《輝の一等星》第五幕 プロローグ
は水よりも濃い。
のつながった縁者の間にある絆は、どんなに深い関係の他人よりも強く深いものだと言う意味の言葉である。
畳の匂いがする部屋を背にしながら、庭が一できる廊下。
真っ暗な空で唯一大きく輝いている白い月を見ながら、木でできている廊下に座っているは、酒のった盃を持っていた。
は赤と黒がベースとなっている鮮やかな和服を著ており、肩をはだけさせて白いを見せている。
その姿で、江戸時代の花魁なのかと疑いそうになるが、彼は別にこの和を重んじている家で、を売っているわけではなかった。
だが、それにしてはの容姿はあまりにもしすぎた。一目で男を籠絡させてしまう妖艶さと不気味さを併せ持ち、しかし、形容しがたい華やかさが彼にはある。
結われた黒髪に細く鋭い黒い目はブラックホールのように見るものを吸い込んでしまうのではないと思ってしまうほどに深く、黒真珠のようにしい。三百六十度どこから見ても絵になる顔形に、の理想形だと思われる放漫のにスリムな型を持つは、まさに國寶級と言っても過言ではないだろう。
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そんなの姿は、彼の普段著、花魁風のファッションなのである。
ならば、この立派な和風の家は一何なのだと聞きたくなるだろう。
その問いは簡単に答えられる。
彼はこの家の主なのだ。
當然一人でここに住んでいるわけではないのだが、一人、酒を飲むのが好きな彼は毎晩こうして、月を肴に盃を傾けている。
この家から見える月と言うのは、偽りのであり、本來のしさではないという。
しかし、ビジョンであろうが、なんだろうが、月は月、それだけで酒のさかなには十分だと彼は思う。
盃を一気に飲み干した彼は、顔湯変えなかった。酔った様子もなく、ぼんやりと再び考え出す。
言葉通りならば、人や親友よりも、親や兄弟の方が強い絆に結ばれているということになるだろう。
そんなはずがない、はを超えるのだという反論がどこからか、出てくるかもしれない。
だが、はその一切否定する。
よりも濃いものなどはあるはずもない。
縁という繋がりからは誰も逃れられない。
を持って生まれた瞬間から、のつながりは始まり、見えない絆によって引き寄せられる縁者たちが差しないということは無い。
は、それをつい先日、確信したところであった。
「梅艶ばいえん様~、お酒は悪いんじゃないの~?」
「妖義ようぎ、私の楽しみを取っちゃあ、いけないわよぉ」
頬を膨らませて酒を飲むなと言ってきたのは、可らしい真っ白のヤギのぬいぐるみを抱きかかえているであった。
ふわふわの栗のカールのかかった髪を床に垂らしながら、パジャマ姿で歩いてきたは梅艶と呼ばれたの隣に座った。
「お月さまなんか見て~、楽しいの~?」
「月を見ないとねぇ、酒を飲んでいる気がしないのよぉ」
「じゃあ~、月を見ながらお水を飲んでても~、気分は味わえるよね~」
そうかもねぇ、との言葉をけ流しつつ、アルコールをに通していく。
酒を飲むことに否定的ではあるが、梅艶が飲んでいる姿は嫌いではないのか、ニコニコしながら妖義は橫から見てくる。
しかし、いつものことなので梅艶は特に気にすることなく、再び盃を傾けた。
「隨分、嬉しそうだけど何かあったの~?」
「さぁねぇ、當ててみなさぁい」
、妖義はパタパタと足を揺らしながら、「う~ん」と人差し指を顎に當てて考えていた。
「待ち人、來たりとか~?」
妖義の年齢からは想像できないような回答が返ってきたので、梅艶は、靜かに笑う。
しかも、正解だというのだから、尚更おかしかった。
「本當にねぇ、隨分と待ったのよぉ」
はそれ以上何にも聞いてこなかった、ただ、目を閉じて傍にいた。
り輝いている月を見ながらそう呟いた梅艶は、いつの間にかが眠っていることに気づく。
スースー、とぬいぐるみを抱きかかえながら眠っている姿を見た梅艶は、やはり子供だったかと思いなおす。
しばらく、無言で、今度は星を見ながら酒を飲む。
星のつながりもまた、のつながりと同じくらいに深いものがあるもので、ひかれあう星と星の間を裂くことなど誰にもできないものだ。
ふと、思いついたように梅艶は口を開く。
「客人をもてなす用意をしておきなさぁい」
誰かを呼んだわけでもなかった。それは、彼の獨り言のように聞こえた。
しかし、次の瞬間には、彼の脇には中がいた。
「かしこまりました、梅艶さま」
「それとぉ、この子に何かかけてあげなさぁい」
はっ、と言った中はテキパキといていた。一枚の布を持ってきてスヤスヤと眠っている妖義にかける。
梅艶がこれ以上何の要求もないことがわかると、中は消えていった。
夜が更けていき、やがて、明けていく。
蟲の音や星のが次第に消えていき、全く違う音と日のがれ替わるようにってくる。
一夜を一人で飲み明かしたは、最後の一杯を飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。
手には細長いパイプを持ち、酒の代わりに一度、プフゥー、と吸う。
自分が思っている以上に高鳴っているに、おかしくじながらも、闇の中へと溶けて行ったのであった。
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