輝の一等星》母子

華の元に怪しげな二人組の勧が來たのは、もう4年前のことになっていた。

あれから、彼らは華の前に姿を現すことはなかったし、華自も心に留めておく程度で、彼らに期待などしなくなっていた。

4年という時間は彼にとって短くもあり、長くもあった。

夫であるアンタレスのことは未だに嫌悪しており、信用もしていなかったものの、向こうは華のことをそれなりに認めてくれているようで、昨年から完全な閉鎖空間から解放され、城の中であればどこへ行っても特に咎められないようになったので、華は一日中梅艶の傍にいた。

人間であれば稚園にでも預ける時期であったが、アンタレスは人間と共に我が娘を一緒に生活させたくないということなので、城の中で教育することになった。華の子である以上、この子にも人間のっているのに、どうして差別するのだろうと思っていたが、我が子が近くにいるという事実だけで、華は十分だった。

蒼い著を包んだ華が部屋を覗き込むと、今日も教育係の『ジュバじい』が黒板に漢字の語源について説明しており、畳の上でちょこんと可らしく正座している梅艶はノートに一生懸命に何か書いていた。

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見るたびに思うが、たった四年の月日で、我が子は良くもまあこんなに可らしくもしく長したものだと思う。

親ばかだと言われてもいい、と思いながら、可い可いと小聲で連呼しながら我が子をからそっと見守っていると、何かに気付いたジュバじいがバッ、と梅艶のノートを取り上げたではないか。

「何をしてらっしゃるのです、こんなものを書いて」

「こんなものじゃないわよ、お母様だわ」

そんな我が子の言葉にウルッときた華は、「いいですか、貴は――」とクドクドと説教を始めるジュバじいの元へと自然に歩いていた。

「それくらいで良いんじゃないかしら?」

「奧君には悪いですが、私も殿に姫様を『立派な後継者』にしろ、と頼まれています故、引き下がるわけにはいかぬのです」

「なら、私もこの子と一緒にいるわ。それならいいでしょ」

昔テレビで今の保護者は怖いだとか、PTAが教師たちの恐怖の対象だとか言っていたのが頭をよぎるが、親馬鹿を肯定してしまった華にとっては、些細なことだった。

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「お母様も一緒?」

「そうよ、一緒にお勉強しましょうね?」

うん、と頷く娘の隣に正座をし、ジュバじいの授業をける。小・中・高校とあまり授業が好きではなかったのに、娘が隣にいるだけで、刺激になるのだろうか、華は真面目に小學校低學年くらいにやることを聞いていた。

そんな華を真似ているのか、梅艶もきちんとジュバじいの話を聞くようになる。

やれやれと言った様子で、授業を始めるジュバじいの話を聞くこと2時間、ようやく「今日はここまでです」との言葉が來たので、華がしびれ切ってけなくなった足をどうしようかと考えていると、全く苦ではなかったようで、すぐに立ち上がった梅艶がやってくる。

その手には、一冊の絵本が握られていた。

「お母様、絵本を読んでください」

「ちょっと待ってね……いいわよ、ここに來なさい」

一度足をばして、足のしびれを抜けさせた後、再び座って、膝をポンポンと叩くとその上に梅艶が乗ってきた。完全には抜けきっていなかったためか、若干の痛みというか痺れというかが來るものの、目にれても痛くない我が子であったので、特に華は気には留めなかった。

授業が終わった途端に母へ駆け寄ってくる、生まれたばかりの頃と比べれば心ともに長した梅艶はやはり、まだ子供である。

これがあと十年もしたら親なんて、見向きもされなくなるのだろうな、なんてことを考えて、この子に冷たくされたら軽く死ねるなどと思いながら、彼から渡された絵本を読んでいく。

