《夢見まくら》第十五話 果たされぬ誓いと蠻行
「ほれ、お茶」
「ありがとう、翔太くん」
俺と涼子が付き合い始めて二ヶ月ほど。俺たちの距離はどんどん近くなっていた。
この日も、大學の図書館で二人で殘って勉強していた。今は休憩中だ。
図書館の中は冷房が効いていて快適だ。しかも家でやるよりも集中して勉強できる。いいことずくめである。
涼子は、俺が買ってきたお茶を飲んでいる。
その橫顔を眺めて、やっぱり今まで見たどのの子よりも綺麗だと思った。
「なぁ、涼子」
「ん? なに、翔太くん?」
「明後日の夏祭り、一緒に行かない?」
涼子の表がわずかに曇った。
「……あー、ごめん翔太くん。その日は予定あるんだよね。他の日って空いてる?」
「夏祭り自が二十三日と三十日……あとはちょっと遠くなるけど八月はんなとこでやるみたいだな」
こんなこともあろうかと、夏祭りの下調べをしておいて良かった。
「じゃあ三十日はどう?」
「俺はいつでも行けるから大丈夫。三十日にするか」
「うん。それにしても、夏祭りなんて久しぶり。去年は行かなかったし」
「験だったから仕方ないだろ。今年は俺の究極テクを見せてやるぜ」
「ふふ。楽しみにしてる」
涼子が笑うと、自然と俺の顔もほころぶ。
「……翔太くん、大丈夫?」
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涼子は訝しげな様子で、俺のことを見ていた。
「ん? 何が?」
「…………自分では気付いてないのかもしれないけど」
涼子は手元にあるお茶のペットボトルを弄りながら、言う。
「翔太くん、初めて會ったときから、ずぅーっと辛そうだよ?」
「……辛そう?」
いまいち、何を言われているのかわからなかった。
「ものすごく、大きなものに押し潰されそうになっているような、そんなじがする」
「…………」
思い當たるものなど、一つしかない。
超能力。
これのおかげで、俺は楽しい生活を手にれた。
だが、弊害もあった。
より多種多様な価値観に深くれることによって、アイデンティティの拡散が起こりかかっているのだ。
……だが、これは涼子に言っていい類のことなのだろうか。
「…………」
「私、翔太くんのことをもっと知りたい。翔太くんが悩んでることがあるなら、一緒に悩んであげたい」
そう俺に語りかける涼子のまなざしは、どこまでも優しくて、暖かかった。
「――もし俺が人の心が読める、って言ったらどうする?」
……俺の口は自然と開いていた。
言ってしまった。
言ってしまってから、己の迂闊さを呪った。
冷靜に考えてみると、『人の心が読める? いつまで中二病引きずってるんだこいつは』などと思われる可能が非常に高い気がする。
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いや、痛いヤツ認定されるだけならまだいい。
考えたくもないが、もし涼子に嫌われたら……。
そんな俺の心中での葛藤をよそに、涼子は思案顔だ。
「……人の心が、読める…………」
涼子は口元に手を當てながら、俺の言葉を反芻している。
涼子の態度は真剣そのものだった。
その俺を見る目が、変人を見るときのそれではないことに、とりあえず安心する。
「……それは、どんな風に?」
「嬉しいとか悲しいとか、そういうだけをじ取れたり、見る人の過去の映像を見れたり、今、その人が何を考えてるのかわかったりするな」
「じゃあ、いま私が思い浮かべているものが何かわかる?」
そう言うやいなや、涼子は瞳を閉じる。
俺は戸いながらも超能力を発させた。
……イメージ自は単純だ。
「シャーペン」
涼子は、しだけ驚いた表を見せた。
「……次」
だが、すぐに元に戻る。
それと同時に、涼子が浮かべるイメージが変化する。
だが、読み取るのに何の支障もない。
「ア○サ博士」
「…………次」
再びイメージが変化する。
「ピーマン」
「殘念、パプリカでした」
「それほとんど一緒じゃね!?」
