輝の一等星》蒼き決意

二つの夢を見た。

それぞれは対照的な夢であった。

先に見たのは、大切な人を守るために、傷つけないために、その人のもとを離れてゆく、そんな、切ない夢。

次に見たのは、終わることのない夏祭りの夜で、聖と葵、翔馬と共に、遊びつくすという、楽しい夢だった。

「……んっ…………」

しかし、そんな楽しい夢から覚めた飛鷲涼の気分は最悪であった。

目を開けるが、左目は見えない。中が痛く、吐き気が収まらない。そんな不快しかない寢起きであった。

右目を開けると、見慣れない天井が目にる。ゆっくりとを起こすと、涼は清潔なベッドに寢かされていた。

涼のにはいたるところに包帯が巻かれており、一どこを怪我したのかさえわからないありさまである。

「ここは……どこ?」

涼がそう呟いたとき、ポスンッ、と近くで、何かが落ちる音がした。

ビクッ、として音のした方を見ると、そこにはが立っていた。

信じられないと言った様子で、呆然と立ち盡くす、銀に近い金の髪を持った華奢な。その眼には涙さえ浮かべていた。

――琴織聖は、ふらふらと、まるで立ったばかりの赤ん坊のような、おぼつかない足取りで歩み寄ってくる。

そして、涼の前まで來ると、首に手を回して抱きしめてきた。

「よかった……本當に……良かったです…………」

々な箇所が痛んだが、泣きながら喜ぶ聖の姿を見ていたら、文句の言葉の一つも思いつくことができなかった。

聖はしやつれているような気がする。心なしか抱きしめる力もあまり強くないようなじもけた。

 ひどく、頭が痛い.

自分がどうしてここにいるのか、涼はすぐには思い出せなかった。

だが、自の周りに起こった出來事について段々と思い出すにつれ、悲しいというと安堵、そして、酷い後悔が襲ってきた。

そして、いつの間にか、涼は、無意識に強引に聖を引きはがしていた。

し傷ついた様子の聖を見て、良心が痛んだ涼は、彼から目をそらして、

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「何があったのか、全部説明して頂戴」

そう、記憶の最後に見たのは、涼が倒れたあの場いたのは、間違いなく、今、涼の眼の前にいる彼である。

おそらく、彼はプレフュード。

それも、アドルフが殺そうとしていたことを考えれば、おそらく、彼は、普通のプレフュードではないのだろう。

そこまでは、痛んだ頭でも、予想することができた。

「……わかり、ました」

そう言った聖はし、悲しそうであった。

ベッド脇の椅子に座った聖は、まず初めに、と、とんでもないことを言い出した。

「私は、プレフュードの王族です。なので、私がいる限りは貴の命は保証しますので、安心してください」

「…………っ!」

王族、つまり、琴織聖というは、人間の敵であるプレフュードのお姫様ということ。

前置きから、衝撃的過ぎる。

學校でのことをいろいろと思い出し、道理で々と無茶が聞いていたと納得できる。

の言葉をそのまま解釈すれば、つまり、葵を殺した源が目の前にいるということ、復讐のためにも、悲劇を本から破壊するためにも、涼は今すぐにでも彼を殺さなければならないのかもしれない。

だが、手よりも先に、口が開いていた。

「じゃあどうして、あんたたちにとって『食料』に過ぎない『家畜』である人間と一緒に生活しているのかしら」

王族だというのが本當ならば、直系のでないにしても、こんな、家畜小屋にいる人間ではないはずなのだ。

涼の質問に対して、聖は指を二本たてた。

「理由は二つあります。簡単に説明しますと、一つは王族だからこそ、です。分上、地上には私の顔を知っている敵がなからずいます。なので、私が大人になるまでの間、プレフュードの多い地上ではなく、ここで生活しているのです」

しかし、彼の一つ目の説明に、涼はイマイチ納得できなかった。

というのも、地下なら地下で、人間――テロリストたちから狙われるからだ。現にアドルフは聖の分を知った上で殺しにかかってきていた。

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「そして、もう一つというのが、私の、『ベガ』の族による権力の衰退によるものです。そもそもプレフュードには元をたどれば、三種類王の統があります。その一つ『アルタイル』のは完全に途絶えており、最後の、もう一つの王が、今現在全プレフュードを、つまり、地上を支配している狀況なのです」

人間の王家の中で、ながら爭うことは歴史上を見ても、なくない。のつながりがないというのならば、尚更だろう。

「……文字通り『日の當たらないところ』に追いやられたわけね」

しかし、「そうですね」と言った聖はあまり、気にしていない様子であった。薄ら笑顔さえ浮かべている。

「現在の王、『デネブ』は百年前の――『神日戦爭』で勝利した後、すべての日本人を十二の地下世界へと収納させ、各バーンを十二人の騎士によって統括させたのです」

「ちょっと待って、『日本人』だけ?」

コクリと頷いた聖は『そうです』と言い、淡々と、地下以上に酷い地上の現狀について説明をし始めた。

「地上では、私たちが舊日本を制圧した後に、世界大戦、それも核戦爭がありました。私たちプレフュードは放能や核弾への十分な対策を持って、地球に來たため、問題がなかったのですが、日本國を除く多くの國々が、都市が、大打撃をけました。この國を除く世界の人口は今なお、數億程度にとどまっています」

教科書に書いてあることの全部が全部、間違いではなかったということだ。

あれ、と、涼にはある疑問が生まれてくる。

その疑問の出所は、聖の『地球』に『來た』という言葉だ。

「じゃあ、そもそもプレフュードって……」

「貴方からすれば、『宇宙人』……というくくりになるのかもしれませんね。まあ、私はこの地球で生まれて、この第9バーンで育ちましたから、あまり実はないのですが」

既にいろいろと、オカルトじみた話が続いているので、すんなりとれることができたのだが、そもそも、今までの話、および、地上行きのエレベーター――『ミルファーカルオス』で起きたことがあら含めて、全部誰かの妄想ですと言われても驚かない自信はある。

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「この第9バーンを統括していた騎士は『スピカ』……早乙真珠と名乗っていた男ですが、今は全包帯を巻かれて違う病院で特別に不味い病院食でも食べていることでしょう」

