《輝の一等星》迫り來るタイムリミット
何処の世界にも抜け目ない人間はいるもので、絆と詠が戦っている最中にも、ゲームに勝とうと、背中を切りつけられけない長峰朱音やカル・エルザローナに武を向けてくる輩はいた。
當然、朱音たちは何もすることができず。しかし、篝火絆と対峙していた詠は三人のことまで考えている余裕がなかった。
そんな風前の燈火三人のたちの命を護ったのは、一人の巨人であった。
そして、巨人は詠たちが引き上げてくるまで、一切の武を持たず、一切の攻撃もせず、彼たちをそのを盾にし、護りきったのである。
當然、人知を超えたような力でドンパチしていた二人がどちらも無傷で引き上げてきたとき、朱音たちを狙っていた白の人々は散り散りになって逃げていったのだが。
「すごいよね、ハークくん」
返事の代わりか、グルルルラア、と雄びを上げるザッハークの隣で昴萌すばるめ詠よみは歩いていた。
ザッハークはその手にまだ気を失ったままのカルを持って歩く。朱音はルックに肩を借りながら(といっても長差があるので、朱音はおそらく彼に全く重をかけていないっぽいが……
)その近くを歩き、さらに後ろを一人で篝火絆が歩いていた。
絆とは仲良くなれると思ったのだが、彼は詠と目を合わせるとすぐに目を逸らしてしまう。彼の復讐を強引に止めたのが裏目に出てしまったか。
ただ、チリチリと首筋に視線をじるのだが、これはどういう意味なのか。まさか首を狙っているのではないだろうが。
長峰朱音の『呪縛の護符』の力が切れてしまった今、白の人々とは容易にわかりあえないことは承知していたため、ザッハークと詠は歩いている最中も不意打ちをされないか気を付けていた
しかし、狀況はかなり良い方向に傾いている。
白同士では殺し合うこともないし、一度ぶつかって誰も死なずにこうやって今一緒に歩いている以上は、ここにいる6人がお互い傷つけあうことも考えにくい。
あとはこの世界から出られさえすれば……。
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それが一番難しいということは百も承知だが、數時間前の狀況と比較すれば、その差は歴然である。
その時、詠はゴホゴホッ、と咳き込んだ。
視線が集まるが、「大丈夫だよ」とだけ言って、ポケットから薬を出して飲む。すぐに発作は収まってくれた。
手元に殘った薬はあと二つ。
昴萌詠が生き殘り、ここから出するためのタイムリミットはあとまる一日と迫っていた。
怪我人の手當てや、休息を取るために一番良い場所はもちろん保健室であるが、朱音によればティルヴィングが殺した人々のやらが飛び散っており、すでに休まる場所ではなくなっているらしい。
なので、詠たちは音楽室でひとまず休息を取ることになったのだが、部屋にった途端、彼たちを待っていたのは、思いもよらない歓迎であった。
ピンポンパンポーン、という音が校舎に再び響く。
部屋の隅に設置されているモニターからザー、と白と黒の砂嵐が突然流れ始める。
「臺本通りにならない事態になったことで、『パイシーズ』も手を打ってきたか……」
チッ、と舌打ちした朱音がそう呟いていた。
普通、一つのゲームのルールが、ゲームの最中に変更されるということは無い。平等を失うからだ。
まあ、平等から言えば、ゲームが始まる前からないと言っても過言ではないのだが……。
モニターから砂嵐が消え、『パイシーズ』の不気味な仮面が浮かび上がってくる。
『レディースアンドジェントルメーン! 待った? 待ったよね? ごめんね、僕も早く出てきたかったんだけど、タイミングがね~』
しかし、『パイシーズ』は最初のルール説明のとき、『ルールはもう一つだけ、後で追加される』と言っていた。
こうなることは、予測できた。
問題は、一どんなルールが追加されるか、である。
『でもようやく、待ちに待った追加ルール開始ってところさ!』
畫面に映った『パイシーズ』は前見たときよりも不気味に映った。その甲高い聲が心のざわめきを加速させる。
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詠は頬に一筋の汗をかく。
追加ルールとやらを話し始めるまでに『パイシーズ』が一瞬置いた間が、一時間にもじられた。
『安心して、このルールは急遽僕が作ったルールじゃないんだ――初めから、こうなることは十分予想できていたからね』
畫面の仮面の裏側から、見られているようなじがしてゾッとする。
詠は『パイシーズ』という怪を知っていたが、以前會った時、こんなに恐怖しただろうか。
『最後のルール、それは今からちょうど一日後に始まるんだけど……殘念なことに、始まるまでのその間、君たちは誰も殺してはいけないんだ』
『もし殺したら――――その時は、ひどい罰ゲームがあるから』
そんな前置きをする怪は、まるで、わざと焦らして、恐怖をあおっているような気がした。
(なんで、こんなに怖いんだろう……)
『初めに言っておくと! 喜んで! これは白の人たちだけに追加されるルールだ』
「白だけか……?」
「ああ、本來ならば私が指揮していたはずのだった連中だ……」
絆がこぼした言葉に、すかさず朱音が答えていた。
朱音の言葉から予想するに、やはり彼は勇気以外全員をっていたのだろう。
もしかしたら、あの時、白を解放させなければ追加ルールは発生しなかったのかもしれない。
二人を見て、改めて確認する。
今、詠の周りには間違いなく仲間がいる。
同じ、黒の首という共通點を持って、一度ぶつかり、その上でわかりあった仲間であると信じたい。
裏切るなんてことは、そうそうないと信じたい。
しかし、詠の足は震えていた。
『今から一日後、白の首を持った君、他の白を3人殺したら出ていいよ』
「…………っ!」
彼の言った追加ルールは、本來、詠たち黒には関係のないことのように思える。
しかし、そうではない。
まず、このゲームで詠は死者出したくはなかった。
魔剣のせいでその目論見は完全に潰えてしまったのだが、それでも、死人はこれ以上、出したくない。
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それを葉えるために、今までならば、黒の人間にだけ、気を付けていればよかった。
だが、このルールではそんな考えが、消えてしまう。
そして、できることなら考えたくはないのだが――なんとしてでも外に出たいとなった時だ。
篝火絆が大人しくなってしまった今、今ここにいるメンバーには小さくとも結束ができている。
何としてでも外に出ようと思うものがいたら、その者は白を14人殺そうとする。
その時、白の人數がいなければ話にならない。
詠は絶対に人殺しにはなりたくない、だから、彼がくということは百パーセントないと斷言できる。
そんな彼でさえ、心が揺らいでしまう。
仲間と他人、殺すならばどちらか。
白と黒、殺すならどちらの方が楽か。
何もしないと、決斷できない以上、時間が迫ってきた時、人はより能率的な方を選んでしまうものだ。
愕然としている詠をまるで見ているかのように、嘲笑う『パイシーズ』。けれども、彼に対する怒りを持つ余裕はなかった。
『そう言うわけだから、こわ~い黒を結束して何とか殺すか、今隣にいる友人を殺すか――今から一日の間、良く考えてね、バイバーイ!』
プツン、とモニターが切れる。
部屋には、先ほどまでの、浮かれていた空気が消えていた。
あいつは、予想していたのだ。
詠たちが、黒が、一つに結束してしまう、ゲームのルールからは考えられないような異常事態さえも。
頭が痛い、が寒い、立って、いられない……。
その場で詠はしゃがみこんだ。
ようやく、詠は自分が『パイシーズ』に対して抱いていた恐怖の意味を知った。
それは、自分の、この世界でやってきたことが、崩されてしまうかもしれない、無意味にされてしまうかもしれない、そんな恐怖だったのだ。
『パイシーズ』はまるで、詠の心を読んでいたかのように、ルールを追加してきた。
これから、避けられない殺し合いが始まってしまう。
自分が今、ここにいる意味がなくなってしまったような気がした。
(私のやってきたことって、無意味だったのかな……)
詠が全てに絶しかけた、その時である。
シンッ、と靜まり返った音楽室に、耳をつんざく高音が鳴り響いたのであった。
※
追加ルールの説明が、終わった。
畫面で怪が話している最中、篝火絆は、『パイシーズ』の言葉を聞きながらも、その眼はずっと、昴萌詠に向けられていた。
だからこそ、彼の心がなからずわかってしまった。
彼は絆の復讐まがいのことを止めてくれた。
正直言って、復讐心が消えたわけではないし、その思いが間違っていると思っていない自分もどこかにはいた。
けれども、勇気の死と向き合うことを彼が教えてくれなければ、今頃、自分は闇に飲まれ、人を殺し続け、虛無に浸っていたことだろう。
彼は今、絶している。
それがわかっているならば、すぐに後ろから抱きしめて、めてあげるのが良いのかもしれない。
しかし、絆にはそれができなかった。
恥ずかしい、という思いがあった。彼にれたいけれども、抱きしめてあげたいけれども、先程、逆に抱きしめられていたせいか、妙に恥ずかしかった。
あと、そもそも、彼を勵ます言葉なんて思いつかないというのもある。
だから、篝火絆が彼に向けてしてあげられること、その絶の淵から戻すためにできることは、たった一つであった。
絆が辛い時、何をして、何を聞いていたのか。
彼の今までの短い人生を考えればその行は、當たり前のことであった。
音楽室の中には、まるでそのために置いときましたと言われているような位置に一本のギターが置かれている。
それを手に取った絆は、ポケットにっているピックを取り出し、引き始めた。
フィンガーボードにあった左手の指はいつも練習しているせいか、容易くいてくれている。音の出合も申し分ない。
音楽室中の目が絆に集まる。
人に見られながら演奏すると言うのは、やったことがなかったが、自分が思っている以上に張はしなかった。
音楽室が絆の奏でるギター音によって完全に支配される。
詠が顔を上げるのを確認した絆は、演奏を止める。余韻の心地よさに浸る間もなく、絆は手を差しべた。
「お前には……あたしたちがいる、だろ?」
頬を書きながらそう言うと、詠と目が合う。
恥ずかしかったが、なんとか、目を逸らさなかった。
ふっ、と笑顔が戻った詠は、その手を取ってから、絆の目の前にその顔を近づけてきた。
「私、詠よみだよ、お前じゃない」
「…………っ!」
近い、近すぎる。
顔に熱をじながら、「ああ、そうだったな」といい、眼の前にある詠の顔を見ないようにと視線を逸らす。
それが気に食わなかったようで、詠はぷぅと、頬を膨らませた。
「さっきもそう、絆、なんで私を見てくれないの?」
いや、それは恥ずかしいからです。
などと、正直に言えるはずもなく、彼の肩を摑んで自の近くから離すだけで一杯であった。
はあ、とため息を一つついた詠は「まあいいや」と言い、ようやく、離れてくれる。
「でもありがと、みんながいるし、まだ時間もある――投げ出すには、早いよね」
笑顔が戻った詠は「ちょっと出てくるね」と言い、音楽室から出ていった。
その後を、ルックの目配せで一応、ザッハークが追っていく。
一日の間、『パイシーズ』は人を殺してはいけないと言っていたが、監してはいけないとは言っていない。
