づいていなかったのか、々大げさ気味に周りを見渡す。

そして、教室や廊下の方にも誰もいないのを見て、呟く。

「ホントだ」

遙はるかはそう呟いた後、むふー、と言って大きなため息をつき、スッと靜かになった。

言うなれば、遙はるかは靜かな方が素に近い。

「お疲れさん」

「そうでもないよ」

遙はるかは軽く首を振る。

そして気を取り直したように、先程まで自分が座っていた席に俺を連れていく。

「ま、ま。じゃあここにお座りください」

そう言って俺に自分の席に座るように促す。俺が座ると、

「お邪魔しまーす」

と言って、座った俺の膝の上に腰掛け、おもむろに読書を再開した。

「これ、俺なんにもできないんだけど」

「好きなとこっていいよ」

遙はるかが悪戯っぽく言う。

そう言われてもな、と思いつつ、腹の方に手を回して抱きしめた。

「つかまったー」

「捕まえた」

遙はるかの呟きに囁き返す。

ふと読んでいる本が気になって尋ねた。

「なに読んでんだ？」

「長時間詠唱の概論及び実踐」

「長時間詠唱？」

「一定時間持続して効果がしいときに使う魔だよ。防とか、雨乞いとかに使うみたい」

彼が振り手振りをえて説明してくれる。

「私、すぱーっ、ていって、どぉーん、ってのが好きだからさ、こういうのは苦手なんだよね」

「苦手なのに読んでるのか」

「々できた方がいいときもあるんだヨ。例えばねぇ……」

遙はるかはおもむろにページをめくり、あるところで止まった。

本に書かれた詠唱を始める。

「【風を呼ぶ者】――」

始めは囁くような聲で、次第に抑揚をつけて唱え続ける。

微かに開けられた窓から微風そよかぜが吹く。風に乗せられた花びらがいくつも舞い込んできて、俺たちの周りをくるくる回る。

花びらは、遙はるかの聲に呼応するように上下と舞い踴った後、やはり風に乗せられて教室から出ていった。

「綺麗だ」

「ありがとう」

俺の稱賛に、彼は素直に禮を述べた。

「ところで反省文とレポートは出したのか？」

「出した出した。渾の力作さァ」

「聞いていいか？」

「なに？」

「どうして夜這いなんて」

俺の質問に、遙はるかは憂い気に目を伏せて呟く。

「もたもたしていられないから」

「よそにとられる心配なら、しなくていいぞ」

遙はるかと一緒にいるときに話しかけてくる子は殆どいないし、妙ないや文句を言われても斷ったりスルーしたりしている。

黙ったままの遙はるかに、俺は軽くため息をついて聞く。

「だいたい、いいのか？　子高生の初めてがそんなんでよー」

「えー？　じゃあ翼つばさ君はどんなのならいいと思うの？」

「そうだな……」

逆に聞き返されて、戸いながらも、彼の肩に顎を乗せて考えながら応える。

「オフシーズンの、誰もいない浜辺で散歩して、寒いとか靴に砂がとか言いながら靜かな普通のホテルに泊まって、熱いシャワーを浴びて、夕飯の前に、とか？」

俺の言葉に遙はるかが吹き出す。

「ちょっっっ、夢、見すぎ、じゃ」

「聞いたのはそっちじゃねーかよっ」

「妄想力が貞みたいダゾ、はぁと」

「うるせぇ。事実じゃねえか」

……自分で言って悲しくなった。

「ごめんネェ言わせて」

「くぅっ」

指摘されて余計悲しくなる。

彼はころころ笑いながら言った。

「分かった。翼つばさ君の青春期の思い出のためにも、できる限りの協力をするね」

そして、こう呟く。

「本當に翼つばさ君は私のことが大好きだなー」

しみじみ言う遙はるかに、もう降參だと思いながら噛み締めるように言ってやる。

「あぁ、そうだよ」

それに対して、遙はるかからの返事はとても靜かな聲だった。

「ごめんね、言わせて」

遙はるかは、それきり黙って読書を再開する。

「遙はるか」

「なあにー？」

「こっち向け」

「なんでー？」

「いいから」

遙はるかが本を閉じ、こちらを向く。

俺は彼の頬にそっと手を當てて、にキスをした。

ゆっくり顔を離すと、赤くなった遙はるかが照れ笑いをしながらぼやく。

「翼つばさ君はズルいねェ」

「嫌か？」

彼の耳をでながら聞くと、首を橫に振って囁くような聲でこう応えた。

「もう一回」

そうやって何度か、最終下校のチャイムが鳴るまで、かわいいおねだりに応えてやった。