「翔太くん、靜かに。ここ図書館」
「お、おお……悪い……」
幸い、近くに人の気配はない。
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ほっとをで下ろした。
「本當に、見えるんだね」
涼子は目を開き、そんなことを言った。
その言葉は、俺への確認というよりも、涼子自に言い聞かせているようにじられた。
「……怖く、ないか?」
「怖くないよ」
俺の目をしっかりと見據えながら、涼子は言う。
「翔太くんだから、怖くないよ」
「――っ!」
が、燃えるように熱い。
「それに、私のことを信用してくれたから、そんなすごいを話してくれたんでしょ?」
「……あ」
そうだ。
俺は、涼子なら、涼子にだけは、話したかった。
「人の心が読めるって確かにすごいけど、翔太くんのストレスもすごく大きいんじゃないかな?」
その通りだ。
ストレスが溜まらないわけがない。
俺はそれを無視してきた。
自分自の心を麻痺させることによって。
「正直、これからはあんまり使わないほうがいいと思う。これ以上は翔太くんの心が……」
そう口にする涼子は、どこまでも心配そうな表で俺のことを見つめている。
「……なんで?」
「え?」
「なんで、俺のことを……そこまで……」
俺が涼子のことを好いているのは當たり前だが、涼子が俺のことを好きかどうかは別問題だ。
「だって、翔太くんは私のことをいつも考えてくれてるから」
「え?」
そんなの、當たり前じゃないか。
俺は、涼子のことが大好きなんだから。
「翔太くんがそばにいると安心する。心がほっとする。やさしい気持ちになれる」
そう言って、涼子は微笑んだ。
「だから、ずっと一緒にいようね、翔太くん」
「――――」
――俺のことを、こんなにも大切に想ってくれる人がいる。
が熱い。心が震える。
「涼子っ!」
そんな想いを抑えきれず、俺は涼子を抱きしめた。
「ちょっ、翔太くん、ここ図書か……」
そんなことを言い、やんわりと俺を引き離そうとしながらも赤面する涼子が、とてもおしかった。
この日から、俺は今までのように、むやみに超能力を使うことはしなくなった。
この力は、大切な人たちを守るために使おう、と。
そう決めたのだ。
◇
「……朝か」
二日酔い気味のせいなのか、若干の痛みを訴える頭を抑えながら俺は起き上がった。
テントの中は薄暗い。僅かに外からってくるがテントの中を照らしている。
海斗と琢の姿がない。先に起きているのだろうか。
ふと、隣で眠っている太のほうを見た。
「ん?」
最初は、見間違いかと思った。
眠っている太から、黒い霧のようなものが流れ出ていた。
何度か目をるが、それは相変わらず當たり前のようにそこにある。
「……なんだこれ」
こんなものは見たことがない。
太のに、何か起こっているのだろうか。
騒ぎがする。
「…………」
俺は迷った。
超能力を使うべきか、使わないべきか。
が、すぐに決斷した。
この霧のようなものが何かは分からないが、あまり良いじではないのは確かだ。
普通なら、眠っている人間の心を覗いても漠然としたものしか見えない。
決して褒められたことではないのは知っているが、覗こう。
俺は太の隣に腰を下ろし、超能力を発させた。
見覚えがある部屋だった。
何度かったことがある。太のマンションの部屋だ。
だが、そんなことがどうでもよくなるほど、俺は混していた。
なぜなら、俺は今、信じられない景を目の當たりにしているからだ。
「やめてっ! いや、いやっ、いやぁっ!」
涼子が泣いていた。
あの、涼子が。
服はれ、雪のような白いには赤い痕が殘っている。
「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」
鬼のような形相で腰を振っているのは、佐原太。
とがぶつかる音が斷続的に響く。
「…………なんだよ、これ」
自分の心臓の鼓の音がうるさい。
涼子は涙を流しながら悲鳴を上げ続けている。
