あたしの名前は小島ハツナ。

得意科目は英語で苦手科目は數學。典型的な文系タイプの高校一年生だ。

ただ、あたしも昔から數學が苦手とかじゃなかった。中三までは苦手意識なくて普通にこなせたし、割と勉強はオールラウンドでそつなくできた方だったと思う。

この高校に學してからだろう。

數學が苦手になったのは。

「おはようございます……」

蚊が鳴くような聲で挨拶をしてから、ウエキ先生は教室にってきた。

今年三〇歳のウエキ先生は、いつもの悪い顔をした數學の先生だ。

未婚で彼氏なし。バサバサの黒髪ロングに貓背。いつも決まった服裝しかしなくて、化粧をしたところも見たことがない。

もっぱら授業はいつも數式を黒板に書くだけ書いて、ボソボソと小さな聲で説明し始めることが多い。むちゃくちゃ聞き取りづらい上に、耳を澄ませて聞いたその容も「であるにして」「このように」「したがって」と、まるで大學の講義みたいな、あるいは教科書に書かれた容を読んでいるだけみたいな話し方をするから、さっぱり頭にってこない。

今時は試験勉強は塾で済ませているのが普通だったりするから、無理をして授業をける必要はなかったりする。話し方が面白い先生や怒らせたら恐いイメージの先生なら大人しく授業をけても、面白くもなければ言ってることもよくわからないの先生となれば、教室がどうなるか、想像は容易い。

「へい、ぱーす」

「へーい」

男子があたしの頭上で丸めた紙のキャッチボールをしている。

斜め前の男子は分厚いライトノベルを堂々と読んでいて、トモミはスマホをいじっていたりしていた。

「先生、注意しないね」

後ろの席に座るミクが、そっとあたしに耳打ちする。

ウエキ先生は黒板に數式を書くだけで、一切こちらにふり向こうとする気配がない。

今までウエキ先生が生徒を注意したという話は聞いたことがない。

多分、あの格だ。人と関わること自、苦手で疲れるから、できないし諦めていると思う。

ウエキ先生は學者や研究者に向いている気がする。なくとも人前で話す仕事、高校教師は向いていないとあたしはじて仕方がない。どうして先生なんかやっているのだろう。不思議だ。

「あの」

ふいにウエキ先生がこちらを振り向いた。

クラスメイトたちの何人かは気づいたが、靜かになる気配はなく、ウエキ先生

を無視して騒ぎ続けている。

「すみません。ちょっといいですか？」

やや大きい聲でウエキはいった。

それでも教室が靜かになる様子はない。

「私、決めたことあります。これ以上、みなさんが私の授業をける気がないなら、先生はこれから自殺します」

教室の騒がしさは消えないまま、ウエキ先生の聲は搔き消される。

ごとっ。

ウエキ先生は教壇の上に重い何かを置いた。

電ドリルだった。

「はい。じゃ自殺します」

おもむろに電ドリルを手に取った。

教室のクラスメイトたちはさすがに異変に気付いたようで、ウエキ先生に視線を向けた。

ごりょごりゅごりゅ。

頭骨が砕ける音が教室に響いた。

その瞬間。

クラスメイトの悲鳴が轟いた。

「な、なんだ！」

「死んだ！　死んだのか？」

教壇の上にウエキ先生は立ったまま突っ伏した。

真っ黒いが床に滴り落ちる。

前席で返りと脳漿をもろに浴びたクラスメイトは、ぶのを忘れて呆然となった。

「や、やべぇ！　やべぇ！」

クラスの男子たちが一斉に慌てふためき、蜘蛛の子が散るように教室から逃げ出した。

何が起こったのか、理解が追いつかないあたしや殘されたクラスメイトたちは、席からくことができずに固まっていた。

「はぁ、痛かった」

ウエキ先生は起き上がった。

何事もなかったかのように髪を額からかき上げ、周りを見渡した。

左右の目が充し、黒目がばらばらの方向を向いている。

「すみません。安心してください。先生は不死です」

とんとんとプールから出た耳抜きの要領で自分の頭の端をウエキ先生は叩く。

どろっとしたが、の端と耳から垂れ流れた。

「今生き返ったので、大丈夫です」

「だ、大丈夫なんですか？」

思わずあたしは質問してしまった。

ウエキ先生はあたしに顔をゆっくり向けると、「ええ」と答えた。

「【蛆神様】に《自殺できないにしてください》ってお願いしました。だから、あたしは何をやっても自殺はできないになっています」

電ドリルのトリガーをウエキ先生は二回ほど引き金を絞る。

ウィーンと回転音と共に、付著したと骨、片が軽く飛び散った。

「みなさん。ありがとうございます。効果はありますね。次からまたうるさくしたら自殺することにします」

しんと教室が靜まり返った。

この日から、あたしを含めたクラスメイトたちは數學が苦手科目となった。

終