輝の一等星》赤い月の下で

そこは、學校の屋上。

赤い月に照らされながら、風に短い髪をなびかせていた昴萌すばるめ詠よみは、短い茶髪にパッチリとした目が特徴の中學一年生のであった。

が見ていたのは、屋上のり口の上に設置されていた小さなブラウン管テレビ。

そこに映っていたのは、『パイシーズ』と名乗った怪である。

この怪を詠は知っていた。

というのも、彼にとって、『パイシーズ』とは同僚のようなものであったからだ。

は『ルード』という団に所屬しており、詠もまた、『ルード』の中にっていた。いや、強制的にれられた、と言った方がよいだろうか。

しかし、『パイシーズ』含め、『ルード』たちの多くは詠のことを嫌いしているため、彼に今すぐここから出せと言ったところで、一笑されて終わりだろう。

けれども、幸いなことに彼はこの世界のことを知っていた。

、『パイシーズ』はこの世界を、ゲームを、『結界グラス』という不思議な力で作り出している。

ここは他の空間とは隔絶された世界であり、外からは何者も干渉することはできない。から外に出るためには、おそらく、ルールに乗っ取らなければ出ることができない。

本當にふざけたゲームのルール説明が終わって靜寂が訪れる。

詠は、畫面から目を逸らすと、飛び降り防止の柵に手をかけて、この世界を一しながら、し頭の整理をしていく。

詠の首には黒い首が巻かれていた。

ルールの中では、黒は白に比べて圧倒的に不利のように映るかもしれない。

だが、それは全く違う。

ゲームをクリアするという點において有利なのは、団結することのできる白ではない。

それは、詠自が黒の首をしている時點でわかることだ。

以前、詠が『パイシーズ』の力について聞いたことがある。

彼のゲームと言うのは、プレイヤーは皆、できるだけ平等でなければならないらしい。そうでないと、面白くないとかなんとか。

平等、という言葉は、今の場合、ゲームを生き殘る確率のことを指しているのだろう。

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だから、このゲームはハンデ戦なのだと推測できる。

黒は無作為に選ばれたものではなく、白のプレイヤーと比較してあまりにも能力的に差がある人が選ばれているのだろう。

白の首をしている全員が一人でも黒を殺す確率。

このゲームの黒い首をしている連中がお互いを殺し合いながら白全員を相手にし、白をいち早く14人殺すか、他の黒を殺す確率。

その二つがニヤリーイコールで結ばれることになる。ルールのときに言っていた『アドバンテージ』というのも含めれば、白に選ばれる人間一人と黒に選ばれる人間一人との間には絶対的な力量差があると見て良いだろう。

ならば、白と黒の差というのは一何なのか。

簡単だ、普通の生きか、特殊な生きかの違いだろう。

この世界には人間が超能力だとか、魔法だとか言っている二種類の力がある。

二つの力の正は『結界グラス』と『神じんぎ』と呼ばれるもの。

『結界グラス』とは、力に選ばれた統の、さらにある特殊な種族しか使うことができない力。それは不思議な寶石が起こす奇跡であり、使用者は寶石に莫大な力を與えられる。

その寶石は指などに裝飾されて、使用者の傍に居ることが多い。

そして、もう一つの『神じんぎ』とは、誰でも例外なく力を持つことができる道である。

使用者自に力を與える『結界』と異なり、『神』自が力となるため、やはり使うには道に使われないようなある水準以上の人間でなければならない。

詠も『結界グラス』の力を持っている。

といっても、起するための寶石がったヘッドホンがないため今は使えないのだが。

このゲームの黒は『結界グラス』または『神』のどちらかの力を所持していると簡単に予想できる。

よって、彼の次にする行は決まっていた。

他の黒が力を手にする前に、早く『アイテムボックス』から、ヘッドホンを取り出さなければならない。

このゲーム、いち早く『結界グラス』や『神』を取ったものが絶対的有利であり、勝利できるのだ。

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頭上の赤い月を見て、しだけ、元の世界に帰れるかどうか、不安になる。

詠には、絶対に元の世界に帰って會いたい人がいる。

詠は、いろいろと苦しいことを験してきたが、彼に會いたい一心でそれを乗り越えてきた。

(リョウ、お姉ちゃん……)

屋上から見下ろすと、グラウンドの隅に倉庫があり、その近くに不自然な砂の塊があった。砂でできているのに、まるで一つの大きな巖のようになっているのだ。

それを見た詠は、一度校舎の中へっていく。

できるだけ音をたてないようにしたのは、すでに白の連中が結束していると考えたからで、一人に見つかれば仲間を呼ばれる危険があるからである。

の推測が正しければ、あの不自然な箇所に行ってみる価値がある。

複數の足音が聞こえたので、聲をたてずにそばのに隠れる。すると、白の首の男三人が目の前を通り過ぎた。

気を見て階段を駆け下りた詠は、グラウンドへと出る。すでにグループで白は活している。

詠が考えていたよりも早い段階でゲームは進んでいるようだった。

校舎は幸い、グラウンドから見て縦の位置に設置されているので、屋上や、ベランダに出ない限りは見られることは無かった。

人がいないことを確認した詠は、上から見て、不自然だった砂の塊の前まで走っていく。

砂の前まで來ると、彼の思った通りである。

これは『結界グラス』で作られた、

「いるんだよね、ルック」

「えっ……」

そんな可らしい聲がどこかからしたかと思うと、砂の塊が崩れ落ち、中から一人のの姿が出てくる。

らしいピンクのツインテールに負けないほど可らしい容姿をしている小學生くらいのは、ウルウルと若干怯えている様子で詠を見ていた。

その手にはピンクの寶石が付いた指がはめられている。

「大丈夫だよ、私は何もしないから」

「……本當? 『アルデバラン』?」

「その名前は止めてよ、ちゃんと、『昴萌すばるめ詠よみ』って名前があるんだから、詠って呼んでくれなきゃ」

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「ごっ、ごめんなさい……詠、さん……」

の名前は、ルック・エルザローナ。可らしい姿が印象的だが、彼もまた、『ルード』の一員で、『結界グラス』を使える。

詠はルックの首元を見て、

「やっぱり……貴も、黒なんだね」

「ごめんなさい……」

「いや、謝るとこじゃないんだけどね……」

ルックは、かなり気な格というか、人と接するのがとても苦手で、詠は何度か彼と會ったことがあるが、彼が謝らずにまともに話すのは雙子の姉くらいしかないように思う。

それよりも、彼の首も黒ということは、やはり、自分の考えは間違っていなかったようだ。

ルックがここにいるということは、彼の雙子の姉であるカルもこの世界に來ているということか……?