太は狂ったように同じ作を繰り返していた。
「やめてっ! 出さないで!」
「俺を見ろ」
涼子の懇願は無視される。
「たすけっ、たすけてっ、しょうたくん!」
「俺を見ろ」
涼子のびは屆かない。
當然だ。
俺は、これが行われた時、この場にいなかったのだから。
「ひっ……い、いやぁ……たすけて……たすけてよぉ……」
「俺を見ろっつってんだろうがぁぁあああ!!!」
突然、太が咆えた。
その瞳に知のなど無かった。
太はおもむろに手をばす。
「か……は…………っ……」
太の両手によって、涼子の首が絞め上げられた。
「…………っ……」
「そんなに翔太がイイかぁ!? ああ!?」
涼子の言葉に憤怒する太は、涼子の首の締め付けを強める。
「……やめろ」
俺の聲は掠れていた。
それ以上は。
「……しょう……た……く…………」
涼子が苦しげに息をらす。
最期に俺の名前を呟きながら、その目からゆっくりとが消えていくのを、俺は呆然と眺めていた。
「りょう、こ……?」
うそだ。
現実であるはずがない。
涼子が死ぬなんて、そんな。
「それに、太がこんなことするわけ……」
信じたかった。
佐原太も、俺にとってかけがえのない大切な友人なのだ。
だが、超能力は俺に噓をつかない。
……自分の超能力と佐原太、どちらを信じるべきか。
「……は」
俺は。
「何見てんだよ」
そんなことを考えていたせいで、俺は太の腕が俺の顔に迫ってくるのに気づかなかった。
そのまま、太の手が俺の顔面を強打した。
「――っ」
「は? 見てるって何をだよ? ……クソ、わけわかんねぇ」
目を覚ましたらしい太が何か呟いたようだが、聞き取れなかった。
俺は痛む顔面を押さえながら、ほとんど無意識的に言葉を発する。
「お前、涼子になんてことを……」
「ああ?」
俺の言葉を聞いた太は、し考えるような素振りをしてから答えた。
「……なにって、ちょっと味見しただけだろーが」
「味……見?」
味見どころではない。
俺は見たのだ。
「お前、涼子を殺しただろ?」
「え? あー、そうだっけ?」
まるで、忘れていたことを他人に指摘された時のような反応だった。
「……忘れた。言われてみれば、やったような気もするな」
本當に、心の底からどうでも良さそうに太はそう言った。
「まあ、あんまり気にすんなよ」
「――は?」
こいつは、何を言っている?
「だから、気にすんなって。お前なら新しい彼の一人や二人、簡単に作れるだろ?」
あまりにも簡単に、太はそう言ってのけた。
イカレているとしか、思えなかった。
「太、お前自分が何やったかわかってんのか!?」
「……うるっさいなあ」
「うるさいってお前、俺がどれだけ涼子を――」
「あーもう、そういうのいいから。お腹いっぱい」
その言葉を聞いた瞬間。
「佐ぁ原ぁぁぁぁああああああ!!!!!」
俺は佐原に飛びかかっていた。
許せなかった。絶対に、許せなかった。
こいつは、涼子を。
――やっと見つけた、俺の大切な人を。
「おっと」
佐原は軽やかなきで俺の突進を避けながら、立ち上がった。
俺は勢いを殺しきれず、そのままテントに激突する。
その衝撃で勢が崩れたが、すぐに起き上がった。
「ふざけんな……ふざけんなよテメェ……」
「そんなに怒るなよ……はぁ、面倒臭いな」
「絶対許さねえ、佐原ぁぁ!」
「テントに激突しといて、そんなこと言われても全然怖くないよ」
「黙れぇ!」
佐原はため息をついて、言った。
「冷靜じゃない翔太に、負ける気はしないわ」
佐原がいた。
「なっ!?」
一瞬だった。
佐原の足が、軽やかな作で俺の足を払った。
俺ののバランスが崩れると同時に、追い打ちをかけるように佐原が俺のを押す。
「ぐっ!」
次の瞬間、俺のは勢い良く下に叩きつけられた。
何もできないまま、俺は地べたに這いつくばっていた。
「あ…………ぐっ……」
何が起こったのか分からない。
いや、理解はできているが、現実のこととは思えないのだ。
佐原はっからのインドア派じゃなかったのか? 今のきは何だ?
