《夢見まくら》第二十二話 殺意の理由

「――え?」

思考が停止する。

皐月様が何を言ったのか理解できなかった。

「――――――――」

皐月様の口から、何か聞き取れない言葉がれる。

それと同時に、皐月様の足元から何かが浮かび上がってきた。

巖の塊。

そうとしか形容できないものが皐月様の前まで浮かび上がり、

「――――」

それは次の瞬間、わたしの目の前にまで迫っていた。

「――――っ!?」

なんで。

どうして。

そんな疑問を抱くことすら許されないまま、わたしの顔面めがけて暴力的な質量を持つそれが迫り――

「――――――ッ!!」

――直後、何かいもの同士が衝突したような音が室に響き渡った。

的に目を閉じる。

……だが、覚悟していた衝撃はいつまで経ってもやってこない。

「……?」

恐る恐る、目を開けた。

「…………なに、これ」

目の前に不思議なものがあった。

……巖の壁だ。

地面から生え出たそれが、わたしの頭を迫りくる巖塊から守ってくれたのだ。

わたしの頭を貫くはずだった巖塊は、その巖の壁に阻まれ、役目を果たすことなく々に砕け散っていた。

「――間に合ったか」

聲がした、部屋の奧の方を見ると、ヨーゼフが瓦礫の隙間から這い出てきていた。

その姿はボロボロだ。

赤茶の髪は頭部から流れ出ていると瓦礫の破片のせいでぐちゃぐちゃになっており、まみれでほとんど無事なところがない。

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どうやら、先ほどの巖の壁はヨーゼフが出してくれたものらしい。おそらく魔によるものだろう。

……皐月様が使ったのも、おそらく魔だ。

「早く逃げなさい! サツキ!」

ヨーゼフは珍しく焦った様子でわたしに怒鳴る。

「高峰皐月はキミを殺す気だ!」

そこでようやく、わたしに疑問を生じさせるだけの余裕が生まれた。

「……どうして」

わけがわからなかった。

何で皐月様が、わたしを殺そうとするのか。

「まだ生きているのですか。ゴキブリ並みの生命力ですね」

皐月様は瓦礫の中から這い出ようとしているヨーゼフを一瞥すると、

「――――――――」

再び、何かの言葉を発した。

と、同時に、ヨーゼフの頭上の天井が発した。

「くっ!?」

ヨーゼフは焦った様子で瓦礫から出ようとするものの、間に合わない。

重力に従い、ヨーゼフに向かって天井だったものが降り注いだ。

「――――!」

轟音を響かせながら、ヨーゼフの姿は再び瓦礫の中に消えた。

……その姿を視界の端にとらえながらも、わたしは皐月様の後ろ姿を見つめていた。

「…………皐月様」

何かの間違いであってほしかった。

皐月様が、わたしを殺そうとするはずがないと。

皐月様はわたしの味方なのだと、そう信じたかった。

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「……どうして、わたしが死なないといけないんですか、皐月様?」

皐月様は、ゆっくりとわたしのほうを振り向く。

「……はぁ」

そしてため息をつくと、苦々しげな表を浮かべながらも口を開いた。

「あなたのには、私の魂の一部が縛り付けられているんです。ヨーゼフによって、ね」

「……たましい?」

それが、どうしてわたしを殺そうとすることと結びつくのか。

わたしのそんな疑問を含んだ聲に、「ええ」と皐月様は頷く。

「魂がこの世に留まったままだと、私は――高峰は転生出來ないんですよ。死んだわけではないので」

「な――」

高峰が転生出來ない。

それは、高峰が最強の超能力者だと信じているわたしのような人間にとっては、大きな衝撃だった。

「本來、魂を分斷するなど不可能なのですが――そこにいる男が『憤怒』の関係者であるというのなら、まぁ一応納得はできます」

埋れているヨーゼフのほうを目で示しながら、皐月様は言葉を続ける。

「つまり、あなたは自分で意図しないままに、私の転生を阻害する存在になっているんですよ」

「……そんな」

わたしは、皐月様にとって……いや、違う。

皐月様以外にも、高峰の関係者達にとって。

生きているだけで、邪魔な存在だというのか。

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「……それに、私もヨーゼフによってあなたと同じ化にされてしまいましたから、さっさと死にたいんです」

「え?」

同じ?