それならば、カルもまた、黒の首をつけているのだろうか。

詠がし考えていると、珍しく、ルックの方から話しかけてきた。

「ねっ、ねえ……」

「何?」

「あっ、あの……ルール、だと……私たち、敵、だよね……?」

そうなるかもね、と言った詠は彼が何を聞きたいのかはわかった。

噓をつくこともできるが、別に利點はないと思ったので、詠は自分の考えた通りを話す。

「詠は、私、を……殺したり、するの?」

「するわけないよ」

「なん、で……?」

「私、人殺しにはなりたくないから」

きっと、自分が人殺しになったら、あの人はきっと悲しむから。

いや、たぶん、罪の意識から、會いに行くことさえできなくなる。

そんなことになれば、昴萌詠の存在自が意味のないことになってしまう。

それに、自分はたくさんの命の元に立っている、だから、その夢を壊すようなことはしたくない。

「詠、は……味方?」

「それは――ルック次第だよ。私はルール通りにくつもりはないから、一緒に來ても元の世界には戻れないと思うけど」

ルックは、しばらく、考えていた。

橫目でチラチラと、何度も詠を見てから、決心をしたようで、おずおずと、その小さな手を詠の元に向けてくる。

向けられた手を、詠はにぱっ、とした笑顔で取った。

「よろしくね、ルック!」

「よろしく、お願いします……」

ルックを無事仲間にすることができた詠は、彼のいた場所のすぐそばにあった倉庫に來ていた。

なぜ來たのか、無論、屋上から下を見ていたとき、目立っていたからである。

「ひどいところだね……」

「わっ、私が、掃除、する?」

「いやいや、いいよ。きっとすぐに出ていくし」

そう……、とし殘念そうなルックは、埃っぽい部屋のせいで、ケホッケホッ、と可らしい咳をしていた。

そう言えば、ルックは息気味だってことを彼の姉から聞いたことがあったような気がする。

「埃すごいし、ルックは外に出てていいよ」

「で、でも……」

役に立ちたいようで、遠慮がちな視線を向けてくるルック。

別に『アイテムボックス』があるかどうか調べるだけだから、そんなに手間も時間もかからないのだけれど……。

うーん、とし考えた詠は、思いつく。

「じゃあさ、ルックの力で私たちがいることを隠してくれないかな? 白の人に見られたくないし」

「うん、わかった……」

の『結界グラス』の力は、『イオーク』と言い、ある一定の大きさの粒子……つまりは砂を使って何かしらの形を作ることができる。

詠が頼んだのは、その力で、詠がここまできたグラウンドの足跡を消してほしかった。

の返事を確認した詠は、倉庫の中へとっていき、『アイテムボックス』がないかどうかを見ていく。

倉庫の中には跳び箱やマットなどが散していた。

「まったく、『パイシーズ』もしくらい掃除しておいてほしいな……」

そんなことをぼやきながら倉庫中を見ていくと、目當てのものが見つかる。

何人のプレイヤーがいるのかはわからないが、詠のヘッドホンがこの中にある確率はプレイヤー全人數分の一だ。

空気の悪い中でそっと深呼吸をして、『アイテムボックス』を開けていく。

箱は、中學生の詠でも簡単に開けることができた。

箱の中には、攜帯食料や、ナイフなどがっている。

そして、肝心の『パイシーズ』がプレイヤーから持って行ったものはというと……。

「これは……懐中時計、かな?」

の懐中時計を手に取った詠は、蓋を開けてみようとしてみたが、思うよう開かない。

懐中時計を上から見ると、そこには小さな、本當に小さな鍵があった。

ドライバーか何かを使えばこじ開けられそうだが、時計を見る前にこれ以上はプライバシーの侵害だと考えた詠は、懐中時計をポケットの中にれて、必要最低限のものを持ってから、ルックの待っている倉庫の外に出る。

「えーと……」

「あっ、詠、さん……」

倉庫を出た途端、詠は絶句した。

それはルックが心なしかさっきよりもし親しく話しかけてきたからではなかった。

地面からゆっくりと上を見上げていく。

が驚き、飽きれた理由。

そこに巨大な砂の壁が、倉庫を隠すように出來上がっていたからである。

「いや、すごいんだけどね……」

「えっ、と、なにか、いけなかったでしょうか……」

不安そうに聞いてくるルックに対して、こんな大きな建造を建てたら倉庫よりもずっと目立ってしまい、自分たちがここにいることを第三者に知らせているから、などと強いツッコミをれることはできなかった。

の力は、砂でを作るか、それを崩すかの二つしかない。つまり、これを作ってしまったら最後、取り消すには崩すしかないのだ。

今すぐに崩せなどと言えば、焦った彼は本當にすぐに壁を崩し、詠はきっと大量の砂に埋もれてしまうだろう。

なので、詠のできる最善の行は、はー、とため息をついた後、

「ちょっと、ご飯にしよっか」

そう言って、一度休憩することぐらいであった。

こんな巨大で不自然な壁が急にできたのだ、相手も警戒して迂闊に近づいてはこないだろう。

倉庫から、椅子になるようなものを持ってきて、すぐに逃げられるように外で軽食を取ることにする。

詠はクッキーのような栄養補助食品を頬張りながら、お湯を沸かして紅茶を飲む。

ルックはまるでリスのようにパンをかじりながら、ミルクティーを飲んでいた。

「ねえ、ルックがここに來ているってことは、カルもこっちに來ているの?」

「うん、でも、まだ、會えない……」

「そっか――早く會えるといいね」

うん、と今日彼と話した中で一番大きな聲で言われた。どうやら、彼は雙子の姉についてのことだと、比較的接しやすくなるようだ。

カルといえば、と思い、ルックの指を見る。

たちは雙子、その『結界グラス』は2対で1つ。

どちらか片方だけでは、今、目の前にそびえたっている砂の壁のように作り出したらそのまま、不便なものになってしまうのだ。

砂の壁を見ていると、ひとつの疑問が生じてきた。

「ルックの指ってさ、どこで見つけたの?」

「えっ……と、なんの、こと?」

「だって、この世界に來たとき一度取られたよね指?」

ルックは首をフルフルと橫に振って「取られてない、けど……」と言った。

それはおかしい、だってルール説明では一人一つ何かを『パイシーズ』に取られているはずだからだ。

「えっ……なにもとられなかったの?」

「なくなって、いたのは……寫真、だよ。私にとって、一番大切な、寫真……」

つまり、『パイシーズ』が沒取したものが、『結界』とは限らないということか。

その人が持っていたものの中で一番大切なもの、なのかもしれない。

それは、し厄介なことであった。

なぜなら、ゲームの初期時點において、黒の首の人たちの間が、必ずしも平等ではないということになるからだ。

今、そばにいるルックのように、初めから力を奪われることがない黒が多くいるとすれば、途端に詠の置かれている狀況はかなり悪いということになる。

詠は、自の『結界』の力になからずの自信があった。

このゲームの中で殺し合いになったとき、一対一なら、相手がよほど悪くない限りは負けることはないだろう。

しかし、力がない今は、詠は普通のの子でしかない、まともに『結界』や『神』とぶつかれば、ほぼ確実に殺される。

隣でミルクティーを啜っている気弱なにさえも、恐らくは敵わないだろう。

確かに、ルックは仲間だが、正直戦力としては心もとない。

これが殺し合いのゲームである以上、雙子は二人揃っていなければ、他の力をもった黒には勝てないだろう。

(早く私の『プレアデス』も見つけないと……)

「そろそろ行こっか、カルを見つけに」

「うん、わかった……」

そう言ったルックが、詠に手を引かれて立ち上がろうとしたときである。

グルルウアアアアア、という聲が壁越しに聞こえた。

その聲に驚いたルックは、詠にしがみついてくる。

助けを求められたところで、詠には、なにもすることができなかった。

次の瞬間、5メートルはあるだろう砂の壁が崩れ落ちた。

ルックが『結界』を使ったわけではない。

巨大な斧が壁を切り裂いたのだ。

瞬間見えたのは、真っ赤に充した目、3メートルはあるだろう巨大な図。人間ではあるが、そのは漆黒の防に包まれておりで、明らかに人とは一線を畫している化け。その首には首がされていなかった。