詠の『結界』に刃向える奴がいるわけないが、念には念を、というわけだ。
「お前、エレキギターなんて弾けたのだな。しかもうまいときた――驚きだ」
二人が部屋から出てきて話しかけてきたのは、長峰朱音であった。彼は名前をわした程度なので、人見知りスキルが発した絆は、なんて返せばいいのかわからなかったのだが、更にそこにルックがってくる。
「でも、朱音も、うまい、よね……」
「うまいかどうかはわからないが――と、ルックも何かできるのかな?」
「うん、ピアノを、し……もちろん、キーボードも、できるけど……」
ハッ、と二人が顔を見合わせていた。
なんだか、とても、非常に、嫌な予がする……。
「ルック、まさか、お前の姉は……」
「うまいんだよ、ドラム」
ニヤリと笑う二人に、対し、席を外そうと、そっと部屋を出ようとしたのだが、ガシッ、と肩を摑まれる。
その瞬間、予が確信に変わった絆は、二人に向かって、聲を上げた。
「ちょっとまて、何がしたいのかはわからんこともないが、あたしたちはついさっき、知り合ったばかりだ、合うはずがないだろ!」
「そんなこと、やってみなければわからない、そうだろう?」
確かに、絆は今まで、一人で音楽をやってきたが、いつも聞くのはギターだけではない、ちゃんとした、音のそろった『バンド』のものばかりなわけで……。
だから、他の楽と合わせることには多の夢があった。
だが、長いこと兄としかちゃんと人と接してこなかった絆にとって、出合ったばかりのよく知らない人たちと一緒の空気を吸っている時點で苦しくじているのも事実であったりする。
絆が頭を悩ませていると、思いもよらない方向から、思いもよらない言葉が飛んできた。
「ボクは絶対にやらないよ」
それは気を取り戻したカル・エルザローナの発した言葉であった。
彼の言葉からは、絆とは違い、明確な拒絶の意思がけ取れた。
「でも、カル……久しぶり、なんだよ、パパとママが、いなくなってから……」
「すまない、ルック。ボクは君みたいに昔に囚われて生きていくのはごめんなんだ――やるなら君たちだけで勝手に、やっていてくれ」
「…………っ!」
雙子の姉の言葉に、ルックは、俯いてしまった。
彼が拒絶する理由は、きっと何か深いものがあるのだろう。
踏み込もうとは思わなかった絆は雙子から発せられた嫌な空気に耐えられず、三人を一瞥すると、教室を出ていく。
カル・エルザローナは音楽室にいた三人の中で唯一面識があった。わずかな時間であったが、彼とは勇気と共に同じ時間を過ごした。
そのときは、あまりを表に出さない印象を持っていたが……。
些細なことで、せっかく、一つになりかかっていた自分たちの心が離れていくような気がした。
自分はそれでもよかったと、慣れ合いなどいらない、と思って良いはずなのだが、どうにも、心がモヤモヤする。
誰もいない廊下を歩き、洗面所の前に立つ。
顔を洗って、上げると、眼の前に鏡があった。
鏡の前には、一人の、學帽を被った目つきの悪いがいる。
だが、絆は目を疑った。
その後ろ、以外に、もう一人、人がいるではないか。
それも、絆の良く知っている、いや、絆はその人以外は知らないと言っても過言ではない。
大切で、大好きな、一人の男の姿。
「ゆう……き……?」
「…………」
男は答えない、ただ、恨めし気にこちらを見てくるだけだ。
振り返ってみるが、そこには誰もいない。
もう一度、鏡を見ると、勇気は、まだ彼の後ろにいた。
そして、絆は早急に理解した。
今見えている彼は、自分の生み出している幻覚なのだということを。
そう、幻覚。
彼は既に死んでいて、それを確かに絆は確認したのだから。五満足で見えている時點で、幻なのだ。
幻覚の鏡の中にいる勇気は、眉をしわに寄せ、目を細め、明らかに不機嫌な様子であった。
「ゆうき……何、怒ってんだよ」
「…………」
何も発することなく、彼は、ただただ、こちらを見つめてくる。
答えるはずはないとわかっているものの、絆は、問いかけを止めなかった。
「どうして、何も言わないんだ?」
「…………」
「答えろよ!」
「…………」
絆が聲を荒げるとともに、鏡の中の勇気は、不機嫌な表から、段々と、変わっていった。
そして、ついには、まるで、怨敵を見るかのような表になった。
「……っ! そういう、ことかよ……」
どうして勇気が出てきたのか、その意味が分かった途端、恐ろしくなった絆は、その場から逃げ出す。
足が震える、後ろを振り向けない。
絆は嫌な汗をかきながら、どこへ行くのかも考えないままに廊下をかけ出していったのであった。
絆が音楽室に帰ってくると、教室の前に一人の巨人がいた。
格の問題か、音楽室の中にれないという雰囲気を醸し出している彼はまるで阿吽像のようであった。
彼がここを護っていると思うと、し心が休まるような気がした。
そういえば、説明があった時も廊下にいたっけ、などと思いつつ、しの張と共に音楽室の中にると、そこには4つの顔があった。
どうやら雙子の間のいざこざは終わったらしく、険悪な雰囲気は払拭されていた。
4人がここにいてくれたことに、なぜか妙に安心していた絆の元に、カルが來た。
「さっきはすまなかったね、寢起きだったためか、し取りしてしまった」
「ああ、別に気にしてねえよ……」
そう言いつつも絆の視線は何処からか持ってきたらしい、マットを敷き、その上に布と枕を合計4つずつ置いている詠やルックに行っていた。
その視線に気づいたのか、カルは説明する。
「詠が見つけてきてくれたのさ。皆疲れているからね、ハークが見張りをやってくれるみたいだし、ボクたちはし休むことにしよう」
そっか、と言った絆の視線は次に、一人手伝うこともせずに、窓から空を見上げている長峰朱音に向いた。
本來ならば、引っ叩いてから、お前も手伝えと言うところだが、今の彼には近寄りがたい雰囲気があった。
手元には一本のベースが握られている。
「君は、音楽が好きかい?」
朱音を、正確には、手に握られていたベースを見ていたのがわかったらしく、カルが訊いてくる。
「もちろんだ、何でそんなこと聞くんだよ」
「それは殘念だね――てっきり、君は僕と同じ種類の人間かと思っていたが……」
「お前は、嫌いなのかよ?」
そんな絆の問いかけに、答えは返って來なかった。
代わりに「し休もうか」と言ってはぐらかして、カルは離れて一番遠い布にってしまった。
奧からルックとカルの雙子で一つの布団にり、ベースを降ろした朱音がその橫に座り、ヘッドホンを外して肩にかけた詠が倒れるようにその隣にり、自然と絆の眠る場所は一番口に近い、端と決まってしまっていた。
別に小學生じゃあるまいし、場所は気にしないのだが……。
詠の隣というのは、なんか恥ずかしいような気がして、できれば避けたかったのだが、贅沢も言っていられない。
大人しく自分の位置に寢転び、布を掛けた瞬間、眠くなっていった。慣れない力を使った代償だろうか、はたまた周りに人ができて気が緩んだせいか、力が抜けていく。
詠の隣だから、という當初の不安要素は完全に杞憂だった絆はすぐに深い眠りについたのであった。
そこは何も見えない世界だった。
黒い霧に包まれ、自分の足元さえ分からない狀態である。
自が立っているのか、座っているのか、しゃがんでいるのか、あるいは足そのものがないのか、それすらわからない。
覚がなかった、何も見えなければ、聞こえない、臭いもじないし、そもそも自分の重自があるのかわからない。
ただ、自分が、篝火絆という存在が、今、ここにいるということだけは分かっていた。
無の世界で、一なぜ自分が、ここにいるのだろうと考える。
思考だけは、彼の中にはあった。
ここが夢の中だと理解した瞬間に、まるで、それを待っていたかのように、視界が開ける。
音が聞こえてくる。
からあらゆるが、得られる。
彼は、ザー、という音と、雨の獨特なにおいをじ、降り注がれる雨を浴びながら、薄暗い雲の下にいた。
は雨にぬれており、後ろ髪は水を含んで服に張り付いていた。
彼がいたのは、學校のグラウンドであった。
昴萌詠とぶつかったその場所は、まだ記憶に新しい。
どうして、自分はここにいるのだろうか。
そう考えた瞬間に、雷鳴がとどろき、眼の前に一人の男が現れる。
男は、またしても絆の良く知っている人の顔をしていた。
雨に打たれながら、本來ならば絆よりも高いはずの背丈は背筋を曲げているため、高くはない。うつろな目と、不気味な空気をに纏っていた。
「勇気……っ!」
男は黒いマントを被っており、マントはゆらゆらと風でなびいていた。
その姿は、しい人の顔をしているのにも関わらず、死神のようにも、悪魔のようにも映った。
「きず、な……」
男は、勇気の聲で、話しかけてきたではないか。
懐かしさや、おしさが來る前に、絆は目の前の男に恐怖ののを覚える。
「絆!」
「ひっ……!」
勇気は聲を荒げる。その聲に、足がすくんでしまう。
男は、一歩、また一歩と、絆の元に歩いてくる。
「お前は、俺が嫌いなのか?」
「そんなこと……」
ない、と斷言したかったが、口に出せなかった。彼が迫ってくるにつれて、絆の恐怖は募ってくる。
「絆、お前は俺のためにしてくれないのか……?」
「何を、だよ……」
問いかけてくる、兄に、答えながら、すでに、頭の中ではわかっていた。
目の前にいるのは、大好きな兄ではないことを。
「復讐だ! 俺を殺した奴を拷問し、命を乞わせ、殺す! 當たり前の復讐だよ!」
「……っ!」
やっぱり、違う。
こんなのが、絶対に勇気であるはずがない。
こいつは、自分の中にある闇。
勇気の顔を被った、自分が生み出してしまった悪魔。
「お前は、俺を殺した奴を聞いてもいない――つまり、復讐する気がないってことだ」
今すぐ逃げ出したい、耳をふさぎたい、目を閉じたい。
一方で、向き合わなければならないとじている自分もいた。
今、ここで逃げ出せば、自分は弱いまま。
まるで金縛りにあったかのようにかないで、絆は、それでも眼の前の男を睨みつける。
男は、そんな絆の表を見て――嬉しそうだった。
「いい! 良い顔だぞ、絆!」
そう言った悪魔は、絆の前まで來て、ゆっくりと、骨のように細い腕を絆の心臓へ、ゆっくりとばしてきて――。
ハッ、と目を覚ます。
はぁはぁ、と荒げた息を整えながら、かいていた大量の汗をぬぐう。
かなりリアルな夢であったが、まだ、この世界が現実だとは信じられなくて、絆は辺りを見舞わす。
隣には、人がいた。
しかし、電気を消してしまっているせいか、誰なのかわからない。
無に、何かに縋りつきたかった。
怖くて、怖くて、夢を忘れられるような何かがしかった。
ゆらり、と立ち上がった絆は、音楽室に立てかけてあったギターの元へと歩いていく。
ギターを弾きたい、引かなければ、沒頭しなければ、何かに飲まれてしまうと思った。
一歩進むごとに、周りの闇が自分の元に吸い込まれていく。心が、けがれていく。
しないと誓ったはずの、『復讐』という言葉が、脳裏に浮かぶ。
ギターの元にたどり著く前に、苦しくて、頭を抱えて、その場に座り込む。
気分が悪い、何かどす黒いものにが、心が、侵食されていく気がする。
抗えば抗うほどに苦しみは増していく、ドロドロとした沼の中に徐々に埋まっていくような恐怖が襲ってくる。
勇気を失った時に、発してしまった負のが中を渦巻いていく。
これ以上は、耐え切れなかった。
(もう……あたし……っ!)
