《夢見まくら》第三話 明晰夢再び

「海斗! いつまで寢てるの!? もう朝だよ!」

懐かしい聲が聞こえる。

どこかで聞いたことのあるその聲は、半分寢たままの頭にはいささか心地よく響き過ぎた。

「……んー……あともうちょっと寢させてくれ……」

とにかく眠い。本當に眠い。

「……もう。しょうがないなぁ……」

聲の主はそう言うと、俺のほうに近づいてきた。スルスルと、布がれるような音を立てながら。

「……皐月?」

わずかに目を開くと、部屋はまだ暗かった。カーテンの隙間から月し込んでいるが、は全く足りていない。時計を見ると、午前三時。

……朝どころか真夜中だった。

「おい、まだ夜中の三時だぞ?   何考えてんだ皐つ……っ」

皐月への文句は、途中で途切れてしまった。

何かが俺の頬にれた。

「か……っ」

強烈な頭痛。

抗いようのない、意識が泥の底へ沈んでいくような覚。

焦點が定まらない。

意識を失う直前、これは夢だ、と結論づけた。

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…………だって。

俺の頬にれた、あのは。

斷じて人間のそれではなかったから。

「……ほら、夢だった」

これだけ目が覚めて安心したのは、初めてかもしれない。

ひどくリアルな夢だったが、夢は夢。何も恐れることはない。

「……そうだ。あれは夢だ。俺には何の関係もない空想の産。うん」

そろそろ布団から出よう。

と、そこで見慣れないものが置いてあるのに気付いた。

「……何だこれ」

書き置きだった。

容は、泊めてくれてありがとう、また遊んでね! 前橋皐月……。

そこで、ようやく思い至った。

ここは、昨日の夢の続きだと。

そういえば、七月下旬のはずなのにあまり暑さをじないし、蟬も鳴いていない。

「二日続けて同じような夢を見るなんてな……」

しかも、昨日とは違って自分で夢であることを知覚できている。これは大きな違いだ。バイトに行こう、などと思わなくて済む。

しかし、どうしようか。

普通、夢の中で自分が夢だと知覚できたら、自然と起きられるものだと思うのだが、まったくそんな気配はない。こうしている間にも、頭がスッキリしてきている。

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「……することも特にないし、とりあえず朝飯食うか」

朝食を食べ終えた俺は、大學に行ってみることにした。

どの程度現実の世界が再現されているのか気になる。昨日は皐月に會ったが、こっちにも服部や二條がいるかどうかはわからない。

いつもとほとんど変わらない時間に家を出た。

一度に染み付いてしまった生活習慣というものは、そう簡単に抜けるものではないらしい。

   

「さて……」

大學にやってきた。

一応夏季休暇だからか、學生の人數は多くはない。

だが、全くいないというわけでもない。リアルな人數だ。

……そういえば。

俺は攜帯を取り出す。

今日の日付は何日になっているのだろうか?

昨日の日付が七月二十四日だったから、二十五日なのだろうか?

二十四日ということも考えられる。

結論から言うと、今日の日付は七月二十四日ということになっていた。

これで今認識しているここが夢の中であるということは間違いないだろう。

……どうしよう。

することが特にない。

これが夢であることは間違いない。俗に言う明晰夢というやつだろう。

現実がありすぎて、頭がし混しているのか。

自分で好きなように夢をコントロールできている訳ではない以上、流れにを任せるしかない。

だが、その流れは向こうからやってきてくれるものではないらしい。

自分でけと。そういうことだろう。

図書館にでも行ってみるか。

図書館にると、見知った顔を見つけた。

「佐原かよ……いらね」

佐原はなにやら難しそうな顔をして、本を読んでいる。

まあ間違いなくエロい系統の本だろう。

……今はなんとなく疲れているので、あいつの相手をするほどの気力がない。

よって、無視して通り過ぎることにした。

斷じて嫌いなわけではない。

斷じて嫌いなわけではないぞ。

大事なことなので、二回言った。

「涼子さんとかいないのかな……」

正直に言って、冴えない男より綺麗なのほうがいい。

そこまで考えて気づいた。

あれ。

夢の中なら涼子さんに何してもいいんじゃね?

……いやいやいや。

落ち著きなはれや。

そんなことが赦されると思ってるのか海斗よ。

夢の中とはいえ、そんなことをする奴は皆等しく変態だぞ。

人間には良心があるんだ。

俺の中の天使っぽい部分が主張する。

はぁ? 何カッコつけてんだよ? 気持ち悪い。

男なんて皆等しく変態だ。

良心? はっ! 笑わせるな。

変態は変態らしく、舐め回して、吸って、弄って、腰振ってりゃそれでイイんだよぉ!

それに対して、俺の中の悪魔っぽい部分が異論を唱えた。

な、なんて下劣な……。海斗は変態なんかじゃない! お前なんかと一緒にするな!

天使っぽい俺が反論する。

お前も男なんだから同じの狢むじなさ。俺に言わせれば昨日皐月を襲わなかったのが不思議でならねぇよ。ありゃ脈ありだぜ? 押し倒しちまえばこっちのもんさ! お前も皐月のこと、気になってたんだろ?