その姿が見えた瞬間、強引に切り裂かれた壁が頭上から降ってくる。

崩れ落ちてきた壁は砂埃となり、辺りに充満する。

見えづらくなったことは詠たちにとって、幸運なことであった。

(これが、ルール説明で言っていた『キラー』なんだね)

「逃げよう!」

「うっ、うん……」

歯切れが返事をしてきた悪いルックの手をとって詠は走り出す。またも、幸いなことに視界に消えた化けは追っては來なかった。

ルックと詠の力は大人の男には遠く及ばない。

故に、もし追いかけっこになっていたら、二人はすぐに追い付かれてしまっていただろう。

心臓が潰されそうになるほど、走った詠たちは、中校舎へとっていく。

校舎の中に帰ってきた詠が壁に寄りかかりながら息を整えていると、ルックが息を切らせながらも訊いてくる。

「あの、さっきの、は……」

「たぶん、『キラー』だよ。首はなかったし」

しかし、『キラー』は『結界グラス』持ちだと思っていたのだが、違ったようだ。彼は化けではあるが、人工的にを強化されているだけのようだった。

つまり、『結界』や『神』を持っていれば、退けることは容易だろう。

「でも、あいつが白の、何の力も持っていない一般人たちを殺してしまうかもしれないから、ずっと放っておくわけにはいかないかな」

「あの、その…………」

何かを言いかけて、決心がつかないのか、口を閉じかけてしまうルックに「何?」と優しく問いかけてみると、視線を彷徨わせていたルックの目が詠と合った。

「あの『キラー』は、実は、私、知っている人、なんだ……」

「……え?」

「昔、パパが、護衛用、として、連れてきてくれた、『ミネルヴァ』が作った、強化された『プレフュード』……」

これには驚いた。

が『キラー』とゲーム前からの知り合いだということもそうだが、それ以上に、それを作った『ミネルヴァ』というのが、王『デネブ』に仕える有名な科學者であったからである。

「えっと、じゃあ聞くけど、あれに自我はあるの?」

「……たぶん、なくとも、昔は、私たちの、お兄ちゃんの、みたいな、人だったよ」

「どうして、ここで『キラー』なんかになってるの?」

「ごめん、なさい、わからない……でも、私は、彼、『ザッハーク』は、優しい人だと、思ってるから……」

できることなら傷つけないでほしい、ということか。

そうなんだ、と言った詠は、しだけ考える。

彼を味方にできるなら、するに越したことは無いとは思うが、そう簡単な話ではないとも思う。

なぜなら、彼はかつての主人であるルックに武を振るってきたのだ。話ができるような狀態には見えなかった。

ルックの言葉が本當ならば、彼は『パイシーズ』にられているということになる。

今すぐに、というわけにはいかないだろうが、『キラー』については『パイシーズ』のコントロールから解放するのがましいだろう。

『パイシーズ』から切り離すことさえさえできれば、詠たちの力になってくれそうだ。

さて、これからどうするか、と思っていた詠が橫を見ると、ルックはその場に座り込んで目をこすっていた。

大丈夫かどうかを聞くと、ルックは、うん、と頷く。

命の危険があったと言うのに、し呑気なような気がする。

しかし、考えてみれば、元の世界の時間帯では今は、夜の十二近いのだ。そんな時間に全力で走ったら、疲れて眠くもなってくるだろう。

「寢る場所、探そうね」

「大丈夫、だから、私を、気にしないで……」

そっか、と返して見るものの、やはり、し安全な場所で休んだ方が良いと思う。

廊下を歩いていくが、先程とは違い、あまり白の人間は歩いていなかった。彼らも休息を得ているのだろうか。

大した苦労もすることなく、階段を上り、彼たちが付いたのは、三階の音楽室であった。

音楽室の中には誰もおらず、様々な楽が置いてあった、グランドピアノ、ギター、コントラバスにドラムやキーボード、木琴や鉄琴まである。

黒板の上には有名作曲家たちの肖像畫、やはり、絆が最初にいた教室と同じように部屋隅の天井にはモニターがある。そして、その下にはし違和のある箱――『アイテムボックス』が置いてあった。