絆が、諦めて、全てを投げ出して、そのをゆだねてしまいそうになった時であった。
彼の背中から、小さく、らかな手が回って彼を暖かなものが覆った。
「安心していいよ」
後ろから聞こえてきたのは、詠の聲だった。その聲が聞こえた瞬間、の黒いものがスーと消えていくような気がした。
「すぐになんて無理だってわかってるんだ――でも、大丈夫、私が何度でも止めるから」
その言葉は一見、絆を勵ましているように思える。
だが、絆には『早く変われ』と言われているように聞こえた。
當然、詠は言葉通りの意味で言っているのだろう。
だから、突き放した言い方ではない。
そう解釈したのは、絆の勝手な頭で、彼の言葉に甘えているわけにはいかないとじたからだ。
(でも、いまだけは……)
押しかかってくる軽い重と、ふわふわとくすぐったい髪のが首をくすぐる。
詠の吐息が首筋にかかる。
そこにあるのは確かに人がいる。
この心地いい覚を、もうしだけでいいから味わいたかった。
絆が回された詠の手をギュッ、と握ると、向こうからも握り返される。
伝わってきたのは彼のらかな手のぬくもりと、ひんやりとしたく小さなの。
彼は何かを持っていた。
詠はそっと、それを絆の手の中にれてくる。
「これはね、勇気が私に預けた――たぶん、絆に渡してほしかったんだと思う」
「…………」
ゆっくりと手を開くとその中には金の懐中時計があった。ってみると、鍵がかかっていて開かない。
だが、確かにこれは勇気がいつも大事そうに持っていたものだと記憶している。
「なあ、詠。明日でいいんだ、明日、勇気に一緒に會いに行ってくれないか?」
「ゆうき……に?」
「ああ、あたし初日にあいつを保健室のベッドの上に寢かせたままなんだ。酷い慘狀だが――ついて來てくれるか?」
コクリと頷いた後ろからして、その後すぐに彼の全重がのしかかってくる。
どうやら、無理に起こしてしまったようだ。
スース―と寢息が聞こえてくる。詠は再び眠りについていた。
「ありがと、な……」
詠の返事はなかったが、當然無視されたなどと傷ついたりはしない。
むしろ、言葉のない、溫だけが伝わるこの時間は彼にとって、心が溫まる気持ちの良いものである。
懐中時計をポケットにしまって、靜かに目を閉じる。もう、闇が怖いとは思わなかった。
それからしばらくの間、絆は、甘い匂いに包まれながら、一人ののぬくもりをじていたのであった。
詠から、背後からそっと抱きしめられる。
一どのくらいの間、そのままであったのか、わからなかったが、絆が勝手にドキドキしていると、後ろから伝わってくるがしおかしい、違和があった。
その正に完全に絆が気づく前に、後ろからはスースーと気持ちよさそうな寢息が聞こえていた。
彼はその言のせいか、大人びて見えるが、実際は中學生、それも一年生なのだ。寢ている最中に起きたのだから、眠気も取れていなかったのだろう。
(ん?……ちょっと待て!)
彼の全重が乗っかってきたせいもあって、絆は違和の正がわかってくる。
まさかと思った絆は、ゆっくり視線を後ろに持っていく。
そして、すぐに前へと視線を戻す。
絆がどうしてそんな変な行をしたのか、答えは簡単だ。
絆を抱きしめたまま眠っている彼が、一糸まとわぬ姿であったからである。
「勘弁してくれ……」
やれやれ、と思って絆はをかそうとする――が、こういう場合、一どうしたらよいのだろうか。
そもそも、なぜ彼は何も著ていないのだろうか。
一瞬、変な想像がよぎり、待て待て相手は中學生だぞと、凄い勢いで絆は首を振る。
大方、眠るときに何も著ない癖があるとかだろう。
と言っても、このままでいるわけにもいかない。
ため息をついた絆は、彼を起こさないように気を付けながら手を後ろにまわして彼を抱き上げる。
思ったよりもずっと軽い、こののどこに、絆の炎と対等にぶつかる力があるのだろうと思う。
お姫様抱っこで詠をマットの上に寢かせ、布団をかける。
その時だった、雲が切れ、赤い月のが、音楽室にってきたのだ。
「…………っ!」
キュン、と心臓が締め付けられる。
それは、絆にとってあまりにも規格外なことであった。
まるで天使か妖か、あるいはそれ以上か。
疑うという言葉など知らない。あまりにも、無垢で、綺麗な寢顔がそこにあった。
ドキドキと変に心臓が脈を打っている、それは、勇気に頭をでられた時と同じ覚である。
なぜ、自のがそんな反応を起こしているのかわからない。
(いやいや、待て待て! 相手は中學生、それ以前にだぞ!)
の彼を抱き上げたときは、大してドキドキもしなかったのに、一どうしてこんなに意識しているのだろうか。
この隣で寢られるとは思えなかった絆は、火照った頭を冷やそうと、廊下に出る。
廊下には、巨人がいた。
靜かに目を閉じているが、その重苦しい空気から、起きているのは分かる。
絆が橫を通るとすぐに目を開けて、巨人は彼を見た。
言わぬ巨人と視線があってしまった絆は、
「代だ、寢てていいぜ」
「…………」
どうせ、眠ってなんていられないのだ。見張りの代くらいしてもいいだろう。
絆の言葉を聞いてくれたのか、巨人はゆっくりと目を閉じる。廊下に出た瞬間にじた重い空気は消えていく。
この巨人も、何も言わないが疲れていたのだろうか。
扉の前で眠る巨人からし離れた位置で、壁に寄りかかり、赤い月を眺める。
眠気はなかった、は疲れているはずなのに、心もつかれているはずなのに、眠りたくない。
ほんのしの時間の中であまりに多くのことがあり過ぎた。
月を見ながらぐるぐると回る事柄を無意識で脳整理していると、曲のイメージが湧いてきた。降ってきた。
無に局が書きたくなった絆は、懐からペンと紙を取り出して、サラサラと頭に浮かんだ通りに曲を書いていく。
不思議なことに、ペンは止まることがない。
「……君は、案外、自分の気持ちを他人に表現するのが下手だと見た」
「……っ!」
熱心に書いていると、上から聲が落ちてきた。
手を止めて、話しかけてきた人を見ると、雙子の片割れ、絆とは面識のあるカル・エルザローナであった。
「何のことだよ」
「君は先ほど、ルックと朱音の要求を斷っただろう――なのに今、おたまじゃくしを一生懸命になって書いている、これは矛盾する行だ」
「別に、これはあたしの趣味なんだよ」
そう言いながら、視線を降ろしてまた、絆は手をかしていく。一瞬のひらめきというものは一瞬で過ぎ去ってしまうもの、だから、できるだけ早急に書き留めておかなければならない。
ふうん、と言ったカルは、絆の隣に座った。それを橫目で見た絆は、
「――そういうお前も、斷ってたじゃねえか」
「ボクの場合は君と違って、本當にやりたくないのだよ」
「雙子の妹様がやりたいっていってるのにか?」
愚問だね、と言ったカルは一度、口を閉じた。
絆を見ながら、何かを考えているような間を空けて、再び口を開いたカルは「それよりも……」と、し不自然に話題を変えてくる。
「ボクは君に話さなければならないことがあるんだ」
「……なんだよ」
真剣な眼を向けてくるカルに、絆は一度手を止めて、彼を見た。
「君のお兄さん、勇気についてだ」
「…………っ!」
兄の名前が出てきて揺する。
絆が最後に五満足の勇気を見たのはカルと一緒のときで、勇気が傷だらけになって絆の元に帰って來たときには、カルの姿はなかったのだ。
つまり、カルは勇気が死ぬことになった要因を知っている。
し怖かったが、聞かなければ後悔すると思い、絆は黙って彼を見ていた。
それを了承と取ったのか、カルは話し始める。
「そうだね――じゃあ聞くけれど、絆、君は保健室で眠ったとき、その眠気が不自然なものだとは思わなかったかい?」
「うん? まあ、多は……」
本來ならば、勇気の傍でなど絶対に眠れないはずなのに、あの時はなぜかぐっすり眠ることができた。
でも、いったい何でそんなことを聞くのだろう……?