……わたしのように、皐月様もヨーゼフに何かをされたのだとしても、わたしと同じではない。

だって。

「……皐月様は、人間の姿をしているじゃないですか」

見た目こそ違うものの、皐月様はちゃんと人間の姿をしている。

ヨーゼフによって醜い化の姿にされたわたしとは大違いだ。

……けれど、わたしのそんな指摘は皐月様に一蹴された。

「私もあなたと同じ姿ですよ。これは化の寄生能力を使って、人間の皮を被っているだけです」

「寄生能力?」

このに、そんな能力が備わっているのか。

……でも、そうか。

同じ、なのか。

わたしと皐月様は、同じ“化”なのか。

「皐月。私たちの利害は一致していると思いませんか?」

「…………」

「私は転生するために、あなたを殺さなければなりません。あなたも、そんな醜い姿で生きていても辛いだけでしょう。私が楽にしてあげます」

皐月様が、何か言っている。

――どうでもよくなってきた。

わたしは、どうして生きているのだろう。

生きているだけで邪魔で、こんなに醜い姿で、見る者全てに嫌悪を抱かせ、誰からも必要とされず、ただただ疎まれるだけの存在。

悲しかった。

慘めだった。

わたしが生きている意味など、ないのか。

……でも、海斗は。

海斗も、わたしを邪魔だと思うのだろうか。

わたしを必要とはしてくれないのだろうか。

わたしをれてはくれないのだろうか。

ついさっき、今のわたしの姿では海斗にれられないだろうという結論を下したばかりだというのに、思考が同じところをループしていた。

そんな、答えの出ない傷に浸って、

「――――あ」

思い出した。

そうだ。

わたしのやるべきことは、まだあった。

「……でも、海斗が危ないんです」

海斗の未來に起こる災厄のことを、海斗に伝えなければならない。

「わたし、海斗が誰かに殺される予知夢を見たんです」

それが、それだけが、今、わたしが生きている意味だと言えるから。

「海斗に、この予知夢のことを伝えないと……!」

それだけは、譲るわけにはいかなかった。

だが。

「その予知夢は私も見ました。あなたの魂はわたしの魂と繋がっていますから」

「――――」

「海斗さんには、私がちゃんと伝えておきます。だから安心してください」

「――――あ、あ」

解決してしまった。

それならば、わたしが予知夢のことを海斗に伝えなくても、皐月様が海斗に伝えればいいのだから。

「…………っ」

これじゃあ、本當にわたしは……。

皐月様は笑顔を浮かべて、わたしに確認するように言った。

「私の言うことを聞いてくれますね? 皐月」

「…………」

……正直に言って、皐月様を信用できない。

自分勝手な理由でわたしを殺そうとしている、そんな人間をどうして信用できるというのか。

そもそも、皐月様が噓をついている可能もある。

本當に皐月様はわたしが見たのと同じ予知夢を見たのか?

本當に皐月様は海斗に伝えてくれるのか?

高峰ならいざ知らず、普通の人間は死んだらそこで終わりなのだ。

……わたしがずっと皐月様と一緒にいたならば、こんな疑念は持たなかったに違いない。

皐月様に対する、盲目的な信頼を持ち続けていたことだろう。

「……わたしは」

「――私の言うことを聞いてくれますね? 皐月」

皐月様が、一歩踏み出す。

「あなたは、私のために存在するのですから」

「――――――――」

……その言葉に、強烈な反抗心を覚えた。

わたしが、皐月様のために存在する、だと?

