《夢見まくら》第七話 佐原太の憂鬱

俺はいわゆる、クラスのムードメーカー的な立ち位置だった。

小學生の頃は、バカなことを言ったり、アホなことをやったりして過ごしていた。

あまり詳しいことまでは憶えていないが、毎日が楽しかった。

中學生になり、俺の格もしは落ち著くかと思われたが、中學二年のときに重度の中二病を発癥。毎日、右手と左眼が疼いているような錯覚を覚えていた。

気がつくと、周りには誰もいなかった。

これはマズいと思い、病気の治療に取り掛かるも、闘病生活は過酷なものだった。

最終的に、病気は治ったものの、かつてのような明るい格ではなくなってしまっていた。

大病の完治後、なんとか周りの信頼をある程度まで取り戻すことに功し、そこそこ偏差値の高い高校に學。

そこで俺は、一人のに出會う。

「谷坂涼子っていいます。これからよろしくね」

一年のときに、隣の席になった俺は、涼子さんに一目惚れした。

艶やかな黒髪に、整った顔立ち。

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綺麗だった。

後に海斗が「お人形さんみたい」という表現をしたらしいが、俺もそう思う。

それほどまでに、完された顔立ちだった。

しかし、もちろん、當時の俺が涼子さんに積極的に話しかけられるはずがない。

クラスには何とか馴染むことが出來たが、クラスの中で全的に男の仲はあまり良くなかった。

それでも、涼子さんは、俺が落とした消しゴムを取ってくれたり、俺が教科書を忘れた日には、教科書を見せてくれたりはした。

だが、クラスメイト以上の関係になることはなかった。

長い間、俺は涼子さんに片思いをしたまま過ごした。

そして俺は、大學に學した。

高校での三年間、勉強はそこそこやってきたつもりだ。

その甲斐あって、なかなかいい大學にれたと思う。

そして、俺はあいつに出會った。

全くの偶然だった。

初めての授業で、たまたま隣にあいつが座っていたのだ。

「よう。隣の席同士、仲良くしようじゃねーか」

いきなりそんなことを言ってきたので、一瞬、金でもたかられるんじゃないかと思った。

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が、相手の表を見て杞憂だとわかった。

隣にいる満面の笑みを浮かべた男は、悪い奴にはどうしても見えなかった。

「お、おう。佐原だ。よろしく」

「下の名前は?」

「え? あ、ああ、太だ。佐原太

「太か。いい名前だな! 俺は服部翔太! よろしくな!」

そう言って、翔太はまた笑った。

……正直、俺は自分の名前があまり好きではなかった。

俺みたいな人間には、あまりにも不釣合いな名前だと思っていた。

でも。この時。

俺は確かに、翔太に救われたのだ。

単純だと思われるだろうか。

それでもいい。

「……ああ、よろしくな、翔太」

俺がそう言うと、翔太もまた笑った。

いい表だった。

どこかで見たことがあるような、そんな明るさ。

まるで……そう。

小學生の頃の俺を見ているようだった。

それからは、翔太がっているサークルにったり、同じ講義を取っていた海斗や琢と意気投合したり、俺の人生の師である野手教授から春のバイブルを賜ったりした。

気のいい友人たちのおかげで、俺は徐々に、かつての格を取り戻しつつあった。

そして。

「えーと、今日からこのサークルでお世話になります、谷坂涼子です。よろしくお願いします」

俺は、涼子さんと再會した。

「た、谷坂さん?」

「あれ? 佐原くん?」

涼子さんもし驚いているようだ。

「あり? お前ら知り合い?」

不思議そうな顔で翔太が尋ねた。

「ああ、高校が一緒だったんだ。まさか同じ大學に行ってたなんて知らなかったよ」

翔太にそう答えつつ、俺の視線は、涼子さんのある部分に釘付けになっていた。

そう、だ。

高校時代は制服に隠れていたものが、俺の記憶にあるものよりもかなり大きくなっていた。

……あまりばかり見ていると変態みたいなのですぐに視線を逸らした。

「…………」

涼子さんがこっちを見ている。

もしかしたらを凝視していたのを気づかれていたのかもしれない。

だとしたら最悪だ。

最近、変態キャラが定著してきたとはいえ、涼子さんに嫌われたくはない。