「そう、死んでいなかったのね……」

安堵した気持ちと、し殘念な気持ちがり混じっていたが、客観的に見ればよかったことなのだろう。

葵は、天國で、どう思っているのだろうか。

死んでいった葵を思い出すと、すぐに慘劇の記憶がよみがえってくる。時間的には三日も過ぎているらしいが、涼にとっては一瞬前の出來事のようにじた。

「貴方は……人間のを食べたことがあるのかしら?」

つい、そんな質問をしてしまった。

はプレフュード、それも王族なのだから、答えは分かりきっているというのに。

しかし、意外な返答が返ってきた。

「いいえ、私は人間に囲まれて生きてきたせいか、食べる気が起きません。ただ、熊谷さん――私の執事が將來のためにというから、時々、生を飲むときがあります」

「私も、その被害者ってわけね」

ええ、と言いながら聖は恥ずかしそうに俯いた。

そんな聖の姿を不覚にも可いと思ってしまい、再び顔を逸らしてから、

「衰退しているといっても、貴は一応お姫様なんだから、人を殺し食べるのくらいやめさせたりできないのかしら?」

「それは……無理です」

「どうしてよ!」

すぐに帰ってきた返答に涼は聲を荒げる。

「地上のプレフュードにとっては人間のは主食と言っていいでしょう。貴方は彼らに飢えろと言っているのですか?」

「食べものなら他にもたくさんあるじゃない、どうして人なのよ?」

「人間は秩序だけ保っておけば、何もせずとも増えます。人件費はほとんどありませんし、大して手のかからない、人間は経済としてあまりに優れすぎているのです」

「……っ! あんたも、同じ、ってことね」

の言った言葉は、早乙真珠がホールで言っていた容と酷似していた。つまり、この悪魔のような制度に関して何ら否定的なものを持っていない、むしろ肯定的だということだった。

「人選にはできるだけ家族のいない者を選んでいますし、家族からの苦もほとんどありません。貴方は無知ゆえに、ここで広々と暮らすことができる。今の地上では、そうはいきませんから。いわゆるギブアンドテイクというやつでしょう」

淡々と話している聖に対して、沸々と怒りがこみあげてくる。彼の言葉は、考えは、あまりにも『プレフュード』に偏っているように思えたからだ。

「人間とプレフュード、共存はできないというのね」

「それこそ愚問です。百年前、プレフュードは『神日戦爭』で人間に完勝したのです。上下関係は決まっているでしょう」

敗者にはあらゆる権利が與えられない、彼はそう言いたいのだろう。

だとしても、納得いくはずがなかった。

なくとも、こうやって同じ言葉が話せるのだから、彼だって人間と共に長してきたのだから、手を取り合って進める未來があってもよいのではないかと思う。

聖は、一瞬、し悲しそうな表を浮かべたが、すぐにキツイ表に戻り、突き放すかのような言い方で、

「つまり、涼、貴のやったことは、プレフュード全への『反逆行為』でしかありません。もう、私たちには関わらないでください」

「…………っ!」

目の前が真っ暗になった。

友達に『もう関わるな』と言われたことと、それ以上に今まで必死になってやってきた行すらも否定されていたこと。

同時に、葵、アドルフ、様々な人々の『死』の上に、自分は生きているということさえも否定されたような気がしたからだ。

何も言えずに、俯く涼に対して、

「長峰……葵さんのはこちらで預かっております。葬儀は明後日、『鹿鳴館』にて午前九時から行われますので、どうか出席してください」

そう、まるで機械のように冷たく言い放ってから、「それでは」と言って、聖は、病室から出ていった。

殘された涼は、ただただ、俯くことしかできなかったのであった。

翌日、かろうじてけるようになった涼は、醫師に無理を言って退院した。とはいっても、全の包帯は取れていないし、毎日包帯の取り換えをするために病院へいかなければならないらしいのだが、それでも、薄暗い病室よりは自室の方が居心地良いのだから仕方がない。

時間的には四日ぶりなのだが、久しぶりという気がしない寮へと帰ってくる。

退寮したはずなのだが、聖が裏でご丁寧にも再び手続きをしてくれていたため、そのままの足で出る時と同じ部屋へと帰ってくることができた。

見慣れているはずのり口の前で、涼は立ち止まって、本當に自分たちがいた部屋がここで合っているのか不安になった。

カギを開けてドアノブに手をかけると、また、得のしれない不安に襲われる。

その正は、扉を開けた途端に分かった。

「ただ……いま…………」

シンッ、とした室で、一人ポツリという。

しかし、返事は帰ってこなかった。

靜まり返った室で、涼は自分の弱さを知った。

ここへ帰ってくれば、また、當たり前のように、可らしくも鬱陶しい後輩の姿があるのだと、無意識のうちに考えていた。

本當はそんな事、絶対にないと、頭ではわかっていた。だから、それが不安という心の中で形になっていたのだ。

急激にってくる喪失に耐え切れず、涼は膝をつく。

部屋は怖いくらいに全然変わっていなかった。涼と葵の私を除けば、全てそのままである。

だが、そこに彼は居ない。

枯らす涙もない涼は、まるでゾンビのような足取りで、まっすぐ寢室へと向かい、そのままベッドにダイブする。

また、葵のことを思い出した。

あの慘劇の前夜、彼はここで寢ていた。そして、様々なことを話した。

『地上って、星が良く見えますかね? 一緒に見たいですね!』

曇りのない瞳で、まるでそれが自の夢のように語っていた彼は、真実を知ってしまった今では、道化の言葉となっていた。

が橫にいたあの夜は、二人で寢るには暑すぎたような気がする。

それから四日ほどしか経っていないにもかかわらず、今は、ひどく寒い。

ここ五日間でのことが、全てが夢であることを願いながら、涼はひっそりと眠りにったのであった。

涼が目を覚ましたのは、夜が更けた頃であった。

起きても、酷い気分は続いており、できればもうし夢と現の間を行き來していたい気分ではあったが、こんな時でもお腹は空く。

何も食べたくない気分であるが、彼の脳にお腹は完全に反発しており、早く飯を食わせろと唸っていた。

「うううっ……」

唸った涼は、全が気だるいながらも、ベッドから出て、冷蔵庫へと向かう。

汗をかいており、汗が包帯について気持ちが悪かった。

リビングを通りたどり著くが、冷蔵庫の中は空。ここに戻ってくるなんて考えていなかったのだから、當然のことともいえた。

ここに帰ってくるまでに何か買ってくればよかったと後悔しつつ、財布を持って外に出る。

もしも、ここに葵がいれば『先輩もの子なんだから、こんな夜中に外に出ないでください!』などと怒っただろうか。それとも、私も一緒についていきますなんて、笑顔でお供をしてくれただろうか。

時間は深夜の一時、當然スーパーなどやっていない時間帯である。

寮からもっとも近いコンビニまでは、徒歩で十分程度だ。

深夜、晝間と比べて人気がなく、涼しい道を歩いていく。多くの建の電気は消えているが、點いているところもある。

家を通り過ぎるたびに、この家の人は、この世界の真実を知っているのだろうかと、などと考えてしまう。

三日、いやもう四日前になるが、涼の周りで、なくとも、百人以上は死んだのだ。三桁に上る死者というのは、普通ならば、大ニュースになるほどのもの。

だが、誰一人として気づいていない、知らぬがゆえに無関心だった。

無知とは罪、とは良く言ったもので、自分たちが『正義の味方』などと騒ぎ立てている『ジャスティス』の連中に、家畜として飼われ、食われていることを知らず、笑って過ごしている人たちが、涼からは愚かに思えた。