冗談じゃない。

……ああ、やっとわかった。

皐月様のことが信用できないとか、皐月様のために存在することが嫌だとか、そういうことじゃない。

それ以前の問題だった。

「――わたしは、死にたくない」

そうだ。

わたしは、死にたくないのだ。

死ぬのは怖い。

「生きて、海斗を助けたいです」

邪魔だから死ね。

必要ないから死ね。

皐月様のために死ね。

……皐月様が言っているのは、つまりこういうことだ。

ふざけるな、と思った。

生きているだけで邪魔なのだとしても、なお生き続けたいと思うことの、何が悪いというのか。

見る者全てに嫌悪を抱かせるような醜悪な姿にり果てても、なお生き続けたいと思うことの、何が悪いというのか。

誰からも必要とされないのだとしても、なお生き続けたいと思うことの、何が悪いというのか。

……ただただ疎まれるだけの存在なのだとしても、なお生き続けたいと思うことの、何が悪いというのか。

海斗と一緒に、生きていきたい。

わたしの、この気持ちを否定する権利など、誰にもない。

もちろん、皐月様にも。

「死にたくない……わたしは、海斗と一緒に生きたい!」

はっきりと、そう言った。

「――――はぁ」

わたしの言葉を聞いた皐月様が、ため息をつく。

その姿はまるで、子供の勝手なわがままに嘆息する母親のようで。

「だから、聞き分けのない子供は嫌いなんですよ」

「――――っ!?」

それは、思わずゾッとするほど冷たい聲だった。

皐月様の眼が鋭くなる。

その視線の先は、しっかりとわたしを捉えていた。

「…………っ」

が震える。

今までに経験したことのないほどの恐怖をじていた。

……殺されることへの、恐怖を。

皐月様は、わたしに明確な殺意を抱いている。

ここまで強烈な殺意を向けられたことなど、今までの人生で一度もなかった。

「そのままじっとしていてください。皐月」

皐月様が近づいてくる。

一歩、また一歩と。

「……あ……ああ…………」

皐月様の顔を見続けることができなくて、わたしは顔を伏せた。

頭では逃げなければならないとわかっているのに、足がかない。

皐月様に本気の殺意をぶつけられて、皐月様の理不盡への怒りよりも、皐月様への恐怖のほうが勝ってしまっていたから。

「……たすけて……っ」

「大丈夫ですよ。痛くしませんから」

顔を上げると、皐月様が目の前にいた。

「――あ」

「それじゃあ、お疲れ様でした。皐月」

それだけ言って、皐月様は自の右手をわたしの頭へとばし――

「――――ミューズよ!」

「っ!?」

そのヨーゼフのび聲と共に、わたしの目の前に突然、何かが出現した。

「…………?」

だが、それは先ほどの巖の壁とは全く違う。

黒いを纏った……だった。

よく見ると半明で、まるで幽霊のように存在がない。

その表はフードに隠れて見えず、しい金の髪が黒の隙間から僅かに顔を覗かせていた。

「ん?」

皐月様が自の右手を見て、不思議そうに首を傾げる。

皐月様の右手は、そのに阻まれ、わたしには屆いていない。

「…………」

その、漆黒のヴェールを纏った半明のは、わたしを庇うようにして皐月様の前に立ちはだかっていた。

「邪魔です」

そう言うや否や、皐月様の右手に黒い霧のようなものが収束し、

――すぐに霧散した。

「……おや? おかしいですね」

そのは、わたしにも、皐月様にも特に何をするでもなく、ただそこに立っている。

「干渉できない? 面倒な……」

皐月様は苛立たしげに眉を顰ひそめた。

「――ワタシのミューズは、貴様ごときが干渉できるような低俗な存在ではないのだよ。高峰皐月」

聲がしたほうを見ると、瓦礫の中から再びヨーゼフが這い出てきていた。

「――!」

よく見ると、ヨーゼフには左手がなかった。

瓦礫に巻き込まれてしまったのだろうか。

瓦礫を押し退けながら、ヨーゼフは皐月様を睨みつける。

わたしの中では、大いつも微笑んでいるイメージがあったので、皐月様への敵意をわにするヨーゼフの表は新鮮だった。

「皐月」

を纏った――ヨーゼフが言うところのミューズに手こずりながらも、皐月様はわたしに問いかける。

「人間だった頃の姿ならまだしも、海斗さんが今のあなたの姿を見て、あなたをれると本気で思っているんですか?」

「…………」

「そんな姿にり果てても、まだ生きたいと本気で思っているんですか?」

そんなの、決まっている。

「……それでもですよ」

