香の話を聞き終え、はうつむき何かを考えるように目を瞑った。

「黒い炎って………さっきの三觜島君が使っていたようなものですか？」

イルディーナはティナに問いかける。

それにはが答えた。

「俺が使った黒い炎は、リーゴレッドが発したような魔法じゃないからな。別として考えるほうがいいだろう」

の回答にティナも頷いている。

しかし、黒い炎というのに引っかかるのもまた事実。

も先ほど言った通り、が使った『殺鬼』から発せられた黒い炎は、あくまで『殺鬼』の持つ能力の一つでしかない。

黒い炎は、炎魔法と闇魔法の複合が一般的なのだが、今回の場合、炎魔法に死デスまたは呪カースが取り込まれているのであろう。

つまり、リーゴレッドは何者かに死デスか呪カースをかけれられたのだろう。

「ですが、超大型魔アフリードクラスのような霊獣ならともかく、超弩級魔レジェンドクラスのような神獣が死デスや呪カースにかかることなんてあるのでしょうか？」

鈴音は終始不思議そうに首をかしげている。

「神獣はその都市の守護神です。死デスや呪カースに罹ることはまずありえませんし、もしそんなことが起きれば、この都市は確実に滅びます」

香もそう答えているが狀況が狀況なだけに斷定はできない。

「それで？　おれはいったい何を手伝えばいいんだ？」

は焦れたように問う。

「！　手伝ってくれるのかい？」

ティナが驚いたように目を見開く。

は照れくさそうにしながらも、その問いの肯定を示す。

「まあ、ここまで話を聞いてしまった以上、無視するわけにもいかないしな。それに時期的に行方不明者の件とも被っている。おそらく何らかの関係があるはずだ」

はそう言って眼を鋭く細める。

「別に俺が參戦しても構わないだろう？」

「うん！　願いするよ！　君みたいな強い子ならいくらでも大歓迎だよ！」

「ですが兄様。兄様は今全力がほとんど出せない狀態です。そんなで行かせるのは、治療者キュアーとして、そして妹として見過ごすわけにはいきません」

鈴音は斷固として行かせないと言い張る。

「お前、自分のコードネームを平然と使ってるけど大丈夫なのか？　メルガリアの関係者だってことを公言しているようなものだろ」

鈴音の言い分を無視し、は小聲で鈴音に尋ねる。

「私はメルガリア支援部隊としてこの學園に學させていただきました。ですので私がメルガリアの関係者だというのは學園の生徒全員が知っています。そんなことより兄様。私は絶対に兄様を危ないところに行かせませんよ」

…………話題をすり替えても鈴音には通用しないらしい。

「君、もしかして調悪いの！？」

「え？　いや別に大したことじゃない。ただ全力が出せないようにされているってだけで」

「じゃ、じゃあ三觜島君は私との戦いも衰弱狀態で私に勝ったというのですか………？」

「う、うんまあ、そういうことになる……かな？」

そう答えると、イルディーナはがっくりと肩を落とし、まるで呪詛のようにぶつぶつと何かを呟き始めた。

「なんでこう私より実力が上の人は揃いも揃って化け揃いなんですか………こんなの一生かかっても勝てる気がしないじゃないですか。そもそもの話としてですね…………」

なんだか、聲をかけると呪われそうだったので、は見なかったことにした。

「それで？　君はいったいどこが悪いの？」

「だから本當に大丈夫だって。力が出せないとは言っても、全力の５割くらいなら出せるから」

「うーん、それならいいんだけど………」

ティナはまだ納得していない様子だ。

そんなティナを無視して、は迷宮の攻略についてのプランをたてる。

「まずは距離だな。その問題の迷宮までここからだいたいどれくらいかかる？」

「待ってください兄様。私はまだ了承した覚えは………」

「そんなに心配なら俺と一緒にくればいいだろ？　俺もお前がいれば安心だしな」

のその言葉に頬を朱く染める鈴音。

「わ、わかりました。本當はあまり気が進みませんが、兄様がどーしても！　私についてきてほしいというのであれば、私も異存はありません！」

「俺別にどうしてもとか言ってないんだけど………」

ここで言い返したら負けだと思ったのだろう。は特に何も言い返さなかった。

「で？　どれくらいかかるんだ？」

再度尋ねる。

「ここからなら、最低でも４時間程度ですね」

の問いに香が答える。

「迷宮の深さは？」

「一層から確認しされているだけでも百三十層はあります。おそらくまだまだ続いているでしょう」

その言葉には絶句する。

従來の迷宮なら、小規模で十層、中規模で五十層、大規模で百層というのが一般的だ。さらに大規模迷宮などはかなり珍しいもので、現在発見されているだけでも十つしか存在しない。貴重なものだ。

本來超弩級魔レジェンドクラスが存在するはずの迷宮も大規模迷宮に屬するはずだが、今回ばかりはし異常だ。

「大規模迷宮を超える迷宮………超規模迷宮とでも呼ぶべきか」

「そんなことを言っている場合ではありませんよ」

そう言って香は線しかけた話を戻す。

「迷宮の深さもさることながら、その中に生息する魔のレベルも相當高いと思われます」

はその言葉に同意する。

普通の迷宮なら小型魔クリーチャークラスや中型魔モンスタークラス、たまに大型魔アビスクラスが出現するくらいだが、これほどの深さを誇る迷宮となると、最低クラスで大型魔アビスだろう。

それにしても、とは肩を落としながら呟く。

「まったく………何かに巻き込まれるとは予想していたが、まさかこれほどのものにでくわすなんてな」

「君ってほんとにトラブルに好かれてるよね～」

ティナが呆れたように言う。

「好きで巻き込まれているわけじゃないんだがな」

は肩をすくめると、表を引き締め、周りに問う

「冗談はさておき、早速その迷宮に向かいたいと思うんだが、それでもいいか？」

「ごめん君、私この後仕事があるんだ………」

「申し訳ありません。私もこの後予定が………」

「…………」

ティナと香の申し出にはがっくり肩を落とす。

というか、腕利きであるティナやおそらくだが隠のプロである香なしで迷宮に挑めと言っているのだろうか。

はイルディーナと鈴音を見やる。鈴音なら別についてきても文句はない。親であり、同じ組織で活してたが故に、鈴音の実力をそので知っている。

だがイルディーナは違う。実力も學園ではそれなりのものだろうが、これから向かうところはたとえＡランクでも下手をすれば死ぬような場所のだ。

そして最もを悩ませているのは、彼を信用してもいいのだろうか、ということだった。

「君。確かに君の言いたいこともわかる。でもここは私を信じてほしい。彼は絶対に君たちを裏切ったりしない」

そう斷言するティナの目を見つめ、數分。は観念したようにため息をついた。

「わかった。今回ばかりはティナの口車に乗ってやる。だが、もし不穏なきをすれば、その時はお前を斬る」

そう言いはイルディーナを見やる。

イルディーナはから発せられる気にしばかりたじろいだが、覚悟を決めたようにを見つめ返す。

「はい。私も三觜島君の足を引っ張らないよう努力させていただきます」

こうして、迷宮《草薙》に向かうことが決定したのだった。