「あの時、篝火勇気は君の飲みにしの睡眠薬を混ぜ込んだのだ」
「なっ……」
絆が疑問を述べる前に、カルに眼で制される。
「もちろん、君をどうこうするためではなかった。『誰一人死者を出さずしてこのゲームを終わらせよう』としていた彼の行は、ボクたちの弱さを知っていたからこそのものだったのだろう」
誰一人として死者を出さず……。
ぶっきらぼうに見えて、は優しい勇気らしいと思った。
同時に、彼の意思を壊すような行為をしようとしていた自分を恥ずかしくも思った。
勇気はこの絆の弱さを知っていた。
もしも絆が眠らされていなければ、勇気が何処かへ行こうとすれば必ずついていっただろう。彼が傷つくくらいならば、と平気で他人を傷つけ、あるいは自分のを犠牲にしていたに違いない。
だから、彼の行は誰よりも絆のことを知っていたからこその行だと言えた。
だが、そこでカルの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「ボクたちって……」
「そう、詳しいことを話してもいないのにね。彼はボクが――過去から、逃げていることを簡単に見抜いてしまったのさ」
「過去……」
人の過去に踏みってしまってよいのだろうか、これ以上カルに訊くのは迷なのではないかと、思案したが、その間に彼は衝撃的なことを話し始めていた。
「ボクたちは義理の姉に両親を殺されたんだ」
「殺された……?」
彼たちはまだ小學生だろう。
しかし、今まで二人は、絆に両親が殺されたなどという、暗い背景があるようには一度たりとも見せなかった。
「取り殘されたのはボクとルックだけさ。だから、ボクはルックを護るためにずっと彼よりも強くなければならなかったんだ」
「それが、その澄ました口調ってわけだな」
「これは元からだ、放っておいてくれ」
力なくそう言ったカルは、ふう、と息をついた。
「でもね、ボクは気づいてしまったのだよ。今まで守る対象であったはずのルックよりも――自分が弱いことに、ね」
「どうしてだ……?」
「簡単なことだよ、ルックは父さんたちの死に向き合っていた。一方で、ボクはその事実から目を背け、見ないように逃げ出した。どちらの方が強いかぐらい、誰でもわかる」
年不相応の大人びた表で自嘲気味に笑ったカルは、その眼を絆に向ける。
「篝火勇気に言われた通り、君もボクと同族だと思っていたんだが――――悔しいことに君は自分の弱さに向き合おうとしているみたいだ、ボクとは違う」
「そんなことないっ!」
反的にんでいた。
いつの間にか絆の両手は、カルの両肩に乗っていた。
そして、脳に言葉が浮かんでくるよりも先に、彼に向かって言っていた。
「あたしが変わりつつあるのは、たぶん、詠のおかげだ」
「…………」
「なあ、カル。お前には、自分を変えてくれる人間がいないのか?」
そんな人間この世にいるはずがないね、そう言ったカルはし寂しそうであった。
そのカルの言葉が、なんだかムカッと來て、いつの間にか、絆はんでいた。後先など考えずに。
「あたしがいるだろ! 篝火絆が、弱いお前を変えてやる!」
カルは放心したように、ただただ、絆の顔を見ていた。
言ってから絆は、しまったと思う。自分らしくない、あまるにも暑苦しい言葉。
笑われるだろうと、馬鹿にされだろうと思った。
だが、カルは、震えはじめ、やがてその眼からはポロポロと涙を流し始める。
「ほんとう、かい? ボクを、逃げることしかできないボクを……変える、って」
ようやく、カル・エルザローナという一人ののことが分かったような気がする。
確認する彼の言葉への答えは、一つだ。
「ああ、約束だ」
ありがとう、と言ったカルは年相応に泣きじゃくる。
そこにはいつもの、『余裕があるように見える』彼の姿はなかった。
あったのは、ただの可い小學生のの子の顔だけ。
しばらく、彼が泣き止むまで待った絆は、彼が落ち著いたのを見ると立ち上がった。
こんな約束をしてしまったのだ、実は自分が彼よりも弱いなんてことになった暁には恥ずかしくて本當に死んでしまう。
「わるい、ちょっと、行ってくるな」
そう言った絆はしだけカルに見張りを任せて、その場を離れていく。
カルに協力するなら、彼を変えようとするなら、まず、自分が変わらなければならない。
(もう、逃げられねえな……)
絆は、歩いていく。
彼自のけじめをつけるために。
※
「ほら、時間はないんだぞ! いつまで寢てんだよ!」
そんな聲と共に布をはがされ、その頭に眠りながらいでいた服が命中した昴萌詠はやたらテンションの高い聲に起こされた。
まだ眠り足りないため、詠が目をこすっていると、まるで人形のように、まず下著を付けられ、頭から服をかぶせられ、スカートを付けられた。
寢起きの、ぽわぽわとした頭で考えると、こんなにテキパキと詠に服を著させてくれる人は一人しかいなかった。
「リョウ、ちゃん……?」
「うん? 誰だよ、それ」
無意識で姉の名前を読んでみたが、帰ってきた聲はそれとは違ったものであった。
鋭い目つきに學帽、と、目の前にいるは、姉ではなかった。
「きず……な……?」
だが、詠の知っている、彼ではないような気もする。
何が変わったのかなと、よくよく彼を見ていると、すぐに見た目の違いは分かった。
「どうしたの? その髪?」
「うん? ああ、カッコいいだろ?」
絆は、赤と金が混ざった秋の紅葉のようにしく長かった後ろ髪をバッサリと切って、ショートヘア―になっていた。
學帽にショートと、遠くから見たら男の子のような格好である。
まあ、確かに格好はいいが……。
詠に服を著させた絆は、次にカルとルック、朱音と次々に寢ている人の布を剝ぎ取ったり、聲を上げたりと結構強引に起こしていく。
「ほら、カルも、ルックも! 起きろ! 早くセッションを始めるぞ!」
「おい、ちょっと待て。昨日は嫌がっていたではないか……」
「どうしたの、絆、ちょっと、違う……」
「…………」
三者三様の戸い方であった。特にカルは何も言えなくなっているではないか。
ほらほら、と言っている絆を見て、彼が変わったのが容姿だけではないことに気づく。
うまく言葉に表せないが……元気になったというか、暗い部分がなくなったというか、サバサバしているというか――とにかく、格好良くなったことだけは確かである。
全員を起こし終えた絆はし隈を作った眼で全員の顔を見渡して、ニコッ、と笑顔を振りまいた後、全員に紙を一枚ずつ配っていった。
「昨日作った、作詞作曲はあたしだ」
「なにこれ、『black rings』……?」
なかなかいいだろ、と言う絆はその手にすでにエレキギターを持っていた。
そして、見事な腕で音楽室一杯にイントロ部分を引き、その高音を響かせる。
詠は、楽は何一つとしてやったことがなかったが、流れる手とビブラートのかかった頭に響く音にゾッが震えた。
何も知らない詠ですら、數秒で彼の音に魅了されてしまったのだから、音楽を知っている朱音やルックは絆の音を聞いてしないはずがなく、二人はすぐに顔を見合わせていた。
そして、ルックはキーボードの前に行き、朱音は絆の持っているギターよりも弦の太いベースを手に取り、その中にる。
ルックのメロディに、朱音の重低音がり、絆のギターと調和する。
カルと合流したとき、この音楽室でルックのピアノは聞いたが、キーボードになるとクラシカルな雰囲気が消えていた。
朱音のベースは聞くだけで、心臓がかされるような低い音。二人の音をしっかりと支えているようなじをける。
ただ、まだ何か足りないような気がしていたのだが、三人がカルを見ていることに気づく。
カルは何か迷っている様子であった。
一瞬前に出たのだが、三人と目を合わせると、をかみしめて、拳を握りしめ、俯いてしまった。
何か聲をかけた方がよいだろうかと思っていると、詠よりも先に絆がいた。カルの前に來た彼はカルに向けて手を差し出す。
「あとは、しだけお前が手をばすだけだ」
その言葉の裏には『がんばれ』という言葉が隠れているような気がして、詠は二人に干渉せずにただ、見守ることにする。
カルは、眼を閉じた。
深呼吸をしているようで、同時に、何か決意を固めているようだった。
目を開いたカルは、ゆっくり、一瞬手を戻しそうになりながらも、絆の手を取る。
絆の手に轢かれて、彼はドラムの椅子に座った。
その様子を朱音とルックは驚いた様子で、一方で、とても嬉しそうに見ていた。
カルの叩く音が加わる。
その瞬間、一つの音楽が完された。
彼たちの奏でた音楽は、詠の今まで聞いてきたものとは一線を畫していた。