罪に満ち満ちているこの世界は、とてもではないが、住むに堪えない場所のようにじた。

コンビニにつくと、涼はまっすぐに弁當のコーナーへと行く。この時間帯であるため、かなり弁當の數はなく、それでも選ぼうと手をばしかけた。

しかし、っている弁當を見たとき、なんとなく、胃がキュウとしまった覚を覚え、結局昆布と、梅のおにぎりを一つずつと、紙パックの野菜ジュースだけを買った。店員が、涼の左目や、全に包帯が巻かれている姿に驚ていた。

コンビニの前で食べるのは流石に行儀が悪いと思うが、家に帰るまで空腹と戦うのが面倒にじた涼は、近くの公園のベンチの上で買ってきたおにぎりを頬張り、紙パックにストローをさして、ジュースを飲んだ。

とは不思議なもので、が口からっただけなのに、溫が上がる覚がある。

糖値が上がり、の怠さもわずかに解消され、心の調子もしだけ、よくなった。

おにぎりを一気に口の中に詰め込んだ涼は月を見上げる。

これは本の月ではない、だが、それでも、その明かりは心を癒してくれていた。

そんな月の輝きを見ていると、ふと、未だ右手に嵌ったままの指を思い出し、月にすかして見る。

キラリ、と青の寶石がった。

しかし、そのは、四日前、早乙真珠を倒したときのものではなかった。

「こいつ、一なんなのよ……」

そう呟いた涼は、しだけ、四日前の、彼にとってはつい先ほどの記憶を思い出す。

早乙真珠に剣を突き付けられたとき、指が輝き出して、右腕に力が宿った瞬間、涼には何が起こっているのかわからなかった。いや、その右腕で既に三人ほど傷つけているが、未だにその正はわかっていない。

そもそもこの指は一度涼から葵に上げたもので、その前に涼は手にはめたりして見たりしたが、力は得られなかった。

涼は、たまらなく悔しかった、この指の力がもっと早く表れていれば、誰一人彼の周りから人が死ななかったかもしれないと考えると。

では、この指の正は、おそらく、聖の持っていたものと同じだ。

は名前を呼び、『結界グラス』の力を使っていた。

ならば、涼の指にも、何か名前があるのかもしれないと思ったのだが……。

「私、神話とか詳しくないし、第一なんであんな廚二的なネーミングセンスなのよ……」

確か聖の指の、『結界』の名前は『天の羽』……そんなもの、どうやって彼は考えたのだろうか。

廚二的に使えそうな資料を一生懸命に読み漁っている聖を思い浮かべて、一人笑っていると、

「同じ指の『結界グラス』の力は、幹部分こそ変わりませんが、その形狀、威力、などは使用者によって決定いたします。故に、名前はご自でお決めになった方がよろしいかと」

「……っ! あっ、あんたは……」

獨り言に対して、たいへん丁寧な回答を突然くれたので、涼は驚いてベンチからひっくり返りそうになった。

聲をかけてきたのは、いつぞやの、聖の執事である。確か、彼曰く『理事長』だということだが、改めて白いと、年不相応の型、その雰囲気を見るにこの老人もまたプレフュードであることがうかがえた。

「熊谷でございます」

「そっ、そう……熊谷さんはこんな時間に何をしているのかしら?」

涼が外に出たときには深夜の一時ごろだった。今はもっと遅くなっているはずだから、そんな時間に執事服の老人が公園にいるということはかなり不自然に映る。

「飛鷲様を探しておりました」

「えーと、堅苦しいのは嫌だからもうし砕けてほしいのだけれど」

「貴様にこれ以上の無禮は私どものプライドが許しません故、ご勘弁を」

彼の涼に対する態度は最初に會った時とは明らかに違っていた。初めの時など、要件の詳細も言わずについてこい、であったのに対し、今はまるで、主人である琴織聖へ向ける態度と同一のもののように思えた。

聖と友達というだけでここまで変わるのか、あるいは何か他の意図があるのか。

非常にやりにくい、などと思っていると、ご老人が話し出す。

「お嬢様は、あまりにも優しすぎる故、きっと飛鷲様は勘違いをなさっているだろうと思い、迷ながら參上した次第にございます」

「聖に何を言われたのか知らないけど、帰って頂戴。二度と姿を見せるなといったのは聖の方だったはずよ」

「お嬢様――琴織聖様と飛鷲涼は、違えてはいけません。これは私の獨斷であり、この首をかけてのお諫めであり、同時にこの老いぼれのおせっかいでもあります。なにとぞ、お耳を貸してください」

一々畏まってくる態度に、調子がくるってしまう。毒気が抜かれるというかなんというか……。

本當は、聖のことなんて、名前すら聞きたくないくらいであったのに、ほんのしだけ話を聞いても良いような気になってしまう。

わかったわ、とため息を吐きながらに言うと、深々とお辭儀をしたは話し出す。

「まず初めに、お嬢様は人間を『家畜』として扱うことに酷く否定的でいらっしゃることを、頭に置いておいていただきたいのです」

「それは噓よ、彼、お姫様なのよね、貴方の言っていることが本當ならとっくにこんな制度消えてなくなっているはずよ」

「我々には、どうすることもできないからです」

聖の言葉とはしだけニュアンスが違っていた。聖の言い方は今の狀況について『肯定的』に映ったのに対し、彼の言葉は現狀に『否定的』であるようにじた。

熊谷はゆっくりと続ける。

「確かにお嬢様の発言力ならば、制度の、この第9バーンだけという制限があるにしろ、改正できないこともないのです」

「……尚更、言っている意味が分からないわ」

彼の言葉の前後は矛盾している。聖が制度に否定的であり、その力があるならば、涼が四日前にあんな経験をすることはなかったはずなのだ。

「問題は、我々の発言的な力ではありません。『リベレイターズ』と名乗るテロリスト集団のほうでございます」

「彼らは、ここを解放するために活しているのでしょう? 制度の廃止なんて、彼らは喜ぶことなのではないの?」

アドルフ・リヒターはここを解放するために、プレフュードの姫である聖を殺そうとしたのだ。

真実を知っている人間の視點から見れば、彼らの行はこのバーンのただ『テロリスト』という評価ではなく、人間の自由復権のために活している集団、むしろ、支持すべき対象となってしかるべきだ。