まず、『アイテムボックス』の中を見てみると、中には乾パンに水、野菜ジュースに果、カップラーメン、ガスコンロ、布などがっていた。

ただ、奇妙なことに『個人の持ちらしいもの』は一つもっていなかった。

もしかしたら、先に來た人に持っていかれてしまったのかもしれない。

箱の中から布を取り出した詠はルックに渡そうとしたのだが、彼は『アイテムボックス』など目にもくれずにピアノの椅子に座っていた。

どうしたのだろうか、と思い、彼の傍に行くと、ルックは、

「詠、さん……もしかしたら、これで、カルを、呼べるかも……」

「ピアノを弾くってこと?」

はい、と言って頷くルック。

こんな大きなグランドピアノを引いたら、この靜かな學校中に鳴り響いてしまうではないか。そうなれば、敵に自分たちの位置を教えてしまう。

だが、一方で、ルックの言うこともわかる。

敵に聞こえるということは、カルにも聞こえるということ。

確かに、妹のピアノの音だとわかれば、面倒見のいい彼なら真っ先に來てくれるかもしれない。

リスクとリターンのある行に対して、了承すべきかどうか、詠が迷っていると、ルックは弾き始めてしまった。

慌てて止めようとも思ったが、ルックの引くピアノの音を聞いた瞬間に、その思いは吹き飛んでしまった。

川を流れていく水のように彼の指はらかにいている。

そこから出てくる音はまるで天使の歌聲のようにしく、心地の良いものだった。

「ルック、いるのか!」

ピアノが鳴りだして、わずか數十秒後、息を切らした一人のが音楽室に駆け込んできた。

ルックとよく似た容姿、ただ、聲はし低く、髪型がショートという點だけが二人が違う人だということを語っていた。

「カル!」

ピアノをすぐにやめたルックは、ってきたに抱きついた。

妹を抱きしめた、カル・エルザローナは、詠のことを見つけると、すぐに警戒したように、ルックを背にして睨みつけてくる。

「ルックに何をしようとしていた『アルデバラン』!」

「いや、だから私には昴萌すばるめ詠よみっていう、ちゃんとした名前があるんだからね」

どうして彼たちは『家名』でしか詠のことを呼ばないのだろうか。

というか、いくら雙子の妹が心配だからとはいえ、怨敵を見えるような眼で見ないでほしいのだが……。

「あの、詠は、私に良く、してくれたから」

「……敵ではない、ということかい」

ルックが、コクリと頷いたことでようやくカルの警戒が解ける。

ちょうど、その時、見計らったように再び音楽室の扉が開いた。

ってきたのは、白い首をした青年で、敵だと思った詠はかなり警戒したのだが、

「ったく、カル、何で急に走り出したんだよ」

「でも、おかげさまで妹を見つけられた」

どうやら、彼はカルの連れのようだ。

凜々しさと、ワイルドさがり混じったような、カッコいいという言葉以上に説明できない容姿に、高い背丈、學生帽子を被っている好青年であった。

白の首をしているというのに、黒のカルと一緒に行しているなんて、不思議である。

しかし、詠にも、なんとなく、彼とは敵対しないような気がした。

覚的に、そう、なんとなく、詠のよく知っている人間に似ていたからである。

「俺は篝火かがりび勇気ゆうきっていうんだ――それで、お前と似た子供と、そこのお嬢ちゃんは?」

詠とルックが、自の名前をいうと、「昴萌に、ルックだな。よろしく」と、なぜか詠だけ苗字のままであったが、彼と握手をしておく。

そして、同時に、自分たちに迫る危機を思い出した。

「ピアノの音でもうじき人が來る、早く逃げないと!」

そう言った詠に対して、篝火勇気が「まあ、待て」と言って音楽室の外を覗いた。

目を細めて廊下の奧まで見た彼は、扉を閉める。

彼は、自分の首についた白い首を指しながら、

「大丈夫だ、さっき様子を見にきた白の奴らには、俺が、『もうすでに逃げられていた』って言っておいたから」

「……でも、気にする人は一組だけじゃないんじゃないかな?」

「ゲーム開始してからししか経っていないけどな、すでに白は、ほぼ全員が一つのグループに所屬しているんだ――だから、様子を見に來た奴らだけ遠ざければいい」

「まあ、様子を見に來たやつらが顔バレしてた連中だったら、ダメだったのだけれど」

勇気の首が白であるからこそ、白の連中は彼の言うことを信じるのだろう。だから、音楽室から遠ざけることができたということか。

普通ならば、彼自がその白のグループに所屬しているかどうかを疑うべきだが、詠は彼を信じることにした。

この判斷もまた、ただの『勘』なのだが……。

そんなわけで、詠たちは、ひとまず音楽室で休息を取ることにしたのであった。

雙子が仲良く布を掛けて眠っている音楽室にて、昴萌すばるめ詠よみは、篝火かがりび勇気ゆうきと共に、廊下へとつながる扉傍の壁に寄りかかって不気味に浮かんでいる赤い月を眺めて居ていた。

誰かが見張りをしなければという話になったとき、どうして詠と勇気の二人になったのかと言うと、勇気に夜這いなるものをさせないためというのもあるが、それ以上に詠が彼とし話したかったからである。

とはいったものの、會話のきっかけがなく、シンッ、とした空気の中、詠は口を開くことなく、ぼーと、頭上を見ている。

「リョウ、お姉ちゃん……」

こんな暗い空でも見ていると、詠の一番大切な人が近くにいるような気がして、その人を思い浮かべていて、思わず、口に出てしまったのだが、意外なことに、それが功を奏すことになる。

「お前今、リョウと言ったか?」

「うっ、うん……」

「もしかして、それは――飛鷲とびわし涼りょうのことか」

なぜ、本名を知っているのだろうと疑問に思いながらも詠は頷いた。

そうか、と何か考えた様子の勇気は、

「昴萌といったか、お前と飛鷲涼はどんな関係だ?」

なんでそんなことを聞いてくるのだろうと、不思議に思いながらも詠は答える。

「孤児院で一緒でね、私のお姉ちゃんみたいな人だったんだ――勇気は、リョウちゃんのことを知ってるの?」

一瞬、間を置いた勇気は、ふっ、と自嘲気味に笑い、「まあな、古い知り合いってところだ」とだけ言った。

二人はどんな関係なのだろうか、と思っていると、今度は彼の方から話しかけてきた。

「そこの雙子と一緒に寢たらどうだ、何かあったら起こすぞ?」

「今は眠たくない――信用してないわけじゃないんだよ、ただ、ちょっと興味が沸いたから」

「なんだよ、それは」

勇気は、音楽室の『アイテムボックス』の中にあった一個のリンゴを手で遊ばせていた。

學生帽子を被っているのだから、彼も學生なのだろうが、彼が詠よりも年上のせいか、隨分と落ち著いているように見えた。

段々と、會話がしやすくなってきて、詠は聞きたいことを彼に質問していくことにする。

「ねえ、勇気はさ、このゲームについてどこまで知っているの」

「お前が知っている程度のことは、知っているつもりだ」

「いや、それがどのくらいかを聞いているんだけど……」

無駄に格好つけてきた勇気に対して、詠は苦笑いする。

彼が本當にルールを知っているのならば、白の首をつけている彼は間違いなく、詠たちの敵であり、協力する利がない。

彼が裏切らずに詠たちの元にいる理由、まずは、それを聞きたかった。

勇気は、はあ、息をついてから、

「このゲームが第3バーンの『ルード』である『パイシーズ』が作り出した『結界グラス』の中で行われていて、俺を除いた白はたぶん、全員が一般人。一方、黒は何かしらヤバい力を持っている連中……ってことぐらいか?」

「ちょっと待って、『ルード』と『結界』についてだけど、カルから聞いたの?」

「さあな、それは本人に確認してみればいいんじゃないか?」

彼の言葉は詠の頭を混させるに十分であった。地下世界の一般人は『結界』のことも『ルード』のことも知らないはずだ。

もしも、カルがこの勇気に何も言っていないとなると、この男はゲームが始まる前からそれらのことを知っていることになる。

今すぐカルを起こして問いたいくらいだが、彼を起こすと傍にいるルックまで起こしてしまうことになる。

二人の睡眠を妨害してしまえば、ここで休んでいる意味がないので、今すぐに彼に聞くことはしない。

「じゃあさ、質問変えるけど、勇気はどうして私たちと一緒にいるの? ゲームのルール上、黒い首の私たちとは相いれないってこと、わかってる?」

「もちろんだ、だから、俺の目的はこのゲームに勝つ事じゃない」

「……どういうこと?」

詠には、彼の言っている意味が分からなかった。

ゲームに勝つことを目標としないということは、この世界から出なくて良いということなのだろうか。

詠が考えていると、勇気はその答えを言う。

それは、突拍子のない、詠を驚かせるものであった。

「俺の目的は、ただ一つ。このふざけたゲームで、誰一人死なさないことだ」

このゲームのルールは人を殺すというものだ、だから、彼の言葉はゲーム自を放棄するというものである。

容易に信じられない言葉であったが、彼のこの言葉を信用するのならば、彼が詠たちと共に行する意味も想像できる。

「つまり、勇気は、私たちが他の人間を殺さないように見張ってる、ってこと?」

「……かもな」

ルール上、白同士の殺し合いの確率は低い。人が死ぬのは黒が関わるときだ。

だから、勇気は黒い首の三人の傍に居て、詠たちが人を殺さないように注意している。

「でも、黒は私たちだけじゃないはずだよ」

「そうだな、こいつによれば、黒は6人――お前らで3人、俺の妹で1人……殘りは今、白を統括していると、俺の知らねえ誰かだ」

勇気から、一枚の紙を渡される。

カルは白のプレイヤーだけに渡される『アドバンテージ』なのだといっていたが、そこに書いてあることで詠の知らないことは學校の地図と全プレイヤーの數であった。

いや、それよりも、彼は『白を統括している』と言ったか?