を熱くさせる、ゾクゾクさせる、心を躍らせる。
麻薬のようにに浸して快楽の波を生み出し、興させる音楽。
これは詠が目の前で聞いているからなのだろうか。
それとも、詠がじているように、彼たちが天賦の才を持っていたからなのだろうか。
絆が作った曲は、たったの一曲である。
だから、5分程度で終わってしまうのは、仕様がないことだがそれがたまらなく惜しかった。
もっと聞いていたいと思った。いや、いつまでも訊いていたかった。
音楽が止む、初めての楽譜で、初めて合わせたようには思えないほどに、最後の最後まで一つの音楽としてまとまっていた。
拍手を喝采というわけにはいかない、なにせ観客はたった一人しかいないのだから。
「すごい、すごいよ! もう、言葉にできなくて恐ろしくなるほどにし――」
「詠!」
それでも詠はパチパチと手を叩きながら、自分の思う最高の賛辭を彼たちに送っていると、がぐらついた。
麻薬のようなの興によって、忘れていたが、発作が來ていたらしい。
ゴホゴホッ、と咳き込んでいると絆が駆け寄ってくる。それをすぐに手で制して、ポケットから薬を探す。
彼がポケットに手を探ると、薬は簡単に見つかった。
だが、ここで彼は考えた。
この薬は最後の一個、使ってしまえば十二時間後にはの破滅が訪れてしまう。ここは一分一秒でも長く、摂取する時間を遅らせた方が良いのではないか。
「おい、本當に大丈夫かよ!」
四つの視線が詠を囲む。しかし、絆の言葉に何か言葉を返している余裕は既に詠にはなかった。
いくら、我慢したところで、それは數秒程度の誤差の範囲に収まってしまうのだ。悔しいが。
それよりも今、心配そうに見つめてくる彼たちを安心させるのが先決ではないかと思い、カルから渡された水と共に薬を飲み干す。
すぐに発作は収まる。が安定していくのをじる。
ニパッ、と笑った詠は、心配そうな顔に向けて。
「もう、大丈夫だよ」
けれどもこれで彼たちを騙しおおせるわけがなかった。特にカルはよく詠を見ていた。
「今君は、一瞬薬の接種を躊躇したね」
「…………っ!」
「薬はあと、どれくらいあるんだい?」
正直に言うべきではない、それは彼たちの負擔になってしまうから。
だが、噓を言うきにはなれなかった。カルの視線は噓を許してくれそうになかったからだ。
黙りこくっていると、「早くいいたまえ!」とカルのきつい聲が來る。
「……今のが、最後だよ」
「タイムリミットは……?」
彼が詠を心配して言ってくれているのはわかる。でも、この時間では何か対策する前にタイムリミットが來てしまう。
またしても口を閉じた詠に、「いつだい?」またカルの迫力のある言葉が降ってくる。
「……たぶん、あと十二時間くらい」
そう、か……、と言ったカルは鉢を持った片手で顔を覆う。
二人の応答に怪訝な顔をしていた絆と朱音が、カルを見ながら無言の説明を要求していた。
カルは彼たちに説明してしまう。詠ののことを。
「彼はし訳ありでね、一定時間ごとにとある薬を飲まなければ死んでしまうのだよ」
「なっ……」
「今最後の薬が使われた。つまり、彼はあと十二時間以にここから出なければ死んでしまうってことだ」
「薬は、作れないのか?」
朱音の問いにコクリとカルは頷く。
同時に、絆が詠の元につかみかかってきた。真剣な眼に押された詠は彼の顔を見れなかった。
「なんで今まで言わなかったんだよ!」
「……ごめん」
詠の弱々しい謝罪に、絆は摑み上げていた手を緩める。
ガシガシと、頭を掻いた彼はくそっ、と言ったあと、「ちょっと出てくるわ」とふらふらと音楽室を出ていってしまった。
音楽室に取り殘された四人にはその背中を見ていることしかできなかった。
※
何かを犠牲にしなければ何も得ることはできない。
それは誰にも変えることのできない世の中の摂理であった。
そして、犠牲にしたところで得られるとも限らないのも世の中が理不盡な理由である。
人は果たして、そんな見えない決められたルールの中で生きていくしかないのだろうか。
「ふざけるな!」
廊下の壁に向かって篝火絆は思い切り自分の手を打ち付けていた。手はヒリヒリと痛んでいたが、それを気にする余裕は頭になかった。
あと十二時間。
それ以にこのゲームをクリアしなければ詠が死ぬかもしれない?
こんな馬鹿げたことがあるか。
彼は人を殺すのを嫌っている、それは見知らぬ人間の死だって心を痛ませるに違いない。
しかし、このままでは彼は確実に死んでしまうのだ。
この際、もうどうこう言っている暇はない。
こんなことをすれば自分はきっと、地獄に行だろう。向こうの世界で勇気に散々ののしられるだろう。
でも、彼は昴萌詠だけは見捨てることができない、恩人であった。
(14人だ、今すぐに數人殺して……)
白の人間を見つけ出そうとして、すぐに立ち止まる。
先ほどの放送での『パイシーズ』の言葉を思い出したからである。
『最後のルール、それは今からちょうど一日後に始まるんだけど……殘念なことに、始まるまでのその間、君たちは誰も殺してはいけないんだ』
『もし殺したら――――その時は、ひどい罰ゲームがあるから』
罰ゲームというのは一なんだろうか。殺した人間に対して、そのの一部を欠損させるとかならばまだ良い。
だが、これがもし、殺した人間の首の沒収とかであったのならば、意味のないことになってしまう。
ダメだ、うかつに人は殺せない。
しかし、『パイシーズ』の言っていた時間を待っていたら、彼のが持たない。いや、持ったとしてもギリギリだ。
時間まで詠が奇跡的に持ったとして、その時間帯からは白同士の殺し合いが始まる。戦場と化したその場所ですぐに14個の首を持ち帰るなんてできるのか。
これは、現実的ではない。
やっぱり、『罰ゲーム』とやらを恐れずに、イチかバチかで今行を起こすべきなのか。
「くそっ!」
ロッカーに頭を打ち付ける。視界がぐらぐらする。
頭を抱えている時間などない、他の方法を考えるにも、何処から考えれば良いのかわからない。
こういう時、自分よりも頭の切れる人間はどう考えるだろうか。
例えば、そう、勇気は何を考え、行するだろう。
その時、彼の死に際に放った、今思えば明らかに不自然な一言が脳裏を過ぎった。
『世界を疑え……神を、疑え』
この一言だ。
カルは昨日、勇気は『死者一人出さずにゲームを終わらせる』ためにいていたと言っていた。
そんな人間が、『疑え』などと殘すのはおかしい。
死に際に彼の考えが変わったと言う可能はもちろんある。
死ぬ瞬間なんて、自分が死ぬだろうと分かってしまった時のことなんて想像もつかない。
しかし、もしも、そうでないとすれば。
絆は頭を回す。
彼の殘した言葉通り、この世界を疑っていく。
一どの角度か疑の目を向ければいいのだろう。そんな思いはあったが、とにかく考える。
昨日詠から貰った、勇気の形見である懐中時計を握りしめながら、必死に考える。
しでも疑問に思ったことをつなぎ合わせていく。
その意味が一どこに収束するのかは想像もつかない。
そして、思考が、止まる。
不自然なこと、疑うべきことは、多くある。だが、彼が今考えていることはあくまで仮設でしかない。
証拠となるものがなければ、いくら考えたところで所詮はただの妄想。
そのとき、ポケットから一枚の紙がひらりと落ちた。
それはゲーム開始時にいつの間にか彼のポケットにっていたもの。
『ノルマ 黒1または白14
詳細は開始1時間後に説明』
書かれていたのはたったそれだけの報、初め見たときは意味が分からなった言葉。
だが、その言葉を見つめた瞬間だ。
絆の脳の中にピカリと、雷が落ちる。
彼を襲ったのは、圧倒的なまでのひらめき。
一つ一つの単の疑問が一本につながる一つの可能。
「そうか……もしかしたら……」
そう呟いた絆は、すぐさま走り出す。
自分の考えが正しければ、一つだけ、証拠ができる。
ただ疑うことしかできなかった、確証が持てなかった一つの考えが証明される。
急いで音楽室まで帰ってきた絆は、紙にペンを走らせる。
何度も、何度も、間違えがないかどうか、確認しながら書きなぐっていく。
戻ってきたと思ったら急に何かを書き始めた絆に周りは驚いていた。
「気でもれたのかい?」
「……ちょっと、待っていてくれ」
頭の中を整理し、自分の考え、仮説をもう一度だけ一から張り巡らせ、間違いがないか確認していると、
「考えたんだが、先に詠くんだけでも元の世界に返さないかい?」
「……は?」
絆にとって、カルの言葉は驚くべきものであった。
今、彼は何と言った?