彼らがバーンを解放することはあっても、『家畜』制度の廃止を拒絶するとは考え難い。

「ならば、制度が廃止された後のことを考えてみてくださいませ。今までプレフュードに向けられていた彼らの暴力は一どこに向けられるでしょうか」

「まさか、ここが彼らに躙されるとでも?」

「彼らの中に人類解放の大を持った者がいないとはいませんが、彼らの多くが、社會からはみ出した『犯罪者』からり立っていることを考えてみれば、想像に難くはありません」

確かに、『リベレイターズ』は、警察に追われた犯罪者たちの救済の場となっているのは事実。

革命によって、この第9バーンが不法地域になれば本末転倒である。

「加えて、この第9バーンでは、既に彼らの力は我々の手に負えるものではなくなっております。彼らが攻め寄せて來れば、ここはいとも簡単に落ちてしまうでしょう」

ならば何で攻撃してこないのか、答えは簡単だ。それでは、第9バーンは孤立し、四方八方のプレフュードを敵に回す恐れがあるからだ。

だからこそ、『リベレイターズ』は各バーンにあり、何か大きな行を起こすときは、他バーンの連中と連攜をとってのものにならざるを負えない。

「でも、貴方たちプレフュードは、悔しいけど、私たち人間よりも多くの點において優れているわ。『簡単に落ちる』は言い過ぎじゃないかしら?」

「殘念ながら、この第9バーンのテロリストの中にはある男がいますゆえ、お恥ずかしながら、彼一人でも我々の手の負えるところではありません」

四日前、処刑の行われたホールで、涼の二倍はある格の男が目の前で、『ジャスティス』の一人に簡単に負けてしまったことを思い出し、自然と、こう、口に出た。

「……そんな人間がいるのかしら?」

プレフュードを圧倒するような人間離れした存在が、いるとはとても思えなかったが。

「武虎一朗、『神日戦爭』で我々プレフュードと互角以上に戦った唯一の鋭部隊である『鬼神隊きしんたい』の元一員であります。彼の一番の特徴としては、最高クラスの『神じんぎ』の一つ、『神龍の鼓』をに宿しており、プレフュードを圧倒するパワーと、生き全てをわす幻想を見せる力を併せ持っております」

男の名前に引っ掛かりを覚えたが、それよりも先に出てくる疑問があった。

「その戦爭って、百年以上も前じゃなかったかしら。その生き殘りが生きているなんて、あり得ないわ」

彼は敵のことについて良く知り過ぎた、故に、次の言葉をためらっているようであった。現に熊谷の言った次の言葉は涼を驚愕させた。

「彼は、神龍の力により、『不老不死』なのでございます」

「…………馬鹿げているわ」

ここ數日で様々な『突拍子のないこと』を験してきた涼ですら、死なない人間というのは信じられなかった。いや、だからこそ、だろう。

人は簡単には死なないもの、そう信じて生きてきた涼だが、彼の周りでは人が死に過ぎた。

人はいとも簡単に死んでしまう、故に、子を作りDNAを継がせていくのだ。不老不死など、人間の踏みって良い領域ではない。

「だからこそ、私共も困り果てているのです」

熊谷が噓を言っているようには見えなかった。

プレフュードならばまだ理解ができる。それは彼らをまだ涼は知らないからだ。

一方で、百年以上も前の『人間』が生きている、そんなことがありえるのだろうか、という疑問を涼は払拭できなかった。

「でも、私には関係ないわね」

「……確かに、そうかもしれませんな」

そう、仮にも不死でプレフュードよりも強く、おまけにわす幻想を見せる力を持っているなどというチートじみた人間がいたとしても、涼にとっては関係がないのだ。

戦うこと以前に、そんな化けと出會うことすらないだろうから。

話がずれてしまいましたので元に戻しましょう、と言った熊谷は、

「聖お嬢様は大変、飛鷲様をお慕いなさっております。元來、人付き合いが苦手な方であるお嬢様は――人間相手であることもあり――今まで、近い年頃のご友人があまりおりませんでした。このままではお嬢様が不憫でなりません。飛鷲涼様、貴様にならばお嬢様に相応しいご友人になられると、私共もそう考えております故、ご関係の修復をお願いいたします」

「……二つだけ、質問させてもらっていいかしら?」

なんなりと、と頭を下げる熊谷。

じゃあ一つ目ね、と言った涼は立ち上がり、ずっと気になっている事柄を聞く。

「隨分と私を過大評価してくれているみたいだけれど、それは私が聖にとっての『初めての友達』であるからという理由だけかしら?」

「もちろんでござ――」

「噓ね」

即答しようとする熊谷の言葉を一蹴する。

やはり、彼の涼に対する対応、評価は明らかに、初対面の時と違っていた。

確かに、初対面と二度目とで、対応が変わるのが人間であれ、プレフュードであれ生きであるなら同じことだが、そのほとんどが初対面よりも砕けるはずなのだ。

彼はその逆、初対面よりも、二度目に會った今日の方が遙かに丁寧で、かしずいている。そう言う人もいることはいるのだろうが、ない部類にるだろう。涼にはそれがとても不自然に思えたのだ。

涼の言葉に最初、何か考えるように、しばらく黙った熊谷は、ため息をつき、月を見上げながら話し始めた。

「指、およびその『結界グラス』の力は、プレフュード特有のものであります。さらに我々プレフュードの中でも、指の力の使用は元々の所有者である人との直系ののつながりを持っていることが必須條件なのでございます」

「……っ!」

彼の言っていることはつまり、指を使えるのはプレフュードの、しかも、その指の持ち主の族でなければならないということ。

「元々の所有者というのは昔に、指と契約したプレフュード。十二騎士、または三王のことを指すのでございます」

「……ということは、つまり……」

ゴクリ、とつばを飲み込む。嫌な予がした、ご老人に次の言葉が怖かった。耳をふさぎたくなるほどに。

その予は、見事に的中してしまった。

「はい、貴様は、プレフュードの、それもおそらくは三王の一人『アルタイル』王の直系的な子孫なのでございます」

眩暈がした、起き上ってからの數時間、ずっと恨んでいたプレフュード。涼自に同じが流れているかと思うと、複雑な気持ちになる。

「ちょっと待ちなさい、どうして王様のが……」

人間の、地球のことならば、まだ、あり得ることだ。そう、衰退した王家の筋が流れているならば、あり得ないことではない。

だが、元々プレフュードは地球の生ではないと聖は言った。

地球外の王の筋が、ここにあること自がおかしなことなのだ。

「それにはし、年よりの私が生まれるし前の、本當の昔話をしなければなりませんが」

「……構わないわ」

涼が答えると、「それでは」と言った熊谷は、ゴホンッ、と咳払いをとある、どこかで聞いたことのあるような話を始めた。

昔、プレフュードの住む星、『セブュース』は三つの國に分かれており、各國を、覇王『デネブ』、大聖王『ベガ』、戦神王『アルタイル』の三人の王様がそれぞれを統治していました。

三國の間には彼らの先祖の時代からの戦いがあり、それまでは完全な安寧などありませんでした。

かくいう彼らも、初めは國をあげて大きな戦を何度もしていたのですが、戦のあとの、見渡す限りの兵のという狀況に心を痛めていた王『ベガ』が大規模な戦以外の方法で國ごとの爭いは決めるべきだと、提案したのです。

