《輝の一等星》目覚め
いったい何が起こったのか、強い衝撃と共にが宙に浮き、ふわりふわりと浮いているそのひと時の間に詠はわかった。
それは新幹線がし長いトンネルにってから、すぐに起こったもので、詠たちはまさかそんなことが起こるとは想像もできなかったため、回避しようがなかった。
トンネルの出口のが見えてきた新幹線は線路の上に立つ一人の男のために急ブレーキをかけた。ゆえに、ガクンという音がしたかと思うと、慣の法則というやつだろう、車にいた詠たちのがふわりと浮いた。
しかし急ブレーキでは間に合うはずのなかった新幹線は男へ衝突することとなる。
線路の上に立ちふさがっていた男はその手に3.4メートルほどの槍――いや、正確に言えば『戟ほこ』を持っていた。
普通の人間であるならば、いや、普通の人間でなくとも、生きならば新幹線と衝突すれば人間に叩かれた蚊のように即死するはずである。武を持っていたところでその結果に関してはあまり関係ないはずだった。
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だが、その男は詠の想像をはるかに超えていた。
例外中の例外、常識という枠組みから大きく外れた存在だったといっていい。
新幹線が男と衝突した瞬間、ブレーキのせいでが浮いていた詠は、信じられないものを目撃してしまった。
向かってくる鉄の塊に刃を向け、それを二つに割いていく男の姿を。
「…………っ!」
いつの間にか投げ出された詠は、切られた新幹線から投げ出され、一人、トンネルの天井近くまで飛び上がったので、その後、この新幹線の末路を上から見ることができた。
左右に真っ二つに割かれた新幹線の先頭は線路から外れ二に分かれてトンネルの外を通過して、それぞれ左右の山林に突っ込んでいき、その後ろの車両もまた、線してトンネルへ激突する。
詠が線路の間に落ちたときにはすでに新幹線は彼の前で大事故を起こしていた。
事態についていけず、全のいたるところにできた打撲の痛みをじながらも、ただ呆然としていた詠であったが、投げ出されたのが自分だけで、周りに人がいないことを確認すると、まずゾッとした。もしも、自分が新幹線の外に投げ出されていなかったら今頃、目の前の炎の中だっただろう。
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そして、すぐに黎たちのことを思い出して、心配や諦め、怒り、様々なが彼の中を渦巻いていった。
ダメだ、も、理解も、追い付かない……。
どうして自分は、ついさっきまで新幹線で笑いあっていたのに、今はトンネルの中線路わきの地面に座ってなければならないのだ。
壁と衝突した新幹線から出火した火が燃える音がコダマし、薄暗いトンネルの中は恐怖と不安に満ちていた。
泣きそうになっていた詠であったが、頭にかけていたスポーツサングラスが目の前まで落ちてきたので、もう一度頭にさしなおす。たったそれだけのどうでもよいと思える作であったが、なぜか、この無意味な一瞬で、詠は冷靜さを取り戻した。
そして、ただここで見ているだけじゃダメだと自分自に言い聞かせて、立ち上がろうとした。
だが、そのとき、その首に鉾の刃が當てられる。
「どうにか初撃は避けられたみたいだが、『ウェイ』に『アクラブ』、『シャウラ』と奴らを殺した相手にしては、しばかり手ごたえがなさすぎだ。それとも、彼らが油斷していたところを偶然勝利してきたのかな?」
「…………っ!」
反的に、『結界グラス』を展開しようとするが、自分にその力がないことを思い出す。かといって、意味不明の武をすぐに使うという考えは彼の頭にはなかった。
頬にかいた汗をぬぐうこともできずに、詠は橫目で男を見る。
レスラーのようなガッチリとした形に、余裕のある口調、角刈りの頭に、黃い瞳、歳はおそらく40代。見たことのない男だった。
「……答えろ、奴らを殺ったのは貴様か?」
「シャウラ? アクラブ? 意味わかんないよ」
「貴様ではない、か……」
彼の言っている意味が分からずに、正直に返すと、目を細めた男は刃を首元から離し、その次の瞬間には、裏返された刃が彼のわき腹をえぐっていた。
「あっけがなさすぎて拍子抜けしているところだーーし遊び相手になってもらうぞ」
「ぐっ……っ!」
聲にならないびをあげた詠はトンネルの薄暗い黃い照明の真下の壁にたたきつけられる。
峰だったからよかったものの、もしも逆の刃で切られていたらきっと死んでいただろう。
男は油斷をしているのか、運よく命は繋いだものの、わき腹の痛みから推測するに骨は何本か折れているだろう。
尋常じゃない痛みを発しているわき腹を抱えながら詠がそれでも立ち上がると、その場から一歩もかない男は彼を見下ろしながら、「良いことを教えてやろう」と言う。
「この世界の生きには、二種類の者がいる。貴様ら家畜も、我らプレフュードも、その基準の中では平等として、簡単に二つに分けられる」
詠に向かって指を立てた男は、まるで教え子に勉強を教える教師のような態度だ。
耐え切れずその場で詠は吐するが、男の言葉は止まることなく続く。
「一つは『救う者』、そしてもう一つは『救われる者』——それは強者と弱者と言い換えることもできる」
「…………」
「戦に敗れたわが友たちは、確かに、所詮、後者……つまり『救われる』側だったわけだ。無力の中では誰一人として救えない、己のプライドさえ、守り通すことはできまい。そんなものは、戦場にいても、すぐに死ぬただの雑兵に過ぎず、犬死したところで誰も見向きもしない無駄な存在というわけだ」
