《夢見まくら》第十話 四回目の明晰夢
目が覚めると、見知らぬ場所にいた。
「……あれ?」
まず目にったのは黒板。これだけでもこの場所がどこであるかなどわかりきっているが、俺の確かな記憶では、酔っ払いながらも、若干窮屈なテントの中で男四人で寢たはずだ。こんなところで目覚めるわけがない。
機に突っ伏したまま寢ていたような姿勢である。寢違えたのか、し首のあたりが痛い。
混しながらも立ち上がった。周りを見回す。
そこは教室だった。何故か機と椅子は、今俺が使っているものともう一組、今俺が使っている機に著するように目の前に置いてある機と椅子の、合計二組しかない。窓があるが、そこからは全くってきておらず蛍燈のだけが教室を照らしている。廊下側の窓も曇りガラスのようになっており、外を確認することはできなかった。
ブラウン管テレビや、一から三十八までの番號がかかれた木製のロッカーや、掃除用箱、黒板消しクリーナーなどの、し懐かしいものはあるが、機と椅子がほとんど無いこと以外は特にこれといって特徴のない教室である。
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そして、俺はこの教室に見覚えがある。
「たしか、俺の中學校のときの教室だな……」
何でこんなところにいるのか。その答えは俺の中ですぐに出た。
夢だ。
攜帯で確認してみると、七月二十七日と表示されていた。
……本當に今更だけど、夢の中で攜帯の日付確認しても意味ないんじゃないのか? 気にしてどうなるものでもないんだが。
一通り教室の中を見て回った俺は、再び椅子に腰を下ろした。
「……で、俺はどうしたらいいんだろうか」
教室から出たほうがいいのか? ……いや、出ないほうが良さそうだな。
まず、窓と廊下の外が霧のようなものに覆われており、全く外が見えない。そもそも外というものが存在しない可能もある。
それに、この教室には、機と椅子がそれぞれ二組ずつしかない。……若干個人懇談っぽい配置だが、俺は中學生じゃないし……いや、そういうことが言いたいんじゃなくて。
つまり、この機と椅子は、俺と、もう一人、別の人間のために用意されているものである可能が高い。それならばその人が現れるまで待ったほうがいいと判斷したのである。
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◇
五分ほど、待っただろうか。
果たして、その人は現れた。
「ああ、先にいらしてたんですね。お待たせしてすいません」
背後から、聞き慣れた聲が聞こえた。
いつから俺の背後にいたのか。心臓に悪いからドアを開けてってくるなりしてしかったが、まあいいだろう。
「……皐月…………さん?」
俺は直した。
「……? はい、皐月ですよ。どうかしましたか、海斗さん?」
皐月は何故か、巫服を著ていた。可い。
え? コスプレ? コスプレなのか? そうなんですか?
それにしてはすっげえナチュラルに著こなしてるように見えるが……。
「! ああ、この服ですか。確かに見慣れないものですよね。どうですか? 似合ってますか?」
皐月はその場でくるっと一回転してみせた。
……ヤバい、すごくいい。
「ふふ、ありがとうございます」
皐月さんのはにかむような笑顔が眩しい。
「…………で、あなたは誰ですか?」
「おや。やっぱり気付いてましたか」
皐月さんは向かいの機に腰を下ろした。
「皐月は俺に敬語なんて使いませんし、俺が知る限り読心っぽいものも持っていませんでしたし……あとは、雰囲気、ですかね」
「……なるほど。あの子が気にるのもわかる気がしますね」
「はい?」
「皐月があなたのことを好いているのもわかる気がしますね、と言ったんですよ」
「そんなにはっきり返されるとは思ってなかった! ……って、え!? 皐月は本當に俺のこと好きなんですか!?」
「さぁ、どうでしょうね」
くそぅ、はぐらかされた……。
「そのあたりのことは、本人の口から直接伝えられたほうがいいでしょう?」
「え? え、まあ、そうですね……」
まずい、會話の主導権を完全に相手に握られているぞ……大丈夫か、俺?
「さて、あなたとこうして他のないおしゃべりをしているのも楽しいのですけれど、そろそろ本題にらせて頂きますね」
「本題?」
「ええ。前橋皐月のことです」
「皐月のこと……いや、ちょっと待ってください。さっきの俺の質問にも答えてもらってないですし、それに、あなたと皐月にはどんな関係があるんですか?」
「そのことも含めて、お話しするかどうかは、あなた次第です。兼家海斗さん」
「俺、次第……?」
どういうことだ?