「白と一緒にいる黒なんていないんじゃないの?」

「ルールちゃんと聞いていなかったのか? 白の連中が使った黒の首は消えることはない――なら、最後の一人が使った後、黒の首は殘る、だろ?」

「だから、そのは白と手を組んだの?」

「ああ、だがそれには、白全員の協力が必要不可欠になる。なにせ取った黒の首を一度白が使ってしまったら、最後の白がそれを使い終えるまではその首を黒の人間が使うことはできないからな」

白全員と手を組む、そんなことは難しいことは詠にもわかる。現に勇気はその首に白い首をつけているのに、そのの元にはいかず、ここにいるのだ。

人間の心はそんなに簡単なものではないはずだ。

「じゃあ、白と手を組むのに、利點なんてないんじゃないの?」

詠の當然の疑問に「いや、」と言って、勇気はリンゴをかじってから、何も持っていない方の手で指を二本たてた。

「理由は二つだ、一つは、その――長峰ながみね朱音あかねはとある神社の巫でな、殺生を嫌っている。だから、殺す人數をできるだけ減らしたいのだろう」

「……立場上の問題ってわけだね」

「もう一つは――おそらくは、こっちが本當の利點となるだろうが――白の圧倒的な人數で他の黒の『結界』や『神』を殺すことだ」

「……っ!」

そうか、と詠は今更だが、気づく。

詠たち黒は『結界』や『神』という力を知っていて使うことがなければ、肝心の、寶石や『神』自がなければ、意味がない。

現に詠は寶石が中にっているヘッドホンが手元になければ『結界グラス』が使えないため、ゲームが始まってから逃げることしかできていない。

白は200人近くいる。つまり、その人數で片っ端から『アイテムボックス』を集めていけば、他の黒の力を封じることができるというわけだ。

「すでにお前の『プレアデス』も、カルの『ディスロ』も長峰朱音の手の中にある。だから、これ以上『アイテムボックス』を探しても無駄だぞ」

「……なんで、私たちの『結界グラス』の名稱まで知っているの?」

「さあ、どうしてだろうな」

詠の『プレアデス』という力を知っているのは、この世界でも數えるほどしかいないはず。この男、一なにものなのだろうか。

勇気を見るが、彼は変わらず、シャリシャリとリンゴを食べていた。

「本當に私の『プレアデス』はそのが持っているの?」

「ああ、見てきたからな」

あっさりと、勇気は衝撃的なことを言った。

確かに彼は白い首をしているが、そんな簡単には、敵が集めたを把握できるわけがない。

リンゴの芯を指でクルクルと回した勇気は、そこで深いため息をついた。

「ただな、俺の一番大切なもんは、見つからなかったんだ……」

「大切なもの?」

「ああ……大切な家族との繋がりだよ」

「それは、どんなものなの?」

「かいちゅ――」

彼が何かを言いかけたとき、廊下を數人の人が歩いている気配がして、二人で口を閉じた。

おそらく、白の人間の見回りだろう。

音からして4,5人くらいか、話をしながら近づいてくる。

逃げた方が良いのではないか、と思って勇気を見ると、彼は首を振ってきた。何もするな、ということなのだろう。

今すぐ雙子を起こして逃げ出したい衝に駆られながら、口に手を當てて靜かにしている。

すると、彼の言った通り、何もしないでいると、足音はすぐに去っていく。

詠が安心して息をついていると、勇気が立ち上がった。

「どこいくの?」

「探しを見つけるついでに、義妹いもうとの様子を見にいってくる」

そう言えば、彼は妹も黒だと言っていたことを思いだす。彼の妹は、一人なのだろうか。どうして一緒に行していないのだろうか。

音楽室から、出ていこうとする勇気の袖を無意識に詠は引いていた。

「? なんだ?」

「さっき、言いかけていた、勇気が探しているって、懐中時計なんじゃないの?」

目を開け、靜かに、詠の顔を見る。どうやら、驚いている様子である。

詠は、ポケットにれている、先程、倉庫の『アイテムボックス』から見つけた金の懐中時計を彼に見せる。

「……先にお前が見つけていたのか」

はい、と彼に懐中時計を渡そうとするが、勇気は手をばしかけて、戻し、詠の手から時計をけ取らなかった。

手を下した勇気は、窓の方へと歩いていき、空を見上げる。

「これ、大切なものなんでしょ?」

「……いや、それはお前に持っていてもらおう。俺の一番大切な人に返しておいてくれ」

「それって、どういう――」

その時、再び廊下から音が聞こえてきて、すぐに、詠は口を閉じた。

キキッキキッ、と何か金屬を引きずっているかのような音と共に迫ってくる足音は、先ほどとは違い、一つだけ。

それは普通の足音で、格が違う『キラー』のものではないようだった。

だからこそ、不気味である。

元の世界ではすでに真夜中と言える時間帯に、たった一人で、敵がいる學校を歩く。

敵に気づいてください、と言っているようなほどの大きな音をたてながら。

チッ、と詠の傍で舌打ちをした勇気は、詠の方を向いて、突然頭をで始めたではないか。

何するの、と言って振り払うこともできたが、彼の面白がっている様子がほどもない目を見て、何も言えなかった。

「妹のことを、頼むな」

「えっ……?」

「ちょっと不用だが、はいい奴だ。寂しがりなところもあるから、俺がいなくなったら悲しむかもしれない――だから、そうなったら、あいつの傍に居てやってくれ」

「ちょっと、何を言っているの?」

接近してくる敵には聞こえないように小聲で詠が言うと、勇気は、廊下の方見た。

その眼は、覚悟を持ったものであった。

「あれは俺が何とかする」

「何とかって……」

「心配すんな、こう見えても俺、悪魔だからな」

「なにいってーー」

詠が言葉を言い終える前に、彼は廊下に出ていった。その背中はまっすぐ接近者の元へと向かっていった。

敵は、引きずっていた大剣を彼に振ったが、幸い彼に剣が當たることはなかった。

助けに行くべきだろうか、だが、今の『結界』の使えない詠では、彼の力になるどころか足手まといにしかならない。

そうやって詠が迷っているうちに勇気は、大剣を持った敵を引き付けて、どんどんと離れていってしまう。

今、詠にできること、それは、あの敵がこの音楽室に戻ってくる前にここから逃げることだ。

「カル! ルック!」

すぐに雙子を起こした詠は、二人を連れて音楽室を出ていく。

二人はまだ眠いらしく、瞼をこすりながら、抗議の視線を浴びせてきたが、そんな場合ではなかった。

靜かに、音をたてないように、二人の手を引いて詠は歩いていく。

先程、勇気から渡された學校の地図にはいろいろと書き足されてあり、そこには安全だろう部屋の位置までもが描かれていた。

地図を信じて、誰にも會わないように注意しながら隠れるのに最適な、北校舎の小さな部屋へと向かう。

勇気のことはもちろん心配であったが、彼の好意を無下にすることはできなかった。

安全だと思われる小部屋に著いた詠は、すぐに部屋の鍵をかける。

部屋の中には、二つの『アイテムボックス』があり、その中には寢っていた。

どこまでも気の利いた勇気の配慮にただただ謝しながら、眠たいとせがむ雙子を再び寢かす。

雙子がぐっすりと再び眠り始めたのを見た詠は、自分も段々と眠くなってくる。

勇気を助けに行くべきだろうか、ともう一度考えたが、やはり『結界』のない詠は無力であった。

悔しいと思うと同時に、安全な場所へと來たせいか、張の糸が切れた。

あまりにも長い時間、慣れない『気を張り続ける』ということをしたためか、が言うことを聞かなくなっている。

幸い寢は二つあった。一つは雙子が一緒に使っているので、もう一つは空いていた。

