《輝の一等星》詠と涼
「それで、飛鷲涼は小さいころ……おぬしと共に院にいたときは、どんな様子だったのじゃ?」
 食事中、賭刻黎は一方的に詠に対して質問してきた。それも話題の中心は飛鷲涼についてであった。シノノのついていけない話題であり、彼はその間、ずっと不機嫌そうに膨れ面であったが、そんな彼の様子を隣で見ていないのか、それとも、話を聞くことに夢中なのか、普段かなり冷靜な印象だったはずの黎は詠の話を食いるように聞いていた。
 黎の意図が分からず、話すことに集中できずにいたが、それでも、姉の魅力というか、もはや魔力というべきか、涼の話をし始めると、次第に口が止まらなくなってしまった。
 詠は彼に涼との出會いから、しばらく會えなかったこと、奇跡といっていい偶然から再開できたことを順序立てて話していったのだが、黎が最も食いついてきたのは孤児院にいた時期の話である。
 親の顔など見たことのない詠からすればそのときの彼の気持ちは容易には想像できないものだが、両親を失った直後に院にってきた涼の姿は今でも覚えている。彼の持っている溫かみも生命力もない、仕事に追われて他人を思いやる余裕のない都會のサラリーマンよりも冷たく、かといって自分や自の大切なものを守るためにくほどの気合もじられない。魂が抜けてしまったような、というのが最も正しい表し方、絶を超えてただ起きているように見えて眠っているただそこにいるだけの人形のような無気力が目立つだった。だから、初めて見たときはただし儚げで綺麗な子が來たな、といったじだった。
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 しかし、涼は他の子とは違っていた。それに気づいたのは……確か、彼がきて一か月ほどのぐらいたったときだったろうか。
 彼は他の子どもとは遊ばず、いつもし離れたところにいた。誰かが聲をかけても、無表のまま無視するだけで、し経つとすでに彼は孤立していた。
といっても、詠がさらに小さかったころにいた友人たちはすでに皆何処かへ引き取られてしまい友達と呼べるものがいなくなってしまっていた詠もまた、この院に來てはすぐにどこかへ引き取られていくこの院の波というか、かつて仲の良かった友達が大人の都合で済む場所を勝手に決められ消えていき、目まぐるしく変わっていくここの環境に嫌気がさしており、他人と積極的に接する機會は減っていたのだが。
そんな院で自分と他の子とは違う、涼がそんな線を引いているように思えたので、詠は本音を言うとそんな涼が気に食わなかった。自分のことを棚に上げているとかいわれそうだが、それでも、まるで親の顔を見たことのない自分たちを馬鹿にしているように思えて、それを思うと、なんとなくムカッと來た。
 ただ、そんな態度をとっていたあのときも、涼はの子たちには人気があった。他の子と仲良くできない、プライドが高そうで明らかに浮いている、誰が聲をかけても気のない返事をするか無視をする、と好かれる要素など皆無のはずであったが、その儚げな顔がふとした瞬間に、どんな寫真や絵畫よりも息をのむほどに蕓的で可憐だったのが原因だろうか。実際、詠が涼のことを気にし始めたのも、彼が木の下で青空を眺めている様子を見た時だったし。
 たまに気にしていたものの、聲をかけようとまでは思っていなかった詠が彼を追っかけまわしてまで近くにいたいと思ったのは、偶然だった。
 そう、熱い夏の晩、怖い本を読んでしまったがために眠れなくなり、布団を出てトイレまで向かった帰りのことだ。
 すでに丑三つ時を過ぎており、ほかの子は誰も起きていないと思っていたのだが、鼻をすするような音が聞こえてきて、しの恐怖を覚えながらもその音のもとへと詠は向かっていき、そして、今では考えられないほどに靜かで澄ましていた彼が、毎晩、ひっそりと泣いていたことを知り、そして驚いた。
 自分にはこの涙の意味はわからなかったが、ここに來てからもう一か月が経とうとしているのに、彼はまだ忘れられずに泣いている。子どもにとって親という存在がいったいどれほどに大きなものなのか、わかると同時に果たして親であっても、ここまで長い間、人は悲しむものだろうか。
 そういえば、ここを離れていった友達は詠に手紙を書くだとか、電話するだとか、時々は遊びに來るとか勝手なことを言っていたが誰一人として繋がりは殘らなかった。そして、詠自彼らのことはすぐに忘れていた。
 だからこそ、詠は思ったのだ。
 自分が死んでここまで悲しんでくれる人がいるだろうか、と。
 彼ならば、自分の傍にいてくれるかもしれない。自分のために怒り、笑い、泣いてくれるかもしれない。詠が飛鷲涼に近づいたのはそんな勝手な理由が始まりだった。
 彼にその存在を認められたくて、近づき、何度も何度も拒絶しながらも彼の傍にいようと試みた。思い返してみれば、あの時、生まれて初めて人に好かれる努力というやつをしたかもしれない。
 ストーカー並みに近づきアタックをし続けていると、次第にポツリポツリと涼は様々なことを話してくれるようになったのだが、その時には、すでに彼の中にり込もうとしていたはずの詠の中に、飛鷲涼は逆に侵してきて、いつの間にか彼の存在は詠にとって巨大なものになっていたのだ。
 彼のおかげで昴萌詠という人間が生きていられる、と改めてじながらいつの間にか熱中して話していた詠は、いつの間にかシノノがいなくなっていることに気付かなかった。當然だ、知りもしない人間の話など彼の年齢でなくとも面白くない。
 しかし、逆に黎は、最初から最後まで、一語一句聞き逃さないというように真剣に詠の話を聞いて、ニッコリと彼の年齢に似合わない大人びた笑みを向けてきた。
「詠どのは、飛鷲涼を好いているのだな」
「えっ、あ、うん、もちろんだよ!」
 どうして彼がもういないはずの涼について知りたいのか、聞いてみようとも思ったが、なんとなく聞く気にはなれなかったので、一応返事だけをしておく。
 すると、黎が変な質問をしてきた。
「そんな詠どのから見て、涼は自分の今までの生い立ちについて、満足しているように思えたかな? それとも、自の過去を恨んだりしていたかな?」
「えっ……?」
 彼が何を言いたいのかわからず、詠は首をかしげていると、「つまり、じゃ」と、その水晶のように綺麗でまっすぐな目を向けてきて、黎は続ける。
「もしも、両親を失ったあの事件がなければ、両親と別れていなければ、涼はもっと幸せだったじゃろうか?」
「それは……」
 詠にはイエスともノーともいえなかった。涼が自の過去について引きずっているのは明らかであるが、もしも彼のに不幸が起きなければ詠は彼に會えなかったのだ。だが、それを口に出してはいけないということくらいわかっていた。
そもそも、彼がなぜそんなことを聞いてくるのか疑問だ。
 詠が答えずに彼の目を逸らすと、ふっ、と笑った黎は「正直な娘じゃ」と言って席を立つ。
 そんな彼に「ねえ、」と、詠は引き止める。一つ聞かなければならないことがあったからだ。
「リョウお姉ちゃんはもう、死んじゃったんだよ? なんで今更、私にこんな話をさせたの?」
「話したくはなかったか? 話しているときはずいぶん楽しそうじゃったが?」
「そういうことじゃなくて、どうしていない人の報……それも、昔の話から得られる報を私に聞いたの?」
 詠の質問に対して、ふっ、と意味ありげに笑った黎は、
「さあ、なんでじゃろうな?」
 そう言って、青い著の黎は詠の前まで來て、黎は袖を垂らした手を差しだしてきた。
「妾とともに來れば、わかるかもしれぬぞ?」
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