これに対して、當時最高の軍力を保持していた『デネブ』はその提案を拒絶しましたが、一方で『アルタイル』はその提案を承諾し、その方法を、王同士による一騎討ちにしました。

しかし、『ベガ』の國と『アルタイル』の國の間には、大きな川があり、國境で行われるはずである一騎討ちは、一年に一度、川の流が落ち著くときしかできなかったのです。

王の提案から一年後、初めて行われた前代未聞の王による一騎討ちは、両國の間にて、各國の大勢のプレフュードが見守るなかで、始まりました。

大聖王『ベガ』は攻撃こそ男である『アルタイル』に敵いませんでしたが、戦神王『アルタイル』はどんな攻撃をもってしても『ベガ』の守りを突き崩すには至りませんでした。

王同士の戦いは熾烈を極め、結局は勝負つかずとなり、翌年に持ち越されることとなりました。

それから五年間、毎年二人の王は戦い、引き分けを繰り返すこととなります。

その頃になると、毎年一度だけ行われる二人の一騎討ちも、一年に一度行われる両國共同の大きな祭りとなっており、國民も楽しみにするようになっていました。

そんな度重なる衝突の間、『ベガ』と『アルタイル』はお互い惹かれあっていることに気づいていました。

お互い戦う前は話すこともなく、一年に一度しかあえないというのに、です。

何度も衝突し、お互いの力を認め合っていたことで、二人以外には見えない大きな『絆』が生まれていたことだけは確かだったのでしょう。

更に五年が経過し、結局十度目の一騎討ちも引き分けになりました。

今年もまた、両者ともに無事で何より、と國民が安堵していた瞬間です。

しかし、その戦いの終了直後、戦いは実質の終わりを迎えることとなりました。

まだ、興なりやまぬ闘技場にて、決闘を終えた戦神王『アルタイル』が、大聖王『ベガ』へ婚姻を申し込み、『ベガ』がそれを理したからです。

誰にも予期できなかった不意打ちプロポーズは、両國民に衝撃と、同時に安心を與えました。

二人の王による結婚により、二國間は一つとなり、繁栄していくことのだと誰もが思っていました。だが、ここで一人、二人の婚姻をまぬものがいたのです。

第三の王、『デネブ』です。

三國間のバランスが総崩れとなり、自國が危うくなると考えた彼は、結婚が立する前に、『アルタイル』を始末しようと、表向きでは祝盃をあげるために數人の鋭と共に、國境り、國をあげての大規模な結婚が行われる前日に、數人の刺客を送り込みました。

戦神王と呼ばれた『アルタイル』であっても、多數からの不意の攻撃、それも三國のうち最も軍事力の高い『デネブ』の國の鋭とあっては抵抗もできずに破れ去り、なおもしつこく追ってくる敵から逃れるために、大きな傷を負ったまま、小さな船に乗り、星から逃れたのです。

結局、翌日、結婚式に『アルタイル』の姿はありませんでした。

何度もぶつかり、ようやく募った思いが葉うと喜んでいた『ベガ』は、失し、悲しみくれ、攻めてきた『デネブ』の軍に対しても無條件降伏をしてしまいました。

その以來、全プレフュードは覇王『デネブ』により統治されることとなり、その五十年後に『デネブ』は全國民を地球へと移住させたというわけです。

「……で、私にどうしろというのよ?」

それが、話を聞いた涼の想であった。

確かに、飛鷲涼と琴織聖の先祖は婚約までした間柄、それが不運によって破棄されてしまった。だから、彼らのせめて子孫である涼と聖には一緒にいてもらいたい。

こんな勝手な主張をれるほど、涼はお人好しではないし、第一、涼は自分の先祖が『アルタイル』などと認めたわけではない。

おそらく、こんな話は口実に過ぎないのだ。

「我々プレフュードの多くは、この後、『アルタイル』様はお亡くなりになったと考えておりました。その途絶えたが殘っていたことは、我々にとって朗報のほかありません。まさか人間と共に暮らし、人間との間に子を儲け、その伝子を紡いでいたとは思いもしていませんでしたが」

「つまり、貴重な『アルタイル』のは早く我々で保護して、けがれた人間のをまた時間をかけてゆっくりと薄めていこうってことね」

「そういうわけではございません、ただ、私共は敬する二人の幸せの行方をこの目で見てみたいだけなのでございます」

彼の言ったことは、明らかに違うといえるだろう。

そもそも、プレフュードにとって三王とは一どういうものなのか。

確かに『デネブ』こそ、今彼らを統治する王であるが、この老人が生きていない時代のような大昔の王が、まだ支持されているとは到底考えられない。

つまり、彼らが危懼しているのは『ベガ』だの『アルタイル』だのの、王のそのものではなく、それに付隨する、おそらくはこの指の『結界グラス』の力なのだ。

だから、この老人は、したたかにも、聖と共に、涼を監視するつもりなのだ。

「偽善者ぶるのも大概にしなさい、プレフュードの本は、既に私、しっているのだから」

涼が睨みつけると、老人は、困した顔を浮かべていた。

「我々にとって――――いえ、度々の無禮、お許しください」

何かを言いかけた熊谷は、再びかしずく形を取り、恭しく頭を下げた。

「最後にですが一つだけ、申させていただきますと、人間と同じように我々プレフュードにも、利を超える『』というものが、ございます。それをどうか、頭の片隅に置いておいてくださいませ」

そう言った熊谷はもう一度深々とお辭儀をすると、去っていった。

彼が去った後、靜かになった公園で、涼は老人の言葉をしばらく考えた後に呟く。

「まったく、なんなのよ、もう……」

寂しい夜道を歩いて、家へと帰ってきた涼はまたそのままベッドにダイブしかけた――のだが、外に出て汗をかいてそのままというわけは子として、あまりにもと思って、我慢。

風呂にろうかとも思ったが、全包帯を巻かれているこの狀況ではそれも難しいと思い、タオルでだけ拭いた。

もう一度、自分以外誰もいない部屋を見ていると、あるものが涼の片目に留まった。

一度私整理をしてしまったため、涼の私も、葵の私もの一切ないのが、彼が一つだけ、二人の私が、屆けられていた。

それは、通學カバンである。

琴織聖が後で屆けてくれたのか、部屋の隅には、ちょこんと、二つのカバンが並んでいた。

のカバンを取ると、隨分と重い。

を見ると、聖にもらった、いや、押し付けられたと言った方が正しいか、『神じんぎ』が載っている図鑑と聖が言っていたことを思い出し、特に理由もないがそっと開いた。

これはプレフュードたちの間の言葉なのだろうか、中々に詳しく描かれている絵はわかるものの、文字は全く読めなかった。だが、ペラペラとめくっていると、プレフュードに人間が対抗する『力』がなくないことを知った。