悪魔っぽい俺の言うことが、妙に俺の心に響く。

というかもう涼子さん関係なくね?

……これ以上は危険だと判斷した俺は、天使っぽい俺と悪魔っぽい俺を心を無にして消した後、図書館を出た。

え? 何が危険かって?

……お察しください。

大學を後にした俺は、商店街をブラブラしていた。

昨日の夢の中で通った道だ。

皐月に會いたい。

ただそれだけの理由で俺はここに來ている。

……好きなのか、と聞かれれば微妙なところだ。

自分でもよくわからない。

昨日まで皐月のことはできるだけ考えないようにしてきた。

でも、どうせこれは夢だ。

夢の中でくらい、好きに話しても問題ないだろう。

「何難しい顔してんだ、海斗?」

「うおっ!?」

「……そんなに驚かなくてもいいだろ。俺何かしたか?」

二條だった。

相変わらずため息が出るほどのイケメンだ。格はあまり良くないが。

「今なんか失禮なことを考えなかったか?」

「気のせいだ」

「そうか? 気になるでもいるんじゃねーのか?」

「話ずれてね?」

「いることは否定しないんだな」

「いや。いない」

……そういえばここって夢の中なんだっけ。

じゃあ言っても問題ないような気がするが……何だろう、このいやなじは?

「つまんねーな。まあいいけどよ。あ、お前の家行ってもいい? いいよな? どうせ暇だろ?」

家に來られたら皐月に會える可能が……。

いや、何を考えてるんだ俺は。

めちゃくちゃ皐月のこと意識してるじゃねーか。

一回頭冷やしたほうがいいな。

「どうせ暇、っていう表現がしゃくではあるが実際暇だな」

「よしよし。あ、やべ、海斗、すぐに行くぞ」

「え?   ああ」

二條が微妙に挙不審だ。

でも捨てたんだろうか。

こいつなら十分あり得る。

「彼でも捨てたのか?」

「おと……いや、うん、だよ。俺のテクに夢中になっちまったみたいでなぁ。ずっと俺のことを探してるみたいなんだよ。どうしたもんか」

「……そうなのか」

気のせいか?

今こいつ男って言いそうになったような。

……大丈夫、だよな?

俺掘られたりしないよな?

誰か大丈夫だと言ってくれ。

家に著いた。

著いてしまった。

「散らかってるけどあんまり気にしないでくれ」

「そんなもん気にしねえよ」

鍵を開けて、ドアを開け……ようとした。

が、何故か開かない。

「あれ?」

「元々鍵掛かってなかったんじゃねーか?」

なるほど。

そういえば家の鍵を閉めた記憶がない気がする。

もう一度鍵を回す。

今度は開いた。

「お邪魔しまーす」

「どうぞ」

俺が先にった。

「お、おかえりなさい海斗! ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た……」

皐月がいた。制服姿の。

俺と二條は直した。

皐月も直している。

々と突っ込みたいところはあるが、俺が友人を連れて帰ってくることは想定していなかったのどろうか。

……していなかったのだろうな。

靜寂を破ったのは二條だった。

「グッジョブ!」

「グッジョブじゃねえ! 何勝手に人の家ってんだ皐月!」

「え? あ、えと……ごめんなさい!」

「はぁ……。鍵が空いてたからって勝手に人の家にるなよ。常識だろ」

「すいませんでした。次から気をつけます」

次って何?

と、突っ込みそうになったが堪えた。

「いやーいいじゃないの海斗! 可いしお茶目だし最高じゃん!」

「ちょっと黙っててくれるかな二條」

ここで折れたら今後もこんなことが起こるかもしれない。

いや、可かったけれども。

そういう問題じゃない。

「……もしかして海斗の気になるって……」

「お前もう帰れ」

だめだこいつ。はやくなんとかしないと。

「え? それって……」

皐月は皐月で何か顔がちょっと赤くなってるし!

「わかった。とりあえずお前ら帰りなさい」

これ以上話がややこしくなる前に帰ってもらうことにした。

「いやいや、俺だけ帰ればいいだろ。海斗は皐月ちゃんと合ごっこでもしとけ」

「何さらっと問題発言してんの!? セクハラで訴えるぞ!」

「ははは! じゃーな!」

二條は逃げるように部屋から出て行った。

本當にこのまま放置して帰りやがったよあの野郎。

「え、えーと、あの……」

昨日あれだけ饒舌だった皐月だが、々な葛藤に襲われているようだ。

「というかよく言えたなあんなセリフ」

「へっ!? あ、えと、あれは……その……海斗が喜ぶかなって思って……じゃなくて! えーと……」

しまった口に出してしまった。

俺も人のこと言えないな。

ダメだ、全然冷靜じゃない。

顔がすごく熱い。

「……晩飯、食ってくか?」

こんな誤魔化し方しか思いつかない辺り、さすがだなと思う。

「……うん」

皐月は俯きながら答えた。

顔はまだ赤い。

……何だこの生き。可らしすぎる。

思わず抱きしめてしまいたくなるが、流石にまずいだろう。

……何がまずいんだ?

ここは夢の中だぞ?

抱きしめるぐらいなら……って、いかんいかん。

さっきから思考がループしている。

皐月と一緒に買いに行こう。

し落ち著いたほうがいい。

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