頭を振って、自分だけ寢るなんて、と求を拒む。

しかし、眠気には逆らえなかった。

眠気に完全敗北するまで、詠は、不快まどろみの中で懐中時計を握りしめ、彼の無事を祈っていたのであった。

意識が覚醒する。

自分が『パイシーズ』の作ったゲームの中にいたことが夢であってほしいと思いながら、ゆっくりと目を開ける。

せめて、敵から逃げ延びた篝火勇気が近くにいてほしいと思い狹い部屋の中を見渡すが、雙子がまだ眠っているだけで、彼はここにはいなかった。

どれくらい眠ってしまっていたのだろうか、とピンクの腕時計を見ると、眠ってしまってから三時間くらいしか経っていなかった。

ずいぶん長いこと眠っていたようにじたが、それだけ眠りが深かったということだろう。

勇気のことも心配だし、と思い、詠は雙子を起こすことにする。

たちはかなりの時間寢ていたせいか、目をこすりながらもすぐに起きてくれた。

「昨日は突然どうしたんだい、急に場所を変えるなんて」

「勇気、は、どこ……?」

をしながら聞いてくるカルと、勇気がいないことに早くも気づくルック。

たちは十三人いる『ルード』の中で最年である。しかもそれは、別に彼たちが特別だったから、とかではなく、『ジェミニ』の家系に生まれ、雙子であったため早く『ルード』という役割を押し付けられたのだ。

そんな彼たちに、何と答えればよいだろうと思う。

正直に、敵が來て、勇気が囮になってくれたから、彼が危ないと言えばいいのか。

助けに行こうと言い出したらどうする、ルックには『結界』があるとはいえ、それでは不十分。敵の力もわからないまま突っ込むなど自殺行為だ。

「勇気なら、妹さんのところに行ったよ」

「そうか、絆のところに……」

「カル、勇気の妹を知っているの?」

うん、と頷くカル。

よく考えてみれば、勇気とカルは昨日、一緒に行していたのだ。知っていてもおかしくはない。

「名前は篝火かがりび絆きずな。僕たちと同じ黒い首のプレイヤーだよ」

篝火、絆……と、その名前を脳に刻み付ける。

勇気は詠に『妹を頼む』と言った。ならば、彼の言葉通り、詠には彼を護る義務がある。

そこでカルが、「ただ、ね……」と、付け足す。

「彼は僕たちとは違い、黒の首をつけているのに、何の力も持っていなかったんだ。それどころか、『結界』や『神』のことさえ知らなかった――――僕には、それが逆に怖かったよ」

それは変な話である。兄の勇気は知っていたと言うのに。

カルの近くに兄がいた以上、隠す必要もない。

カルが怖いというのも、素直にうなずける。

黒の首をつけていた以上、篝火絆はゲームから『ハンデ』を負わされている。普通に考えて一般人であるはずがないのだ。

「でも、どうして昨日、カルと勇気は、絆と別行をしていたの?」

それは、ふと、湧いてきた疑問であった。単獨行をするよりも集団で行した方が安全なのはわかりきっていること。

「彼は、勇気の判斷で保健室のベッドに寢かせたんだ」

「それじゃあ、まるで、眠らせたみたいだね」

「そうだよ、勇気は軽食に睡眠薬を混ぜて、絆に渡したんだ。だから、彼が起きることは、しばらくない」

心配していた妹を、眠らせた?

どうして……?

勇気の行はイマイチよくわからないが、彼の言葉を聞くならば、詠たちは妹の絆に會う必要があるだろう。

今は、ごちゃごちゃ考えている暇はない。

絆が一人でいる以上、そのに危険が迫っているかもしれないのだ。

「とりやえず、保健室は同じ校舎だから、行ってみよう」

「これは…」

保健室に向かうため廊下を歩いていた詠は、の跡を見つけた。それは一誰のものかはわからなかったが、真っ直ぐ保健室へと延びていた。

幸い、雙子たちは、眉をひそめこそしたが、おびえている様子はない。

嫌な予がする……。

ゴクリ、とつばを飲み込んだ詠は歩き出す。

相當の出量だ、このを流した人はきっと、もう……。

の跡をたどっていくと、保健室の中にっていったようだった。

保健室の中にると、の跡は一度り口付近で止まったらしくの塊ができており、さらに跡はベッドの方へと繋がっていた。

行きたくないという本心と、行かなければならないという責任に心を押しつぶされながら、詠は――跡の終著點を見た。

「えっ…………」

そこには――――誰もいなかった。

確かにそこに誰かがいたような痕跡はあったが、を流していた本人の姿が見當たらない。

しかし、の跡はこれ以上続いていなかった。

保健室の中を探していくが、怪我人も死も、篝火絆もいない。

誰かがここまで來たのは確かだ、ベッドの上に人のがあったのも確かだ。

けれども、その姿がない。

更に不可解なことだが、ベッドの上からかされた痕跡もないのだ。

これだけの出量だ、かされただけでも跡が殘る。

つまり、普通にこの狀況だけ見て考えれば、このベットの上には誰かのがあって、それが、まるで瞬間移したかのように、ベッドの上から忽然と姿を消したことになる。

「カル、篝火絆は……」

「どうやらいないみたいだね――無事だと、いいのだけれど……」

もぬけの殻の保健室を見て、何か手がかりがないか探し出そうとしたとき、詠はゴホゴホッ、と咳き込んだ。

すぐにのポケットから錠剤を取り出して飲む。

「詠、さん……これ、を……」

「ありがと、ルック」

ルックからペットボトルの水をけ取って飲む。

詠はとある理由があり、ある一定の時間ごとに、このような『抑制剤』を飲まなければならなかった。

発作が出たとき、薬がなければ、彼は破壊されてしまうのだ。

現在、詠の持っている抑制剤の數あと三つ。

十二時間に一つを消費すると計算すると、あと一日半の間にこの世界から出しなければ、彼を破壊され死に至る。

半年の間こんな狀態が続いているが、急に來る発作には、まだ慣れない。

水を一気に飲み干した詠は、しばらく、深呼吸をして息を整える。

傍には心配そうな二つの顔があった。

心配ないよ、と詠が雙子に言う。

「『アルデバラン』は病気持ちなのか?」

『…………っ!』

そのとき、背後から突然聲をかけられる。

詠が振り向くと、そこには、この學校の保健室には明らかに異彩を放った格好のがいた。

真っ赤な髪のを後ろで結んだ、その服裝は神社で見る巫服であった。服の上からわかる満なであっても目が行ってしまうほどに大きく、凜とした雰囲気のである。

その姿だけで、詠は彼が何者なのか理解した。

「――――長峰ながみね朱音あかね」

「ほう、第5バーンの『ルード』に知られているとは、私も有名になったものだな」

「何の用なの?」

そうあわてるな、と言った朱音はゆっくりと、保健室の中を見回した。

そして、だまりに近づいて目を細める。

「これは、お前たちがやったのか?」

「……違うよ」

信じているのかいないのか、「そうか……」と言った朱音は、近くにあった『アイテムボックス』から未開封のペットボトルを取り出し、水を飲む。

朱音は話を進めるつもりがないのか、無言であったため、詠の代わりにカルが前に出て、彼に問いかける。

「で、なんのようだい? 僕と詠の『結界』を返しにきてくれたのかい?」

「まさか、私たちが、貴様ら『人類の敵』に対して施しなどするわけがないだろう」

「人類の? それはどういう意味だい?」

「言わせるな、貴様ら『プレフュード』が知らないわけないだろう!」

この地下世界に住む人間は、『プレフュード』という人間に似た、しかし確実に人間よりも優れている宇宙人に支配されている。

日本は100年ほど前に『プレフュード』との戦爭に負け、地下世界に押し込められ、支配をけることになり、『プレフュード』は地下に住む人間を地上と隔離し、徹底管理した。

