《蛆神様》第65話《鯉ダンス》-十一-

あたしの名前は小島ハツナ。

を張って電車を止めたおかげで、顔半分と右半がぶっ飛んだ高校一年生だ。

「トモミ」

右足が徐々に形になってきた。

あたしの側から湧き出る蛆は、まず骨からあたしのを作っていく。

それから臓

皮。

その順番で作っていく。

半分が完全に再生されるまでかかるのは、おそらく五分はかかるかも。

「ハツナ。あんた……」

トモミは生唾を飲み込んだ。

視線が一瞬左にいた。

あたしは走り寄り、すかさずトモミの首を摑んだ。

「く、苦しい……やめて、ハツナ!」

あたしは無言でトモミの首を絞めた。

おあいこだ。

あんたもあたしの顔にドライバー刺したり腕折ったんだ。

これぐらいされても文句はないだろ。

「おいめ事はやめろ! 靜かにできんのかお前らは!」

を知らない乗車客のおじいさんが、みんなを代表してあたしたちに注意してきた。

おじいさんは悪くない。

むしろ正論だ。

けど。

ごめん。

今、あたし、腹の蟲が悪いの。

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「うるさい。こっちに干渉するな」

あたしはおじいさんを睨みつけた。

顔半分は骨と筋が剝き出し。

おまけに、その半分の顔には蛆がうじゃうじゃ集っている。

最初こそ前のめりで勢いのあったおじいさんだったが、あたしの今の姿を見てから次第に勢いがしぼみ、すごすごと後ろに下がった。

「トモミ。今すぐ。マチコさんを襲っている『コイ人』を止めて」

「聞いて……ハツナ……あたしはあんたのために…ぐ!」

あたしはトモミの首を更に絞めた。

そのセリフは聞き飽きた。

いいから、しのごの言わずに解除するんだ。

コイ人の暴走を。

「ハツナ……まさか、あたしを殺すの?」

トモミがあたしを見つめた。

殺す。

その言葉を聞いた瞬間、あたしは「え?」となった。

トモミを殺す?

あたしが?

いや、殺したくない。

人殺しなんてしたくない。

ましてや。

親友のトモミを殺すなんてもっとできない。

「うぐぅああああ!」

突然、び聲が聞こえた。

この聲。

さっきあたしたちに注意してきたおじいさんの聲だ。

あたしはおじいさんが下がった席あたりに視線をかした。

え?

一瞬、目を疑った。

おじいさんの顔が、細長くせり出てきている。

が真っ白になり、鱗ができていて、口の両端に白い髭が左右一本ずつ生えてきた。

これって。

まさか。

コイ人?

「いぎっ!」

あたしが一瞬目を離した隙に、トモミがあたしの治りかけの右眼を潰した。

痛みのあまり、あたしは摑んでいたトモミの首を離す。

トモミはあたしの手から逃れ、全力で車両奧に逃げた。

「待て! トモミ」

潰れた眼球が床に落ちる。

くそ。

あいつ。

せっかく治りかけた眼をまた潰して。

あたしより全然容赦ないじゃない。

いくら友達だからって、やっていいこと悪いことあるはずだ。

制服のポケットにれていたスマホに著信がった。

よかった。

ディスプレイのガラスにヒビがっているだけで、まだ使えるみたいだ。

「もしもし?」

「ハツナ! あんた無事なの!」

お母さんの聲だった。

聲を聞けて、あたしはホッとした。

「お母さん! お母さんこそ大丈夫?」

「なんとかね。どうしてか、さっきまでいた魚のバケモノが急にいなくなって……そしたら刑部さんがあんたに電話しろって」

「ぎぇええええ!」

あたしの背後で、おじいさんのに乗り移ったコイ人が雄びを上げた。

「うん。大丈夫。全然問題ないよ。お母さん。刑部さんに伝えてほしいの。あたしたちは駅にいるよ」

「ハツナ! 今後ろから変な聲が」

あたしはスマホを切った。

振り返ると、コイ人があたしの背後に立っていた。

「相変わらず生臭いね。トモミの彼氏って」

踵を返し、あたしはトモミが逃げた車両奧に走った。

コイ人が追跡してくる。

「すみません! どいてください!」

人を押しのけて、あたしは車両を進んだ。

コイ人は人を怪力で払いのけて、あたしを追いかける。

後ろから「うわぁ!」「ひぃ!」といった悲鳴が聞こえるが、あたしはすべて無視してまっすぐ走った。

まっすぐ。

まっすぐだ。

トモミのいる最前列車両に向かって。

「く、くそ!」

最前列車両にトモミがいた。

夕方の五時帯。

帰宅途中のサラリーマンや學生がごった返すホームは、いつも以上に人が溢れかえっている。

それもそうだ。

あたしが電車に轢かれて、『電車遅延』させたんだ。

今、駅員たちがあたしの片を拾っている最中だ。

早く見積もっても一時間。

駅ホームの混雑は解消されないだろう。

「もう逃げられないよ。トモミ」

あたしはトモミに詰め寄る。

さっき。

殺すというキーワードを聞いて、あたしは揺した。

けど。

右眼をトモミに潰されて、気持ちが吹っ切れた。

トモミは殺さない。

絶対に。

その代わり。

ボコボコにする。

全治何ヶ月の大怪我。

それで許してやる。

「ふ、ふふふふ」

トモミの口元が歪んだ。

頭上に影が落ちる。

「ぎぇえ!」

あたしが振り返った瞬間。

コイ人の大きな手が、あたしの首っこを摑んだ。

「もう逃げられない? ハツナ。逃げられないのはあんただよ?」

つま先が地面から離れた。

めきめきと首の骨が軋む音がする。

「あたしの『コイ人』は不死だ。どんなことをしても殺すことはできない!」

コイ人が両手であたしの首を絞めあげる。

あたしはじっとトモミを見つめた。

「一旦、態勢を整えてから刑部マチコは始末させてもらう。ハツナ。悪いけどあんたには気を失ってもらうよ」

「トモミ。あんた、何か勘違いしてない?」

はっきりとした口調であたしはいった。

トモミが目を剝き、「え」とつぶやいた。

が潰されるほど首が締め上げられているはず。喋ることなんてできるはずかない。

きっと、トモミはそう思っている。

「ぐ、ぐぐぐ」

コイ人の手が徐々に緩くなってくる。

濁った魚の目から、白いが噴き出る。

うねうねとく白い生き

蛆。

コイ人の口や目、鱗の隙間から、うじうじゃと蛆が噴き出てきた。

「え? え? え?」

狀況が理解できないトモミが、コイ人の異変を見てパニックになっていた。

コイ人。

それはトモミが【蛆神様】に《お願い》して作ってもらった存在だ。

それはつまり。

【蛆神様】の『パワー』で発現されたということになる。

あたしが【蛆神様】にお願いしたこと。

それは。

「【蛆神様】はあたしの『味方』だ」

だから、【蛆神様】によって作られた『コイ人』が、あたしを攻撃することはできない。そういうことになる。

「トモミ。あんたが無敵の『コイ人』をあたしの前に呼んだ時點で、負けが決まったんだ」

コイ人は雄びを上げて、膝を落とした。

の至る所から、蛆が噴き出る。

パクパクと口をかし、やがて地面にが橫たわった。

立ち上がってくる様子はない。

コイ人の白濁した黒目。

まさに。

死んだ魚の目とはこのことだな。

そう思った。

《鯉ダンス》 -終-

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