もしも葵が、この中の一つでも持っており、仕えていたら未來は変わっていただろうか。

ページをめくる手が止まる、そこには気味の悪い人間の目が大きく載っていたが、涼が目を止めたのはその下の龍の骨である。

別に絵が気になったわけではない。文字が読めたわけではない。

ただ、このページだけ何度も引かれた痕跡があり、さらに龍の骨が描かれている周りには多くのメモ書きがあった。きっとこの『神』について、よほど詳しく調べたかったのだろう。

だからこそ、これが先ほど熊谷が言っていた、この第9バーンにいるプレフュードたちでも倒せない男の『神』なのだとわかった。

そこでふと、不思議に思う。熊谷は戦わないと言っていた。だというのに、どうしてこんなに頑張って調べていたのだろうか。

もしかしてプレフュードは近々『リベレイターズ』と戦うなんて考えているのでは。

「まさか……ね」

この辺りが火の海になることを一瞬、想像して、すぐに頭を橫に振る。

そんなことがあれば、この第9バーンにいる何も知らない人々が多く死ぬ。人間、プレフュードどちらにしても利のある話ではない。

本を閉じると、部屋の中にあるもう一つの――長峰葵の通學用カバンが気になってくる。

他人のもの、しかもカバンの中など、絶対に見てはいけない。そんなことは分かっている。本來ならば、そのまま焼いてしまうのが、良いのだろう。

だが、涼は葵のカバンに手をばした。

興味がなかったとはいない。ただ、それ以上に、どこか遠くへ行ってしまった後輩をしでも近くに引き寄せたかったというのが本心だ。

ゴクリ、とつばを飲み込んでカバンのチャックを開けていき、中を見る。

別段特別なものはっていなかった、小奇麗にまとめてある教科書とノート、小れに、筆箱、あとは日記帳くらいである。

涼は、一瞬、ためらったが、深呼吸をして、カバンの中に手をれ、日記を取り出して、その中を見た。

「…………っ」

そこには、小奇麗な字で、一日も欠かさずに、些細な日常を綴っている葵がいた。

の主観で書かれている文章であるが、そこに出てくるのは彼のことよりも、涼のことの方が多いような気がした。

その中の一文『今日、先輩は何もないところでこけていた。やはり、ああ見えて抜けている部分があるようだ。私が守ってあげなくては』というのを読んで、思わず彼が、涼に行っていた言葉を思い出す。

『先輩は、葵が絶対に守ります』

「……馬鹿、守られるのは貴のはずでしょ…………」

閉じた日記を、抱きしめた涼は、ふけっていく夜の中、靜かに泣いたのであった。

人は人権をはじめ、様々な権利を持っている。

この世界に生まれた瞬間から、多様な権利が生まれ、生きていくうちに新たに得たり、失ったりしているのだ。

そう、権利は失うこともある。

朝起きると、七時である。聞いていた葬式の開始時間は九時。ここから聖の指定した場所へは二時間近くかかるが、今から出ればギリギリ間に合う時間だ。

今日は、聖に言われた『葬儀』の日であった。

しかし、長峰葵の葬式に、涼は言ってはいけないと考えていた。

が死んだのは、彼を守れなかった自にこそ責任があると思ったからである。彼の親戚がいたら、どの顔して會えばよいのだろうか。

熱いコーヒーで目を覚ました涼は、いつも通り、制服に著替えて、家を出た。

そもそも彼は學生、『葬式』に出ないのであれば、行く場所は學校以外にありえなかった。

ずいぶん久しぶりのことのように思える登校だが、やはり、何かが足りないような気がすると同時に、本當に『葬儀』に行かなくてよかったのかという、罪悪にも似たようなが彼を襲った。

俯きながら、ゆらゆらと歩いていると、ガシッ、と肩を捕まれる。

驚いて立ち止まると、目の前は赤信號で、車が右往左往していた。

「おい! 死ぬ気か――って、お前、飛鷲……か?」

後ろからひどく懐かしい聲が聞こえた気がして、振り返ると、そこには馴染の姿があった。

翔馬が半信半疑で見てくるのは別れを告げたからというわけではなく、涼の左目や、のいたるところが包帯で巻かれていたからだろう。

彼を見た瞬間に、涼の眼から涙が、ほろり、ほろりと零れた。

「なっ、何なんだいきなり。第一俺は常日頃から言っているように――」

「ちょっと、を貸しなさい……あと、でたり抱きしめたりしたら毆るから」

「…………どうしたんだ?」

年――夏目翔馬のに飛び込んだ涼は、いろんな思いがあふれだして、泣いた。

ここに帰って來られた安堵や、大切な後輩であり友達を失ってしまった悲しい気持ち、友達を信じられない不安。

自分にはどうしたらよいのかわからなかった。

「全部……壊れちゃったのよ…………そう、全部……」

涼は、ない期間で大切なものを持ちすぎた。それらを失ってしまい、心が安定しなくなるくらいには。

もうとっくに枯れていたものだと思っていた涙も、まだ流れている。

涼に泣きつかれた翔馬の方は彼とは打って変わって冷靜で、はー、と深いため気をついて、から、涼の頭をでる。

「全部ではないな、現に俺はここにいる」

「……馬鹿」

いつも変なことを言うくせに、こういうときだけ、良い格好してくれる。

そうだ、飛鷲涼が、何か苦しんでいたときに、そのたびに助けてくれる、絶対に壊れない馬鹿は、ここにいた。

「なら、ちょっと、場所を変えようではない、かぁ!」

翔馬の言葉の最後のところで、涼は、容赦なく、彼にアッパーをくらわせた。

その顔には、いつもの顔が戻っていた。

「言ったでしょう、でたりしたら毆るって」

その後、涼は、道端に倒れた翔馬を引きずって近くのファミレスにった。

下から毆ったので、翔馬の眼鏡には一切の傷がないものの、ずっと涙目で顎をさすっていた。

「で、何を頼むんだ?」

毆られたことに何一つ文句を言わず、メニューを眺めている翔馬に対して、『あんたは男よ』と、心の中で敬禮をしながら、

「私はドリンクバーとスパゲティハンバーググラタンにするわ」

「……太るぞ」

ボソリ、と翔馬の聲が聞こえたが、無視。朝何も食べていないし、昨日もろくなものを食べていないのだからお腹が空いているのだ。三日間ろくにいていないとか、そんなことは忘卻しておこう。

無視して注文を終え、とりあえず、飲みだけがテーブルに揃ったところで、涼は、翔馬に、一通りの説明をした。

話しながら、我ながらあまりにも現実味のない話をしているなとは思いつつも、噓を織りぜて、疑われるのも嫌だったため、何一つ虛偽は言わなかった。

噓のような真実を、ありのままを話した。

琴織聖と出會い、アドルフに毒で殺されかけ、地上へ行こうとすれば大切な後輩が殺された。

アドルフの処刑や、プレフュードについてまで、気づけばすべてを話していた。

悩み事を他人に聞いてもらうと、こんなにも気が楽になるものなのかと思った。

「にわかには信じがたい話だが……」

翔馬は、涼の話を終始難しい顔で聞いていたが、クイッ、と眼鏡を直し、

「お前が、そんな顔して話すのだから、信じないわけにもいかないな」

「翔馬……」

テロリストである『リベレイターズ』の元へ行くわけにもいかないし、と言って聖は敵か味方かわからない。つまり、誰にも相談ができなかった狀況で、理解者が一人で來たことを、涼は本當にうれしくじた。