だって。

「わたしは、海斗のことが大好きですから」

海斗の側に、いたい。

この気持ちは、誰にも変えられない。変えられるわけにはいかない。

……わたしの言葉を聞いた皐月様は首を橫に振って、

「私に――高峰に、仇なすというのですね。皐月」

心底失した、とでも言うかのような様子で、そう呟いた。

「サツキ」

ヨーゼフが、わたしの名を呼ぶ。

「……知らなかっただろうが、キミの本來のは火葬されてしまって、既にこの世にはない」

「…………っ」

……そんなことだろうとは思っていた。

薄々は、わかっていたことだ。

わたしのが、死んでしまっていることぐらい……想定だ。

「キミに帰る場所はない。高峰も、キミの両親も、高峰皐月の魂の一部を宿したキミの命を狙うだろう」

……それが、何だというのか。

「キミの想い人ですら、今のキミの姿には嫌悪を抱くことだろう」

それが何だというのか。

「多くの困難がキミの前に立ちはだかるだろう。……それでも、行くのかね?」

「行きます」

即答した。

帰る場所がないとしても、海斗がいれば、わたしは頑張れる。

海斗がわたしの姿に嫌悪を抱いたとしても、話をすれば、きっとわかってもらえる。

人間に……元のに戻れないとしても、海斗がいれば、わたしは耐えられる。

この先に、どんな未來が待っていようとも、海斗が隣にいれば、わたしは――。

……海斗を助けて、

そして、わたしが海斗と一緒に生きていくこと。

それが、今、わたしがここに存在する意味だと、を張って言えるから。

だから、

「わたしは、海斗を助けてみせます。絶対に」

「…………ふぅ」

ヨーゼフは僅かに息をらすと、自の懐から銀に輝く何かを取り出し、それをわたしに向かって投げた。

「……っと」

慌ててそれをキャッチする。

……鍵だ。

「地下一階に降りなさい。そこに一人、人間を監してある」

「…………?」

ヨーゼフが何故そんなことを言い出したのかわからなかった。

「どうして、そんなことを?」

「今、そこの高峰皐月がやっているように、キミも地下室にいる彼を被って・・・逃げなさい」

「…………!」

そういうことか。

確かに、この姿のまま外を出歩くなど正気の沙汰ではない。

人間に寄生して、人間の姿を形どることができるのは、大きな利點だと言える。

……しかし…………いや、仕方ない。

ここはヨーゼフの指示に従っておいたほうが賢明だ。

海斗を助けるためには必要なことだと思って割り切ろう。

「その鍵は、キミのいた部屋の前のドアのものだ。そこから外へ出られる。彼を被った後は、そのままそこから出するんだ。いいね?」

わたしはヨーゼフの言葉に頷いた。

……ヨーゼフにとっても、ここでわたしが逃げるというのは都合がいいのだろう。

それはし癪しゃくだったが、仕方ない。

「……だが、行くのならば急ぎたまえ。キミの魂は高峰皐月の魂を拒絶し始めている。魂の変質は不可逆のもの。高峰皐月の本が死なない限り、キミに待っているのは“死”だけなのだからねェ」

「――え?」

それじゃあ、わたしの命は、もう。

「……覚悟は、しておきなさい」

「…………」

「退路はワタシが作ろう。早く行きたまえ」

「……はい」

「行かせません」

皐月様の眼が、わたしをとらえた。

「早く行きなさい!」

ヨーゼフがわたしに向かってぶ。

「サツキが部屋を出るまでは、キミはサツキの盾になりなさい」

「――――」

ヨーゼフの言葉にミューズが頷き、わたしの背後についてきた。

それをし頼もしくじながら、わたしは地下室に続くドアへと向かう。

「――――」

皐月様が再び何かを呟いた。

「貴様の相手はワタシだ。高峰皐月」

ヨーゼフが言葉を続ける。

「サツキの決死の演奏を、貴様のような屑に邪魔させはしない」

「……はぁ」

ヨーゼフの言葉を無視し、皐月様が無表のまま、わたしを見據えた。

「絶対に逃がしませんよ。皐月」

「――――ッ!?」

皐月様の瞳は、狂気を孕んでいた。

わたしの全に寒気が走る。

……そして理解した。

二年間に及ぶ監生活のせいなのか、元々そうなのかは、わからないけれど。

ヨーゼフだけでなく、皐月様もまた、狂っているのだと。

皐月様の気配を背後にじながら、わたしは急いで來た道を引き返し、地下室に向かった。

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