「だから、ティルヴィングの首があるんだ。あの魔剣は人目にれないところに保管してあるが、あれから首を取り出せれば詠くんだけなら帰せる」
「ダメだよ! 私だけなんて、そんなこと!」
詠はそう言っているが、確実に元の世界に戻せるのならば、その方がいい。
絆の考えは、多なりとも運に左右される。賭けになるからだ。
先に帰れ、嫌だ、というカルと詠の押し問答が繰り広げられている間、絆の紙をルックと朱音がのぞき込んできた。
「それで、絆は、何、してたの?」
「いやでも、首があるならそっちの方が確実だし……」
「まだ時間はあるのだ。今無理して、あの二人の間にって無駄な力を消費するよりも、何か考え付いたらしいお前の話を聞いていた方がよっぽど有意義な時間の使い方だ」
過剰に期待されるよりも、気楽に聞いてもらえた方が絆も説明しやすかった。
これ以外に詠を救う方法がないってプレッシャーをじながらでは、説明に何倍も時間をかけてしまうと思った。
近くでまだ言い合っている二人を完全に無視したルックと朱音の視線は絆に注がれる。
もうし確証を固めてからにしたかったのだが仕様がない、と息をついた絆は説明を始める。
「あたしは、もう一人の黒の首を取ろうと考えていたんだ」
「それは……ティルヴィングのことではないのか?」
絆は首を橫に振る。
確かに、ティルヴィングの存在を知らなかった絆は、自分たち以外の黒の存在も考慮していた。
しかし、たとえ見つけたとしても、詠のが持つ時間には手を出せない。
絆の言葉に當然、朱音が反論して來る。
「何を言っている、黒の人數は6人。私たちを除けば魔剣だけのはずだ」
絆、詠、ルック、カル、朱音、そして、ティルヴィング。
果たして、それがこのゲームに用意された黒の首を持つ者たちの全てなのか。
絆は、はっきりと、二人に告げる。
「そもそも、黒が6人ってことが間違えだったんだよ」
「なっ!」「えっ……」
驚く二人に、絆がその理由を説明し始めようとしたところ、さっきまで言いあっていた二人までもが絆の話を聞きに來ていた。
話を聞く人が増えたことでし張するが、「続けたまえ」というカルの言葉にうなずいて、絆は自分の考えを述べる。
「そもそも、変だとは思わなかったか? 黒が6人だって報は何処から持ってきたんだ?」
「この紙だよ、書いてあるからね」
「まずは、そいつを疑わなきゃいけなかったんだ。『パイシーズ』の野郎は、『放送で流されるルールだけは『絶対』だ』と言っていた。逆にいえば、放送以外で流された報はフェイクだって考えられる」
そこで、朱音が「待て」と言って、
「プレイヤー數と學校の地図以外の紙に書かれたルールは放送されたものと同じだった。それに、私は白の數は194人だと正確に把握している。この紙の通りだ」
「そう、間違っていない。だからこそ、あたしたちは騙されたんだ」
「なん、だと……?」
「これだけの膨大の報量で、たった一つだけ間違った報があると誰が思う? この紙はたった一つの報、黒の人數を隠すためだけに作られたんだよ」
「だが、それはただの推測に過ぎない、黒が6人以上いると言う証拠はないだろう?」
やはり、まだ信じがたかったのか、そんなことを言ってくるカルに対して、絆は、今書きなぐっていた紙を見せる。
そこにはいくつかの數字が並べられていた。
「証拠になるかはわからないけどな、こいつを見てくれ」
「なんだい、このごちゃごちゃした計算は?」
この計算の意味を語る前に、絆は彼たちに問いかける。
「……黒が殺すのは白14人か黒1人っていうルール、これ、不自然にじないか?」
「別に、14人というのが中途半端な數字だってことぐらいしかボクには……」
そうだ、と絆は言って、この紙の説明を始める。
「不自然なんだよ、14って數字はな。そして、『パイシーズ』は、追加ルールが初めから決まっていたと言っていた。白は3人他の白を殺せばここから出られるっていうやつな」
「それがどうしたんだい?」
「簡単な計算だ、このゲームには確実に白が194人いる。あたしたち黒が6人。あたしたち黒同士が殺し合った場合を考えると――黒がこの世界に殘されるのは0、2,4,6人の4通りだ」
簡単な計算、といっても小學生には難しいらしくてカルとルックは目を點にさせて聞いていた。
朱音と詠はついてこられているらしく、頷いていたので続ける。
「殘った黒が白を殺すと考えて、黒の人數に14をかけて194から引くと――殘る白の數は上から、194、166、138、110となるわけだ」
「そういう、ことか……」
朱音は気づいたようだ。しかし、詠の目が説明を求めていたので、続けることにする。
「追加のルールで3人殺せば1人は出られる。つまり、4人がゲームから外れると考える――で、さっきの殘った白の人數を4で割ると、48.5、41.5、34.5、27.5となる」
「あれ、これじゃあ……」
「そう、今の人數じゃ、必ずこの世界に2人だけ殘されてしまうんだ」
『パイシーズ』は、追加ルールは一つだけだと言っていたのでこれ以上のルール変更はない。
朱音は「だが、」と口を開く。
「白が黒を倒したときはどうなる、今までの計算は破綻しないのか?」
「そのために一つだけ変わった……『一度でも白が使った黒の首は他全員の白が使い終わらないと、黒は使えない』なんてルールがあるんだ。まあ、白が使っても黒の首が消えないってものちょっと変なルールではあるけどな」
「じゃあ、このゲーム自は間違っているってこと?」
今の、紙に書いてある200人では、必ずこのゲームの中に取り殘されてしまう人が出てきてしまうのだ。
それは、一見、ただゲームの主催者側の不手際のように思えるかもしれない。
だが、それは違う。
「一人もこのゲームに殘さない、ゲームを破綻させないためにはどうすれば良いのか、簡単だ」
「――今いる人數にたった一人、黒を新たに加えるだけでいい、ということか」
朱音の言葉にうなずく。
このゲームが、ゲームとして立しているならば、黒がもう一人、この世界にいなければならなかったのだ。
「じゃあ、その隠れている黒って……?」
詠から來たのは當然の疑問。
そのもう一人の黒は誰か。
考えたときに、絆の頭の中に響いたのは、やはり勇気の言葉であった。
『世界を疑え……神を、疑え』
そう、このゲームの世界を疑った時にもう一つの黒の存在が浮かび上がった。
そして、疑うべきはもう一つ。
このゲームの、神と呼べる存在。
「このゲームの神様――『パイシーズ』だよ」
※
このゲームの主催者である『パイシーズ』自がプレイヤーである。
その事実に昴萌詠は驚嘆していた。
「じゃあ、『パイシーズ』もこの世界にいるってこと?」
たぶんな、と絆は言った。
彼が言ったことを詠には否定することができなかった。
最初のルール説明のとき、『パイシーズ』は、隨分とふざけた口調であった。
あれはわざとで、言葉の中の真の意味を考えられないようにするためだったのならば?
『君たち、僕たち、貴方たちの首に巻かれている『首』を奪い合ってもらうゲームさ!』
彼の言っていたそんな言葉を思い出す。放送でのルール説明は絶対。だから、噓を言うわけにはいかない。
ゆえに彼は『僕たち』という言葉の前後に他の言葉を混ぜたのか。
彼がこのゲームの中にっているとしたとき、そして、放送での彼のルール説明に間違いがないと考えたとき、
「『パイシーズ』は、『終わるも始まるも僕の采配』とか言っていたよね」
「うん、あたしも同じことを考えていた。『パイシーズ』を見つけて、ひっとらえて來られたなら、全員無事で外の世界に帰ることができるかもしれないって」
まあ、と言った絆は付け足す。
「あいつがゲームをどうこうできないってんなら、その時は首だけでも貰ってくればいい。どのみち詠は助かる、って考えたんだけど」
頬をかく絆に、詠は笑顔を向ける。
このゲームの、たった一つの突破口を見つけることができた以上に、絆が自分のためにいろいろと一生懸命考えたことが嬉しかった。
(なら、私も答えないとね……)
絶対に離するわけにはいかない。
全員が帰れる方法があるかもしれないのだ、その明が見えてしまった以上は、自分も最大限の協力をしたいと思う。
「だが、私は一度、校を見回らせた。馬鹿げた仮面をかぶった怪などいなかったはずだが?」
「確かに、そうだよな……」
絆は、腕を組んで考えていた。
ゲームの主催者がいる場所を。
朱音は二百人近い人々を作していた。當然學校のことをこの中で誰よりも知っているだろう。
その彼が知らないと言うのだから、おそらく、『パイシーズ』は隠れているのだ。この世界のどこかに。
考え疲れてしまったのか、「ああ、もう!」と言って頭を掻いた絆は、先程までの鋭さはどこへやら、音楽室を飛び出していこうとする。
その手を詠は慌てて、摑んだ。
「どこ行くの、絆!」
「あの野郎を見つけに行くんだよ!」
「だって、何処にいるのかわからないんだよ!」
「だから、しらみつぶしに行く!」
タイムリミットはまだある、5時間以上も。
ゆえに彼の行は間違ったことではないとは思う。
時間があるのだから、ザッハークを合わせて6人で探せば見つかるかもしれない。
だが、詠はなんとなく、あらゆる細工を施してきた怪が普通に見つけようとして見つかるような場所にいるとは思えないのだ。
詠の手に一瞬、止まった絆は、すぐにその手を払って飛び出していった。その後を朱音、カル、ルッカと続いていく。
ただ、詠だけは、出ていく気にはなれなかった。
校舎の中ならば、五人で捜索すれば三十分もかからない。詠が加われば五分くらいその時間がまるだろうが、彼はかなかった。
頭をフルに回転させて、このゲームのルールやゲームで彼が経験したことから、何か『パイシーズ』の居場所を摑めないかどうか、考える。
その場に座り込んだ詠は、時間を忘れて考えた。
そして、一時間と半が過ぎて、もう一度絆たちが戻ってきたころには、たった一つだけだが、ある方法を思いついていた。
「私、もしかしたら、『パイシーズ』の場所がわかるかもしれない」
「それは、本當、なの?」
ルックの言葉にうなずいた詠は、絆のようにその場所について説明することはなかった。
彼が言うのは、その方法だけ。
「絆、今から三時間と二十分後にグラウンドでコンサートを開催できる?」
「…………は?」
絆の拍子抜けた聲が聞こえてきて、詠はふっ、と笑った。
「この世界にいる白の人々を全員一か所に集めてしいんだ」
「もしかして昴萌、お前は白の中に『パイシーズ』が隠れているとでもいうのか?」
朱音の言葉に詠は曖昧に微笑むしかない。このゲームを仕切っているのはあくまで『パイシーズ』であり、この會話も彼に聞こえているかもしれないのだ。
真意など容易には話すわけにはいかない。
「だけれど、ボクたちはさっき初めて合わせたばかりなのだ。コンサートと言われてもだな……」
自信なさそうにいうカルに「できるよ、絶対」と自信たっぷりに言う。
