《蛆神様》第22話《おじいちゃん》
あたしの名前は小島ハツナ。
お母さんの実家が隣町で近いということから、しょっちゅうおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行く高校一年生だ。
だけど、最近はおじいちゃんおばあちゃんの家に行くことはほとんどない。
おじいちゃんは、今年の五月から心臓のバイパス手で院している。
リハビリを兼ねた手だったので、おそらく夏頃には退院できるとお醫者さんは説明してくれたのをあたしは近くで聞いて安心していた。
「ハツナ」
月曜の夜。
夕飯と風呂を済ませたあたしは、自室のベッドの上でスマホをいじっていると、どういうわけかここにいないおじいちゃんの聲が聞こえた。
「おい、聞こえてるんだろ。こっち向け」
寢返りを打ってあたしは後ろを見た。
軽く絶した。
院しているはずのおじいちゃんがあたしの部屋の中に立っている。
「おじいちゃん? どうしてここに?」
「そのことなんだけどな。どうやら俺は死んだみたいなんだ」
は?
どういうこと?
言ってる意味がわからないんだけど。
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「まぁ俺自も信じられんのよ。なにせ急だしな。けど、これ死ぬなって直でわかった時に、咄嗟に【蛆神様】にお願いしてたのよ。《死んでしばらくの間は現世にいさせてくれ》ってな」
「ちょ、ちょっと待って! つまり、おじいちゃんは」
「そ、俺は今『幽霊』なの」
おじいちゃんは軽い口調で言った。
幽霊? マジ?
こわっ! つまりあたし完全に視えてるってことだよな。
「とりあえずお祓いとかやめてくれよ。俺は幽霊だけどとり憑いたりそんなことをするつもりはないからな」
「じゃ、どうして仏しないの?」
「それはあれだ。殘された家族が心配でなぁ」
おじいちゃんは神妙な顔つきでそういった。
あたしは薄い目でおじいちゃんを見つめる。
「ごめん、ウソ。本當は自分の葬式とかどういう風にするのか見たいから」
やっぱりね。
前々から冗談でおじいちゃんがいってたのをあたしは覚えている。どうもうちのおじいちゃんは、他所のおじいさんとかと比べて変わっているというかなんというか。付き合ってるこっちとしては毎回呆れて疲れることばかりだ。
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「自分の葬式って、そんな見たいもの?」
「だって死んだら自分がどんな戒名つけられるかわかんねーじゃん」
そりゃそうだけど。
「いいじゃん。じーじの最後の頼みだって思って付き合ってくれよ、ハツナ。あ、そうそう。多分、そろそろミツコから俺が危篤なことをお前に言いにくるぞ」
おじいちゃんがいった直後、部屋の扉がノックされて「ハツナ! すぐら下に來て!」とお母さんの聲が聞こえた。
一階のリビングに行くと、お父さんとお姉ちゃんお兄ちゃんが著替えを済ませてあたしを待っていた。
「おじいちゃんが危篤だって病院から連絡があったんだ。急いで行くからハツナも著替えなさい」
あたしは「わかった」と返事をして、ちらっと三人の顔を見た。
隣におじいちゃんが堂々と立っているのに、誰も驚いた様子がない。もしかしてあたしにしか視えていないのか?