涼子さんの前では、ある程度自重したほうがいいな。

……そんなことを考えていた俺が、涼子さんが翔太の彼であることを知るまでに、そう時間はかからなかった。

翔太からメールが屆いた。

キャンプに必要なや集合時間、場所など、細かいことが々書いてある。

今までも、翔太からキャンプにわれたことはあったが、いつも都合が悪く一回も行ったことがない。

なので、個人的に今回のキャンプは楽しみにしていた。

「早速買い出しに行きますか」

ちょうど暇だし、明日はバイトをれていたので、今日中に必要なを揃えることにした。

けっこうな重量の買い袋をぶら下げながら、俺は帰途についていた。

それなりに遅い時間帯であるはずだが、周りに人が多い。

特に浴姿のの姿には惹きつけられる。近くで夏祭りでもあったのだろうか。

々な店を梯子したのでなかなか疲れた。一人暮らしのためにこっちに引越してきてから、スーパー以外の店にほとんど行っていなかったのが災いした。

まあそれでも、リストに挙がっているものを揃えることはできたはずだ。

時計を見てみると、午後十時過ぎだった。

メールが來たのが確か六時過ぎだったから、四時間近くウロウロしていたということか。

流石に疲れた。

「あーあ。どうすんのこれ……」

「……ん? あれは……」

そんなことを考えていると、浴たちの中に見知った顔を見つけた。

「涼子〜。起きてよ〜」

を著た三人組。全員顔がやけに赤い。そのうちの一人だ。

涼子さん……だと思う。多分。

の浴を著て、長い黒髪は後ろで結ばれていた。

普段の姿も十分魅力的だが、今のこの姿もかなり魅力的だった。

……どう見てもベロンベロンに酔っ払っているが。

「ちょっと、涼子さん大丈夫?」

俺は涼子さんに近づいた。

……酒臭い。だいぶ飲んだなこりゃ。

「ん? あんた誰? 涼子の知り合い?」

涼子さんと一緒にいた二人のの人のうちの一人が話しかけてきた。意外と意識はハッキリしているらしい。顔は真っ赤だが。

「えーと、俺は……」

さて、何と答えるべきだろうか。

元クラスメイト? 知り合い? 同じ大學の同期? いや、サークル仲間と言うのが一番いいな。そうしよう。

「あ〜、しょうたくんだぁ〜」

「えっ?」

最初にじたのは、お腹の辺りに押し付けられたモノの暴力的ならかさだった。

「……んー、うふふ……」

次にじたのは涼子さんの溫もり。

何故か、現在進行形で俺の板に頬ずりしている。

ちょっと待て。落ち著け。

何でこんな嬉し恥ずかしなことになってるんだ?

「ああ、カレシのお迎えってわけー? いいなぁアタシもカレシほしーぃ」

もう一人のの人のその発言からして、二人は完全に俺のことを彼氏だと思っているようだ。

いや、何故か涼子さんまで俺のことを翔太だと勘違いしているっぽい。え? 普通酔ってても自分の彼氏間違えるか?

とにかく誤解を解くことが先決だな。

「あ、実は……」

「君、涼子の彼氏ならさー、そのまま涼子お持ち帰りしちゃってよー」

「は?」

何を言ってるんだこの人は?

「彼がこんなとこで寢てたら、悪い狼に襲われちゃうぞ? はいこれ、涼子のバッグね」

「え? ちょ……」

そう言われ、バッグを無理矢理握らされた。

「それじゃね涼子! と彼氏さん! ヤるときはちゃんとゴムつけるのよー!」

「天下の往來で何をんでるんだ酔っ払い!」

あははー、と笑いながら、二人は駅の方向へと消えていった。

ん? ということは、あの二人は涼子さんのためにわざわざこの駅で降りたのか?

うーん。わからん。

その辺の事は、本人が酔いから覚めた時に聞けばいいか。

とりあえず俺の家に連れて行こう。

……でも、ちょっとだけ。

もうちょっとだけ、涼子さんの溫もりをじていたい。

いけないことだとはわかっていたけれど、こんなこと、もう二度と起こるはずがないから。

俺は涼子さんをそっと抱き寄せた。

初めてれた彼は、とても溫かく、やさしいじがした。

ずっと、このままならいいのにと、本気で思ってしまった。

「しょうたくーん……えへへ……」

……その聲で現実に引き戻された。

こんなことをやってたらダメだ。

家に帰ろう。

……そう自分に言い聞かせながらも、足は鉛のように重かった。

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