が持ってきたのは、『桃太郎』であった。

「むかしむかしあるところに――」

読んでいきながら、ついこないだも『桃太郎』を読んだような気がして、つまらなくないのかと、梅艶の方を見ていると、彼の表は真剣そのものだった。

「ねえ、お母様。犬と猿と雉とを連れて鬼退治に行く桃太郎って、お母様とどっちが強いのですか?」

語を読み終えると、梅艶は予想もしないような質問をしてきて驚く。

なぜ、そんなことを聞くのだろうか。というか、なぜ、おとぎ話の主人公と自分の母親を戦わせようと思ったのだろうか。

「私は桃太郎と戦わないわよ、彼が戦うのは鬼たちだから」

「……でも、城の皆はお母様のこと『鬼』だって言っていますよ? 鬼なら桃太郎と戦うんじゃないのですか?」

誰だそんなことをこの子に吹き込んだのは、と近くにいたジュバじいをにらみつけるが、さっ、と彼は目を逸らした。

まあいい、後で、この子にそんなことを教えた馬鹿者は速やかに粛正するとしよう。

「梅艶は、お母様に勝ってほしいです。流れてきた桃から生まれた変な人よりもお母様の方がカッコいいですわ」

「あはは……ありがとう」

なぜか、桃太郎の姿をした我が子に鬼の格好をした自分が負けている絵を想像していた華は、桃太郎も可哀想にと思いながら、彼の言葉に苦笑するしかなかった。

この頃、梅艶は戦いという言葉に過敏に反応するようになり、他の語を読んでいても、どっちが強いのかすぐに質問するようになった。しかし、まさか母親である自分までが比較対象になるとは思わなかったが。

「私もお母様のようになりたいですわ」

「いや、私はそんなに強くないわよ?」

「いいえ、ジュバじいがお母様は本當はすっごく強いんだって言っていましたわ」

またしてもジュバじいをにらみつけようとしたが、すでにそこには彼の姿はなくなっていた。

この子の前だけでもおしとやかな母親を見せていたかったのに。まったく、いらんことをしてくれると思う。

それにしても、強くなりたいなんて、やはりなのかもしれないと思う。

姫はとある剣士の族であり、その剣いころ、そう、ちょうど今の梅艶のときくらいから教えられていた。

野球選手の子どもが野球選手に、作家の息子が作家になるわけではない。

ゆえに、こういう風に伝承されていく剣は、継ぎたいと子供が思わなければ、必ずしも子ではなく、例えば一番弟子などに教えられていくものなのだが、華の族はの気が多いというか、小さい頃から、戦うことになからず興味を持つ一族であり、いつ宿命的に戦うことになったとしても、狀況に素早く対応できるだけの質のようなものがあった。

4歳という年齢で、の子にも関わらず、すでに戦闘に興味が出てきてしまったのは間違いなく華の伝子のせいである。

華自も彼を強く気高いになってほしいと考えてはいるのだが、そこに理的な強さは本當に必要ではない。華の母は剣を我が子に継がせねばと、華が剣の意味も知らないうちから、その義務を遂行していたが、華は我が子にはそれをまなかった。

戦いなどはない方がいい、そう思っていると、「お母様?」と娘が顔をのぞかせてくる。

その純粋無垢な目を見て、できることならこの子には、戦いや殺し合いなど、知らずに育ってほしいと思った。

しかし、それが無理な願いだということはわかっていた。

華の娘であると同時に、アンタレスの子でもあったからだ。

だから、彼はこのままここで育っていくならば、知らなくても良いことまで知り、教育されてしまう恐れがある。

「お母様……?」

「ごめんなさい、しだけ、このままでいさせて」

我が子がこの地下の支配者にならねばならないことを思い出して恐ろしくなった華は、ギュッ、と我が子を抱きしめる。

そこにある確かな重さを心の底からおしく思った。

(ああ、神様、罪深き私にもし一つだけ願いを葉えてくださるのなら、私はみます)

どうか、この子がくだらないの運命から引きはがして、普通のの子として育ってくれますようにと。

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