鈍い痛みのせいで、わずかに冷靜な思考が戻ってきた。
だが、そんな俺を佐原が待ってくれるはずもない。
「……仕方ないな」
そう言うと、佐原は足元にあった何かを拾った。
言葉とは裏腹に微笑む佐原の右手には、金槌が握られていた。
まずい、と思った時にはもう遅かった。
すぐに立ち上がろうとしたが、佐原が俺に向かって金槌を振るうほうが早い。
「がぁっ!!」
鈍い音と共に、重い一撃が俺の頭を襲う。
一瞬、意識が飛んだ。
右半に衝撃をじて気がつくと、が再び地面と著していた。何か暖かいものが頬を伝っているがある。
右手でってみると、手のひらが真っ赤に染まった。
だ。
頭がズキズキする。視界が霞む。起き上がろうとするも、に力がらない。
こんなところで転がっている場合じゃないのに、俺のは申し訳程度にしか反応を返さなかった。
「死ねよ」
今度は蹴りが飛んできた。
「ぐっ!!」
腹部に強烈な痛みが奔る。
「もう十分だろ、翔太? もう十分、人生満喫したよな? 涼子さんっていう綺麗な彼がいて、たっくさんの友達がいて。え? 思い殘すことなんかないだろオイ」
そう言いながら、佐原は俺を蹴り続ける。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
蹴られるたびに、俺は苦悶の聲をあげる。
佐原はどこか楽しそうに、痛みに苦しむ俺の姿を眺めていた。
「……ざけん……な……お前が……死ね……よ……」
「立場考えてものを言ったほうがいいと思うよ、俺は」
佐原が俺を嘲る言葉を発した直後。
「大丈夫か、佐原?」
佐原のきが止まった。
海斗の聲だ。
テントの方が妙に騒がしいと思った海斗が、聲をかけてくれたに違いない。
「た、助け――ぐぇっ」
佐原は俺の首を思いきり踏みつけた。
その衝撃で、申し訳程度にしか出ていなかった俺の聲が完全にかき消される。
「だいじょーぶだ」
佐原の能天気な大聲がテントの中に響いた。
……ああ、あのぐらい大きな聲じゃないと、海斗には屆かないか。
佐原による首の圧迫はまだ続いている。
俺の口から空気がれる。
息が苦しい。
「あーあ、靴下が汚れちまったじゃねーか、クソ」
佐原は俺ので染まった自分の靴下を忌々しそうに眺めている。
……ちくしょう。
どこで、間違えたのだろう。
超能力を得て、調子に乗ったところからか?
こいつを友達にしたところからか?
涼子と付き合い始めたところからか?
超能力を、大切な人たちのために使おうと決めたところからか?
俺の頭の中で々なことが泡のように思い浮かび、そして消えていく。
わからない。
俺には、わからなかった。
「海斗もこっちが気になってるみたいだし、もう終わりにしようか」
そう俺に語りかけた佐原は、金槌を握りしめたままの右手を思いきり振り上げた。
やはり、俺のはかない。あの一撃を頭にまともに食らえば、命の保証はないだろう。
「さようなら、服部翔太」
佐原が嗤う。
それは何に対してだろうか。
何が面白いのだろうか。
俺には分からない。今ここにいる、佐原太という人間を理解できない。
そして、奴の右腕が振り下ろされた。
金槌が俺の頭に迫ってくる。
今の俺に、それを防ぐ手段など存在しなかった。
俺は覚悟を決めた。
「――――っ」
嫌な音と共に、金屬の塊が俺の頭を強打した。
「り――」
最後に頭に浮かんだのは、涼子の笑顔と。
『ふふ。楽しみにしてる』
そんな、他もない涼子との會話の斷片。
「――ょう、こ」
それはもう、永遠に失われてしまったもので。
そのことを改めて意識した瞬間、俺のから力が抜けた。
俺の意識は、そこで途切れた。
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