地下の人間は『昔、核戦爭があったため、人間は地下に住まなければならなくなった』という常識を『プレフュード』から、植え付けられる。

その結果、地下の人々は、100年の間に、自分達が支配されていることすら忘れてしまった。

誰もが地上は放能で住むことができない場所だと、認識してしまったのだ。

「君は『リベレイターズ』……ということかい?」

「正解だ、私は第3バーン市部のリーダー長峰ながみね朱音あかね。貴様らを撲滅する存在だ」

そう、地下に住む人間たちの中には、當然、例外もいる。

昔の、人間の敗北を良しとせず『プレフュード』に抗う存在。

その名を『リベレイターズ』という。

彼らは1~12まである地下世界の一つ一つに市部を持ち、『プレフュード』に反旗を掲げる時期を伺っている。

ここで、詠や雙子の所屬する『ルード』についてしだけ説明すると、『ルード』には1~12の地下世界を配下の『プレフュード』を用いて統治する役割がある。地下世界にいる『プレフュード』のトップと言ってもよい存在である。

現在、地下に住む一般市民は知らないが、『ルード』と『リベレイターズ』は地下の二大勢力と言ってもよい狀況にあった。

故に『リベレイターズ』のリーダーである長峰朱音と、『ルード』である詠たちは相反する立場。

そこに話し合いなど通用しない。

「『結界』の使えない『ルード』など、ただの小娘ーーさあ、大人しく我が手に落ちろ!」

朱音の聲と共に十數人もの武裝した人間が保健室の中にってくる。

彼らは皆、銃を所持しており、首には白い首をしていた。

を突きつけられたこともあるが、それ以上に彼らの顔を見て、詠は恐怖する。

「なんで、そんなものを……」

あったのは、禍々しい『札』であった。

ってきた白は皆、まるで、中國の死妖怪、キョンシーのように、その顔に札をつけているのだ。

長峰朱音は袖から同じ札を數枚取り出して、

「これは『呪縛の護符』と言う。このように生り付けると、札をられたものはったものーーつまり、私に逆らえなくなる、完全服従の『神』だ」

『結界』の力がない詠たちを前にして余裕があるためか、朱音は自の力を説明していた。

つまり、今彼の周りにいる白の首を持った人たちは彼られているということ。

そこには、彼らの意思などない。

札の力を理解した詠は、人の心をねじ曲げる能力に、のままに言葉を吐き出す。

「そんなのおかしいよ、人の気持ちを無下にする力なんて!」

「こいつらにはゲームに生き殘れるだけの力はない。だから、私が指示をして無事にゲームの外に帰してやるのだ」

詠の言葉は朱音にとって予想範囲のことであったのか、彼の答えには迷いがなかった。

確かに、このゲームにおいて、何の力も持たない白はいくらハンデを貰ったところで不利であり、彼らだけでは、黒の力ですぐに殺されてしまうだろう。

長峰朱音の指示通りにすれば、彼らにも勝機が出てくる。現に詠たちは今、追い詰められている。

「それでも、 私はその力を嫌悪し、否定するよ」

の指示通りにして、もし彼の思い通りに事が進まなかったらどうする?

どうしようもない危機に陥ったとき彼は、人々を盾にするかもしれない。

その時、り人形である彼らは逃げることも敵わず、壁となるしかないのだ。

自分の意思とは関係なく死んでいく、そんなことは許されることではない。

「だからどうした、貴様らには力がない。対抗できなければ、私の『呪縛の護符』を否定することなどできない」

そう、今の詠は無力である。なにもできない。

朱音が手を挙げると武裝した白の人々が一斉に銃を彼たちに向けてくる。

雙子が、詠の袖を握っていた。

詠自も怖くないわけがない。その足は震えていた。

(リョウお姉ちゃん……)

しい名前を心で唱え、雙子の盾になるように詠が前に立った。

それを見て嘲るように笑った朱音は撃命令の前に、最後とばかりに詠たちの顔を見渡す。

そして、詠たち中の一人の顔を見たとき、彼揺したではないか。目を見開き、信じられないと言った様子で、

「あ……おい……?」

が見ていたのはルックであった。ルックを誰か別人と間違えているのか?