ゆっくりと歩いてきた男は、ふらふらとどうにか立ち上がった詠の首を摑みあげる。
「しかし私は違う。私は『殺し』、勝利した。強者……つまりは『救う者』というわけだ。強者は必ず弱者を生むが、命の尊さを主張するのは強者のみに許された特権であり、貴様ら弱者にはそれがないわけだ」
「なにが……いいたいの?」
詠がそう聞くと、彼の力は一気に強くなり、詠は呼吸ができなくなる。
そんな詠に薄ら笑いを浮かべた男は、「すなわち、だ」と言う。
「貴様のような弱き者は誰も救えない。願うことすらおこがましい」
「…………っ!」
まるで、この男は詠のことを知っているかのような言葉だった。
「貴様にできることは、ただ、救われるのを願うことのみ。自の命ですら、貴様らに救うことは許されないのだよ」
息ができずに詠がもがいていると、ふっ、と笑った男が、詠を地面に投げる。
中をむしばむ痛みと、酸素の不足により、華奢な彼のはどうにかなりそうであったが、這いつくばりながらも詠は呼吸をしていた。
「オヤジになるにつれてどうもひねくれてくるようでね、家庭では妻は怖いし娘は言うことを聞いてくれないしでいろいろと大変なんだよ。そんな私の唯一の楽しみなんだ、死ぬ間際の貴様ら弱者の言葉を聞くのはね」
そういった男は詠の腹を思いきり蹴り上げた。折れている箇所に來る強い衝撃に、もはや聲を上げることもできない。
「さあ、弱き家畜よ。貴様の聲を聞かせろ、それは命乞いか、皮でも出てくるのか――それとも、『救われる者』らしく助けでも読んでみるかい?」
「…………っ!」
男に頭を踏みつけられながら、詠は思う。思って、しまう。
この男の言っていることは、全てがすべて間違っているわけではないと。
詠は、初撃をけたときも、首を絞められていた時も、ただ屈辱的に息をしている今この瞬間だって、心のどこかで姉へ助けを求めていた。
いつだって、どこだって、詠が助けを呼べば彼は姿を現し、助けてくれる。そんな絶対的なまでの信頼が――いや、甘えがどこかにあった。
思えば、黎に武を見せられた時、すぐにけ取らなかったのは、きっと、心のどこかで、何かあったときは姉が助けてくれると、無意識のうちに考えていたからなのかもしれない。
そんなこと、あるわけないのに。
「これじゃ、ダメだ、よね……」
「なにを言っているのか、聴き取れんぞ……もっと、聞こえるように話せ!」
頭をけられて、詠はを吐く。
それでも、詠の目には、先ほどまでとは違う、があった。
大好きで、この世で一番大切な姉は、今、捕らわれている。
あの蛇に拷問されているのかもしれない。
きっと、今の詠よりもずっと、苦しくて、死に近い位置にいるだろう。
なぜ、そんな彼に助けを求められる。
違うだろう、昴萌詠。
どうして今、自分はここにいるのだ。
痛くて、痛くて、気絶してしまった方が楽だと知りながらも、なお、意識を保って、目の前の男を視界にれているのだ。
わざわざ名殘惜しい姉の家から飛び出して、知らない土地まで來た目的を思い出せ。
もうそろそろ、わかっただろう?
リョウお姉ちゃんに助けられて、もう十分に甘えた、全てを放棄して前に進んでいる気になっていた。それは夢のような時間で、ずっと続けばいいと思っていた。
それが、崩れてしまっている今も、どこかで、まだ思っている。
でも、もう、そろそろ起きなきゃ。
もう十分夢は見た、その続きは、勝ち取らなきゃ見ることができない。
救われる立場にいちゃ、決してつかむことができない。
ギュッとこぶしを握った詠は、立ち上がる。わき腹の骨が折れていて息をするのも苦しい、晴れた頬がチリチリと痛み、視界がかすむ、意識が飛びそうになる。
けれども、心を決めた瞬間から、詠は立ち上がることを決めていた。決してあきらめず、前を向くと、誓っていた。
「これは驚いた、まだ立ち上がる力が殘っているとはな」
ほう、と息をらした男が言う。
彼の前に立った詠は、目の前に立ちふさがっている壁を見據えた。
あのから、リョウちゃんを救わなきゃ……ううん、奪い返さなきゃならない。
ならば、こんな小さな壁にぶつかっている暇はない。こんなものは早々にぶっ壊して、その先にある、ぶつかってもびくともしないあの、巨大な壁を乗り越えなきゃならないのだ。
「わけないよ、この程度の傷なんて」
ニヤリと不敵に笑って見せた詠は、頭にかけているサングラス――『ヴィルーパー』を下してかけ、足のホルスターからは柄を一本の白いコードのようなもので繋がれている二本の短剣『干將・莫耶』を取り出す。
使い方なんてわからなくてもいい、元々電化製品を買った時も説明書なんてほとんど見ないし。
とにかく、使えるものは何でも使う。
「ハンデだよ、これくらいなきゃ」
そう、これくらいのハンデを持って、目の前の男を倒せなきゃ、あのを超えるなんてそれこそ夢語だ。
武を抜いた詠に対して、男は鉾をくるりと回して持ち直し、
「弱者ほど、しでも自信を強く見せるためか、よく吠える……余裕ぶったところで、所詮は力量の差から目を逸らしているだけに過ぎない――つまりは、」
「貴方みたいな人ってことだよね?」
詠の挑発に男はその手に持った鉾を振るう。それを詠がけると、ギンッ、という音と共に簡単にはじかれ、詠は二歩、三歩、と退行したものの、何とかけ流すことができた。
回避した鉾はそのまま真橫にあるトンネルの壁を穿ち、深い爪痕を殘していた。
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