「ハツナ以外には視えてもらいたくないのを蛆神様に込みでお願いしたんだよ」
「え、どうして?」
「だって怖いじゃん。普通に幽霊として俺出たら」
ああ、怖いよ。幽霊と會話とか、リアルにホラーだもん。
「お前がの中でも度座ってるからな。それでお前限定にしたわけ」
ああ、そうですか。
そりゃどうも。
「それにしても、こんなじなんだな。みんな結構俺が危篤なのに冷靜っつーか」
部屋で急いで著替えたあたしは、お父さんに促されて家のワゴン車に乗り込んだ。
ルームミラーには三列シートの奧にあたし一人が座っているのが寫っている。
「そんな焦らなくても俺死んでるからいいよ。ゆっくり來な」
「そういう問題じゃないの」
「ハツナ。なんかいった?」
お兄ちゃんがこっちに振り返った。
あ、やば。
つい普通に喋ってしまった。
「なんでもない。ごめん」
隣に座るおじいちゃんがニヤニヤしてあたしを見ている。
むかつく。なんなんだこの狀況。
「おじいちゃん……どうして」
病院に著くと、地下の霊安室でおばあちゃんとお母さんのお姉さん家族が集まっていた。
「延命措置はしたんだけど、ダメだったみたい。お母さんがもういいっていってね」
おばさんがお母さんにいった。
お母さんは頷き、「遅れてごめんね」と謝った。
お母さんの目が赤く腫れていた。
「ううん。いいの。たまたま私たち今日病院に行こうっていったから」
おじいちゃんのごは、花が添えられた祭壇のような場所の上に置かれていた。
口を開けた黃がかった。
なんだか全的に乾いている印象があって、つい昨日まで生きていた人間だったと思えなかった。
おばあちゃんはそんなおじいちゃんのごを黙って見つめている。
「お母さん。ずっとああなの。だから葬式の段取りは私たちでやらないと」
「そうだね」
お醫者さんから死亡診斷書が出されるまでの間、あたしたちは霊安室に備えられた族の待機部屋で待つことになった。
部屋の中で、お母さん夫婦とおばさん夫婦がこれからの流れについて打ち合わせをしている。
おばさん夫婦の長。ナツミちゃんが、長男のヒロくんに電話をするために待機部屋から出ていってた。ヒロくんは今、東北地方に出張に出ているらしく、急いで戻っても明日の朝になってしまうことらしい。
「ほー、俺こんな風になるのか」
幽霊のおじいちゃんは、自分のごをしげしげと観察している。
近くでおばあちゃんが悲しんでいる傍で、呑気に「へぇ」とつぶやいている。れるものならぶっ飛ばしいわこのじじい。
「こいつ、俺と喧嘩するたびにさっさとあの世に行けじじーなんていってたくせに、俺が死んだらこんなテンション低いのはどういことだ? これギャグ?」
空気読めやじじい。
ギャグなわけねーだろ。
「しかし、リツコはさすが長だけあってしっかりしてんなぁ。ほら、ミツコ。お前のお母さんとかちゃんと話ししてるみたいだけど、ありゃ上の空だぞ」
おじいちゃんが、襖の空いた待機部屋を指差した。
待機部屋でおばさんが事細かに説明している。お母さんは頭を縦にふって「うんわかった」と返事する。おじいちゃんのいった通りだ。お母さんがああいう反応は、後になって忘れているパターンのリアクションそのものだ。
「でも小島くんがきちんと段取り聞いてるみたいだから大丈夫だ。お前のお父さんは無口だけど、頼れる男だからな」
うんうんとおじいちゃんは安心したように頷いている。おじいちゃんの橫顔は、どこか嬉しそうに笑っていた。
「そういや、アキヒロ(ハツナの兄)がいないみたいだけど?」
おじいちゃんは霊安室を見渡す。
そういえば、さっきトイレに行くっていったきり戻ってきていない。どこ行ったんだろう。
とりあえずトイレに行って探しに行こう。
あたしとおじいちゃんは霊安室の外に出て、トイレのある廊下の奧を目指した。
階段前で育座りをしているお兄ちゃんがいた。
「お兄ちゃん?」
「……なんだよ」
お兄ちゃんが顔を上げてあたしを見た。
目が真っ赤かに腫れ、鼻水を垂らしている。
びっくりした。お兄ちゃんが泣いているところなんて初めて見たかも。
おじいちゃんは指をさして笑していた。
「はははは! 泣いてやがる! ウケる!」
じじいてめぇ……。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「こんなことなら、もっと會いに行けばよかった。なんでやらなかったのかな俺」
お兄ちゃんが首を項垂れて落ち込んだ。
腰に手を當てて、おじいちゃんは鼻から息を出した。
「よくいうぜ! なーにがもっと會いに行けばよかっただ。わかってるんだぞ? 大學でカノジョできた途端に俺の相手しなくなったくせに。後悔するの遅いんだよ」
舌を出しておじいちゃんが「バーカ」といった。
「アキくん。ハッちゃん」
お姉ちゃんと従姉妹のナツミちゃんがあたしたちに聲をかけた。
