《蛆神様》第13話《訴え》

あたしの名前は小島ハツナ。

授業のノートを借りた貸しは喫茶店で飲みをおごって返すのが流儀の高校一年生だ。

「なんなんだ! 蛆神様って!」

數學のノートを借してもらったナカタくんが、喫茶店の窓際席で突然吠えた。

「ナカタくん。ここお店だから靜かにしよ」

軽くあたしが注意した後、注文したオレンジュースを一口飲む。

ナカタが「ごめん」と、謝った。

素直でよろしい。二度とぶなよナカタ。

「でも、おかしいと思わないかい?」

「なにが?」

「みんな蛆神様って得の知れないマークを使って好き勝手やってる。ほら、あれ!」

ナカタが窓の外を指差すと、トモミと並んで魚頭のコイ人が歩いていた。

「大原。あれが人間だと思って付き合ってるのか? どう見たって化けだろ」

安心してくれ。

トモミはコイ人だと思っている。

「聞いた話だと、この駅前のシュークリーム屋も、蛆神様に頼って相當狂ってしまったみたいだって。小島、行ったことある?」

あるよ。と、正直いいたくない。

思い出して気持ち悪くなってきた。

ちなみにナカタいわく、あのシュークリーム屋はあれからかな繁盛して、たまに一時間待ちの行列ができているそうだ。

「サッカー部の三浦先輩は生首ボールでリフティングをしているらしいし、陸上部のニシ先輩も顔に何か整形したとか。どうなっているんだ? いつから僕らの町は妖怪パラダイスになったんだ?」

思わず吹き出しそうになった。

妖怪パラダイスって。

ネーミングだっさ。

あたしのリアクションを見たナカタが、むっとしかめっ面になって「なにが面白いんだよ」といった。

「ごめんね。まぁ、たしかにおかしいかもね」

「おかしいかもね? 小島、他人事じゃないぞ? 普通なら警察とか保健所とか、そういう然るべき機関がくべきなのに、まるでいている様子がない。いや、堂々とスルーしているんだ! かなりおかしいよここ!」

わかったから、落ち著いて。

うるさいよ、ナカタくん。

二度目だから強めにあたしは嗜める。ナカタが「ごめん」と謝って大人しくなった。

「近所ではおばあさんの腹わたを食べる子供がいたのに、誰も警察に通報しない。こんな猟奇的なことが起こってるのに平然としている。明らかに普通じゃない。そう思わないかい?」

まぁ、思うわ。

まともな神経の持ち主なら。

「電話してるのに対応も冷たい。頭がおかしくなりそうだよ」

「どこに?」

「警察だよ! 殺人事件が起きてるって! 番にも駆け込んだことあるよ!」

「で?」

の客の目がこちらに向けられる。

三度目はしない。もう面倒くさい。

「『被害者が起訴してないからけない』って。いやいやいやいや! そういう問題? おかしいだろ? 死が起訴できるわけないじゃん」

ごもっとも。あんたがいうことは正しい。それはわかる。

「さっきの化けも普通にいるし、人の生き死にが簡単すぎるし、倫理観がめちゃくちゃだよ。こんなところに長くいたら狂ってしまう」

ナカタが急にあたしの手を取った。

「小島! 僕と一緒に逃げよう! これ以上、蛆神様と関わってくると僕たちまでおかしくなるよ!」

「でも、ナカタくん。ご両親は?」

「父さんと母さんはきっとわかってくれる! 母さんはいつも言ってるんだ。六〇になってできた息子が幸せならそれでいいって」

ナカタのお母さんは今年七五歳になる。と聞いた。

子供ができないのナカタのお母さんは、飼っているペットを自分の子供のように可がっているそうだ。

「小島、僕とじゃ嫌なのかい?」

真っ黒い真珠のような眼球があたしを見つめた。

ふさふさの白いにとんがった耳と口。座敷犬らしく、ぷるぷるとが小刻みに震えている。

チワワだな。

首から下は男子高校生のチワワだ。

先週あたりからいつの間にかうちのクラスメイトにナカタと名乗って居座っている。

年齢は一歳半。人間でいうところの一五歳ぐらいらしい。

「嫌じゃないよ。でも、勝手に出て行くよりもお母さんたちに相談した方がいいよ?」

「大丈夫だよ! いいからやろう!」

きゃんきゃん吠えるようにナカタは「やろう!やろう!」を連呼する。

苦笑いしながら思った。

蛆神様にお願いしたのはナカタくんのお母さんか、それともナカタくん自か、それはわからない。

いずれにしろ。

二度と犬顔男子からノートは借りない。

あたしは心に決めた。

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