だが、そこに付け込む隙があるはずもなく、「そんなはずない」と言ってふるふると頭を振った朱音は、すぐに表を戻した。

「違う、あいつは『ジェミニ』の片割れ……敵なのだ! 全員はな―――――っ!」

命令を口に出そうとした朱音の言葉が止まった。それは彼の顔に真っ赤な大量のがついたからであった。

それは朱音が連れてきた人々の首から出ていた。

そう、一瞬で彼のそばにあった3つの首が飛んだのだ。

舌打ちをした朱音が、侵者との間合いをとる。

中にってきたのは、暗い顔の見たことのない年。

その手には真っ赤なが滴り落ちた巨大な剣が握られていた。

「隨分と揃ってるじゃねえか」

剣についたを舐めた年は、辺りを見回して言う。服は人ので赤く染まっており、その表は人を殺したことについてなんとも思っていない様子であった。

彼の首についていたのは白い首

白の首をしている彼にいとも簡単に人を殺す力があるのは、驚くべきことではあった。

しかし、特筆すべき點は他にある。

それは彼の持つ剣の柄に、詠の首に巻かれているものと同じ、黒の首があったことである。

詠たちのことなど、眼中におく余裕がなくなった様子の朱音は険しい顔で、警戒のにしていた。

「貴様、いったい何者だ……?」

「ああ? てめぇこそ誰だよ。俺様と対等に話せる立場なのか?」

ギラギラした目で朱音を睨んだ年は剣を持つ手に力をれた。

その瞬間を見逃さなかった朱音は容赦なく、年へ発砲命令を下した。

耳をつんざく音が狹い室に鳴り響く。詠は震えている雙子を抱き締めるようにして、その場に伏せた。

発砲音は何度も続き、音が鳴り止むと、途端に靜寂が訪れる。

「…………っ!」

カラン、という音と共に詠の傍に年の持っていた剣が転がってくる。

詠が顔を上げると、文字通りのハチの巣にされた年の姿があった。

パタリと、まるで糸の切れた人形のようにあっけなく年は倒れる。

中には銃弾の跡があり、が溢れ、見るに堪えない景が広がった。

慘狀を見てしまった詠は吐き気がこみあげてきたが、それよりも、自分の近くにいる小さな雙子に見せてはならないと思って、二人の目を隠そうとしたのだが……。

「――これで!」

詠よりも先に顔を上げたカルが、立ち上がり、床に落ちた剣に手をばしていた。

確かに、この狀況で唯一無二の武といえる。

詠たちが生き殘る確率を得るためには、剣を手に取るしかないように思えた。

しかし、禍々しい雰囲気を醸し出している剣を見て、詠はカルがその剣を持つことに不安に思う。

「カル、ダメ!」

詠のびは彼に屆くことはなかった。

駆けだしたカルは、剣を持って、真っ直ぐ、長峰朱音の元へと切り付けていく。

チッ、と舌打ちをした朱音は、すぐにカルに標的を変えるが――間に合わない。

剣は吸い込まれるように、朱音の肩からにかけてを切り裂いた。

剣が振るわれた瞬間にを引いたらしい朱音に傷はなく、代わりに切り裂かれた巫服の元を抑えながら、カルへと発砲命令をする。

銃口から火が噴く瞬間、詠は見ていられなくて、ルックに覆いかぶさった。

に被弾しないように。

そして、雙子の姉が撃たれた瞬間を見せないように。

ここで死ぬことさえ覚悟していた。

だが、そこで異変が起こる。

発砲された弾全てが、カルの振った剣の風圧により方向を変え、彼を避けたのだ。

結果、詠のに銃弾が行きつくことはなかった。

「ぐっ……あああああ!」

直後、カルはを押さえて、苦しみだした。 び聲を上げ、顔には大量の汗、まるで発作が起きているようだった。

その様子を見た朱音は、顔を引きつらせ、すぐにまた、カルに向けての攻撃指示を出したのだが、時はすでに遅かった。

再びいたカルは、瞬く間に敵との差を埋め、剣を振るう。

「『プレフュード』……それも、良の――こりゃあいい!」

そう言ったカルには一切の躊躇いがなかった。

が剣を振るうたびにまるで噴水のように部屋の中がにあふれる。

銃聲が鳴り響く前に、朱音の周りにいた武裝した人間の全てが斬られたのだ。

かろうじて生き殘った長峰朱音が聲を上げると更に多くの兵士たちが部屋の外からってきて、彼はカルと距離をとる。

「貴様は……何者だ?」

「また同じ質問かよ……まあ、俺も良いを手にれたしな機嫌がいい」

詠にも今、剣を振るっている彼がカル・エルザローナではないことくらいは理解していた。

そして、彼を使って話している別人格は、彼が剣を取ったせいだということも、なんとなく予想はできた。

カル――の姿をしたは、肩に自の腕の五倍ほどの太さの剣をたてながら、朱音だけではなく、部屋全に響くような聲で言う。

「俺の名前は『ティルヴィング』。てめぇらを人間やプレフュードを駆逐するもんだ」

それは、詠の他の『ルード』たちも知っている危険な『神』の名前。

ティルヴィング、それは呪われた、生きている『魔剣』である。

持った者に寄生し、自のように使う。そして、ティルヴィング自格は最悪で、常に生きしているという。

だが、そんな魔剣を誰がこのゲームに持ち込んだのだろうか……?

その疑問はすぐに払しょくされた。

カルの持つ、ティルヴィングの柄には黒い首が巻かれているのだ。

それはつまり――――。

「貴様も、ゲームのプレイヤーということか」

「誰も人間やプレフュードだけがプレイヤーなんていってねぇだろ?」

けれども、詠には剣がゲームに參加しているかどうかはどうでも良いことであった。

朱音はカル――ではなくて、ティルヴィングに気を取られている。

今ならば、逃げ出すことができる。

おそらく、逃げ出したところで、狀況が好転するわけではないだろう。

でも、しの考える猶予をもらえるはずだ。

「ルック、走るよ!」

「でっ、でも、カル、が……」

詠は、雙子の片割れを置いてくのを嫌がるルックの手を取って無理矢理走らせる。

たちが走ったのは保健室の窓に向かってであった。

朱音は詠たちに向かって攻撃をしたようだが、ティルヴィングのせいでそれは葉わなかった。

一方、ティルヴィングは小娘二人には興味がないようで、一瞥しただけである。

窓の外に出た詠は何処に行くのかさえ決まっておらず、昨晩眠った、三階の小さな部屋へと走った。

カルのことを気にしていたルックであったが、詠の手を振り払うことはなかった。

部屋にって、扉を閉め、崩れるようにその場に倒れる。

ゼーゼー、と苦しく息をしながら、自分にまだ命があることを実する。

だが、今度は安心して寢ている暇はなかった。

詠に與えられた時間はほんのし。それこそ、サッカーのロスタイム程度の短い時間。

何の力も時間もない彼には、選択するしかなかった。

一つは、勝てない戦いをし、潔く散ること。

もう一つは、考えることも戦うことも放棄し、事態を見守ること。

並べてみると、その選択は簡単なものだと思った。

「ルック、私はこれから、あの魔剣と、長峰朱音に対抗するために一杯あらがおうと思うんだ」

「…………」

「死ぬかもしれないし、人を傷つけるかもしれない。でも、ルックがいないと何もできずに終わる。だから――――私に協力してくれない?」

ルックは砂からを作りだす力がある。

それは本來の『ジェミニ』が持つ力の半分のものでしかないが、彼がいるのと、いないのとでは違ってくる。

詠が生き殘る可能や、カルを助けられる可能、そう言ったものがほんのしだが出てくるのだ。

「ルックの力が必要なの!」

ルックは口を閉じたまま俯いていた。その手は、小刻みに震えていた。

そのとき、詠は、気なに自分が大変なことを頼んでいることに今更気づく。

今の、今まで、命を狙われていたのだ。魔剣により、雙子の姉がおかしくされてしまったのだ。

怖くないはずがない。

悲しくないはずがない。

だから、彼の答えは、良く考えれば當然のものであった。

「ごめん、ね……わたし、は……なにも、できない、から…………」

「……私こそごめん、ルックの気持ち考えてなかったね」

笑顔で、できるだけ、彼を傷つけないように詠は言う。

死地へ向かうことを拒む彼に幻滅などするはずもなかった。

死にたくないし、失いたくない、傷つけたくない、そして、今目の前にある最悪の現実をれたくない。

人として當然のだ。

立ち上がった詠は、そっとルックの頭をでると、「じゃあ、ちょっと行ってくるね」といって、部屋を出た。

ルックを殘した小部屋の部屋を閉じた詠は、しばらくその扉に寄りかかりながら目を閉じる。

(リョウお姉ちゃん、私、どうしたら……)

今から自分がやろうとしていることは褒められることではないだろう。

人を利用し、そして、傷つける。

それは、このゲームの當初、詠が考えていた『誰も傷つけずにゲームを負える』ことを完全に否定した行であった。

罪深い自分を最の姉は許してくれるだろうか。

それとも、叱ってくれるだろうか。

どちらにせよ、生き殘らなければ彼に再び會うことなど夢語でしかない。

今は、生き殘ることを考えよう。

何としてでも生き殘り、 そして、全てが終わった後、自の全て罪を懺悔しよう。

再び開いた詠の目には迷いは消え、覚悟を持ったものになっていた。

扉から離れた詠は、薄暗い蛍燈と、赤い月の照らすを浴びながら廊下を歩出したのであった。

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