《輝の一等星》第四幕 プロローグ
「お前は、いつでも正しく生きろ」
尊敬していた父親にそう言われて育ってきたためか、早乙真珠の頭の中には『正義』という文字が強く刻み込まれている。
悪いものは悪い、善いものは善い、と、自の信じるものを疑わずに貫き通す父の姿は素直に格好よかった。
期の真珠は、第9バーンに剣道の大きな道場を持つ父の指導の下で、真珠は毎日稽古に勵み、ただただ、純粋に正しく、強くありたいと願い、正義の味方、などというものに強くあこがれて、多くの他人を救えるような人になろうと努力していた。
真珠、ってみたいな名前だと同學年の男子によく言われたが、一度も反発したことはなかった。亡き母からもらった名前だったというのもあるが、し小馬鹿にしたような彼らの言葉は真珠の努力の原力となるからである。
そして、小學校高學年になるころには、道場の中で最も強い小學生になっていた。もちろん、その実力は中、高校生にも引けを取っていなかった。考えてみれば人間の子供たちが集まっている中、人間よりも優れた生きであるプレフュードである彼が負けるはずがなかったのだが、き彼にはそれが愚かにも自分の努力の結果から生まれた実力以外の者とは考えていなかった。
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中學生になる前には、周りに相手がいなくなる、それでも彼は満足せずに、父においつくことだけを夢見て、日々、剣を振る。
真珠は、とてもきれいな顔に、さらさらの金髪、青白い眼に、高い長と、どの角度から見ても絵になる、絵本の中に出てくる『王子様』のような容姿を持っていたため、中學にるとそれなりにモテて、付き合ったりもしていたのだが、年齢のせいか、あるいはそういう格なのかはわからなかったが、竹刀を振る以上に燃えるはなかった。
そんなときである、真珠の前に一人のが現れたのは。
五月雨さみだれ麥むぎ、真珠よりも三つ上年齢であった彼は父の友人の娘であった。
銀の編み込みポニーテールに、真っ白な、れれば消えてしまいそうな危うさを持った雰囲気を纏うは、なんと真珠のいる道場へとってきたのである。
年上なのに弱弱しくじる麥を見たとき、とてもじゃないが竹刀などれるはずがないと無意識的に決めつけていたためか、正直、目障りだと思った。
だが、そんな思いは彼と対峙した瞬間、消し飛ぶ。
隙のない構えでたたずむ彼は、真珠の目指す父のものと重なった。
真珠が攻めあぐねていると、麥が先にいた。真珠はそのきに対応できなかった。
一本、それまで。
そんな聲が響いたのかどうかはわからなかった。ただ、真珠はこのとき、周りが見えなくなるほどに、何か熱いものがこみ上げてくるのをじていた。
その日を境に、真珠は毎日のように彼に挑んで、そして、敗北した。
父曰く、五月雨麥は天才なのだという。男だろうが大人だろうが関係なしに、剣道において彼の右に出る者はまずいないだろう、とも言う。ましては年下の真珠では彼に勝ことは不可能とも言い切った。
父の関心が彼に向かうことを真珠は嫉妬し、信用を取り戻すために、一太刀でもれようと、挑み続けるしかなかった。
その度に彼は面をつけているはずの頭に強烈な痛みをじながら、「一本!」という聲を耳で聞くのである。
澄ました顔で見下ろしてくる麥の顔を見て、今度こそはと立ち上がる。
必ず勝つ、そんな馬鹿げたものを原力として、真珠は何度もぶつかっていった。
だが、時間が過ぎていくにつれて彼は、才能の差というものを痛するようになった。途方もない才能の差は決して埋められないのだということを。
それでも、向かっていくのは若き彼の中にもプライドがあったからなのだろう。
「真珠、もうやめろ」
ある日、真珠はそんなことを言われた。いつものように倒された真珠が一本の竹刀を両手に握って、再び立ち上がり、構えようとした時である。
そう言ったのは敬していた父であった。
絶対嫌だ、という言葉がすぐに浮かんできた半面、父の言葉にホッとしている自分が何処かにいることに気づく。
悔しさと安堵がり混じったの中で、それでも何か言い返そうと口を開いた真珠であったが、彼よりも先に聲を上げた者がいた。
「なぜですか、彼はまた立ち上がっています。諦めてはおりません」
はっきりとした五月雨麥の聲を聴いたのは、それが初めてであったような気がした。彼がそんなことを言うのは、正直意外であった。
「だがな、いつも突っかかれていてはお前も迷だろう」
頬をかきながら言う父に、面を取った麥は一瞬、チラリと真珠を見てから、し不自然な間をあけた後、
「迷なんてことはありません、私は……彼と戦うのは楽しいですから」
そう言って、ふっ、と笑う。
―――――ドキン
麥の表を見た瞬間、心臓が高鳴った。背筋がぞっとして、知らないが、うれしいような恥ずかしいような、でも自然と嫌ではないが渦巻く。
彼の言葉に、それ以上父は何も言わなかった。
竹刀を下して呆然としている真珠に「し休もうか」と麥は言ってきて、はっ、真珠はうなずくしかなかった。
防をいで、道場から出ると、心地の良い涼しい風が吹いてくる。
「どうして、親父にあんなこと言ったんだ?」
「それは……なんとなく、だ」
「理由になってねえよ」
道場を出たところの渡り廊下に五月雨麥は座った。「お前も座れ」と言ってくる彼の言葉を「俺はいい」となぜか拒絶してしまった。彼は「そうか……」とし殘念そうにつぶやいた。
雲一つない晴天の空を見上げていた麥は、
「初めてだったんだよ、こうも私に、一度も勝てないというのに諦めずに、挑んでくるやつは」
「もしかして、貶してんのか?」
とんでもない、といった麥はこちらに綺麗な顔を向けた。どうにも視線が合わせられず、真珠はそっぽを向く。
おかしい、今まで人と目が合わせられなくなるなんてことは一度もなかったはずなのに。
「褒めているし、嬉しい、何よりも楽しいのだ。愚直に真正面から向かってくる、お前と戦うのは」
「やっぱり馬鹿にしてんじゃねえか」
彼はただ、ふっ、と笑っただけ。
前髪からしずくが垂れている、しい橫顔を見てドキドキと鼓を刻む自分の心臓をじていると、麥は寶石のような目を向けてくる。
「日と汗のり混じった香り、幸福を運んできてくれる風、すぐそばにあるしかったもの……何かに満たされているとじるこの瞬間が、私は好きだ」
「意味わかんねえ……」
「もっと勉強しろ」
「こう見えても績はまずまずだよ」
目を逸らして、言うと、何が可笑しいのか、クククッ、と麥は聲を出して笑う。
なぜ、笑われたのかわからなかったが、彼が笑顔でいると嬉しくなって、真珠も一緒になって笑ってしまう。
それは、半年以上も前から毎日のようにぶつかっていたはずなのに、五月雨麥というと初めて會ったような気がした日であった。
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