その初セッションにおいて、この中で誰よりも魅了されたのは詠自であったからである。
「ルッカ、場所は作れるよね?」
「うっ、うん、できるけど……」
じゃあお願い、と笑顔を向けて詠は言う。
こういう時は、彼たちが迷って決めかねているうちに、強引にねじ込んでしまった方が良い。
「ちょっと待て、まだあたしたち、やるとは……」
「何言ってんの、もうバンド名も決めちゃったんだから!」
そう言って、詠は彼たちに『GRB』と大きく書かれた紙を突き付ける。
「じーえむ、びー……なんだそりゃ」
「略稱だよ、ジェミニ(Gemini)レッド(red)ボンド(bond)のね」
「単語はメンバーか、雙子でジェミニ、『朱』音だからレッド、絆だからボンド……」
可笑しそうに解説する朱音はどうやら乗り気のようだ。
何のひねりもなく、かつ、文法もくそもない名稱であったが、時間がなかった以上、仕様がないだろう。
「私は、さっきの音楽、聞いててすっごく楽しかった! 他の誰にもできない、ずっと聞いていたいと思えるくらいに、ファンになっちゃったんだ――だから、」
『…………』
「だから、これは1ファンからのお願い。もう一度だけでいいから、皆の音楽、聞かせて!」
詠の言葉に、対して、まず初めに朱音が「ならば、し練習しないとな」と言ってベースのある位置へと向かう。
次に、カルとルックが、お互いの目を見たかと思うと、各々の楽の元に向かっていった。
最後に殘ったのは、篝火絆。
彼は、はぁー、と大きな息をついたかと思うと、「しょうがねえな……」と言い、
「支離滅裂でかなり強引だけどな、そこまで言われちゃ仕方がねえな」
そう言って、彼もまた、ギターの元に歩いていったのであった。
それから數時間、彼たちは一本のオリジナル曲と、他數本の有名曲を練習した。
たった數時間の練習であったが、一秒ごとに、息が合ってきて、本番が始まる一時間前には人の前で演奏できるレベルになっていた。
そして、タイムリミットまであと三十分ほどになった時、ルッカが自の能力により、巨大な砂のステージを作り上げ、準備は整ったのであった。
ここまでは全て予定通り、後は、彼たちの音楽が活気だっている白の人々の心に屆くかどうか、それだけだ。
「ああ、その……まだ大丈夫か、調の方は」
「おかげさまで、何ともないよ――保険もあるしね」
コンサート開始の三十分前、楽が無くなった音楽室で、絆がしぎこちない様子で話しかけてきた。
詠は念のためと言う名目で、うまく取り出すことができたティルヴィングの黒い首を朱音たちから持たされていた。
し気が引けたが、これで彼たちが安心してライブにめるならばと思い、け取ることにしたのだ。
「結局、何が目的なのか、教えてはくれないんだな?」
「……言ったでしょ、絆たちの音楽が聞きたいんだって」
詠の言葉に対して、絆はそれ以上何か聞いてくることはなかった。嫌な顔一つしない。
それは、つまり、彼が、昴萌詠という一人の人間を信じてくれている証拠であった。
嬉しくてたまらないのだが、それは行で移さなければならないというプレッシャーでもあった。
絶対に失敗できない。
難しい顔をしていた詠を、絆はそっと抱き寄せる。詠は突然事であったので、すぐにが離れる間、彼のドキドキという心臓の音を聞きながら、まるで人形のように彼にをゆだねるしかなかった。
心なしか顔の赤い絆は、ニコッ、と笑いかけてくる。
「心配すんなよ――ほら、お守りだ」
彼が指さしたのは、詠の。
抱きしめたその一瞬の間につけてくれたのだろう、そこには銀のピックがあった。
「でも、これからライブ……」
「大丈夫だって、ピックならいくらでもある」
絆がそう言うので、詠は笑顔で「ありがとう」と言うしかなかった。
「ああ、あと、さ……もし、ここから無事に出られたら――――」
聲が裏返っている絆の聲にかぶさるように、詠の頭上に別の音が降りかかってきた。
『今から私たち、『GMB』 の初ライブを行う、全員必ずグラウンドに來い!』
それは朱音の聲であった。おそらくは放送室を使っているのだろう。
この言葉だけでは足りない、白の人々の警戒心は削げない。
後は彼たちの本番の頑張り次第だろう。
「ごめん、絆、もう一回言ってくれる?」
放送のせいで途切れてしまった彼の言葉をもう一度聞こうと聞き返してみるが、
「いや、大したことじゃないから……」
と言って、詠の元から走り去ってしまった。
廊下を走っていく彼の背中を見ながら、小學校で『廊下は走らない』といわれたことがないのだろうかなどとくだらないことを思ったのであった。
※
人間は、弱い生きだ。
心と言うものを持ってしまっているがゆえに、ほんの些細なことで勝手に傷つき、自傷し、最悪、自ら命を絶つものもいる。
ここまで、一人で生きていけないは他にいないだろう。
だが一方で、人間はとても強い生きでもある。
心はときに、自の能力以上の力を出してくれる。
目の前にどんなに巨大な壁が立ちふさがろうとも、それを乗り越える、あるいは壊す力を持つことができるのだから。
ならば、強い人間になるにはどうすれば良いのか。
簡単なことだ。
誰よりも自分のことを理解し、その上で、『自分自に勝つ』それだけでいい。
闇夜の廊下でカルと別れた篝火絆は、一度逃げ出した鏡の前に立っていた。
一度だけ深呼吸をしてみると、鏡にはやはり、絆と――その後ろに勇気の姿があった。
恨めし気な顔で見てくる勇気の姿は、夢の中の彼の恨みの言葉を思い起こさせる。
これは、絆以外の者には見えない彼の心の闇が作り出した幻覚以外の何でもない。
だが、実のないこれに勝たなければ、自分は強くなれない.
 
前に、進めない。
ゴクリ、と唾をのんだ絆は、怖いながらも、自の背後にいる男から目を離さなかった。
もう、逃げるわけにはいかない。
「やめろ、これ以上あたしの中の勇気を汚すなよ」
キッ、と睨みつけて男に告げる。
すると、勇気の姿をした男は破裂し、靄となった。
四散した靄は、勇気の代わりに先程よりも遙かに小さな、昴萌詠のを形作る。
ギリッ、と歯を食いしばった絆は、
「そうじゃないだろ!」
苛立ちのった絆の言葉により、またしても靄はその形を崩した。
絆が鏡を見ると、その靄は霧となって、彼の周りにまとわりつき始める。
そして、彼の背中にもう一人の、篝火絆を作りだした。
「そうだろ、お前はあたしだ。勇気でも詠でもない――あたしの心の闇、そうだろ」
もう一人の絆は、口を開いた。
彼の口がく、しかし、彼は當然幻覚、その聲が廊下に響くことは無い。
――今、あたし、自分に噓をついている。
「……噓?」
――ああ、本當のあたしは一人じゃそこに立つ事すらできないはずだ。あたしの聲を目の前で聞いていられるはずがない。
「なら、噓じゃないあたしってなんだよ」
――あたしは本來、復讐鬼であるはず、だろう? それが本當のあたし、誰にも否定することができないあたしなんだよ。
「つまりは、お前ってことかよ」
脳にいる真っ黒い自分が語りかけてくる聲は、まるで、ドラッグだ。
脳がとろけそうになって、をゆだねそうになる。
彼の言っていることは、正しい。
篝火絆というは、義兄にい焦がれ、勝手に依存していた。
だから、篝火絆の行は決定しているはずであった。
依存対象の兄が死んだのならば、殺した相手を徹底的にいたぶり、祭りにあげ、復讐を完了したとき、狂気と共に自も一緒に死ぬ。
それが、本來の篝火絆のたどる運命。
だが、人は強くなるために変わる、進化する。運命なんていくらでも変えられる。
なくとも、今の篝火絆はそう信じられるようになっていた。
「お前はあたしだ。過去も未來もそれは変わらない――でもな、あたしはお前じゃない」
絆の言葉に、もう一人の自分はパッ、と姿を霧に変え、スーと絆のの中にってくる。
拒絶などするはずもなかった、これは紛れもなく自分自であるのだから。
深呼吸をした絆は、學帽を取った。
パサッ、と赤と金がり混じった、まるで太のような髪のが現れる。
「――変わるぜ、あたしは」
そう呟いた絆は、ポケットからハサミを取り出して、その長い後ろ髪をしずつ切っていく。
チョキッ、チョキッ、とはさみを握る手にし力を籠めるたびに、弱い自分が消えていった。
まるで紅葉のような赤と金の長い髪は切り落とされる。
鏡を見て、ふっ、と笑った絆は短髪になった頭を振ってから、學帽を被りなおしたのであった。
逃げることはできるが、過去を捨てることなんてできない。
できるとすれば、過去をけれ、今を、そして未來を変えることだ。
ライブといものをやるのは、篝火絆にとって、當然のことながら初めての経験であった。
未経験のことをするのだから當たり前なのかもしれないが、かなり張していた。
気を抜けばどうして自分がここにいるのかさえも、わからなくなってくる。
グラウンドに建てられた即席の砂のステージは、申し分ない大きさであった。
アンプは音楽室に人數分あった。
それに何処から持ってきたのか、絆たちの前には校全に流れるようにし大きめのマイクが設置されていた。
本當に、至れり盡くせりである。
おそらく、このライブは詠に何かの思があって行われるものだ。
気を抜くことはできない。
しかし、絆たちの立つステージの前にライブ開始時間に集まった人數は0であった。
まだゲームが再開していないとはいえ、ここは殺し合いの場だ。
罠だと考えているのは當たり前。
観客の數が一人もいないその現狀を見た絆は、安堵でプレッシャーが消える一方で、誰も聞いてくれないのは殘念だと思う気持ちもあった。
いや、ここからだろう。
カルに目配せすると、ドラムが叩かれ、一人の観客もいないライブが始まる。
一曲目は、オリジナルじゃない、とある有名アーティストの曲であった。
今、篝火絆にとってどんな曲であるかなど、さして問題ではなかった。
一人で弾いていた時には考えられないほどの高揚が、彼にはあった。
絆と、朱音の聲が響き、二人の聲が調和する。
詠の頼みは、ここに観客を呼ぶことであった。
今のところ、申し訳ないが、その願いは葉えそうにない。
けれども絆がギターを弾くことを、歌うことを止めることはなかった。
自分でも一どうしてだろうと思う。
こんなみじめな人生初めてのライブは嫌だと、弾き始める前は思っていたはずだ。
それでも彼が止めない理由はただ一つ。
(ヤバい、めちゃくちゃ楽しい……)
生み出される一つの音楽にが喜んでいた。
今、ここに自分がいることを幸せだと思った。
その時、絆は気づく。
一人、また一人とギャラリーが増えていっていることに。
奏者や歌手の気持ち、というのは、聞く側に多大な影響をもたらすものだ。
弾く側が楽しいと思えば、自然と聞く側も楽しいとじてしまう。それは音楽を奏で、楽しむことができる人間にとってある意味で當然の本能と言えた。
一曲目を引き終えた絆たちに待っていたのは、ポツリポツリとした喝采であった。