その時、翔馬が、とても、引っかかることを言った。

「葵のはどうしたんだ?」

「えっ……」

涼は、彼に対して、葵が死んだ、そのことしか伝えていなかった。だから、その質問はごくごく自然なものであるはずだった。

の葬儀、そこに參列する人にはどう言って彼の死因を説明するのだろうか、當然、全く噓の話をでっち上げるに決まっている。

ならば、おかしい。

何が変なのかというと、彼の死因が『プレフュード』に関係しないものとされるならば、目の前のこの男も葬儀に呼ばれていなければおかしいのだ。

「あんた、何でここにいるのよ!」

ガタンッ、と席を立った涼は翔馬のぐらをつかんで言う。

聖は、祭りで、翔馬と會っている。つまり、彼は葵と涼、翔馬の間には何か関係があるということを知っている。

つまり、彼が用意した葵の葬儀には翔馬が呼ばれているはずなのだ。

「どういう意味だよ、何で急に……」

「あんたは、今日――ううん、今の時間があの子の葬儀の時間だって知らなかったの?」

「なっ……馬鹿かお前は! なら何でお前こそここにいるのだ!」

「…………っ!」

翔馬の聲で、涼の顔がみるみるうちに青ざめていく。

つかみかかった手を離した涼は座り俯く。

彼が呼ばれていないということは、聖が必要ないとじたからなのだろう。

それは、第三者に説明するような噓を、つく必要がなかったということ。つまり、真実を知らない人間で、葵のことを思っている人がいなかった、彼の死に関心を持つ人間がいなかったということ。

 し考えればわかったはずだろう、彼は家族を亡くしており、親戚に引き取られもしなかったのだから。

「私……なんてことを……」

涼は頭を抱えた。後悔という言葉が頭をぐるぐると回る。

今日の葬儀というのは、おそらく、涼が葵のと最後にもう一度向き合うために聖がわざわざ用意したものなのだ。

涼という、故人にとって友であった、たった一人の見送り人だけのために作られた葬儀。

家族を亡くした葵は、ずっと一人だった。

そんな彼を死んだ後も一人にしてしまった……。

時計を見れば、もう十時。今から走っても、ここからでは二時間以上かかるため、間に合うとは思えなかった。

でも、このままで、良いわけではなかった。

泣き言を言っている場合じゃない。

今、他にやるべきことがあるはずだ。

そう、最後に、もう一度だけ、葵に、言わなければならない。

ありがとう、と。

再び立ち上がった涼は、お會計の札を翔馬に押し付けながら、

「翔馬、一つだけ頼みごとを聞いてもらえるかしら」

「會計のことか?」

「それは當たり前、もう一つ頼み事があるのよ」

數分の間で、浮き沈みの激しい涼を見ていた翔馬は、戸う――ということなく、流石は馴染といったところか、やれやれ、と言った様子であった。

「で、一何だ」

「えっとね、それは――――」

人間は、いや、プレフュードもきっと、間違ったり、後悔したりすることがあるだろう。

むしろ、長い人生においては、自が正しいことをしていると誇れることの方がないのかもしれない。

だが、生きは、その生がある限り、學ぶことができる。

修正することなど、いくらでもできる。

そう信じているからこそ、飛鷲涼は、自の間違えを認めて、走っていた。

電車、バス、様々な通機関を使い、最後はやはり走ることとなった。

が向かっていたのは葵の葬儀が行われていた『鹿鳴館』という場所である。

れた息を整えながら、その前に立つと、すでに何もかもが終わっている様子であった。

遅かった、などと後悔しそうになったとき、ちょうど館から出てきた一人の背の高いお坊さんが目の前を通りかかる。

「あのっ、すみません。今日、ここで葬儀が行われていたと思うんですけれど……」

聲をかけると、お坊さんは驚いた様子だった。翔馬の時もそうだが、包帯が、それも顔に巻かれていると、誰でも重癥患者のようにじるのだろう。

まあ、実際のところ、全いたるところは痛むのだが……。

「あっ、ああ……はい、足りぬながら、私が経をお読みしましたが……」

「そう、ですか……」

彼の言葉は過去形であった。

やはり、もう終わってしまっていた。

その事実は、ここに著いた時からわかっていたものの、改めて突き付けられると、やはりくるものがある。

しかし、お坊さんは話を切り上げてどこへ行くでもなく、話しを続けた。

「ひどく寂しい葬式でした。まだお若く、ここまで大きな會場を用意されましたのに、ご參加されたのはたったの一人だったのです」

「……ひとり?」

えっ、と疑問符を浮かべる。

涼の考えでは、この葬儀は涼のためだけのものであり、他に出席はないはずだが……。

「綺麗な、あれは、ブロンド、というの髪でしょうか、年は貴と変わらないくらいでしたが、小さなお嬢さんでした。他に誰もいないところで、棺の前で、わんわんと泣いていらっしゃいました。それは見ているこちらが辛くなるほどに……です」