「ちょっと外の風當たらない?」
あたしたちは病院の外に出た。
夜の一〇時。外はすっかり暗くなっていて、あたしたちは病院の近くにあるコンビニに歩いていった。
「今年結婚するっておじいちゃんに報告したばっかなのにね」
コンビニでジュースを買ったナツミちゃんが、ぼそっとつぶやいた。
ナツミちゃんは今年で二五歳。飲み會で出會った航空自衛の彼氏と婚約していて、今年の冬頃に結婚式を挙げる予定だと教えてくれた。
「おじいちゃんにも來てもらいたかったなぁ」
じんわりとナツミちゃんの目が潤んできた。
それを見ている幽霊のおじいちゃんは腕を組んで「うーん」と唸った。
「俺ああいう固いところ行きたくねーんだよなぁ。行くぐらいなら死んだ方がマシだ」
じじい。
それ笑えねぇよ。
「ひ孫にも會わせたかったなぁ」
お姉ちゃんとお兄ちゃんが「そうだな」「うん」とそれぞれ相槌を打つ。
おじいちゃんだけ「えー」と面倒くさがる。
「孫五人もいるのにまた増えるのかよー。しかもひ孫? いーよ、孫抱けただけでもう十分だって」
「ごめん。みんな、ちょっと電話きたから出るね」
あたしはスマホをそっと手に取り、耳に當ててみんなから距離を取った。
「電話なんて鳴ってないぞ?」
「いいの。電話しているフリしないとひとりごとみたいになっちゃうから」
「あ、俺と話すためか」
そうだよ。それ以外にあるか。
「みんな気落ちしてるんだからさ、あんま茶々れないでよ」
「おいおい、ガッカリなのは俺だぜ? まだ七〇ったばっかなのにぽっくりいっちまって殘念でしょうがねーよ。やりたいこといっぱいあったのに、ちくしょー」
ふてくされるおじいちゃんを見て、あたしは返す言葉がなかった。
本人からそれを言われると、あたしも強くいえない。
「ごめん。そうだよね」
「まー、死んじまったものはしょーがねーしなー。どーしよーもねーよ。でも、とりあえずじーじからお前ら孫にいえることは、メソメソ泣いてんじゃねー、もっと強くなれや。だな」
ちらっとおじいちゃんはお兄ちゃんを見て、「とくにアキヒロ。男のくせにびーびー泣くんじゃねー」といった。
それから、病院に戻るとおばさんたちからお通夜とお葬式の段取りについて説明された。
あたしの橫でおじいちゃんはずっと「えー、そうするのかよ」「おいおい、それはねーだろ」とずっと文句をいうもんだから、あたしは無視するか、たまに小聲で「うるさい」と注意をした。
「あー、やっと終わりか」
焼卻場からおじいちゃんの実家に帰るシャトルバスの中で、おじいちゃんはやれやれとぼやいて肩をすくませた。
「みんな疲れ切ってるなぁ」
おじいちゃんがいうように、みんなげっそりと疲労困ぱいに染まっている。
お通夜からお葬式にかけてのおよそ三日間。遠方からの親戚たちの出迎えや通夜振る舞いなど、あたしたち族は休む間もなく働き続けた。
おじいちゃんはその一部始終をずっと見ていて、まるで他人事のように「大変そうだなぁ」と呑気につぶやいていたのをあたしは覚えている。
「おじいちゃん。仏しないの?」
「ん? どうだろう。四十九日まではいた方がいいのかなって思うんだよな」
おじいちゃんが顎をしゃくっておばあちゃんを指した。
おばあちゃんは葬式の間、魂が抜けたみたいに呆然としているばかりだった。お母さんたちやあたしたち孫が話しかけても「うん」「そうね」としかいわず、幽霊のおじいちゃんより元気のない姿を見て、すごく心配になった。
「俺の後を追うだとかいいそうだからな。勝手に死なないように見張っとかなくちゃ、おちおちあの世にも行けねぇよ」
「やっぱり、この世に未練ある?」
「おー、あるある。超あるよ。人したハツナも見たかったし、ばあさんと海外旅行もしたかったしな。小島くんとも釣りの約束してたし、やりたいことたくさんあったわ」
シャトルバスの窓から見える景に顔を向け、おじいちゃんは「でも」と続ける。
「おもしれー人生だったわ。生まれ変わってももう一度やってみてーって思う」
「……そっか」
あたしはを軽く噛んだ。
気がつけば、目が熱くなっている。
「じゃーな、ハツナ。くれぐれも【蛆神様】に俺を生き返らせるとかお願いするなよ? ゾンビになって蘇るのだけは勘弁だからな」
シャトルバスの降り口で、おじいちゃんはあたしに笑顔でいった。
「わかってるよ。そんなことしない」
「よし! それじゃ四十九日にな」
「うん」
シャトルバスのドアが閉まった。
おじいちゃんを乗せたシャトルバスは、道路を走っていった。
それから、おじいちゃんの姿は見えなくなった。
だけど、あたしは思う。
おじいちゃんはきっと近くにいる。
そうじて仕方がなかった。
終
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