《蛆神様》第71話《隠神様》-06-

あたしの名前は小島ハツナ。

転校先の學校備品を立て続けに二つ以上壊したせいで、放課後の職員室に呼び出しを食らってしまった高校一年生だ。

「問題ある生徒だって聞いたが、ここまでとはな」

ぎぃぎぃと軋みの激しい丸椅子に腰掛ける擔任のイイダが、じろりとあたしを見上げる。

雑に書類の山が積んである自席。

よれよれのワイシャツ。

髭。

年はだいたい四〇代前半ぐらいだろうか。顔はそこそこのイケメンだ。

もうだしなみをしっかりやれば、の子にモテるだろうなって印象をける。

「で? なんで機にあんな落書きをした」

「先生。あたしが本気で自分であんな落書きしたと思ってます?」

「思うわけないだろ。あんなわかりやすいの久しぶりに見たぞ」

はぁー、ったくよぉ。

と、イイダはぼやきながら深いため息をついた。

「面倒くさいんだよ。うちの學校は。都會の學校以上にな」

「隠神村の『家』同士の力関係ですか?」

あたしが聞くと、イイダは橫目であたしを見て、こりこりと眉間を指でかいた。

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「お前、何かやったの?」

「いえ。とくには。ただ、ちょっと指摘してあげただけです」

「なにを?」

「椎名さんのことを」

ふーん。と、イイダはつぶやく。

「案外イタいんだな。お前って」

ムカッてきた。

先生がいうセリフかそれ。

「ま、やっちまったもんはしょうがねぇし、若菜は結構しつこい格だっていうのを他の生徒からも聞いてる。しばらくお前にとってはしんどい時期になるかもな」

「先生はどっちの味方ですか?」

「味方? なんの話だ。俺は教師だぞ。問題起こした生徒に事聴取するのが俺の仕事だ。で、問題起こしてるのは?」

イイダが掌を上に返し、指先をあたしに向けた。

眉を上げ、「ん?」という。

こいつ。

マジむかつく。

言い返すことができないから、なおさらむかつく。

「備品の破損について、お前の家族と世話になっている刑部の家に俺から連絡する。俺からは以上だ」

突き放すようにイイダはいうと、機にを戻した。

「それだけですか?」

あたしはイイダにつっかかった。

「なにが?」

「あたしだけ事聴取しておいて、若菜さんは何もないんですか?」

「証拠もねぇのに事聴取なんてできるわけねぇだろ。若菜がお前の機に落書きした証拠があるのか?」

「……ないです」

「だろ?」

「でも、納得いきません」

「それが世の中だ」

何が世の中だ。

「じゃあれか? 若菜を呼び出してあいつが犯人だと自供するまで追い込んでほしいのか?」

「そういうわけでは……」

「じゃ、どうしてほしいんだ?」

あたしは言葉に詰まった。

イイダはそんなあたしの様子を見て、ふんっと鼻を鳴らした。

「せいぜい刑部のばあさんにボコボコにされないようにな」

イイダはそれからあたしに振り向くことはなかった。

あたしは職員室を出た。

納得はしていない。

まったく納得できるわけがない。

あたしばかり責められて、チヒロにお咎めがないなんて、不公平すぎる。

ふざけんな。

そう思っている。

だが。

イイダのいうように、チヒロがやった証拠は何もない。先生もそれをわかっていて、あたしにいったのだ。

それに。

問題を浮き彫りにしたところで、事態はややこしくなるだけなのも頭では理解できている。

なにせ刑部のばあさんがいうように、若菜家は隠神村の有力家のひとつだ。

その有力家の娘が恥をかいたと知れば、どういう問題に発展するか。

きっとあたしが想像する以上に、面倒なことになっていた。

のかもしれない。

ま。

早い話、あたしがユヅキのことほっといてチヒロの前でヘコヘコおべっかしていれば問題は起きなかった。

ただ、それだけの話だ。

というか。

実際にトイレの鏡を素手で叩き割ったのはあたしだし、怒られて當然のことはやっているのだから、仕方ないといえば仕方ない。

「あ、こんな時間か」

時計を見ると、四時半を超えていた。

急いでバスに乗らないと。

隠神村に帰ることができなくなる。

あたしは學校を出ようと、小走りで下駄箱のある正面玄関に向かった。

「ええか。絶対にやからな」

下駄箱が並んだ正面玄関に到著すると、チヒロと取り巻きたちが何か話し合っているところに鉢合わせになった。

あたしは咄嗟にに隠れた。

どうしてあたしが隠れたのかというと。

話し合っているチヒロと取り巻きたちの中に。

椎名ユヅキがいたからだ。

「ええな。ユヅキ。あのバケモノを殺すためには《隠神様》のチカラが必要や。できるよな?」

「う、うん」

やや困気味にユヅキは返事をしている様子が見える。

隠神様のチカラ?

なんの話だ。

ぽんっ。

あたしの肩に誰かの手が置かれた。

続く

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