「はい。海斗さん、知りたいですか? 前橋皐月のことを」
「そりゃもちろん、知りたいですよ。好きなの子のことですから」
「……質問を変えます。あなたは私の口からどんなことを聞いても、前橋皐月のことを好きなままでいられますか?」
「當たり前です。俺が皐月を嫌いになったりするわけがない」
斷言した。
「……ここまではっきり言って頂けるとは思っていませんでした。私が思っていたより優不斷な人ではないようですね。わかりました、お話ししましょう。どうぞ、掛けて下さい」
そう言うと、皐月さんは機から降りて、椅子に腰掛けた。
「いや、俺もうだいぶ前から座っちゃってるんですけど」
「細かいことはいいんです。さて……何から話しましょうか」
うーん、と、皐月さんが考え込む。いちいちしぐさが可い。この人は本の皐月じゃないと頭ではわかっているんだけど……。
冷靜になれ俺。この人の目的は何だ? 何で俺の夢に出てきた? 何で皐月のことを教えてくれるんだ? ……さっきから、この人の話に乗せられすぎだ。この人から危険なじはしないが、乗せられすぎないように注意は払っておくべきだ。
もちろん、皐月のことに関してはできるだけ聞かせてもらうが。
「まだあなたが誰なのか教えてもらってません」
「ああ、まずは私のことですね。私は……そうですね……神?」
「神!?」
ぶっ飛び過ぎだろ!
「すみません、冗談です。一回やってみたかっただけです。私のことは、皐月の姉のようなものだと思って頂ければ」
……悪い人じゃなさそうだけど、信用して大丈夫なのかこの人。
「は、はぁ……。皐月のお姉さん、ですか? じゃあ、お姉さんと呼んでも構いませんか? さっきから皐月と混ざってややこしいので」
「もちろん構いませんよ。それではお姉さんと呼んでください。私も、あの子のことは皐月と呼びますから」
そう言うと、お姉さんの雰囲気がしだけ変わった。
……ここからは本當に真剣な話らしい。
「海斗さんは、皐月のことをどれだけ知っていますか?」
「……えーと、それはどういうことでしょうか?」
「皐月について、お互いの認識の齟齬がどれほどあるのかを確認するために、教えて頂きたいのです」
「なるほど、わかりました」
俺は、思い出しながら、ゆっくりと話し始めた。
「最初に出會ったのは、もうほとんど憶えていないくらい昔です。前橋さんが、うちの隣に引っ越してきたんです。もちろん皐月も一緒に。俺が、多分稚園とか、そのぐらいの年齢だったんじゃないかなと。小學校も一緒で、俺が、小學校を卒業するまではよく一緒にいましたね。學校の休み時間とか、放課後とか。家に帰って一緒にいるときもありましたし、當時の俺にとっては妹のような存在でした」
「なるほど。期から流はあったわけですね」
「ですが、それ以降は疎遠になりました。中學校のときは皐月に會った記憶がほとんどありません」
「それは、なぜですか?」
「と仲良くするのは裁が悪い。男友達に馬鹿にされると思って、意識的に皐月と距離をとるようになったんです。……もちろん、今はそんなこと思ってませんよ。過去に戻れるなら、中學生だった自分を殺しに行きたい程度には後悔してます」
「……そうですか」
「高校にっても、皐月にはほとんど會いませんでした。隣の家から出てきたら會釈する程度です。それを會ったと言えるのでしたら、の話ですが……。風の噂で、皐月の績がすごくいいらしいということも聞いていましたが、そんな話、學生にとってはストレス以外の何でもありませんでした。……結局俺は、ちゃんと皐月と會って話をすることはありませんでした。そして、あの日、皐月が自殺しました。そこで初めて気がついたんですよ。くっだらない理由で、ずっと皐月のことを避け続けていた馬鹿過ぎる自分に」
「………………」
もう俺は、自分の知っている前橋皐月のことについて、なんて、話していなかった。さっきまで考えていたことも頭から抜けていた。
ただ、懺悔していた。
……目の前の、前橋皐月の姿をしたこのに。
「“と仲良くするのは裁が悪い。男友達に馬鹿にされるから”? ……くだらないです。くだらないですよ、こんな理由。俺は、そんなことのために一番大事にしなきゃいけなかった人のことをないがしろにした。……どんな問題を抱えていたのかは知りませんが、一番辛い時期だったはずの皐月の側に俺は居なかったんです……」
「もういいです、海斗さん。十分です」
「……え?」
「十分です、と言ったんです。もう十分に分かりました。かつて、あなたが皐月に対して心無い仕打ちをして心を痛めているということも」
そして、し目を伏せながら、お姉さんは言い切った。
「――――あなたが、前橋皐月について、詳しいことは本當に何一つとして知らないということも」
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