「……っ!」

その時、涼は理解した。

違う、琴織聖は涼と葵のためだけに葬儀を執り行ったと思ったが、それは全くの間違いだった。

隨分の昔のことのように思えるが、夏祭りの時、聖と葵は初めこそ仲が良いとは言えなかったが、最後には手を取り合っていたではないか。

「……馬鹿だ、私……」

聖は葵を一人の友人として、自の最大限の力を使って、一人逝く友を弔ったのだ。

そこに、涼の存在の有無など関係がなかった。

葵と繋がりがあるのは、涼だけはなかった。

當たり前のことを思い出しただけなのに、なぜだか、とてもうれしくて、心が軽くなったような気がした。

お禮を言って、お坊さんと別れた涼は、骨を納めたという、歩いて數分ほどのお墓へと行く。

不思議なものだった、もし葵が生きていたらまだ現実を見ないのかと笑われそうだが、それでも、生きていた人間が、かない石として、そこにいるのは、信じがたい事実である。

涼は、涙を流さなかった。

ずっと泣いてばかりでは、泣き顔が逝ってしまった彼にとっての『飛鷲涼』の顔になってしまうと思ったからだ。

真新しい墓には、すでに綺麗は花が供えられていた。

線香を上げた涼は、墓前で手を合わせる。

キラリと、涼の指についている指が蒼くった。

「葵、ありがとう。私は、貴のおかげでここにいるわ……」

葬儀に行けなくてごめんなさい、と言おうと思ったが、いざ墓前に立つと、謝罪よりも謝の言葉の方が先に出ていた。

しかし、いってみたものの、目の前には葵がいるとは思えず、それ以上の言葉を紡ぐ気にはなれなかった。

「……私、どうかしちゃったのかしらね。貴が目の前の墓よりも、ずっと、私の近くにいる気がするわ」

なぜかは分からないが、今、いや、葵が死んで目覚めてからずっと、彼が生きているときよりも近くにじることがあるのだ。

これは彼の日記を読んでしまったからなのだろうか。

「だから、ここに來なくても貴には會えるような気がする。そう思うの」

顔を上げて、立ち上がった涼は、笑顔を彼に屆ける。

「……なーんて、ね。冗談よ、また來るわ」

ドラマなどで、墓に向かって獨り言など、馬鹿げていると思っていたが、いざ自分が同じ狀況になっていると、自然と言葉が出た。

その言葉は、いつも彼に使っていたような、友人への言葉遣いであった。

墓前を立ち去り、學校へと戻ろうとした涼だが、彼が墓地を出たとき、その前を意外な人が立ちふさがった。

「ご友人へ會いに行った直後で、誠に心苦しいのですが、事態が事態でありますので、ここで待ち伏せさせていただきました」

そこにいたのは、聖の執事である老人、熊谷である。

しかし、相當に急いでいたらしく、しわしわのには汗がにじんでおり、いつものピシッとした執事服もどうやら、走ったためか、れていた。

「何の用よ?」

「単刀直に申しますと、お嬢様の命が危険に曬されているのです」

「……っ! 詳しく聞かせなさい」

危険に曬されている、という言葉に涼の顔が一変する。

熊谷は、懐から一枚の紙と、指……聖の付けていた指を取り出した。

「お嬢様は、この第五バーンだけでも変えようと、丸腰で第9バーンの『リベレイターズ』の元へと渉へと行ったらしいのです」

熊谷の持っているのは書置きであった。

確かに、『第9バーンの、全てに決著を付けます』とだけ書かれていた。指をつけていないから『天の羽』も使えない。故に、彼を守るものは何一つないと言っていい。

あのバカ、と心で呟く。

このタイミングで、彼いたということは、確実に、涼と葵のことで責任をじての行なのだろう。

渉……って、どこへよ?」

「わかりません……そもそも我々は『リベレイターズ』が普段どこに潛伏しているのかさえ、わかっていませんので」

「じゃあ、どうすることもできないじゃないのよ!」

熊谷老人に八つ當たりしても、事態がくわけではないのだが、聲を荒げずにはいられない。

丸腰で敵の元へ行く、武を持った使者など聞いたことがないが、王様自ら渉へ行くなんて話も聞いたことない。

「もう、私たちに関わるなって……全部一人で背負い込むつもりだった」

どうやら自分の周りは馬鹿しかいないらしい。

居ても立っても居られないが、どこへ行って良いのかもわからない。

を助けたくとも、報が乏しすぎるのだ。

何か聖の一を知る方法はないかと、考えていたその時、涼の攜帯が鳴った。取り出してみると、その相手は夏目翔馬である。

瞬間、涼は彼に言った『お願い』の容を思い出し、すぐに電話を取った。

「もしもし、約束は?」

若干のノイズがかかっており、電話の向こう側は不気味なほどの靜かであった。

『……あまりでかい聲を出すな、琴織聖なら、俺の目の屆くところにいる』

「…………っ!」

涼が先ほど翔馬言った『お願い』の容、それは、『琴織聖ともう一度話したいから捕まえておいてくれ』というものだった。

その『願い』が奇しくも今、聖と涼たちをつなぐ一本の糸になった。

『言われた通りに琴織を見つけたんだが、數人の生徒たちと一緒に學校を出たんだ。怪しんでついていくと、そいつらは『リベレイターズ』だったんだ。それで今、後を付けているところだ。學校近くの廃墟、そこに地下へのり口があってな、そこからもう三十分以上歩き続けているが、まだまだ奧がありそうだ』

この地下空間の更に下に潛伏場所を作っているなんて、誰が考えるだろうか。道理で今まで、見つからなかったはずだ。

「変なことに巻き込んじゃってごめんね、あと、ありがとう、今度なんかお禮するわ」

『なら、お前と琴織聖のキスシーンを――』

別に聞きたくなかったわけではないが、彼が全部を言う前に攜帯から耳を下した涼は、目の前にいる老人に、簡単に詳細を伝える。

すぐに熊谷は、この第9バーンにいる『ジャスティス』全員をかし、翔馬の教えてくれた場所へと向かわせてくれた。

もちろん、翔馬は傷つけないことも指示に付け加えていた。

「これで、大丈夫……かしら?」

テロリスト集団『リベレイターズ』とはいえ、相手は所詮人間、『ジャスティス』が出れば人質の一人や二人すぐに取り戻せると思ったのだが、

「いいえ、難しいでしょう」

熊谷の返事は、芳しいとは言えないものだった。

「それは、昨日も言っていた『不老不死』がいるから?」

はい、と頷く熊谷を見た涼は、自の右手についた指を見る。

すると、呼応するかのようにキラリと蒼く指が輝く。

必ず勝てる、などとは思わない。

でも、今の自分にできることがないわけではない。

「私の、力を使えば……どうかしら?」

熊谷は、しばらく、何も言わずに涼を見ていた。何を考えているのかわからない。全く表が読めなかった。

やがて、彼は首を橫に振った。

「無理、でしょう。経験、力、どちらを取っても、天と地ほど差があります」

「そんなの、やってみなくちゃ―――」

「第一ここからでは、あまりにも時間がかかるかと」

ここから學校の方へと行こうとするならば、かなりの時間が必要になるだろう。その間に、良くも悪くも結果は出てしまうということか。

「違うわ、貴方は、私を殺したくないだけ。私が死ねば、聖が悲しむから、違う?」

「……………」

「何もできない、そんな宣告は聞き飽きたわ」

力がないわけではない、ならば、絶対に後悔する方法だけは取りたくない。

だから、傍観なんて選択肢選ぶわけがない。

それが『飛鷲涼』らしいやり方。

(どこまでも私のままで……そうでしょう、葵)

駆けだそうとする涼に、「飛鷲様!」と、熊谷が止めにかかってくる。

だが、振り返った涼はその眼先にビシッと、指を突き付けて、無理などという言葉を投げてきた老人に宣言する。

どこまでも他人に優しく、人間、プレフュード関係なく友としてどこまでも純粋にすることができる

ならば、それを肯定し、彼し、護り通すのは一誰か。

そんなもの、決まっている。

「例え周りに悪と呼ばれようと、人類が、プレフュードが、神が敵になったとしても、私は絶対に裏切らない、琴織聖を護り通すわ!」

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