よく見るライブ映像とかでは考えられないほどの小規模な稱賛。
しかし、彼はそれでも嬉しかった。
だが、狂気に満ちてしまっているこの世界には彼たちを許さず、水を差す人も當然いる。
ヤジはなかった、その代わりに彼たちに飛んできたのは、一発の弾丸。
ギターの音が鳴り止んだとたんに発砲音が聞こえる。
このステージにいる以上、彼たちは最高の的であるはずであった。
けれども、いくら撃ったところで彼たちを傷つけることはできない。
ステージの前には、一人の巨人がいるのだから。
彼のは、その漆黒の防は、一発の弾丸をも通さなかった。
そして、そこに悠然として立つ巨大な守護者は発砲した者が打ち終えても、かない。傷つけようとはしない。
発砲があったことにより、絆以外の三人が視線を送ってくる。
普通、こんな危ない場所で楽を弾くなんてしない。
だが、ステージの正面に立つ絆は笑っていた。そこには怯えなどなかった。
絆は目の前にあるマイクに向かって、自分の思いをぶつけた。
「いいじゃねえか、弾丸が飛びうライブ――狂える奴だけついてこい!」
この場にいる人間は、彼のそんな突拍子もない言葉に聲援で答えた。
そして、校舎からは、一人、また一人と観客は確実に増えていったのであった。
※
『これが、最後の一曲だ。今日はみんな、こんな狀況だっていうのに、あたしたちのライブに來てくれて、ありがとう』
二百人足らずの観客の前で歌い、奏でるたちの姿を昴萌詠は、北校舎の一階の教室の窓から彼たちのコンサートを眺めていた。
彼のいる場所には機も椅子もなく、あるとすれば、黒板と、掃除ロッカー、教卓ぐらいである。
彼の目的はただ一つ、『パイシーズ』と會うことであった。
ならば、この教室の中に『パイシーズ』がいるのかと聞かれればそうではない。
(そろそろ……か)
教室に設置されたスピーカーから絆の聲が聞こえてくる。
『じゃあ、最後の一曲はあたしたちのオリジナル曲――『black rings』』
絆が曲の名前を言った瞬間、詠の視界が揺らいだ。
それは彼には決して逃れられないタイムリミットであった。
気分が悪い、薬がしい、全が痛い。
詠は耐え切れずにその場にしゃがみこんで、汗をぬぐうが、酷い汗は次から次へと流れてくる。
このままでは死んでしまう、黒の首を使って、今すぐに帰り、薬を摂取する必要がある。
耐え切れなくなった詠は、ポケットを探るが、そこには首はっていなかった。
ゴホゴホッ、と咳き込むと、手にヌメリとした覚を得る。
口を覆っていた手を見ると、吐していた。
「くっ……ああ……っ!」
痛みの聲を上げ、心臓を抑えながら詠はその場に倒れる。
苦しい、苦しい、苦しい。
今すぐ逃げたい、首は何処にあるのだ。
詠が辺りを見回すと、教卓の上に首は置いてあった。
違う、置いてあったのではない、自分が置いたのだ。
這いつくばるようにして教卓へと向かおうとした詠の視界は真っ暗になった。聞こえていた絆たちの音楽も聞こえなくなった。
何も見えない、自分が今どこにいるのか、どうすれば良いのか。
ただ一つだけわかるのは、自分のの崩壊だけは進んでいることだった。
前が見えなくなったこと。
何も聞こえなくなったこと。
それらもまた彼のの抑制が効かなくなったからなのか。
答えは、『ノー』であった。
苦しみの中、それでも詠の顔にわずかだが笑顔が戻る。
彼は、この瞬間だけをただ待っていたと言って良い。
ここまでは彼にとって、予想通りのことであったのだ。
そこで疑問になるのは、何も見えないこの場所は、果たしてどこなのだろうかということだ。
考えるまでもない、答えは一つしかないのだから。
彼はどうして、こんな苦しい思いをしてまでこの場に來たのか、それを考えればいい。
「でて、きなよ……いるんでしょ――『パイシーズ』」
途切れ途切れながら、詠がそう言うと、暗闇の中から不気味な仮面だけがくっきりと浮かび上がってきたではないか。
仮面はケタケタと気味悪く笑いだす。
「ケケッ、よく、よくぞわかったねえ。僕がここにいるってこと」
當たり前だ、何のためにこんなに苦しい思いをしながらもここに來た理由なのだから。
昴萌詠は何を考えて、この空間の存在にたどり著いたのか、そして、どうして彼が今ここにいることができるのか。
そのきっかけは、篝火勇気であった。
といっても、絆の彼の言葉のように直接的なものではない。
詠が考えたのは、彼の死だ。
絆は彼を保健室のベッドの上に寢かせておいた、と言っていた。
だが、詠が見た保健質のベッドには死が紛失していたのだ。それも不自然なほどに綺麗に。
勇気のをしがるのは一誰だろうか、そう考えたときに、このゲームのルールを考える。
には首が繋がれていたため、彼には白の首としての価値があった。
一つ、黒の誰かが持っていた、という考えができる。
しかし、その場で首を切り落とせばよいものを、なぜ、そのものまで持っていく必要があったのか。
それらを考えると、勇気のごと持っていく人はたった一人に限られてくる。
彼に依存していた篝火絆ぐらいしかないのだ。
けれども、絆は彼のはまだ保健室にあると勘違いしていた。つまり、彼が犯人ではないということだ。
なら、犯人はどういった意図でを持っていったのか。
答えはシンプル、ごと持っていくしかなかったのだ。
なぜか――それは、彼が誰にも見つかるわけにはいかなかったからに他ならない。
それに加えて彼がゲームの支配者であるからこそできる蕓當。
そして、支配者自もプレイヤーの一人であったためにやらざるを負えなかった行。
おそらく、彼は自の『結界グラス』で作り上げた世界にあるものを自由に持ってくることができるのだ。
だから『パイシーズ』は誰の目にもれられないを自分の隠れ家に持ってきていた。自分のクリア條件を確保するために。
「あなたは、私を、ここに連れてくるしかなかった……そうでしょ、『パイシーズ』」
「ってことは、君は自分の意思でここに來た! そりゃあ傑作だね! ねえねえ、もしかしてもしかして! 君は僕を嵌めたつもりなのかな? そうなのかな?」
この怪だってプレイヤーの一人、クリア條件を満たさなければならなかった。
しかし、今のところ死んだプレイヤーは、十人に満たない。
ゲームも追加ルールが出されて、終盤になってくる。
彼はきっと、心焦っていた。
大規模な殺し合いが起こってしまえば、あからさまな死の回収も難しくなるのだから。
そんな中、誰も校舎の中にいない狀況で、捕らえれば一発クリアの黒い首をしたが苦しみ始めた。
詠の癥狀を知っている彼は、それを演技だとは思わなかったし、実際、演技ではなかった。
さらに言えば、彼は人間という立場でありながら自と同じ『ルード』の席に座っている詠を嫌っていた。
これだけ條件がそろったのだ、かないわけにはいかない。
彼は詠を呼び寄せてしまった。
それが、彼の企みとも知らずに。
見破られない演技はできないと考えていた詠は、自分の意思が変わってしまわぬように、この時、持っていた黒の首を自から遠い位置である教卓の上に置いていた。
そのせいで、今も帰れず苦しんでいるのだが、確実に一つのチャンスを得ることができた。
詠は、を押さえながら、ヘッドホンを付ける。その瞬間に彼の周りに『結界グラス』が広がった。
「『プレアデス』……」
「ほほっ、ほう、まだまだ抗う力があるのかい!」
詠の持つ『プレアデス』の力を持ってすれば、一撃で彼を殺すことができる。左手に指鉄砲を作った詠は、怪に要求する。
「今すぐ、ゲームを終わらせて……じゃないと……うつ、よ……」
「できないことないけど、ねえ……まあ――」
彼も詠の力は知っているはずであった。7つの円盤を使えば、一撃でその仮面と頭を貫通してもおつりがくるくらいの威力になることぐらい重々承知しているはずであった。
しかし、帰ってきたのは気味が悪い笑い聲であった。
「――いいんだよ、撃っても!」
「……なに、言ってんの……?」
「だからさあ、撃ってもいいんだよって」
「な……っ!」
あっけらかんという『パイシーズ』。この怪は、死を恐れていないとでも言うのか。
怪は苦しみながらも抵抗する詠をまるで詠馬鹿にするかのように続ける。
「『パイシーズ』の本はゲームの外なんだよ、このは所詮、そのコピーでしかないんだ」
「…………っ!」
つまり、この怪には死を恐れる必要がないということか。
このままでは、ゲームを止めさせることなど到底できない。
「だからねえ、僕の一言でゲームは終わるけど――言うつもりはないなあ」
ケタケタと高らかに『パイシーズ』は笑っていた。
その傍らで、昴萌詠は靜かに絶をかみしめることしかできなかった。
右手から『弾』を撃てば、眼の前の怪は殺せる。
だが、撃って殺してしまえば、今生き殘っている人間が全員でゲームから出ることが不可能となってしまう。
詠には、どうすることもできなかった。
悔しくて、けなくて、が震えた。
そんな詠を笑いあげた『パイシーズ』はぴたりと、その気持ち悪い笑いを止めたかと思うと、何処から取り出したのか、一丁の拳銃を取り出した。
「じゃあさ――そろそろ、死のうか!」
パンッ、と言う音が聞こえたかと思うと、詠のが飛んだ。に何かが當たったようながして、一瞬意識が吹っ飛びかける。からがゆっくりと出ているのをじる。
視界が霞む、『パイシーズ』がゆっくりと近づいてくる。
きっと彼は、今から詠の首を切斷して、勝利を得るのだろう。
それを詠は、苦痛と屈辱を持ちながら見続けるしかない。
この世界の神が巨大なハサミを持って近づいてくる。
迫り來る怪を見ながら、詠はここに來て、初めて押さえられない1つのを持っていた。
聲もたてずに笑い始める。
詠には自然と恐怖はなかった。
人間と生きは究極的な狀況になると、壊れてしまうというが、しかし、詠は決して気がれたわけではなかった。
中は痛むし、撃たれたもジンジンする。コンディションは最悪である。
それでも彼が恐怖をしなかった理由はただ一つ。
勝利を確信したからに他ならない。
詠は彼を引き付けて『弾』を撃つ。弾は彼の足に當たり「おうああ」と言った『パイシーズ』はよろけ、詠の近くに倒れた。
全がまるで石のように重い。
1センチ、いや、1ミリいただけで激痛がを走る。
きたくない。
そんな思いと戦いながらも、詠は這いつくばり彼の元へと近寄っていく。
「これで、終わり!」
最後に振り絞った聲で、詠は『切り札』を使った。
それは長峰朱音に貰った、彼はきっと絆に使用するつもりだった、一枚の護符。
ったものを絶対服従させる、『呪縛の護符』であった。
ゲームを終わらせて、と靜かに言った詠はゆっくりと倒れる。
どこの國の言葉かわからない、意味不明の言葉を『パイシーズ』ぶと同時に、世界がゆがむ。
世界が崩れていくのと、止むことのないの痛みをじながら、昴萌詠は靜かに笑っていたのであった。
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